14 / 206
第一章
14
しおりを挟む
ルーファスの執務室に着くと、ルーファスのほかにゼンとノエルも待っていた。三人とも一様に気まずげな表情をしている。
「白の国はなんと?」
その雰囲気から、やはりいい返事ではなかったのだとわかり、単刀直入に聞く。
そっとゼンが白の国からの書状を私に手渡して、ララへ痛ましげに視線を向ける。書状の内容は私の記憶の通りだ。
「……別世界へとつなぐ扉を開くための魔力が足りず、すぐに開くことは出来ない。回復には三ヶ月はかかるだろう」
息を呑むララを、ゼンがそっとソファへと促したのが視界の端から見えた。
「これは白の国の者の手落ちである。よって、別世界の住人の身柄は白の国で預かる」
私が口にした内容にララは「それは……」と小さく呟いた。
「スペードの国に迷惑をかけたとの謝罪も別に受け取っている。だが、私達は君の滞在を迷惑だとは思っていない」
そんなララに、ルーファスが言う。
「だから、君が決めて構わない。このまま我が国に滞在するか、白の国へ行くか」
実はここでは二週目で初めて出る分岐がある。
『スペードの国に留まる』と『白の国に行く』だ。
ゲームではないこの世界なら、二週目の選択肢ももちろん選ぶことが出来るのだけど、ララはどちらを選ぶ……?
ルーファスの問いに、ララは一瞬も迷わなかった。
「ご迷惑ではないと言っていただけるなら、私はこのスペードの国でお世話になりたいと思います」
ルーファスをまっすぐに見つめてそう言うと、ララは私に向き直った。
「今日で帰れると思っていた時、これでエルザさんとお別れになるのかと思うと、本当にとても悲しかったんです。でもこれから帰るまでの間、ここに滞在させていただけるなら……エルザさんともっと一緒に過ごして、あなたのことを知りたいと思います」
ララの決意のこもった瞳に、私は「あなたが帰るとき、きっととても悲しくなるわね」とだけ言った。
「エルザは少し残ってくれ」
ララと退室しようとしたら、ルーファスに呼び止められた。
ノエルがララを促して部屋を出て行き、部屋には三人だけが残る。
不思議に思っていると聞き慣れたノックの音がして、ルーファスが入室を促した。
「失礼いたします。キング」
「オーウェン?」
部屋に入ってきたオーウェンは真面目な顔に訝しげな色を隠して礼を執った。
「俺が呼んだんだ。これについて意見が聞きたくてな」
これ、と言って白の国からの書状を雑に振る。ゼンがそれを受け取り、オーウェンに手渡した。
書状を読んだオーウェンは首をひねり、それに力を得たらしいルーファスが問いかけた。
「どう思う?」
「……白の女王は何度魔法を使われたのでしょうか? ……いや、そもそも魔法がすぐに使えないってどういうことだ? しかも回復に三ヶ月も? 燃費が悪いな。俺だったらこまめに休憩を挟むのになぜ空になるまで……いや、空になったと考えるのも早計か。百必要なところを五十残している可能性も……」
思考に沈んだオーウェンはぶつぶつと独り言を呟き、国のトップ二人を置いてきぼりにしている。
いつも実直に仕事をこなしてくれる私の補佐官は、聞くところによると魔法オタクらしい。
私のことも最初は魔法の使い方が上手い人としか認識してなかったらしいから、筋金入りだ。
キング達の幼馴染としての方が有名だったのに。
ルーファスがたまらず口を挟む。
「オーウェン、悪いが魔法に関してではなく、白の国がどうして」
「そういえば魔力が空になったことがないから感覚がわからないな。魔力が空になるまで魔法を使用してもよろしいでしょうか。ここで」
「いいわけあるか! お前、物騒な属性ばっか持ってんだろ!」
「オーウェン。あとで絶対に後悔するから正気に戻った方がいいわよ」
キングに不遜な態度を取ってしまったと取り乱す姿が容易に想像できてしまい、書状を取り上げる。
「あっ、も、申し訳ございません。ご用件をお伺いもせず……」
正気になり取り繕って頭を下げるオーウェンにルーファスは眉間のシワを伸ばしている。
用件を言ってる途中で遮られてたからな……。
「……白の国はどうして嘘をついているのか、君の意見を聞かせてくれ」
「嘘?」
思わず口を挟んだ。
どうして嘘だと分かったのだろう。
「当然、嘘だと思われます。回復に三ヶ月もかかるなどあり得ませんから。体力のように魔力も使えば減っていきますが、一晩でも休めば回復するでしょう?」
「そうだ。三ヶ月も回復しない魔力など聞いたことがない。問題は、なぜすぐにわかる嘘をついてまで魔法の使用を拒否したのか、だ」
私は素直に感動した。
ゲームではこんな会話はされておらず、当たり前のようにヒロインは三ヶ月をこの世界で過ごすことを受け入れていた。
しかし二十四年もこの世界で過ごしたからこそ、私にとってもこの話には違和感しかない。ゲームでもルーファス達は気付いていたらしい話はあったが、裏でこんな会話がされていたなんて。
ララには申し訳ないが、ゲームの裏話を見ているようで少し気分が高揚する。
「もしや、現在白の女王は魔法を使用できない状況にあるのでは?」
「お茶会には元気に出ておられたがな……ご病気をされているような様子はなかった」
「三ヶ月という区切りが気になりますね。次のお茶会に何かあるのではないですか?」
三人で深刻に言い合っているが、当然答えなど出ない。
「やはりわからんな。可哀想だが、ララさんには我慢してもらうほかないか……」
「こちらから追求するわけにもいきませんしね」
観光では私が選ばれてどうしようかと思ったものの、この話し合いはララのためのものだったらしい。
ルーファス達も、ララに気を配ってくれているようでほっとする。
まだまだ恋愛の対象というわけではないだろうけど、このまま親しくしていればストーリーも進むだろう。
深刻に話し合う男達を少々気の毒に思いながら、そっと息をついた。
「白の国はなんと?」
その雰囲気から、やはりいい返事ではなかったのだとわかり、単刀直入に聞く。
そっとゼンが白の国からの書状を私に手渡して、ララへ痛ましげに視線を向ける。書状の内容は私の記憶の通りだ。
「……別世界へとつなぐ扉を開くための魔力が足りず、すぐに開くことは出来ない。回復には三ヶ月はかかるだろう」
息を呑むララを、ゼンがそっとソファへと促したのが視界の端から見えた。
「これは白の国の者の手落ちである。よって、別世界の住人の身柄は白の国で預かる」
私が口にした内容にララは「それは……」と小さく呟いた。
「スペードの国に迷惑をかけたとの謝罪も別に受け取っている。だが、私達は君の滞在を迷惑だとは思っていない」
そんなララに、ルーファスが言う。
「だから、君が決めて構わない。このまま我が国に滞在するか、白の国へ行くか」
実はここでは二週目で初めて出る分岐がある。
『スペードの国に留まる』と『白の国に行く』だ。
ゲームではないこの世界なら、二週目の選択肢ももちろん選ぶことが出来るのだけど、ララはどちらを選ぶ……?
ルーファスの問いに、ララは一瞬も迷わなかった。
「ご迷惑ではないと言っていただけるなら、私はこのスペードの国でお世話になりたいと思います」
ルーファスをまっすぐに見つめてそう言うと、ララは私に向き直った。
「今日で帰れると思っていた時、これでエルザさんとお別れになるのかと思うと、本当にとても悲しかったんです。でもこれから帰るまでの間、ここに滞在させていただけるなら……エルザさんともっと一緒に過ごして、あなたのことを知りたいと思います」
ララの決意のこもった瞳に、私は「あなたが帰るとき、きっととても悲しくなるわね」とだけ言った。
「エルザは少し残ってくれ」
ララと退室しようとしたら、ルーファスに呼び止められた。
ノエルがララを促して部屋を出て行き、部屋には三人だけが残る。
不思議に思っていると聞き慣れたノックの音がして、ルーファスが入室を促した。
「失礼いたします。キング」
「オーウェン?」
部屋に入ってきたオーウェンは真面目な顔に訝しげな色を隠して礼を執った。
「俺が呼んだんだ。これについて意見が聞きたくてな」
これ、と言って白の国からの書状を雑に振る。ゼンがそれを受け取り、オーウェンに手渡した。
書状を読んだオーウェンは首をひねり、それに力を得たらしいルーファスが問いかけた。
「どう思う?」
「……白の女王は何度魔法を使われたのでしょうか? ……いや、そもそも魔法がすぐに使えないってどういうことだ? しかも回復に三ヶ月も? 燃費が悪いな。俺だったらこまめに休憩を挟むのになぜ空になるまで……いや、空になったと考えるのも早計か。百必要なところを五十残している可能性も……」
思考に沈んだオーウェンはぶつぶつと独り言を呟き、国のトップ二人を置いてきぼりにしている。
いつも実直に仕事をこなしてくれる私の補佐官は、聞くところによると魔法オタクらしい。
私のことも最初は魔法の使い方が上手い人としか認識してなかったらしいから、筋金入りだ。
キング達の幼馴染としての方が有名だったのに。
ルーファスがたまらず口を挟む。
「オーウェン、悪いが魔法に関してではなく、白の国がどうして」
「そういえば魔力が空になったことがないから感覚がわからないな。魔力が空になるまで魔法を使用してもよろしいでしょうか。ここで」
「いいわけあるか! お前、物騒な属性ばっか持ってんだろ!」
「オーウェン。あとで絶対に後悔するから正気に戻った方がいいわよ」
キングに不遜な態度を取ってしまったと取り乱す姿が容易に想像できてしまい、書状を取り上げる。
「あっ、も、申し訳ございません。ご用件をお伺いもせず……」
正気になり取り繕って頭を下げるオーウェンにルーファスは眉間のシワを伸ばしている。
用件を言ってる途中で遮られてたからな……。
「……白の国はどうして嘘をついているのか、君の意見を聞かせてくれ」
「嘘?」
思わず口を挟んだ。
どうして嘘だと分かったのだろう。
「当然、嘘だと思われます。回復に三ヶ月もかかるなどあり得ませんから。体力のように魔力も使えば減っていきますが、一晩でも休めば回復するでしょう?」
「そうだ。三ヶ月も回復しない魔力など聞いたことがない。問題は、なぜすぐにわかる嘘をついてまで魔法の使用を拒否したのか、だ」
私は素直に感動した。
ゲームではこんな会話はされておらず、当たり前のようにヒロインは三ヶ月をこの世界で過ごすことを受け入れていた。
しかし二十四年もこの世界で過ごしたからこそ、私にとってもこの話には違和感しかない。ゲームでもルーファス達は気付いていたらしい話はあったが、裏でこんな会話がされていたなんて。
ララには申し訳ないが、ゲームの裏話を見ているようで少し気分が高揚する。
「もしや、現在白の女王は魔法を使用できない状況にあるのでは?」
「お茶会には元気に出ておられたがな……ご病気をされているような様子はなかった」
「三ヶ月という区切りが気になりますね。次のお茶会に何かあるのではないですか?」
三人で深刻に言い合っているが、当然答えなど出ない。
「やはりわからんな。可哀想だが、ララさんには我慢してもらうほかないか……」
「こちらから追求するわけにもいきませんしね」
観光では私が選ばれてどうしようかと思ったものの、この話し合いはララのためのものだったらしい。
ルーファス達も、ララに気を配ってくれているようでほっとする。
まだまだ恋愛の対象というわけではないだろうけど、このまま親しくしていればストーリーも進むだろう。
深刻に話し合う男達を少々気の毒に思いながら、そっと息をついた。
0
お気に入りに追加
1,161
あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる