ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

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 さらりと流れる長髪は太陽の光で煌めく黄金で、こちらを見る瞳は思慮深い紫。
 滑らかな肌の美しさは女性的だが、均整の取れた体躯は男性的な逞しさだ。
 しかしこちらに目を向けてわずかに上気した頬と瞳には、男すらぐらつかせる色香がある。

 馬車が見えたと同時にすでに全員が立ち上がっていた。ララがやや遅れたくらいだ。
 降りてきた美丈夫は嫌な素振りを隠そうとしないルーファスにとろけるような笑顔で話しかけた。

「こんにちは、スペードの皆さん。貴方達もピクニックかな?」

 薄く整った唇から流れ出る声ですら、うっとりするほど美しい。
 しかし皆さんと言いつつ、その視線はルーファス一人に注がれている。礼儀に外れない程度にぶっきらぼうに、という高度なことをしてのけながらルーファスが応じた。

「ああ。君達もか。ハートのキング」

 危うい色気を漂わせるこの美丈夫こそ、ハートのキング。ルーファスと並ぶゲームの正ヒーローで、私の仕込みの協力者だ。

「ええ。ここはのどかでいいね。私達もご一緒していいかい?」

 キングに続いてハートのクイーンとジャックも馬車から降りてきた。
 ぐぬぬと心の中でルーファスが唸る声が聞こえた気がしたが、あいにく対等な立場である他国のキングからの申し入れを断るだけの口実がこちらにはない。

「……構わない」

 結局、不承不承ながらもルーファスは頷いたのだった。



 私達の隣に同じく大きなシートを広げて軽食の準備をするハートの国の人達を手伝い、並べ終えた後は食事と会話を再開した。
 そっとノエルの横に腰を下ろすと、目ざとくそれを見とがめた人物が憤然と、しかし優雅に近づいてきた。

「こんにちは、ノエル。ああ、あとおまけ」

 ノエルに対しては親愛のこもった、私に対してはあまりある敵意を込めて挨拶するこの人はハートのクイーン、レスターだ。

 ラベンダー色の髪を三つ編みにして横に流したその見た目は、これまたキングと同じく極上に美しいが、キングのたおやかな美しさと比べれば、こちらは豪華絢爛と言うに相応しいけたたましい美しさだ。
 派手好きな彼の格好も一躍買っているのだろうが。

 この人の服装といったら、髪の色より淡い紫のセットアップの袖口には豪華なフリルがあしらわれていて、中に大きな花柄のシャツを合わせている。
 同じ生地で作られただろうスカーフとポケットチーフは、離れていてもわかるほど煌びやかな金糸で縫い取られた精密な刺繍が端から端までを輝かせていて、目にうるさい。
 ピカピカに磨かれた白の革靴が、汚れないかが心配だ。

 今日はピクニックだって言ったわよね……ああ、だから花柄なのか……。

「こんにちは、レスター。おまけなんてひどいわね」
「君なんておまけで十分だ。いつもいつもノエルにべったりくっついて。ノエル、この女に何か弱味でも握られてるのなら僕に相談して! すぐに追い払ってあげるからね!」

 ふんと鼻を鳴らして言う言葉はいつものことだから、ノエルも苦笑するに留めている。

 レスターはゲームでも病的な可愛いもの好きでノエルを追いかけ回していた。ヒロインのことも、なんて可愛い子なんだと気に入って親切にしてくれる人だが、あいにく私は彼の基準では可愛くないらしい。それどころか可愛いノエルに付いた悪い羽虫かというレベルで嫌われてしまっていた。
 まったく。どうしてあんなにも嫌われていたのかしらねぇ。

「ノエル、それ美味しそうね」

 ノエルが食べているのは、ゼンが作ってくれた食用の花を沈めた可愛らしいゼリーだ。

「えっ、うん。美味しいよ」
「そうなの。一口ちょうだい?」

 隣でまくし立てるレスターの対応に困っていたノエルに口を開けてねだると、やや苦笑しつつスプーンですくったゼリーを口に運んでくれた。
 あらほんと、美味しいわぁ。

「なっななな、何をさせてるんだ! こ、この痴女が!」
「なんだか騒がしいわねぇ。ね、ノエル? もう一口ちょうだい?」
「やめろ! 今すぐ僕の天使から離れろ!」

 ノエルを抱き寄せ、私を押し出すようにして離しながらレスターが喚くが、その瞳の奥に確かな輝きを見た。いいことしたわ。
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