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31 ーソーメンナイトー
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しかし毎日暑い。
8月も末。
日中の日差しの強さときたら、尋常じゃない。
真っ白な太陽光線で蒸発してしまいそうだ。
唯一の救いは、日本に比べればだいぶ湿度が低い点か。
もちろん依子などは、引きこもっていて良い仕事だから、ここぞとばかりに引きこもっている。
とは言え、冷房がないので、家の中での仕事はけっこうキツい。
冷たいシャワーを浴びたり、夕方から完全に暗くなるまでのわずかな時間に少し散歩したりして、凌いでいた。
そんな引きこもり生活だと必然的に、外食はもちろん、買い物もギリギリで必要最低頻度になる。
もっともこれは気候によらず、いつもかもしれない。
こう暑いとどうしても食欲も運動量も落ちて、気づいたら夏バテになってしまう。
先日ぶっ倒れてから、心底懲りていたので、なんとか食べないと、と思っているが、どうにも元気が出ないので、ちょっと奮発して日本食を作ることにした。
外食する元気はないし、お金も節約したいし、たまには日本食の素材を買いに行こう、と決心した。
どうせ、バイトには出かけるのである。その帰りにいつものスーパーに寄って行こう。
そして、買い込んだのは乾麺の蕎麦とそうめんである。
それから薬味用に長ネギと生姜とゴマ。
冷奴用の豆腐。
なんてことない材料だが、外国で買うと3倍は高いので、大変な贅沢品である。
それでも外食よりは安くあがるし、あっさりしたものが食べたいので、いいかと思った。
さすがに、みょうがと大葉は見つからなかった。好きなんだけどなあ。
あとは野菜と肉類を少々。
日曜日のバイト帰りにそんな材料を買って、翌日ゆっくり作ることにした。他にも作り置き惣菜をまとめて作っちゃおう。
ーーー
月曜日。
依子の場合、仕事を始めると、他の一切のことが面倒になってしまい、結局疲れてやらなくなるので、家事など必要なことは元気なうちにやってしまうことにしている。
というわけで、昼前。
あれとあれと~、と冷蔵庫を眺めながら、昼ごはんと一緒に作り置きの計画を立てようとしているところに、LINEが入った。
譲治からである。
「その後いかがですか。ちゃんと食べてますか。」
「暑くて食欲落ちてませんか。一緒に夕飯でもいかがですか。」
億劫になりがちな食事も一緒なら、ちゃんと食べるに違いない、という配慮をしてくれたらしい。
連絡をくれるのはだいたい、バイトの入ってない平日なのも、ありがたいことである。
譲治自身の休みは普通に土日なのに申し訳ないことだ。
「こんにちは。暑いですね。実はおっしゃるように食欲がわかないんですよ。」
「それで、ちょっと外食する元気がないので、簡単な和食作ろうと思っているんですが、ウチで一緒に食べませんか?」
「ちなみにそうめんディナーです。」
依子は思い切って誘ってみた。
もう何度か来てもらってるし、いいだろ。
「そうめんは大変惹かれますね。ご迷惑でなければぜひ。」
「何時頃がいいですか。」
「どうぞどうぞご遠慮なく~。
田中さんのお仕事が終わってご都合良い時間でいいですよ。いらしてから茹でますから。」
「じゃ、七時頃にお邪魔します。」
依子はOKとスタンプを返して、引き続きランチを用意することにする。
多めに作って夜ごはんに出そう。
さっきまで、めんどくさいな~という感じで若干かったるげに取り掛かろうとしていたのだが、食べてくれる人がいると思うと、俄然やる気が出る。
自分のためだけだと、どうしても食事は「エサ」という扱いになって際限なくテキトーになっていくので、自分にとってはめちゃくちゃありがたいことだ。
そして久しぶりにテンション高めで料理を始めた。
ーーー
夜7時の少し前、譲治は依子のアパートの玄関扉を叩いた。
ガチャ、とドアが開いて、依子がどうぞ~と、譲治を中へ招いた。
「散々お世話になったのに、あれ以来なんのお礼もしないままで。
失礼しちゃいました。なんか暑いですけれど元気でした?」
依子はスタスタと部屋へ入り、どうぞ、とテーブルの席をすすめる。
「まあ、在宅ワークなんで、相変わらずです。しかし暑くて。」
依子も譲治もそうだが、日本人が外国暮らしをする場合、玄関入ったところで靴を脱いで、サンダルなりスリッパなりに履き替えてから、リビングスペースに入る。
外国の場合、外靴のまま部屋へ入るのが一般的で、日本の家のような玄関はないのだが、マットなどを置いて境界線を作る方式だ。
依子の家の場合もそうなので、譲治は外履きのサンダルを脱いで、用意されていたスリッパを履いた。
そこらへんは、既に、以前見舞いに来た際に承知していたので、勝手知ったる場所である。
女性の家に上がるのに、この暑い季節に朝からそのまんまではあまりに失礼かと思い、一応家を出る前にシャワーを浴びて着替えてきた。
と言っても、いつものように、部屋着のまんまかというパンツと黒いTシャツである。
もうちょっとマシな外出着にすれば良かったか、と今更気づいたがもう遅い。
依子が相手だと、どうしてもリラックスモードになってしまう。
依子の部屋は、前回来た時と違って、ちゃんと生きている雰囲気があった。
依子自身が元気になった証のようでホッとした。
夜風を入れるためか、開け放した窓にかかるカーテンが柔らかく風に揺れている。
キッチンでかちゃかちゃと動く依子は、夏らしいラフな格好をしていた。
白地に紫の小花柄の前あきワンピースだった。
スカートはいてるの珍しいな。初めて見た。
「何か冷たいもの飲みます? 冷えたビールありますよ。何本か。」
「じゃあ、ありがたく。」
そういうところで遠慮しないのが譲治のいいところだ。
私はジュースにしとこう、と言って、譲治にはビール、依子はオレンジジュースを注いだ。
テーブル席に落ち着いている譲治にむかって、かんぱーい、と言ってごくごく飲んでまた夕飯の準備に戻る。
「もうビールを飲めるくらいまで復調しましたか?」
譲治も瓶から直飲みしながら言う。
「ええ、まあ少しならね。
それはね、この前愛ちゃんがうちに来てくれて、宅飲みした時の残りなの。あの人ザルだからすごい量買ったんですよ。」
譲治はビールを飲みながら、キッチンで作業する依子の後ろ姿を見ていた。
しばらくして、依子がいろいろ運んできた。
「もうそうめん茹でていいかな?
足りなければおそばもあるので追加できますよ。先に食べててくださいな。」
依子がお箸と一緒に運んで来たのは、きんぴら、きゅうりの酢の物、卵焼き、鶏の照り焼き、冷奴、茄子の煮浸し、それから薬味。
「わあ、すごいですね。いただきます。」
そうめんと聞いてから、腹ペコがつのっていた譲治は早速食べ始めた。
「はい、お待たせ。」
依子がザルにあげた素麺を持ってきた。
氷が乗っけてある。
「いろいろ粗雑でごめんなさいね。勘弁してください。いただきまーす。」
依子も食べ始める。
「うん、おいしい。久しぶりだわ~。」
しばらく2人で無言でそうめんをズルズルとすする。
そばちょこはないので、広めのマグカップである。
「暑くて外出られないし、いまいち食欲わかないしで、ちょっと奮発して日本食の材料買ったの。
外食も疲れるし、あんまり食べられないしね。」
依子が話す。
「どうですか? 食べられそう?」
「すみません。おいしいんで無言でがっついちゃって。」
譲治はもぐもぐしながら、合間に話した。
よかった、とニコニコして、また静かに食べることに戻る。
「茄子がやっぱりビミョーよねえ?」
依子はそう聞いた。
「これはこれでおいしいですけどね。」
譲治は答える。
2人はだいたい食べ終わって、締めに依子の淹れてくれた熱めの緑茶を飲んでいる。
「やっぱり日本のナスとは違うんだろうなあ。洋食には合いそう。」
割とどうでもいい話をちょろちょろとしながら過ごす、気怠い夏の夜が心地よかった。
「いつもこれくらい作ってるんですか?すごいですよね。」
譲治は聞いてみる。
「すごくないすごくない。
たま~にです。1週間に一回くらい。作り置きしておいて、1週間かけてちょこちょこ食べていくの。
自炊がやっぱり胃に優しいし安上がりだから。独り身なんてそんなもんでしょ。」
依子はブンブンと手を振って答える。
「たくさん作ったから、持っていきます?
日持ちしそうなやつは。白いごはんは自分で炊いてますよね?」
「それはありがたいですね。でも依子さんの備蓄でしょ?いいんですか?」
「いいのいいの。そのつもりで多めに作ったんだから。
作り置きって言っても、やっぱりすぐ食べきった方がおいしいし。真夏だしね。」
「身体はどうですか? お仕事も通常モードで?」
譲治は心配していたことを確認してみる。
「その節は本当にご面倒おかけしまして。
心配していただいてありがとうございます。もうだいたい大丈夫。」
依子は深々と頭を下げて言う。
「まあ、歳も歳だから、完全体に戻るにはあとちょっとかな、て感じですけど。」
「しっかり食べないと。今度ステーキでも食べにいきます?」
譲治が冗談めかして言う。
「いやいや、涼しくなってからかな。」
依子は笑いながら言う。
「元々胃腸が弱いのでね、暑さとか疲れとかストレスとかすぐ影響しちゃうのよ。肉とかジャンクフードとか大好きなんですよ。
でも気をつけないとダメなんだな~。」
「元気にたくさん飲み食いできる人って羨ましいですよね。」
譲治も似たようなものなので同意する。
「ほんとほんと。」
「田中さんの会社は在宅ワークだと夏休みとかどうなるんですか?
取らないの?もうすぐ夏終わるけど。」
「いや、取ってもいいんですよ。
まあでも何かこう、夏休みとってどっか行こう!みたいな強い欲求がなくて、結局仕事しちゃってますね。」
譲治は、そういや夏休みとってないな、と依子に言われて思い出した。
「なにか、他にご趣味は?この機会にいつもできないことやってみるとか。
田中さんこそ、慣れない国に来てがんばってたんだから、息抜きした方がいいんじゃない?」
「そうですねえ。日本にいた時はたまに釣りをしてましたけどね。」
「ハンガリーは海なし国ですもんねえ。
あ、でもそこのドナウ川で釣りしてるおじさんたま~にいますよ。バラトン湖も釣りできるらしいし。」
「そうか。それもいいですね。久しぶりにやってみるかな。」
譲治もその気になってきた。
依子と話していると、活動停止していた自分の中のいろいろな感情の種が再び息を吹き返すようなことが多くて、面白いな、と思う。
「私、釣りは全く未知の分野で正直全く興味なかったんですけど、どこら辺が面白いのかな?
釣ったものって持って帰って自分で捌くの? 今だったら何が釣れます?」
依子が身を乗り出してあれこれ聞き始める。
譲治もなんだかうれしくなって、細々と説明する。
「やったことないことに遭遇すると、うれしくなりますよね。
とりあえず色々経験しとこう、みたいな? 単なるビンボー性かもしれんけど。」
依子はそんなことを言っていた。
譲治も自分の得意分野を説明するのは楽しいのだった。
ーーー
「それじゃ、これね。」
依子はタッパーに詰めたいくつかのおかずを、紙袋に入れて渡してくれた。「暑い季節だからすぐ冷蔵庫に入れて、早めに食べてください。」
気づいて見れば穏やかな時間は過ぎ、玄関の戸口で、帰るところである。
「ありがとうございます。とてもおいしかったです。」
「いいええ。お粗末さまでした。
また何かたくさん作ることがあったら声かけますから、良かったら来てくださいな。お口に合えばですけど。」
「もちろんですよ。めちゃくちゃおいしかったです。身体に沁みました。」
それじゃ、おやすみなさい、と言って譲治は帰っていく。
階段を数段下りて、依子の部屋の戸が見えなくなる位置で、振り返る。
依子はまだ見送ってくれていて、手を振ってくれた。
譲治は手を上げてそれに答えると、階段をタタっと降りて行った。
8月も末。
日中の日差しの強さときたら、尋常じゃない。
真っ白な太陽光線で蒸発してしまいそうだ。
唯一の救いは、日本に比べればだいぶ湿度が低い点か。
もちろん依子などは、引きこもっていて良い仕事だから、ここぞとばかりに引きこもっている。
とは言え、冷房がないので、家の中での仕事はけっこうキツい。
冷たいシャワーを浴びたり、夕方から完全に暗くなるまでのわずかな時間に少し散歩したりして、凌いでいた。
そんな引きこもり生活だと必然的に、外食はもちろん、買い物もギリギリで必要最低頻度になる。
もっともこれは気候によらず、いつもかもしれない。
こう暑いとどうしても食欲も運動量も落ちて、気づいたら夏バテになってしまう。
先日ぶっ倒れてから、心底懲りていたので、なんとか食べないと、と思っているが、どうにも元気が出ないので、ちょっと奮発して日本食を作ることにした。
外食する元気はないし、お金も節約したいし、たまには日本食の素材を買いに行こう、と決心した。
どうせ、バイトには出かけるのである。その帰りにいつものスーパーに寄って行こう。
そして、買い込んだのは乾麺の蕎麦とそうめんである。
それから薬味用に長ネギと生姜とゴマ。
冷奴用の豆腐。
なんてことない材料だが、外国で買うと3倍は高いので、大変な贅沢品である。
それでも外食よりは安くあがるし、あっさりしたものが食べたいので、いいかと思った。
さすがに、みょうがと大葉は見つからなかった。好きなんだけどなあ。
あとは野菜と肉類を少々。
日曜日のバイト帰りにそんな材料を買って、翌日ゆっくり作ることにした。他にも作り置き惣菜をまとめて作っちゃおう。
ーーー
月曜日。
依子の場合、仕事を始めると、他の一切のことが面倒になってしまい、結局疲れてやらなくなるので、家事など必要なことは元気なうちにやってしまうことにしている。
というわけで、昼前。
あれとあれと~、と冷蔵庫を眺めながら、昼ごはんと一緒に作り置きの計画を立てようとしているところに、LINEが入った。
譲治からである。
「その後いかがですか。ちゃんと食べてますか。」
「暑くて食欲落ちてませんか。一緒に夕飯でもいかがですか。」
億劫になりがちな食事も一緒なら、ちゃんと食べるに違いない、という配慮をしてくれたらしい。
連絡をくれるのはだいたい、バイトの入ってない平日なのも、ありがたいことである。
譲治自身の休みは普通に土日なのに申し訳ないことだ。
「こんにちは。暑いですね。実はおっしゃるように食欲がわかないんですよ。」
「それで、ちょっと外食する元気がないので、簡単な和食作ろうと思っているんですが、ウチで一緒に食べませんか?」
「ちなみにそうめんディナーです。」
依子は思い切って誘ってみた。
もう何度か来てもらってるし、いいだろ。
「そうめんは大変惹かれますね。ご迷惑でなければぜひ。」
「何時頃がいいですか。」
「どうぞどうぞご遠慮なく~。
田中さんのお仕事が終わってご都合良い時間でいいですよ。いらしてから茹でますから。」
「じゃ、七時頃にお邪魔します。」
依子はOKとスタンプを返して、引き続きランチを用意することにする。
多めに作って夜ごはんに出そう。
さっきまで、めんどくさいな~という感じで若干かったるげに取り掛かろうとしていたのだが、食べてくれる人がいると思うと、俄然やる気が出る。
自分のためだけだと、どうしても食事は「エサ」という扱いになって際限なくテキトーになっていくので、自分にとってはめちゃくちゃありがたいことだ。
そして久しぶりにテンション高めで料理を始めた。
ーーー
夜7時の少し前、譲治は依子のアパートの玄関扉を叩いた。
ガチャ、とドアが開いて、依子がどうぞ~と、譲治を中へ招いた。
「散々お世話になったのに、あれ以来なんのお礼もしないままで。
失礼しちゃいました。なんか暑いですけれど元気でした?」
依子はスタスタと部屋へ入り、どうぞ、とテーブルの席をすすめる。
「まあ、在宅ワークなんで、相変わらずです。しかし暑くて。」
依子も譲治もそうだが、日本人が外国暮らしをする場合、玄関入ったところで靴を脱いで、サンダルなりスリッパなりに履き替えてから、リビングスペースに入る。
外国の場合、外靴のまま部屋へ入るのが一般的で、日本の家のような玄関はないのだが、マットなどを置いて境界線を作る方式だ。
依子の家の場合もそうなので、譲治は外履きのサンダルを脱いで、用意されていたスリッパを履いた。
そこらへんは、既に、以前見舞いに来た際に承知していたので、勝手知ったる場所である。
女性の家に上がるのに、この暑い季節に朝からそのまんまではあまりに失礼かと思い、一応家を出る前にシャワーを浴びて着替えてきた。
と言っても、いつものように、部屋着のまんまかというパンツと黒いTシャツである。
もうちょっとマシな外出着にすれば良かったか、と今更気づいたがもう遅い。
依子が相手だと、どうしてもリラックスモードになってしまう。
依子の部屋は、前回来た時と違って、ちゃんと生きている雰囲気があった。
依子自身が元気になった証のようでホッとした。
夜風を入れるためか、開け放した窓にかかるカーテンが柔らかく風に揺れている。
キッチンでかちゃかちゃと動く依子は、夏らしいラフな格好をしていた。
白地に紫の小花柄の前あきワンピースだった。
スカートはいてるの珍しいな。初めて見た。
「何か冷たいもの飲みます? 冷えたビールありますよ。何本か。」
「じゃあ、ありがたく。」
そういうところで遠慮しないのが譲治のいいところだ。
私はジュースにしとこう、と言って、譲治にはビール、依子はオレンジジュースを注いだ。
テーブル席に落ち着いている譲治にむかって、かんぱーい、と言ってごくごく飲んでまた夕飯の準備に戻る。
「もうビールを飲めるくらいまで復調しましたか?」
譲治も瓶から直飲みしながら言う。
「ええ、まあ少しならね。
それはね、この前愛ちゃんがうちに来てくれて、宅飲みした時の残りなの。あの人ザルだからすごい量買ったんですよ。」
譲治はビールを飲みながら、キッチンで作業する依子の後ろ姿を見ていた。
しばらくして、依子がいろいろ運んできた。
「もうそうめん茹でていいかな?
足りなければおそばもあるので追加できますよ。先に食べててくださいな。」
依子がお箸と一緒に運んで来たのは、きんぴら、きゅうりの酢の物、卵焼き、鶏の照り焼き、冷奴、茄子の煮浸し、それから薬味。
「わあ、すごいですね。いただきます。」
そうめんと聞いてから、腹ペコがつのっていた譲治は早速食べ始めた。
「はい、お待たせ。」
依子がザルにあげた素麺を持ってきた。
氷が乗っけてある。
「いろいろ粗雑でごめんなさいね。勘弁してください。いただきまーす。」
依子も食べ始める。
「うん、おいしい。久しぶりだわ~。」
しばらく2人で無言でそうめんをズルズルとすする。
そばちょこはないので、広めのマグカップである。
「暑くて外出られないし、いまいち食欲わかないしで、ちょっと奮発して日本食の材料買ったの。
外食も疲れるし、あんまり食べられないしね。」
依子が話す。
「どうですか? 食べられそう?」
「すみません。おいしいんで無言でがっついちゃって。」
譲治はもぐもぐしながら、合間に話した。
よかった、とニコニコして、また静かに食べることに戻る。
「茄子がやっぱりビミョーよねえ?」
依子はそう聞いた。
「これはこれでおいしいですけどね。」
譲治は答える。
2人はだいたい食べ終わって、締めに依子の淹れてくれた熱めの緑茶を飲んでいる。
「やっぱり日本のナスとは違うんだろうなあ。洋食には合いそう。」
割とどうでもいい話をちょろちょろとしながら過ごす、気怠い夏の夜が心地よかった。
「いつもこれくらい作ってるんですか?すごいですよね。」
譲治は聞いてみる。
「すごくないすごくない。
たま~にです。1週間に一回くらい。作り置きしておいて、1週間かけてちょこちょこ食べていくの。
自炊がやっぱり胃に優しいし安上がりだから。独り身なんてそんなもんでしょ。」
依子はブンブンと手を振って答える。
「たくさん作ったから、持っていきます?
日持ちしそうなやつは。白いごはんは自分で炊いてますよね?」
「それはありがたいですね。でも依子さんの備蓄でしょ?いいんですか?」
「いいのいいの。そのつもりで多めに作ったんだから。
作り置きって言っても、やっぱりすぐ食べきった方がおいしいし。真夏だしね。」
「身体はどうですか? お仕事も通常モードで?」
譲治は心配していたことを確認してみる。
「その節は本当にご面倒おかけしまして。
心配していただいてありがとうございます。もうだいたい大丈夫。」
依子は深々と頭を下げて言う。
「まあ、歳も歳だから、完全体に戻るにはあとちょっとかな、て感じですけど。」
「しっかり食べないと。今度ステーキでも食べにいきます?」
譲治が冗談めかして言う。
「いやいや、涼しくなってからかな。」
依子は笑いながら言う。
「元々胃腸が弱いのでね、暑さとか疲れとかストレスとかすぐ影響しちゃうのよ。肉とかジャンクフードとか大好きなんですよ。
でも気をつけないとダメなんだな~。」
「元気にたくさん飲み食いできる人って羨ましいですよね。」
譲治も似たようなものなので同意する。
「ほんとほんと。」
「田中さんの会社は在宅ワークだと夏休みとかどうなるんですか?
取らないの?もうすぐ夏終わるけど。」
「いや、取ってもいいんですよ。
まあでも何かこう、夏休みとってどっか行こう!みたいな強い欲求がなくて、結局仕事しちゃってますね。」
譲治は、そういや夏休みとってないな、と依子に言われて思い出した。
「なにか、他にご趣味は?この機会にいつもできないことやってみるとか。
田中さんこそ、慣れない国に来てがんばってたんだから、息抜きした方がいいんじゃない?」
「そうですねえ。日本にいた時はたまに釣りをしてましたけどね。」
「ハンガリーは海なし国ですもんねえ。
あ、でもそこのドナウ川で釣りしてるおじさんたま~にいますよ。バラトン湖も釣りできるらしいし。」
「そうか。それもいいですね。久しぶりにやってみるかな。」
譲治もその気になってきた。
依子と話していると、活動停止していた自分の中のいろいろな感情の種が再び息を吹き返すようなことが多くて、面白いな、と思う。
「私、釣りは全く未知の分野で正直全く興味なかったんですけど、どこら辺が面白いのかな?
釣ったものって持って帰って自分で捌くの? 今だったら何が釣れます?」
依子が身を乗り出してあれこれ聞き始める。
譲治もなんだかうれしくなって、細々と説明する。
「やったことないことに遭遇すると、うれしくなりますよね。
とりあえず色々経験しとこう、みたいな? 単なるビンボー性かもしれんけど。」
依子はそんなことを言っていた。
譲治も自分の得意分野を説明するのは楽しいのだった。
ーーー
「それじゃ、これね。」
依子はタッパーに詰めたいくつかのおかずを、紙袋に入れて渡してくれた。「暑い季節だからすぐ冷蔵庫に入れて、早めに食べてください。」
気づいて見れば穏やかな時間は過ぎ、玄関の戸口で、帰るところである。
「ありがとうございます。とてもおいしかったです。」
「いいええ。お粗末さまでした。
また何かたくさん作ることがあったら声かけますから、良かったら来てくださいな。お口に合えばですけど。」
「もちろんですよ。めちゃくちゃおいしかったです。身体に沁みました。」
それじゃ、おやすみなさい、と言って譲治は帰っていく。
階段を数段下りて、依子の部屋の戸が見えなくなる位置で、振り返る。
依子はまだ見送ってくれていて、手を振ってくれた。
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