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第53話 惑わしの森と新たなる挑戦
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隣町サイラスでの束の間の休息は、アルトの心に新たな活力を与えてくれた。
Eランク冒険者として、次なるステップへ進む時が来た。
目指すは、Dランクへの昇格。
そのためには、Eランクの中でも特に難易度の高い依頼を達成し、ギルドにその実力を示す必要がある。
ギルドの依頼掲示板の前で、アルトは熟考していた。
いくつかの候補の中から、彼の心を捉えたのは、一枚の少し変わった依頼書だった。
『東の森・異常調査:最近、東の森の一部で原因不明の濃霧及び幻覚現象が発生中。原因を調査し、可能であれば排除すること。報酬 銀貨2枚~(成果により変動)。ランクE推奨(危険度高)』
東の森の、妙な霧。
それは、先日隣町で斥候のティムから聞いたばかりの情報だった。
単なる魔物討伐ではない、調査と原因究明。
そして、幻覚という未知の脅威。
それは、アルトにとって、これまでにない種類の挑戦であり、だからこそ強く惹かれるものがあった。
「この依頼を受けます」
アルトは決意し、依頼書をカウンターへ持っていった。
ギルドマスターは、アルトの選択に少し驚いたような顔をしたが、すぐに深刻な表情で語り始めた。
「東の森の霧か……あれは、かなり厄介だぞ。ただ視界が悪くなるだけではない。中に長くいると、方向感覚を完全に失い、ありもしない幻覚を見ると報告されている。すでに何人かの村人や、経験の浅い冒険者が森で迷い、危ういところだったらしい」
マスターの話によれば、霧の原因として、幻覚作用のある特殊な鱗粉を撒き散らす、大型の蛾型魔物「フォギーモス」の仕業ではないかと推測されているが、まだ確証はないという。
「もしフォギーモスだとすれば、奴らは複数で行動することもある。あの鱗粉を吸い込むと、悪夢のような幻覚に苛まれることになるだろう。まずは慎重に原因を突き止め、可能だと判断した場合のみ、排除を試みてほしい。くれぐれも、無理はするな」
幻覚、方向感覚喪失……。
物理的な攻撃とは違う、精神的な脅威。
アルトは、対策を練る必要性を感じた。
視界確保のためのランタンと予備の油は必須。
そして、正確な方位を知るためのコンパスも必要だろう。
村の道具屋で、安価だが最低限の機能を備えた小さなコンパスを購入した。
バルガスにも相談すると、「幻覚というものは、心の隙間につけ込んでくるものだ。どんな時でも冷静さを失わず、常に自分の五感を疑うくらいの慎重さが求められるぞ」という、重みのあるアドバイスをもらった。
強い精神力と集中力。
これまでの厳しい訓練が、ここで試されることになるだろう。
アルトは、ギフトの応用についても考えた。
あの「衝撃波(仮)」を使えば、濃い霧や、もしフォギーモスの仕業ならその鱗粉を、一時的に吹き飛ばせるかもしれない。
これも試してみる価値はありそうだ。
準備を進める中で、アルトはリナの元も訪ねた。
事情を話すと、リナは薬草の知識を活かし、気分を落ち着かせ、精神を集中させる効果があるという特別なハーブと、強い刺激で意識を覚醒させる気付け薬のようなものを調合してくれた。
「これがどれだけ効くか分からないけど…気休めにはなると思うから。使ってみて」
「ありがとう、リナ!本当に助かるよ!」
リナの協力は、アルトにとって大きな力となった。
さらに、アルトは視界不良下での戦闘も想定し、自宅の裏庭で、目を閉じた状態で剣と盾を構え、周囲の音や空気の流れ、気配を探る感覚を研ぎ澄ます訓練も行った。
装備の手入れも入念に行い、準備は万端だ。
ギルドマスターからは、「この依頼は危険度が高い。できれば経験豊富な斥候とパーティを組むことを強く勧めるが…」と、改めてパーティでの行動を勧められた。
アルトも一瞬、斥候であるティムと協力することを考えた。
霧の中でのナビゲーションや、危険察知能力は、彼の助けがあれば心強いだろう。
しかし、今回はまず自分の力でどこまでやれるのか、それを試したいという気持ちが強かった。
「ありがとうございます。ですが、まずは一人で調査に挑戦してみます。危険だと判断したら、無理せずすぐに引き返しますので」
アルトは、そう言ってマスターの申し出を丁重に断った。
マスターは少し心配そうな顔をしたが、最後はアルトの決意を尊重し、「くれぐれも、無茶はするなよ」と強く念を押した。
出発前夜、アルトは家族と夕食の食卓を囲んだ。
東の森の霧の話は、すでに村でも不気味な噂として広まっており、母親は「アルト、お願いだから、そんな恐ろしいところに一人で行くのはやめておくれ…」と、涙ながらに訴えた。
アルトは、自分がEランク冒険者であること、十分な準備をしていること、そして決して無茶はしないことを、時間をかけて丁寧に説明し、なんとか母親を宥めた。
父親と兄ヨハンは、黙って話を聞いていたが、その表情には深い心配の色が浮かんでいた。
食事が終わると、リナがアルトの家を訪ねてきた。
その手には、小さな布製のお守りが握られていた。
「これ…アルトのために、教会で特別に祈ってもらってきたの。気休めかもしれないけど、きっとアルトを守ってくれると思うから」
リナは、そう言ってアルトにお守りを手渡した。
その温かい心遣いが、アルトの胸にじんわりと染み渡る。
「ありがとう、リナ。大切にするよ。……必ず、無事に帰ってくる。約束だ」
アルトはリナの手を強く握りしめ、固い約束を交わした。
翌朝、夜明けと共にアルトは出発した。
背には冒険道具一式が詰まったリュック。
腰にはショートソード、左腕にはバックラー。
胸にはEランクを示す銀色のプレートと、リナがくれた温かいお守り。
彼の足は、未知の脅威が潜む「惑わしの森」へと、確かな一歩を踏み出していた。
物理的な強さだけでは通用しないかもしれない、新たな試練。
幻覚、方向感覚喪失、そして霧の奥に潜むかもしれない魔物。
この困難な依頼を達成し、Dランクへの道を切り拓くことができるのか。
アルトの新たな挑戦が、深い霧の向こうで、静かに始まろうとしていた。
Eランク冒険者として、次なるステップへ進む時が来た。
目指すは、Dランクへの昇格。
そのためには、Eランクの中でも特に難易度の高い依頼を達成し、ギルドにその実力を示す必要がある。
ギルドの依頼掲示板の前で、アルトは熟考していた。
いくつかの候補の中から、彼の心を捉えたのは、一枚の少し変わった依頼書だった。
『東の森・異常調査:最近、東の森の一部で原因不明の濃霧及び幻覚現象が発生中。原因を調査し、可能であれば排除すること。報酬 銀貨2枚~(成果により変動)。ランクE推奨(危険度高)』
東の森の、妙な霧。
それは、先日隣町で斥候のティムから聞いたばかりの情報だった。
単なる魔物討伐ではない、調査と原因究明。
そして、幻覚という未知の脅威。
それは、アルトにとって、これまでにない種類の挑戦であり、だからこそ強く惹かれるものがあった。
「この依頼を受けます」
アルトは決意し、依頼書をカウンターへ持っていった。
ギルドマスターは、アルトの選択に少し驚いたような顔をしたが、すぐに深刻な表情で語り始めた。
「東の森の霧か……あれは、かなり厄介だぞ。ただ視界が悪くなるだけではない。中に長くいると、方向感覚を完全に失い、ありもしない幻覚を見ると報告されている。すでに何人かの村人や、経験の浅い冒険者が森で迷い、危ういところだったらしい」
マスターの話によれば、霧の原因として、幻覚作用のある特殊な鱗粉を撒き散らす、大型の蛾型魔物「フォギーモス」の仕業ではないかと推測されているが、まだ確証はないという。
「もしフォギーモスだとすれば、奴らは複数で行動することもある。あの鱗粉を吸い込むと、悪夢のような幻覚に苛まれることになるだろう。まずは慎重に原因を突き止め、可能だと判断した場合のみ、排除を試みてほしい。くれぐれも、無理はするな」
幻覚、方向感覚喪失……。
物理的な攻撃とは違う、精神的な脅威。
アルトは、対策を練る必要性を感じた。
視界確保のためのランタンと予備の油は必須。
そして、正確な方位を知るためのコンパスも必要だろう。
村の道具屋で、安価だが最低限の機能を備えた小さなコンパスを購入した。
バルガスにも相談すると、「幻覚というものは、心の隙間につけ込んでくるものだ。どんな時でも冷静さを失わず、常に自分の五感を疑うくらいの慎重さが求められるぞ」という、重みのあるアドバイスをもらった。
強い精神力と集中力。
これまでの厳しい訓練が、ここで試されることになるだろう。
アルトは、ギフトの応用についても考えた。
あの「衝撃波(仮)」を使えば、濃い霧や、もしフォギーモスの仕業ならその鱗粉を、一時的に吹き飛ばせるかもしれない。
これも試してみる価値はありそうだ。
準備を進める中で、アルトはリナの元も訪ねた。
事情を話すと、リナは薬草の知識を活かし、気分を落ち着かせ、精神を集中させる効果があるという特別なハーブと、強い刺激で意識を覚醒させる気付け薬のようなものを調合してくれた。
「これがどれだけ効くか分からないけど…気休めにはなると思うから。使ってみて」
「ありがとう、リナ!本当に助かるよ!」
リナの協力は、アルトにとって大きな力となった。
さらに、アルトは視界不良下での戦闘も想定し、自宅の裏庭で、目を閉じた状態で剣と盾を構え、周囲の音や空気の流れ、気配を探る感覚を研ぎ澄ます訓練も行った。
装備の手入れも入念に行い、準備は万端だ。
ギルドマスターからは、「この依頼は危険度が高い。できれば経験豊富な斥候とパーティを組むことを強く勧めるが…」と、改めてパーティでの行動を勧められた。
アルトも一瞬、斥候であるティムと協力することを考えた。
霧の中でのナビゲーションや、危険察知能力は、彼の助けがあれば心強いだろう。
しかし、今回はまず自分の力でどこまでやれるのか、それを試したいという気持ちが強かった。
「ありがとうございます。ですが、まずは一人で調査に挑戦してみます。危険だと判断したら、無理せずすぐに引き返しますので」
アルトは、そう言ってマスターの申し出を丁重に断った。
マスターは少し心配そうな顔をしたが、最後はアルトの決意を尊重し、「くれぐれも、無茶はするなよ」と強く念を押した。
出発前夜、アルトは家族と夕食の食卓を囲んだ。
東の森の霧の話は、すでに村でも不気味な噂として広まっており、母親は「アルト、お願いだから、そんな恐ろしいところに一人で行くのはやめておくれ…」と、涙ながらに訴えた。
アルトは、自分がEランク冒険者であること、十分な準備をしていること、そして決して無茶はしないことを、時間をかけて丁寧に説明し、なんとか母親を宥めた。
父親と兄ヨハンは、黙って話を聞いていたが、その表情には深い心配の色が浮かんでいた。
食事が終わると、リナがアルトの家を訪ねてきた。
その手には、小さな布製のお守りが握られていた。
「これ…アルトのために、教会で特別に祈ってもらってきたの。気休めかもしれないけど、きっとアルトを守ってくれると思うから」
リナは、そう言ってアルトにお守りを手渡した。
その温かい心遣いが、アルトの胸にじんわりと染み渡る。
「ありがとう、リナ。大切にするよ。……必ず、無事に帰ってくる。約束だ」
アルトはリナの手を強く握りしめ、固い約束を交わした。
翌朝、夜明けと共にアルトは出発した。
背には冒険道具一式が詰まったリュック。
腰にはショートソード、左腕にはバックラー。
胸にはEランクを示す銀色のプレートと、リナがくれた温かいお守り。
彼の足は、未知の脅威が潜む「惑わしの森」へと、確かな一歩を踏み出していた。
物理的な強さだけでは通用しないかもしれない、新たな試練。
幻覚、方向感覚喪失、そして霧の奥に潜むかもしれない魔物。
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アルトの新たな挑戦が、深い霧の向こうで、静かに始まろうとしていた。
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