40 / 125
第41話 森を駆ける死線
しおりを挟む
洞窟の暗闇から、光の中へと転がり出た。
しかし、安堵する間もなく、背後からはゴブリンたちの怒り狂った雄叫びが迫る。
数は10匹以上。
森の中での、絶望的とも思える鬼ごっこが幕を開けた。
少年――アルトは、ただ闇雲に走るのではなかった。
息を切らしながらも、頭は冷静に回転している。
事前に頭に入れておいた森の地形。
木々が密集し、視界の悪いエリア。
起伏が激しく、足場の悪い斜面。
そういった場所を選び、アルトは巧みに走行ルートを変えていく。
開けた洞窟内とは違い、障害物の多い森の中では、追手のゴブリンたちの足並みは自然と乱れた。
木々にぶつかる者、木の根に足を取られる者。
集団としての統制が崩れ、先行する数匹と後続の集団との間に、わずかながら距離が生まれ始めた。
(今だ!)
アルトはその機を逃さなかった。
急な斜面を駆け下りる途中で、素早く反転。
勢い余って追い抜こうとした、先行グループのゴブリン3匹に襲いかかった。
森の中での戦闘は、洞窟内よりもフットワークを活かせる。
アルトは訓練で培った軽やかなステップで相手を翻弄し、ショートソードを閃かせる。
狙いは的確に急所を捉え、一体目を瞬時に斬り伏せる。
残る二匹が棍棒を振りかぶるが、アルトはそれを冷静に見極め、一体の攻撃を腕で受け止め、即座に反射!
カウンター気味に放たれた力は、ゴブリンを後方の木に叩きつけた。
最後の一匹も、アルトの素早い剣閃の前に、なすすべもなく崩れ落ちた。
森の中に、短い断末魔が三度響き、そして消えた。
最初の迎撃を成功させると、アルトはすぐにその場を離れ、再び逃走に移る。
追いついてきた後続のゴブリンたちに対しても、同様の戦術を繰り返した。
地形を利用して引き離し、少数を相手に反撃する。
ヒットアンドアウェイ。
それは、数で劣る者が、多数の敵を相手にする際の定石だった。
幸いだったのは、あのホブゴブリンが洞窟の外まで追ってくる気配がないことだった。
巣の守りを優先したのか、それとも森の中での追跡は不得手なのか。
理由は定かではないが、最大の脅威がいないことは、アルトにとって大きなアドバンテージとなっていた。
それでも、戦いは過酷だった。
ヒットアンドアウェイを繰り返すたびに、アルトの体力は確実に削られていく。
革鎧はゴブリンの棍棒による打撃をいくらか防いでくれるが、衝撃は体に響く。
ショートソードを持つ腕は重くなり、足はもつれそうになる。
全身を駆け巡る疲労感と、無数の切り傷や打撲の痛みが、彼の意識を朦朧とさせようとした。
(まだだ…まだ終われない…!)
気力だけで、アルトは足を動かし続けた。
追ってくるゴブリンの数は、確実に減ってきている。
あと少し、あと少しだ。
そして、ついに。
開けた場所で、追いついてきた最後の一匹のゴブリンと対峙した時。
アルトは、残された最後の力を振り絞り、ショートソードを構えた。
相手もまた、必死の形相で棍棒を振りかぶってくる。
両者の攻撃が交錯し――勝負は一瞬で決した。
アルトの剣が、ゴブリンの心臓を正確に貫いていた。
ゴブリンが力なく倒れると、森には風の音と、アルト自身の荒い呼吸の音だけが残された。
静寂。
長かった追跡劇の、終焉だった。
「……終わった……」
アルトはその場に崩れるように倒れ込み、大きく息をついた。
空を見上げると、木々の隙間から青い空が見える。
勝ったのだ。
逃げ切った。
そして、生きている。
その実感が、じわじわと体中に広がっていった。
全身は泥と汗、そして血にまみれていた。
服は破れ、革鎧にも無数の傷がついている。
体力も精神力も、文字通り限界まで使い果たしていた。
それでも、アルトは立ち上がった。
最後の力を振り絞り、村への道を、一歩、また一歩と歩き始めた。
生きて帰ること。
それが、この過酷な任務を完遂させるための、最後の条件なのだから。
ボロボロの姿で冒険者ギルドにたどり着いた時、中にいた冒険者たちは皆、息をのんだ。
その凄惨な姿は、彼がどれほど過酷な状況から生還したかを物語っていた。
ギルドマスターは、アルトの無事な姿(と言える状態ではなかったが)に、まず安堵の表情を浮かべ、すぐにカウンターへと招き入れた。
アルトは、震える声で、しかしはっきりと、依頼の顛末を報告した。
洞窟内部の構造、ゴブリンの数、装備、リーダー格であるホブゴブリンの存在とその特徴。
そして、見張りの無力化から始まり、洞窟内での戦闘、発見と追跡、そして森の中での決死の逃走劇まで。
収集した情報を記した(血で少し滲んだ)メモも提出した。
ギルドマスターは、アルトの報告を驚きと共に、そして次第に感嘆の表情へと変えながら聞き入った。
報告が終わると、マスターは提出されたメモを注意深く確認し、深く、深く頷いた。
「……信じられん。よくぞ生きて戻った、アルト。そして、これほど正確で詳細な情報を持ち帰るとは……」
マスターの声には、抑えきれないほどの称賛がこもっていた。
「危険な状況下で冷静に判断し、任務を遂行しただけでなく、あの数の追手から生還した。見事だ。実に、見事と言うほかない!」
マスターは力強く言った。
「アルト、君の【Eランク】への昇格は、もはや疑いようのないものだ。いや、Eランクとしても、これは特筆すべき大功績と言えるだろう!」
そう言うと、マスターは依頼の基本報酬に加え、危険な任務に対する手当と、貴重な情報提供に対する特別報酬として、アルトがこれまでに手にしたことのない額の銀貨を手渡した。
「これは君の勇気と、類稀なる実力に対する正当な対価だ。胸を張って受け取るがいい」
ギルド内からは、アルトの功績と生還を称える、自然発生的な拍手が沸き起こった。
その音は、アルトの疲れた心に、温かく染み渡った。
過酷極まる威力偵察任務。
それを乗り越え、アルトは正式にEランク冒険者としての地位を確立した。
大きな達成感。
しかし同時に、ホブゴブリンという明確な強敵の存在と、集団戦における自身の限界も、彼は痛いほどに感じていた。
次なる目標は明確だ。
まずは、この疲弊しきった体を、時間をかけて完全に回復させること。
そして、手に入れた資金で防御力――盾を必ず手に入れること。
剣術とギフトの連携をさらに磨き上げ、いつか、あのホブゴブリンとも渡り合えるだけの力をつけること。
Eランクという新たなステージに立ち、アルトはさらなる高みを目指して、決意を新たにする。
彼の成長は、これからも止まることはないだろう。
今はただ、この激闘を生き延びた体を休ませ、次なる戦いに備える必要があった。
アルトは、仲間たちの称賛の声に包まれながら、安堵の息をついた。
しかし、安堵する間もなく、背後からはゴブリンたちの怒り狂った雄叫びが迫る。
数は10匹以上。
森の中での、絶望的とも思える鬼ごっこが幕を開けた。
少年――アルトは、ただ闇雲に走るのではなかった。
息を切らしながらも、頭は冷静に回転している。
事前に頭に入れておいた森の地形。
木々が密集し、視界の悪いエリア。
起伏が激しく、足場の悪い斜面。
そういった場所を選び、アルトは巧みに走行ルートを変えていく。
開けた洞窟内とは違い、障害物の多い森の中では、追手のゴブリンたちの足並みは自然と乱れた。
木々にぶつかる者、木の根に足を取られる者。
集団としての統制が崩れ、先行する数匹と後続の集団との間に、わずかながら距離が生まれ始めた。
(今だ!)
アルトはその機を逃さなかった。
急な斜面を駆け下りる途中で、素早く反転。
勢い余って追い抜こうとした、先行グループのゴブリン3匹に襲いかかった。
森の中での戦闘は、洞窟内よりもフットワークを活かせる。
アルトは訓練で培った軽やかなステップで相手を翻弄し、ショートソードを閃かせる。
狙いは的確に急所を捉え、一体目を瞬時に斬り伏せる。
残る二匹が棍棒を振りかぶるが、アルトはそれを冷静に見極め、一体の攻撃を腕で受け止め、即座に反射!
カウンター気味に放たれた力は、ゴブリンを後方の木に叩きつけた。
最後の一匹も、アルトの素早い剣閃の前に、なすすべもなく崩れ落ちた。
森の中に、短い断末魔が三度響き、そして消えた。
最初の迎撃を成功させると、アルトはすぐにその場を離れ、再び逃走に移る。
追いついてきた後続のゴブリンたちに対しても、同様の戦術を繰り返した。
地形を利用して引き離し、少数を相手に反撃する。
ヒットアンドアウェイ。
それは、数で劣る者が、多数の敵を相手にする際の定石だった。
幸いだったのは、あのホブゴブリンが洞窟の外まで追ってくる気配がないことだった。
巣の守りを優先したのか、それとも森の中での追跡は不得手なのか。
理由は定かではないが、最大の脅威がいないことは、アルトにとって大きなアドバンテージとなっていた。
それでも、戦いは過酷だった。
ヒットアンドアウェイを繰り返すたびに、アルトの体力は確実に削られていく。
革鎧はゴブリンの棍棒による打撃をいくらか防いでくれるが、衝撃は体に響く。
ショートソードを持つ腕は重くなり、足はもつれそうになる。
全身を駆け巡る疲労感と、無数の切り傷や打撲の痛みが、彼の意識を朦朧とさせようとした。
(まだだ…まだ終われない…!)
気力だけで、アルトは足を動かし続けた。
追ってくるゴブリンの数は、確実に減ってきている。
あと少し、あと少しだ。
そして、ついに。
開けた場所で、追いついてきた最後の一匹のゴブリンと対峙した時。
アルトは、残された最後の力を振り絞り、ショートソードを構えた。
相手もまた、必死の形相で棍棒を振りかぶってくる。
両者の攻撃が交錯し――勝負は一瞬で決した。
アルトの剣が、ゴブリンの心臓を正確に貫いていた。
ゴブリンが力なく倒れると、森には風の音と、アルト自身の荒い呼吸の音だけが残された。
静寂。
長かった追跡劇の、終焉だった。
「……終わった……」
アルトはその場に崩れるように倒れ込み、大きく息をついた。
空を見上げると、木々の隙間から青い空が見える。
勝ったのだ。
逃げ切った。
そして、生きている。
その実感が、じわじわと体中に広がっていった。
全身は泥と汗、そして血にまみれていた。
服は破れ、革鎧にも無数の傷がついている。
体力も精神力も、文字通り限界まで使い果たしていた。
それでも、アルトは立ち上がった。
最後の力を振り絞り、村への道を、一歩、また一歩と歩き始めた。
生きて帰ること。
それが、この過酷な任務を完遂させるための、最後の条件なのだから。
ボロボロの姿で冒険者ギルドにたどり着いた時、中にいた冒険者たちは皆、息をのんだ。
その凄惨な姿は、彼がどれほど過酷な状況から生還したかを物語っていた。
ギルドマスターは、アルトの無事な姿(と言える状態ではなかったが)に、まず安堵の表情を浮かべ、すぐにカウンターへと招き入れた。
アルトは、震える声で、しかしはっきりと、依頼の顛末を報告した。
洞窟内部の構造、ゴブリンの数、装備、リーダー格であるホブゴブリンの存在とその特徴。
そして、見張りの無力化から始まり、洞窟内での戦闘、発見と追跡、そして森の中での決死の逃走劇まで。
収集した情報を記した(血で少し滲んだ)メモも提出した。
ギルドマスターは、アルトの報告を驚きと共に、そして次第に感嘆の表情へと変えながら聞き入った。
報告が終わると、マスターは提出されたメモを注意深く確認し、深く、深く頷いた。
「……信じられん。よくぞ生きて戻った、アルト。そして、これほど正確で詳細な情報を持ち帰るとは……」
マスターの声には、抑えきれないほどの称賛がこもっていた。
「危険な状況下で冷静に判断し、任務を遂行しただけでなく、あの数の追手から生還した。見事だ。実に、見事と言うほかない!」
マスターは力強く言った。
「アルト、君の【Eランク】への昇格は、もはや疑いようのないものだ。いや、Eランクとしても、これは特筆すべき大功績と言えるだろう!」
そう言うと、マスターは依頼の基本報酬に加え、危険な任務に対する手当と、貴重な情報提供に対する特別報酬として、アルトがこれまでに手にしたことのない額の銀貨を手渡した。
「これは君の勇気と、類稀なる実力に対する正当な対価だ。胸を張って受け取るがいい」
ギルド内からは、アルトの功績と生還を称える、自然発生的な拍手が沸き起こった。
その音は、アルトの疲れた心に、温かく染み渡った。
過酷極まる威力偵察任務。
それを乗り越え、アルトは正式にEランク冒険者としての地位を確立した。
大きな達成感。
しかし同時に、ホブゴブリンという明確な強敵の存在と、集団戦における自身の限界も、彼は痛いほどに感じていた。
次なる目標は明確だ。
まずは、この疲弊しきった体を、時間をかけて完全に回復させること。
そして、手に入れた資金で防御力――盾を必ず手に入れること。
剣術とギフトの連携をさらに磨き上げ、いつか、あのホブゴブリンとも渡り合えるだけの力をつけること。
Eランクという新たなステージに立ち、アルトはさらなる高みを目指して、決意を新たにする。
彼の成長は、これからも止まることはないだろう。
今はただ、この激闘を生き延びた体を休ませ、次なる戦いに備える必要があった。
アルトは、仲間たちの称賛の声に包まれながら、安堵の息をついた。
21
あなたにおすすめの小説
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
無属性魔法しか使えない少年冒険者!!
藤城満定
ファンタジー
「祝福の儀式」で授かった属性魔法は無属性魔法だった。無属性と書いてハズレや役立たずと読まれている属性魔法を極めて馬鹿にしてきた奴らの常識を覆して見返す「ざまあ」系ストーリー。
不定期投稿作品です。
クラスまるごと異世界転移
八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。
ソレは突然訪れた。
『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』
そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。
…そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。
どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。
…大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても…
そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる