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第一章
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ガンガンと夢中で扉を叩く。
両拳が痛いし廊下に叩く音が響いてしまっているが、頓着する余裕がない。
叩き始めてすぐに部屋の主が慌てた様子で扉を開けてくれたが、私の姿を見てすぐに面倒くさそうに顔をしかめた。
「なんですか、エルザ殿。また書類を書き損じましたか? それともなくしましたか? 控えを取って参りますのでお待ちください」
「今日は違うの、オーウェン! 助けて! 私、ルーファス達に殺されるかもしれない!」
部屋へと踵を返した背中に叫ぶように言葉をぶつけると、オーウェンは「ああ……」と呟き無表情で振り返って――。
「聞いてしまいましたか……」
廊下中に今度は私の悲鳴が響き渡ることになった。
入れてもらった室内で、しゃがみこんで腹を抱える緑の頭を睨む。
「いつまで笑ってるのよ! 私、本当に怖かったんだから!」
「す、すみませ……ぶっくく……あ、あんたが……くっ……急に突拍子もないこと……ふふっ……言う、からつい……」
言ってまた大口を開けて笑っているのだからあんまりだ。
しかしここまで笑っている人が目の前にいると、こちらは反対に落ち着きを取り戻してくるものらしい。同じくしゃがんで目線を合わせた。
「悪かったわね。騒がせて」
「っ……それは構いませんが、急にどうしたんです?」
目尻にたまった涙を拭うオーウェンに聞かれ、先ほどの馬車であったことを話した。話を聞いたオーウェンは首を傾げている。
「小声だったけど、確かに聞こえたのよ。暗殺計画って」
「キングがあなたを? あり得ないでしょう」
「た、例えば誰かに頼まれたり、とか……」
「まず間違いなく頼んだほうが火の海に沈むことになります」
冷静に考えればそうなんだけど。
「恋は盲目って言うし……」
「えっ、キングを振ったんですか?」
「何の話よ!?」
振ったというのはルーファスが私を好きという前提がないと成り立たない。そしてそれは。
「あり得ないわ。ルーファスが私を好きなんて」
ルーファスだけじゃない。ゼンもノエルも、ストーリーによってはみんなララと恋に落ちる人達だ。
ハートの国の人達も、ハッターさんや双子達、ハンプティも。
みんな、ララを好きになる。
先ほどとは違って冷静になった今なら、ララの言葉で私の未来が決まるなんてことあるわけないともちろんわかっている。
それでもまさかあそこまで取り乱すとは正直自分でも驚いた。
幼馴染達のことを信用しているつもりでも、不安は消えなかったのかもしれない。だって、ララはあんなにも可愛い……。
頭に浮かんだ薄桃色の柔らかな彼女の姿が急に恐ろしく感じられて、ぞくりと肌が粟立った。
「……ルザ殿……エルザ殿?」
オーウェンの声に、思考に沈んだ意識がはっきりとする。鮮やかなエメラルドグリーンの瞳が心配そうにこちらを見つめていた。
そうだ、と気付く。
オーウェンは、スペードの5。ゲームでは名前も出てこなかった。
この人は攻略対象じゃない。ララを好きにならない、かも、しれない。
「オーウェンは……」
「はい。なんですか?」
「もしも私が誰かと争っ……喧嘩しても、私の味方をしてくれる……?」
一瞬虚をつかれたような表情をしたオーウェンだったが、すぐに「喧嘩の内容によります」と答えた。
この言葉には私への信頼のなさがよく表れている。
なにせこの人ときたら、誰かがいる時は人のいい笑顔を絶やさないのに、私と二人きりになると途端に眉間のシワが標準装備になる。迷惑をかける私が悪いのだけど、この場でそれを自覚するのは少し悲し――。
「……でもまぁ、その時は一緒に謝ってあげますよ」
頭に軽く重みがかかり、自分が俯いていたことを知った。
顔を上げるとオーウェンの瞳にはいつもにはない優しさが見える。
「……ルーファス達が相手でも?」
「あんたが怒らせるならあのお三方でしょうよ」
「ハートのキングとクイーンとジャックが相手でも?」
「なんでその方達と……顔見知りなんでなんとか……」
「ハッターさんとハンプティなら?」
「その二人が怒るところは想像できませんね?」
「ディーとダムとか……」
「あの子達ならお菓子を持っていけばすぐに許してくれるでしょう」
「……白の女王陛下と白のジャックなら……?」
「……後ろで控えています」
「ついてきてくれる?」
「一人で行かせはしません」
オーウェンの言葉を聞くごとに、頭の上に置かれた手が優しく動くごとに、心がどんどんと軽くなっていく。
「安心しましたか?」
ああ、この人は本当に――。
「……あなたって、やっぱりすごいわ」
「あなたのオーウェンだそうですから。当然ですね」
「ふふっ……そうだったわね」
おどけて言うオーウェンが可笑しくて、笑みが零れた。本当にすごい。あれだけ重くのしかかっていたものが、雪解けのように綺麗に消えていった。
私の様子に笑みを深めたオーウェンは立ち上がり、こちらに手を差し伸べる。
「さぁ、もう部屋にお戻りください。……送りますから」
お礼を言って手を取り、立ち上がる。いつもより体が軽いわ。
部屋を出てしばらく歩いても、繋いだ手はそのままだ。
オーウェンも気付いているはずだ。だって、手のひらがどんどんと熱くなっていく。
その熱に背中を押され、よしっと覚悟を決めた。
「ルーファスの部屋へ行くわ」
「ああ、やっぱりキングと喧嘩してたんですね。約束ですから付き合いますよ」
「喧嘩なんてしてないわよ。暗殺計画について問いただすのよ!」
「…………それは約束に含まれていませんから、お一人でどうぞ」
「う、裏切り者!」
繋がった手をひっぱりルーファスの部屋に着くと、先ほどの宣言通りに暗殺計画について問いただした。
当然それは私のことではなかった上に多大なる誤解だったのだが、藪蛇となって私とレスターに関する尋問が再開されてしまい、結局洗いざらいを吐くはめになってしまった。
両拳が痛いし廊下に叩く音が響いてしまっているが、頓着する余裕がない。
叩き始めてすぐに部屋の主が慌てた様子で扉を開けてくれたが、私の姿を見てすぐに面倒くさそうに顔をしかめた。
「なんですか、エルザ殿。また書類を書き損じましたか? それともなくしましたか? 控えを取って参りますのでお待ちください」
「今日は違うの、オーウェン! 助けて! 私、ルーファス達に殺されるかもしれない!」
部屋へと踵を返した背中に叫ぶように言葉をぶつけると、オーウェンは「ああ……」と呟き無表情で振り返って――。
「聞いてしまいましたか……」
廊下中に今度は私の悲鳴が響き渡ることになった。
入れてもらった室内で、しゃがみこんで腹を抱える緑の頭を睨む。
「いつまで笑ってるのよ! 私、本当に怖かったんだから!」
「す、すみませ……ぶっくく……あ、あんたが……くっ……急に突拍子もないこと……ふふっ……言う、からつい……」
言ってまた大口を開けて笑っているのだからあんまりだ。
しかしここまで笑っている人が目の前にいると、こちらは反対に落ち着きを取り戻してくるものらしい。同じくしゃがんで目線を合わせた。
「悪かったわね。騒がせて」
「っ……それは構いませんが、急にどうしたんです?」
目尻にたまった涙を拭うオーウェンに聞かれ、先ほどの馬車であったことを話した。話を聞いたオーウェンは首を傾げている。
「小声だったけど、確かに聞こえたのよ。暗殺計画って」
「キングがあなたを? あり得ないでしょう」
「た、例えば誰かに頼まれたり、とか……」
「まず間違いなく頼んだほうが火の海に沈むことになります」
冷静に考えればそうなんだけど。
「恋は盲目って言うし……」
「えっ、キングを振ったんですか?」
「何の話よ!?」
振ったというのはルーファスが私を好きという前提がないと成り立たない。そしてそれは。
「あり得ないわ。ルーファスが私を好きなんて」
ルーファスだけじゃない。ゼンもノエルも、ストーリーによってはみんなララと恋に落ちる人達だ。
ハートの国の人達も、ハッターさんや双子達、ハンプティも。
みんな、ララを好きになる。
先ほどとは違って冷静になった今なら、ララの言葉で私の未来が決まるなんてことあるわけないともちろんわかっている。
それでもまさかあそこまで取り乱すとは正直自分でも驚いた。
幼馴染達のことを信用しているつもりでも、不安は消えなかったのかもしれない。だって、ララはあんなにも可愛い……。
頭に浮かんだ薄桃色の柔らかな彼女の姿が急に恐ろしく感じられて、ぞくりと肌が粟立った。
「……ルザ殿……エルザ殿?」
オーウェンの声に、思考に沈んだ意識がはっきりとする。鮮やかなエメラルドグリーンの瞳が心配そうにこちらを見つめていた。
そうだ、と気付く。
オーウェンは、スペードの5。ゲームでは名前も出てこなかった。
この人は攻略対象じゃない。ララを好きにならない、かも、しれない。
「オーウェンは……」
「はい。なんですか?」
「もしも私が誰かと争っ……喧嘩しても、私の味方をしてくれる……?」
一瞬虚をつかれたような表情をしたオーウェンだったが、すぐに「喧嘩の内容によります」と答えた。
この言葉には私への信頼のなさがよく表れている。
なにせこの人ときたら、誰かがいる時は人のいい笑顔を絶やさないのに、私と二人きりになると途端に眉間のシワが標準装備になる。迷惑をかける私が悪いのだけど、この場でそれを自覚するのは少し悲し――。
「……でもまぁ、その時は一緒に謝ってあげますよ」
頭に軽く重みがかかり、自分が俯いていたことを知った。
顔を上げるとオーウェンの瞳にはいつもにはない優しさが見える。
「……ルーファス達が相手でも?」
「あんたが怒らせるならあのお三方でしょうよ」
「ハートのキングとクイーンとジャックが相手でも?」
「なんでその方達と……顔見知りなんでなんとか……」
「ハッターさんとハンプティなら?」
「その二人が怒るところは想像できませんね?」
「ディーとダムとか……」
「あの子達ならお菓子を持っていけばすぐに許してくれるでしょう」
「……白の女王陛下と白のジャックなら……?」
「……後ろで控えています」
「ついてきてくれる?」
「一人で行かせはしません」
オーウェンの言葉を聞くごとに、頭の上に置かれた手が優しく動くごとに、心がどんどんと軽くなっていく。
「安心しましたか?」
ああ、この人は本当に――。
「……あなたって、やっぱりすごいわ」
「あなたのオーウェンだそうですから。当然ですね」
「ふふっ……そうだったわね」
おどけて言うオーウェンが可笑しくて、笑みが零れた。本当にすごい。あれだけ重くのしかかっていたものが、雪解けのように綺麗に消えていった。
私の様子に笑みを深めたオーウェンは立ち上がり、こちらに手を差し伸べる。
「さぁ、もう部屋にお戻りください。……送りますから」
お礼を言って手を取り、立ち上がる。いつもより体が軽いわ。
部屋を出てしばらく歩いても、繋いだ手はそのままだ。
オーウェンも気付いているはずだ。だって、手のひらがどんどんと熱くなっていく。
その熱に背中を押され、よしっと覚悟を決めた。
「ルーファスの部屋へ行くわ」
「ああ、やっぱりキングと喧嘩してたんですね。約束ですから付き合いますよ」
「喧嘩なんてしてないわよ。暗殺計画について問いただすのよ!」
「…………それは約束に含まれていませんから、お一人でどうぞ」
「う、裏切り者!」
繋がった手をひっぱりルーファスの部屋に着くと、先ほどの宣言通りに暗殺計画について問いただした。
当然それは私のことではなかった上に多大なる誤解だったのだが、藪蛇となって私とレスターに関する尋問が再開されてしまい、結局洗いざらいを吐くはめになってしまった。
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