ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
上 下
29 / 206
第一章

29 ある侍女の恋の顛末

しおりを挟む
 さらに翌日、女神がフルタイムで見守っていてくれているのではないかと錯覚するほどの幸運でオーウェン様と会うことが出来た。

 声をかければ、さすがに少し気まずい笑顔が返ってくる。二、三言会話を交わすとオーウェン様が立ち去ろうとしてしまったので、思わずその背中に昨晩先輩侍女から教わった言葉を投げつけていた。

「先日、助けてくださった時のエルザ様は本当に素敵でしたね……?」

 途端、バッと振り返るオーウェン様の表情ったらもう。これでもかと瞳を輝かせ、鼻息は荒く、頬ははっきりと上気している。
 その直後、幸運の女神は最初から見守ってくれてなどいなかったのだと知った。

「お分かりになりましたか!? そうなんです! あの方は本当に強くて綺麗で素敵なんですよ!」
「は、はぁ……」
「あなたを見つけられたのもエルザ殿です! あの方はあなたに気付くや否や一も二もなく迷わずに駆け寄り、相手の気分を害することなく笑顔と言葉だけで場を収められてしまうのだから本当に素晴らしい! あなたも間近で見られたのだから当然お分かりですよね!?」
「あっ、は、はい!」
「かくいう私もあの方に命を救われたことがあるのですが、あの時の風の魔法を操るエルザ殿の背中は細いながらも頼もしく振り返り太陽を背にした姿からは神々しさまで感じられまして」

 その後も延々と続くエルザ様素敵話に、私は先輩侍女をひどく恨んだ。

 攻略したところで勝ち目なんてあるものか。
 どうやら私はあの日からずっとついてなどいなかったらしい。



 あれから半年が経つが、オーウェン様は今や廊下で会えばすぐさま駆け寄ってきてエルザ様のお話を延々としてくださる。ありがたい話である。
 たまに他の侍女とも話されているのを見かけるが、その侍女もまたエルザ様フリークだ。そして私もそう思われているらしい。エルザ様は確かに素敵な方だと思うが、あれの仲間と思われるのは些か不本意だ。

 宝飾品の保管室でエルザ様とララさんに合いそうなものをいくつか見繕いながらそっと嘆いた。
 いかんいかん、仕事中だったと気を引き締め直し、宝飾品を選ぶ。
 首飾りに腕輪。耳にも必要だ。

 次々と引き出しを開けていると、一つの大振りなネックレスが目に入った。親指の爪よりも大きなエメラルドの周りを小ぶりのダイヤが上品に囲い、レース編みのようなチェーンにもダイヤとエメラルドが飾り付けられている。
 それをそっと手に取り、見繕った他の宝飾品と共に箱にしまい込んだ。意趣返し、というわけではない。どちらかといえばララさんのドレスに合いそうなデザインのこれを、あの人がどう扱うのかが見たかった。



 部屋に戻ってみればぐったりとソファにもたれかかるエルザ様が私に気付き、力なく手を振っていた。

「お飲み物をお持ちしましょうか?」
「いいえ、大丈夫よ。……それより、いいものはあった?」

 もはや私が持ち出した宝飾品に合ったドレスを選ばせるが早いと判断したらしいエルザ様に急かされ、やや慌ててジュエリーボックスを開く。エルザ様はいくつかある宝飾品の中から一つに目を止め、そっと取り上げた。
 私が言い訳しつつ選んだエメラルドのネックレスを真正面からじっと見つめるエルザ様は疲れの浮かんでいた顔をふわりと和らげると、照れの混じる、しかし優しげな笑みを浮かべていて。
こんなものを見せられては、失恋の悲しみなど毛ほどもなくなってしまった。
 オーウェン様ったら、すごい。

「そちらを一度試してみられますか?」
「そう、ね。お願いするわ」

 ソファの後ろに回り、そっとネックレスを着けて差し上げると、エルザ様は優しく指でエメラルドを撫でて、また何かを思い出したように柔らかく微笑む。
「とてもお似合いです」とお決まりのフレーズに心を込めて伝えると、振り返った空色の瞳の輝きに思わずカァッと顔が熱くなった。

「ありがとう! これに合わせて選んでもらうわね。他はお願いしてもいい?」

 返事をする声が上擦ってしまったが、エルザ様は気にせず小走りに青い海の真っ只中のララさんの元へ弾むように歩いて行った。



 その姿を見送り、誰にも気づかれぬようこっそりと込み上がる笑いをかみ殺した。

 次に廊下で捕まったら今日のことをお話して差し上げようか。きっとあのネックレスのように瞳を輝かせて聞いてくださるだろう。
 そして私も、いつものおざなりなものよりは、いくらか良い相槌が打てそうな予感がするのだ。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

処理中です...