ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
上 下
12 / 206
第一章

12

しおりを挟む
「タルトタタンは僕も好きだよ。たまに作ってる」
「美味しいですよね! お店には出さないんですか?」
「一人でやりくりしてるからどうしても手が足りなくってね。人を雇おうか悩んでるとこなんだ」

 二人は美味しいお菓子を作るのも食べるのも好きということで、すぐに意気投合した。

 小太りな体型のハンプティは、その外見のイメージ通りにおおらかで温厚な人だ。
 おまけに料理上手ときているから、ゲームのキャラクター人気投票でも『結婚したいキャラクター』部門で数々のイケメンたちを差し置いて1位に輝いていた。

 ストーリーも終始穏やかで、人手が足りないお店の手伝いをすることになったヒロインとのんびりとした時間を過ごす。
 しかしヒロインが別の世界の人間だとわかって、最後の日まで楽しく一緒に過ごせたらそれで十分だと、自分の気持ちを押し殺してヒロインに自分の世界へ戻るように諭すのだ。
 帰らない選択をしたヒロインの前で涙ながらに「本当は帰ってほしくなかったんだ」と漏らすシーンには私も泣いてしまった。
 このゲーム屈指の癒し系ストーリーだ。

「あっ、エルザごめんね。二人で盛り上がってて」

 話に入らず思い出に浸っていた私に、気が付いた二人が慌てている。
 スチルにはない穏やかに話す二人を、心のカメラに収めていたから気にしなくていいのに……。

「ララがのんびり過ごせればと思ってここに来たのだから、楽しく話す二人を見ているのが楽しいの」

 まぎれもない本心なのに、ハンプティは気を使ったと思ったらしい。

「そんなこと言わずに、キミとも話がしたいよ。そういえばこの前、スペードのキングが店に来てくれたよ」
「ああ、そういえばエッグタルトのお土産をもらったわね。とても美味しかった、いつも通り」
「そう言ってもらえると嬉しいな。それにしてもルーファスはすっかりキング然としてるね。キミ達があちこちで遊びまわってた頃からは想像もできないよ」
「人が見ている時のキングモードね。誰もいないときは相変わらずにガキ大将よ。うるさくて嫌になっちゃう」
「ははは! 相変わらず仲が良くってうらやましいよ」

 肩をすくめる私に、すべてお見通しとばかりにハンプティが笑う。
 いつもならここからルーファス達の面白話を展開していくけど、今度はララを退屈させてしまいそうだ。

「そろそろお暇するわね、まだ観光の途中だったから」
「そうかい? それならお土産を持って帰ってよ。ルーファスは甘いものが苦手だろう? キッシュを作っていたんだ。いつキミ達が来てくれてもいいようにと思って」

 ララを促して立ち上がると、ハンプティがそう言いながら厨房に向かった。ハンプティのキッシュ!? ゲームにも出てないわ、そんなの!

「すっごく嬉しい! キッシュをいただくのは初めてね」
「確かそうだね。本当はメニューに加えようか悩んでいるから、感想を聞かせてほしいだけなんだよ」

 丸い瞳でウィンクしながらお皿に乗ったキッシュを見せてくれる。ポテトとベーコン、それにほうれん草も入っている。具沢山だ。

「感想なんて、この香りだけでもう美味しいの一言よ。嬉しいわ、ありがとう。でもお茶の分と含めてこのキッシュのお代も払わせてね」
「ダメだよ! 試作なんだから!」
「銀貨五枚でいいかしら、店員さん?」

 銀貨は前世の貨幣に換算すると一枚千円くらいの感覚だ。

「高すぎるよ!」

 押し問答の末、妥当だと思う金額で落ち着いたが、ハンプティは不満げだ。

「まったく、エルザは言ったら聞かないんだから」
「次はごちそうになるわ。みんなも連れてまた来るわね」
「ぜひそうしてよ。その時はララさんも遊びに来てね。タルトタタンを用意して待ってるから」

 わざとらしい不満げな表情を消して笑顔になったハンプティはララに話しかけるが、ララはあいまいに笑って「ごちそうさまでした」と言って頷かなかった。
 今日で帰るつもりでいるからだろう。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

処理中です...