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第一章
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馬車が完全に停まるのも待たずに飛び降りると、突然停まった馬車に驚いた様子のヒロインと真正面から顔を見合わせることになった。
スチルでしか見たことのないヒロインは、現実で見てもその美しさが際立っている。
薄桃色の髪が風で揺れ、電灯の明かりを映す両目は淡い金色。
柔らかな色合いばかりのその女性は、まるで先ほどのお茶会で食べたイチゴのムースケーキのようだ。
陶器のように滑らかな頬が幾分か青ざめて見えるのは薄暗いせいか、今の状況のせいかはわからない。
「あの……?」
じっと見つめる私をヒロインが訝しんでいる。
馬車を止めた以上、私が話しかけないと。
ここでのルーファスのセリフは確か――。
『こんな時間に何をしている? 早く家に帰れ』
まったく同じセリフを私が言うわけにはいかないから、ええっと……。
「こんばんは、お嬢さん。こんなところで何をしているの?」
ルーファスの「ナンパかよ」と茶化す声が背後から聞こえ、すかさず睨みつける。
これ、本来ならあんたの仕事なんだからね! 私もナンパかよと思ったけど……。
三人も馬車から降りてきたようだ。
初対面の相手だが、よほど心細かったのかもしれない。ヒロインは恐る恐る、信じてもらえるかわからないですけど、と前置きしてここに来た経緯を説明してくれた。
それは、寸分違わず私が知るゲームのシナリオそのままだった。
落とし物をした白ウサギを追って穴の中に入ると、その先は色とりどりの花々が美しい庭園。
ドレス姿の人達を見かけて慌ててその場を離れたヒロインは、白ウサギを見失ってしまう。その上ここがどこだかもわからず途方にくれていたところに、私達の馬車が通りがかったのだという。
「白ウサギというと、白の国の宰相か?」
「でしょうね。その大きな懐中時計は確かに白ウサギ殿の持ち物のはずです」
ヒロインの手元では、彼女の顔ほどの大きさの銀の懐中時計がカチコチと音を立てている。
「それ、とても大事にしていたよ。失くして困っているかもしれないね」と、ノエルが言う。
私も首から大きな時計を下げた彼の姿は実際に見たことがある。
「しかしもう夜になりますし、届けるのは明日にしたほうがいいのでは? 家がどこだかわからないというなら、今日はうちの泊まれば良いでしょう。構いませんよね?」
「ああ」
「そんな! ご迷惑をおかけするわけには……」
恐縮するヒロインを、ルーファスが目で制した。
「いいから泊まっていけばいい。城にはいくらでも部屋があるしな」
「お城……?」
「ああ、スペードの国の城。……ウサギ穴を通ったと言っていたが、ここは君の住んでいる世界ではないと気が付いているな?」
ルーファスの言葉にヒロインはびくりと体を震わせ、ゼンとノエルは驚いているようだが、私は呆然と聞き入ってしまっていた。
これは、この流れはまさにゲームの――。
「それは白の女王の魔法だ。別の世界とこちらの世界を繋ぐ魔法。なら今日帰るのは無理だ。白の女王に繋げていただく必要があるが、今からではもう戻るには時間が遅すぎる」
「そんな……」
「そういうことなら今日はもう遅いし、明日お手紙を出そう? 朝一番に出してあげるから! ね?」
ノエルの説得を受けて「わかりました」と頷くヒロインに、ルーファスは満足したように笑みを深めた。
「よし。一日ばかりだが、異世界からの客人をスペードの国は歓迎しよう。ようこそ、ワンダーランドへ」
……ここ! ここでオープニング!
きゃー! テンションがあがる!
二十四年ぶりにゲーム機を付けてプレイしているような高揚感! ここでスペードの三人のスチルがあったのよね! 実際にその場にいられるなんて信じられない!
キャラクターデザインがよく、人気の声優が起用されていることもあって人気のタイトルだった『ワンダーランドへようこそ!』は、オープニング曲も素晴らしかった。全歌詞英語で歌われたそれはカラオケ配信もされていて、アップテンポで歌うことが難しかったけど私の定番ソングだ。
「おい」
今頃どこかでオープニングが流れているのかと思うと涙が出そうだ。ああ、こんな間近で見られるなんて……。
「おいっ」
あんなに不安に思っていたのに、やっぱり死んでも私はオタク。好きなゲームを生で見られた興奮には何物も勝てない!
「おい! 聞いてんのか!」
頬をぎゅうと引っ張られて、前につんのめる。痛い。
「何をぼーっとしてるんですか? 早く帰りますよ」
人がせっかく思い出に浸ってるというのに、ゼンからも促されてしぶしぶ馬車に戻ると、所在無げなヒロインと目が合った。
「この人がね、君を見つけてくれたんだよ」
そんなヒロインにノエルが優しく話しかけると、ぎこちなくもヒロインは頭を下げてお礼を言ってくれた。
「私はエルザ。あなたのお名前は?」
ゲームにはヒロインのデフォルトネームが設定されていた。その名前は――。
「ララ、と言います。この度は、ご迷惑をおかけします」
スチルでしか見たことのないヒロインは、現実で見てもその美しさが際立っている。
薄桃色の髪が風で揺れ、電灯の明かりを映す両目は淡い金色。
柔らかな色合いばかりのその女性は、まるで先ほどのお茶会で食べたイチゴのムースケーキのようだ。
陶器のように滑らかな頬が幾分か青ざめて見えるのは薄暗いせいか、今の状況のせいかはわからない。
「あの……?」
じっと見つめる私をヒロインが訝しんでいる。
馬車を止めた以上、私が話しかけないと。
ここでのルーファスのセリフは確か――。
『こんな時間に何をしている? 早く家に帰れ』
まったく同じセリフを私が言うわけにはいかないから、ええっと……。
「こんばんは、お嬢さん。こんなところで何をしているの?」
ルーファスの「ナンパかよ」と茶化す声が背後から聞こえ、すかさず睨みつける。
これ、本来ならあんたの仕事なんだからね! 私もナンパかよと思ったけど……。
三人も馬車から降りてきたようだ。
初対面の相手だが、よほど心細かったのかもしれない。ヒロインは恐る恐る、信じてもらえるかわからないですけど、と前置きしてここに来た経緯を説明してくれた。
それは、寸分違わず私が知るゲームのシナリオそのままだった。
落とし物をした白ウサギを追って穴の中に入ると、その先は色とりどりの花々が美しい庭園。
ドレス姿の人達を見かけて慌ててその場を離れたヒロインは、白ウサギを見失ってしまう。その上ここがどこだかもわからず途方にくれていたところに、私達の馬車が通りがかったのだという。
「白ウサギというと、白の国の宰相か?」
「でしょうね。その大きな懐中時計は確かに白ウサギ殿の持ち物のはずです」
ヒロインの手元では、彼女の顔ほどの大きさの銀の懐中時計がカチコチと音を立てている。
「それ、とても大事にしていたよ。失くして困っているかもしれないね」と、ノエルが言う。
私も首から大きな時計を下げた彼の姿は実際に見たことがある。
「しかしもう夜になりますし、届けるのは明日にしたほうがいいのでは? 家がどこだかわからないというなら、今日はうちの泊まれば良いでしょう。構いませんよね?」
「ああ」
「そんな! ご迷惑をおかけするわけには……」
恐縮するヒロインを、ルーファスが目で制した。
「いいから泊まっていけばいい。城にはいくらでも部屋があるしな」
「お城……?」
「ああ、スペードの国の城。……ウサギ穴を通ったと言っていたが、ここは君の住んでいる世界ではないと気が付いているな?」
ルーファスの言葉にヒロインはびくりと体を震わせ、ゼンとノエルは驚いているようだが、私は呆然と聞き入ってしまっていた。
これは、この流れはまさにゲームの――。
「それは白の女王の魔法だ。別の世界とこちらの世界を繋ぐ魔法。なら今日帰るのは無理だ。白の女王に繋げていただく必要があるが、今からではもう戻るには時間が遅すぎる」
「そんな……」
「そういうことなら今日はもう遅いし、明日お手紙を出そう? 朝一番に出してあげるから! ね?」
ノエルの説得を受けて「わかりました」と頷くヒロインに、ルーファスは満足したように笑みを深めた。
「よし。一日ばかりだが、異世界からの客人をスペードの国は歓迎しよう。ようこそ、ワンダーランドへ」
……ここ! ここでオープニング!
きゃー! テンションがあがる!
二十四年ぶりにゲーム機を付けてプレイしているような高揚感! ここでスペードの三人のスチルがあったのよね! 実際にその場にいられるなんて信じられない!
キャラクターデザインがよく、人気の声優が起用されていることもあって人気のタイトルだった『ワンダーランドへようこそ!』は、オープニング曲も素晴らしかった。全歌詞英語で歌われたそれはカラオケ配信もされていて、アップテンポで歌うことが難しかったけど私の定番ソングだ。
「おい」
今頃どこかでオープニングが流れているのかと思うと涙が出そうだ。ああ、こんな間近で見られるなんて……。
「おいっ」
あんなに不安に思っていたのに、やっぱり死んでも私はオタク。好きなゲームを生で見られた興奮には何物も勝てない!
「おい! 聞いてんのか!」
頬をぎゅうと引っ張られて、前につんのめる。痛い。
「何をぼーっとしてるんですか? 早く帰りますよ」
人がせっかく思い出に浸ってるというのに、ゼンからも促されてしぶしぶ馬車に戻ると、所在無げなヒロインと目が合った。
「この人がね、君を見つけてくれたんだよ」
そんなヒロインにノエルが優しく話しかけると、ぎこちなくもヒロインは頭を下げてお礼を言ってくれた。
「私はエルザ。あなたのお名前は?」
ゲームにはヒロインのデフォルトネームが設定されていた。その名前は――。
「ララ、と言います。この度は、ご迷惑をおかけします」
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