ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

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 プロローグは、ヒロインが白ウサギの落とし物を拾い、追いかけることから始まる。それはそうだ。いい歳したヒロインがウサギさんを追いかけていくには理由が必要だろう。
 しかし、そのいい歳したヒロインは、見事に白ウサギを追って穴に入り、ワンダーランドへ。

 そうして辿り着くのは白の国だ。
 真っ白で、乙女の夢を表したようなそのお城の庭園では、豪華なドレス姿の人達が歓談している。
 間違えて入り込んでしまったと勘違いしたヒロインはそっとその場を後にし、同じくお茶会を抜け出した人物と出会いを果たすのだ。


 だというのに。

「お前、よくそんなもんバクバク食えるな」
「女の子は甘いものが好きって相場が決まってんのよ」

 なぜその人物は隣に座って、私の皿を忌々し気に見つめているのか。

「暇なら抜け出して昼寝でもしてたらどう?」

 そうして白ウサギを探す美人とプロローグを始めたらどうだ?

「お前がいないときは、そうしてたけどな」
「別に、相手してくれなくても一人でいられるわよ?」
「いや、そうじゃなくて……」

 言い淀むルーファスに首を傾げると、再びルーファスの視線が私の手元のお皿に向かう。
 ミニケーキやマカロンなどのカラフルなプティフールは、見ているだけで頬が緩む鮮やかさだ。
 何を思ったのか、ルーファスは私の手を取りイチゴのムースケーキにフォークを突き刺すと、それを自らの口へと運んだ。

「うぐっ……」
「甘いものが嫌いなくせに、何してるのよ」

 やれやれと給仕から飲み物を受け取って渡してあげると、飲み物と一緒にごくごくとケーキを飲み込んだ。もったいないことを。

「ほら、これなら食べられるでしょ」

 フォークにコーヒークリームのケーキを突き刺して差し出すと、ルーファスは素直に口を開ける。
 放り込んであげると顔をしかめながらも「さっきのよりはマシだな」と失礼なことを言うので、二度とあげるものかと心に決めた。

 結局、ルーファスはお茶会を抜け出すことのないまま、私たちは帰路についた。



 プロローグではルーファス以外にハートのキングとの出会いイベントもあり、それらのイベントの後、ウサギを追っていった彼女には、二つの選択肢が与えられる。

 『森へ向かう』『橋へ向かう』

 森を選べばハートの国の領土に入り、橋を選べばスペードの国へ向かうことになる。
 ハートの国に向かえばハートのキング達を、スペードの国へ向かえばスペードのキング達を攻略できるというシステムだった。

 白の国とスペードの国の境には幅の広い川があり、そこには大きな石橋がかかっている。
 ヒロインが森へ向かっていれば、おそらく私はさほど彼女とかかわることもなくストーリーが進むだろう。
 しかしもし、橋に向かっていれば……。

 そっと馬車の窓から外をのぞく。ちょうど橋に差し掛かるところだ。
 ガタガタと馬車が音を立てて進む。
 ここに、いなければ――。

「……あっ」

 馬車の前方、橋の欄干にもたれかかる女性がいる。電灯の明かりを受けて淡く光る髪の隙間から覗く顔には、影が落ちている。
 その様子はまるで一枚の絵画のよう。
 そっと胸を押さえた。

 ヒロインは、スペードの国を選んだのだ。
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