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第一章
39 補佐のプロローグ
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むっつりと黙り込んだ女性と手を取り、音楽に合わせて足を動かす。
「いつまで拗ねてるんですか」
「……拗ねてないわよ」
確実に拗ねている。
キングとララさんのことが気がかりな様子のエルザ殿を慰めるつもりで言った言葉は、どうやら彼女の勘に触ったらしい。
どうしたものかと悩んだ俺は、何を思ったのか彼女にダンスを申し込んでいた。
てっきり断られるだろうと思ったのにエルザ殿は更に口を尖らせて「いいけど……」とぼそりと呟いた。
そして今、音楽に合わせて流れるように踊っている。
なぜこんなことにと自問自答しながら、繋いだ手に、腰に添えた手に、汗が滲んでいないか心配になった。
心臓はずっと呆れるほどに脈打ち続け、視線もどこに合わせればと戸惑い彷徨う。ダンスとはそういえば密着するものだったなと混乱する頭で考えていた。
「……エルザ殿とダンスする日が来るとは、思いもよりませんでした」
混乱を悟られないようにいっそあっけらかんと言ってみれば、エルザ殿は拗ねた表情のまま視線だけ上に向ける。
「そうね」
ああ、これは完全に拗ねている。どうしよう。
言葉を探して焦る俺に、エルザ殿は小さく息を吐いた。
「……ミアとは、どうなの。今も会ったりしてる?」
「は?」
誰だ?
「誰ですか、それ」
心当たりのない名前に小さく首をかしげると、ぽかんと口を開けたエルザ殿が小声で怒鳴る。
「ミアよ! ジュノ様の孫の! 紹介されたでしょう?」
「ああ!」
思い出したが、それと同時にジュノ様の言葉も思い出した。
あの日、ジュノ様は帰る馬車の中で俺に言ったのだ。「孫を紹介する必要はなくなっちゃったねぇ」と。
はっきりと意味がわかった俺はお断りを入れて、結局お孫様とは会うことがなかった。
「紹介されてませんので、一度も会っていませんよ」
「えっ、そうなの? どうして?」
「さ、さぁ、どうしてでしょうね」
おじいちゃんがこんな優良物件を手放すとは……とブツブツ言う彼女の機嫌がわずかに浮上したことがわかった。
ほっと安堵する俺の中に疑問が生まれる。
――どうして、そんなことを気にするのですか。
心の中で問いかければ、湧き上がるのは欲だ。あの日、心の深いところにしまい込んだままの欲が。
何か別の話題をと考える頭と堪える欲が、心の中でせめぎ合う。
「あなたこそ……リドと食事に行ったと、聞きましたが……」
欲と理性の間で紡がれた言葉はどちらも満たすものだが、幾分か欲が勝ってしまった。
「え? ああ、あの人。とてもいい人ね。楽しかったわ」
いつの間に拗ねた気持ちが落ち着いたのかエルザ殿が笑顔で答える。
その答えには思わず苦笑した。あいつはよく好みの女性を食事に誘うのだが、決まって言われるそうだ。いい人だけど恋人には、と。俺は心の中でリドに合掌した。
話題がまた途切れて、音楽だけが二人の間に流れる。
頭の中を支配するのは先ほど湧いた疑問だけ。
「どうして……」
流れ出た言葉に、口から出てしまったのかと焦ったが、これは俺の声ではなかった。
「……なにがですか」
「……なんでもない」
本当になんでもなければ、出ない言葉だ。それは。
「エルザ殿。なんですか」
教えてください。どうして、あなたは。
エメラルドを着けて来られたのか。
「いつまで拗ねてるんですか」
「……拗ねてないわよ」
確実に拗ねている。
キングとララさんのことが気がかりな様子のエルザ殿を慰めるつもりで言った言葉は、どうやら彼女の勘に触ったらしい。
どうしたものかと悩んだ俺は、何を思ったのか彼女にダンスを申し込んでいた。
てっきり断られるだろうと思ったのにエルザ殿は更に口を尖らせて「いいけど……」とぼそりと呟いた。
そして今、音楽に合わせて流れるように踊っている。
なぜこんなことにと自問自答しながら、繋いだ手に、腰に添えた手に、汗が滲んでいないか心配になった。
心臓はずっと呆れるほどに脈打ち続け、視線もどこに合わせればと戸惑い彷徨う。ダンスとはそういえば密着するものだったなと混乱する頭で考えていた。
「……エルザ殿とダンスする日が来るとは、思いもよりませんでした」
混乱を悟られないようにいっそあっけらかんと言ってみれば、エルザ殿は拗ねた表情のまま視線だけ上に向ける。
「そうね」
ああ、これは完全に拗ねている。どうしよう。
言葉を探して焦る俺に、エルザ殿は小さく息を吐いた。
「……ミアとは、どうなの。今も会ったりしてる?」
「は?」
誰だ?
「誰ですか、それ」
心当たりのない名前に小さく首をかしげると、ぽかんと口を開けたエルザ殿が小声で怒鳴る。
「ミアよ! ジュノ様の孫の! 紹介されたでしょう?」
「ああ!」
思い出したが、それと同時にジュノ様の言葉も思い出した。
あの日、ジュノ様は帰る馬車の中で俺に言ったのだ。「孫を紹介する必要はなくなっちゃったねぇ」と。
はっきりと意味がわかった俺はお断りを入れて、結局お孫様とは会うことがなかった。
「紹介されてませんので、一度も会っていませんよ」
「えっ、そうなの? どうして?」
「さ、さぁ、どうしてでしょうね」
おじいちゃんがこんな優良物件を手放すとは……とブツブツ言う彼女の機嫌がわずかに浮上したことがわかった。
ほっと安堵する俺の中に疑問が生まれる。
――どうして、そんなことを気にするのですか。
心の中で問いかければ、湧き上がるのは欲だ。あの日、心の深いところにしまい込んだままの欲が。
何か別の話題をと考える頭と堪える欲が、心の中でせめぎ合う。
「あなたこそ……リドと食事に行ったと、聞きましたが……」
欲と理性の間で紡がれた言葉はどちらも満たすものだが、幾分か欲が勝ってしまった。
「え? ああ、あの人。とてもいい人ね。楽しかったわ」
いつの間に拗ねた気持ちが落ち着いたのかエルザ殿が笑顔で答える。
その答えには思わず苦笑した。あいつはよく好みの女性を食事に誘うのだが、決まって言われるそうだ。いい人だけど恋人には、と。俺は心の中でリドに合掌した。
話題がまた途切れて、音楽だけが二人の間に流れる。
頭の中を支配するのは先ほど湧いた疑問だけ。
「どうして……」
流れ出た言葉に、口から出てしまったのかと焦ったが、これは俺の声ではなかった。
「……なにがですか」
「……なんでもない」
本当になんでもなければ、出ない言葉だ。それは。
「エルザ殿。なんですか」
教えてください。どうして、あなたは。
エメラルドを着けて来られたのか。
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