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2話
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テレビの音が右から左へと流れ、瞼に乗った重りの数は増えていく。遠くへ飛んでいきそうな意識を引き留めるものは、わたしの中にはいない。
だが、旅は始まらなかった。
近づいて来た時刻を告げる足音が待ったをかけたから。
「調子はどう?」
届いたのは、いつもと変わらず明るくて大きな声。
「変わらないよ」
気付かれぬように、わたしは瞼の上の重りを外す。
「そう。よかった。でも、何かあったらすぐに言うのよ」
不愛想な返答をしてしまったが、そんな言葉でも満足したのだろう。
母はニコッと微笑み、病室を忙しなく動き始めた。
換気のために開けられた窓から吹き込む風が、わたしの髪を優しく揺らす。
そのうち、ロングヘアにしてみようかな。
ふと、「死ぬまでにやりたいことリスト」というものが頭に浮かぶ。旅行や遊び、食事など、一度スイッチを押してしまえば、夢や望みはいくらでも湧き出てくる、気がする。
叶えたい、と我儘を言うつもりはない。ただ、願望を書き出す時間は楽しそうに思えた。
彼もワクワクしているのかもしれない。出番待ちになっている新品のノートが近くに感じる。明日は彼に出番を与えよう。
「そういえば、ニ中の前を通って来たんだけどね、あっちの桜も満開だったわ」
一通り用事を終え、隣に座った母の言葉は止まらない。母の特技はたった一日の時間をもっと長く感じさせられることだと、わたしは思っている。
「何か必要なものとか欲しいものはある?」
「……特にはないかな」
四冊パックのノートはまだ一冊も使い切れていない。
「そう?欲しいものがあったら何でも言ってくれていいんだからね」
遠慮はしていないのだが、わたしの僅かばかりの間が要らぬ心配を生んでしまったようだ。
「あ、そうだ。あれ、もう読み終わったから」
床頭台に置かれた本を指差す。
「こっちは?」
「それはまだ読み終わってないやつ」
一冊だけ居残りを命じる。
彼は寂しそうに佇んでいるが、家族の中で出番を与えてあげられるのは、わたししかいない。
「それにしても、いつも速いねぇ。面白かった?」
興味があるのか、ないのか。母は回収した本のページをペラペラと捲る。そんな彼女に伝える言葉は読書感想文のようで、どうしても満足できず、もどかしさが残ってしまう。できれば、色々な人と感想を言い合いたい。小さな望みは、能動的に人と知り合えない立場では難しかった。
「今度また新しいの買ってくるけど、何か読みたいやつある?」
「そうだな……」
次の旅先を考えるように、読みたい本を考える。
色々な世界へ連れ出してくれる本は最初はただの暇つぶしだった。だが、今はわたしの世界だった。
チラリと母が時間を確認した。
そうか。今日は火曜日か。
薄くなったわたしの曜日感覚は他人の行動でしか正すことができない。
「お母さんそろそろ行かないと」
「うん。またね」
「じゃあ。また明日」
声が一つ消えただけなのに、途端に部屋が広くなる。
読みかけの本と目が合う。しかし、今は手に取る気にはならない。瞼を落とすと母が来る前に時間が戻る。今度は誰も邪魔をしない。
だが、旅は始まらなかった。
近づいて来た時刻を告げる足音が待ったをかけたから。
「調子はどう?」
届いたのは、いつもと変わらず明るくて大きな声。
「変わらないよ」
気付かれぬように、わたしは瞼の上の重りを外す。
「そう。よかった。でも、何かあったらすぐに言うのよ」
不愛想な返答をしてしまったが、そんな言葉でも満足したのだろう。
母はニコッと微笑み、病室を忙しなく動き始めた。
換気のために開けられた窓から吹き込む風が、わたしの髪を優しく揺らす。
そのうち、ロングヘアにしてみようかな。
ふと、「死ぬまでにやりたいことリスト」というものが頭に浮かぶ。旅行や遊び、食事など、一度スイッチを押してしまえば、夢や望みはいくらでも湧き出てくる、気がする。
叶えたい、と我儘を言うつもりはない。ただ、願望を書き出す時間は楽しそうに思えた。
彼もワクワクしているのかもしれない。出番待ちになっている新品のノートが近くに感じる。明日は彼に出番を与えよう。
「そういえば、ニ中の前を通って来たんだけどね、あっちの桜も満開だったわ」
一通り用事を終え、隣に座った母の言葉は止まらない。母の特技はたった一日の時間をもっと長く感じさせられることだと、わたしは思っている。
「何か必要なものとか欲しいものはある?」
「……特にはないかな」
四冊パックのノートはまだ一冊も使い切れていない。
「そう?欲しいものがあったら何でも言ってくれていいんだからね」
遠慮はしていないのだが、わたしの僅かばかりの間が要らぬ心配を生んでしまったようだ。
「あ、そうだ。あれ、もう読み終わったから」
床頭台に置かれた本を指差す。
「こっちは?」
「それはまだ読み終わってないやつ」
一冊だけ居残りを命じる。
彼は寂しそうに佇んでいるが、家族の中で出番を与えてあげられるのは、わたししかいない。
「それにしても、いつも速いねぇ。面白かった?」
興味があるのか、ないのか。母は回収した本のページをペラペラと捲る。そんな彼女に伝える言葉は読書感想文のようで、どうしても満足できず、もどかしさが残ってしまう。できれば、色々な人と感想を言い合いたい。小さな望みは、能動的に人と知り合えない立場では難しかった。
「今度また新しいの買ってくるけど、何か読みたいやつある?」
「そうだな……」
次の旅先を考えるように、読みたい本を考える。
色々な世界へ連れ出してくれる本は最初はただの暇つぶしだった。だが、今はわたしの世界だった。
チラリと母が時間を確認した。
そうか。今日は火曜日か。
薄くなったわたしの曜日感覚は他人の行動でしか正すことができない。
「お母さんそろそろ行かないと」
「うん。またね」
「じゃあ。また明日」
声が一つ消えただけなのに、途端に部屋が広くなる。
読みかけの本と目が合う。しかし、今は手に取る気にはならない。瞼を落とすと母が来る前に時間が戻る。今度は誰も邪魔をしない。
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