鈍色の空と四十肩

いろは

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30 ー夏の夜の恋バナー

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「ふわっ?!」
 愛が妙な声をあげて飛び起きた。
「起きました~?」
「あー、寝ちゃってた。」
 愛は顔をゴシゴシすると、よしっ、と手を叩いて言った。
「呑も呑も!」

「そんじゃ、コルムには素直に、私はこうしたいが、あんたはそれでいいのか。いいんなら一緒になる、と言えばいいですかね。」
 愛は底なしに呑みながら、頭の中の総括をしている。
「そうね、そこは話し合いで。
 少なくともコルムさんはちゃんと膝突き合わせて、2人の今後のために考えてくれると思う。
 してくれないんだったらそれまでの男ってことでしょ。
 まあ大丈夫だと思うけど。」
 
 依子は大して飲めないので、枝豆をつまみ、カラで遊びながら話している。
「いきなり結婚てのも勇気がいるなら、とりあえず同居してみるとか?
 まあいまどき別居婚てのもあるから、必ずしも一緒に住まなくてもいいと思うし、週末婚とか? 
 2人が一番心地良くいられる生活スタイルを探したら?」

「なるほどなるほどね~。それいいな。別にすぐに白黒つけなくてもいいんだ。ちょっとずつトライ&エラーを繰り返せば。 
 いやあ、依子さんさすが、亀の甲より年の功。 
 やっぱ話して良かった。」
 愛は一言多いが感心している。
「いやいや、こういのはね、口に出すってのが結構重要なんですよ。
 自分の頭の中でモヤモヤしていることも、人に話すと、自然と整理されて出てくるでしょ。人に話してるうちに、ポイントがはっきりするんですよ。」
 依子は良かった、という顔で愛を見た。
「最初から愛ちゃんの中には正解が入ってるの。
 それが整理されてわかりやすくなっただけよ。」

「依子さんは人生経験もあるし、それだけ物事がよく見えてるのに、自分のことになると不器用ですよね。」
 愛は口をへの字にして揶揄する。
「そうなのよね。自分のことを俯瞰する、ってのは難しいんだこれが。
 愛ちゃんもそうでしょ。」
 ソウデスネー、と言った愛は目を泳がせた。

「それで、私のことについては一応傾向と対策がはっきりしたということで。」
 ひとしきりガブガブと目の前の酒を次々開けて堪能していた愛が言った。
「で、どうなんですか?」
「えっ? 何が?」
 依子はきょとんとして、ハンガリー産の白ワインを口に含んだ。
「田中さんと付き合うんでしょ?」

 ブホっ、と漫画のような色気も何もないむせ方をして依子が、慌てて口を拭く。
 ごめ、と言ってちょっと吹いてしまった机も拭いている。
「なんで?!」
「なんで、って。
 側から見てて、田中さんはすごい依子さんに懐いてるし、依子さんもとっても柔らかいし。いろんなとこ一緒に行ってるでしょ?」

「いや、だって、友人としてでしょ? 
 一緒に出掛けたうちの半分はヘレンド調査のバイトだし。何度かごはん食べたり散歩しただけよ。」
 依子はなぜか焦って説明する。
「いやでも、こういうのって回数じゃなくてフィーリングじゃないですか。
 気が合うのは確かでしょ。」
 愛もなぜか畳み掛けるように深ぼってくる。
 明らかに面白がっている。
「何か特別な感情があるから一緒にいるのでは? 好きなんでしょ?」

「そんな10代女子みたいな聞かれ方してもね。」
 依子は困っている。
 愛はニコニコしながら頬杖をついて依子を凝視し、依子が話すのを待っている。
「まあ、嫌いならこんなに親しくしようとは思わないよね。
 でも、男性として好きかと言われると、正直よくわからないな。」
 依子は考え考え言葉を押し出す。
「正確に言えば、好きにならないように、がんばってストッパーをかけてる、ってとこかな。」
 依子の顔から少し表情が消えた。

「私ね、離婚した後、男性関係でたくさん失敗した、って言ったでしょ?
 寂しくて、早くパートナーが欲しくて、どんなに合わない問題ありな男でも自分が努力して合わせていけば、きっと彼もわかってくれる、みたいな妙な考えに陥ってたのよね。
 一回、我慢しきれずに離婚しちゃったから、そういう自分がやっぱり努力が足りなかったんじゃないか、って自分にもっとムチを与えなきゃ、みたいなマゾヒスティックな精神状態になってたのよね。」

 愛が珍しく酒の合間にチーズをつまんで、難しい顔をしている。
「尽くせば尽くすほど、どんどん仲良くなるどころか、男の方は増長していくし、私はすり減るし。
 身体的暴力こそなかったけど、ずいぶん罵倒されて、人格否定されたなあ。  
 だからね、私、誰かにのめり込んでいくのがすごく怖いのよ。」

「自分が視野狭窄になりやすい性格だ、ってのがわかってるの。
 もし、彼を好きになったら、やっぱりすごくすごく好きになってしまうと思うのよね。そしたら、彼は嫌になっちゃうんじゃないかな。
 男の人って執着されるの嫌がるでしょ。」

 愛は別のワインボトルを開け始めた。
 一本めは空である。
「いやあ、それこそ単純に考えたら、今までの男が依子さんと相性悪かっただけでは? 
 依子さんが合わせなきゃと思う相手ではなく、自然と好きになれる相手で、向こうも依子さんを大好きなら、問題ないってことでしょ?」

 愛はドボドボと手酌で並々と二本目の赤ワインを注いだ。
「私の見た感じ、まず田中さんは依子さんのこと大好きだし、依子さんも田中さん大好きに見えるけどなあ。」
 大好き、って高校生か、とモゴモゴ言って依子は赤くなった顔を手で覆っている。

「万が一、仮に相思相愛だとしてもですよ、私は四捨五入したら50のオバハンだし、彼は7つも下なのよ? 
 私なんか、更年期は始まりつつあるし。
 何の取り柄もない、腹はたるんでシミもあるし、白髪は増える一方、チビだしブヨブヨだし。
 彼はこれからの人なのに。彼にも、彼の周りの人にも、世間様にも申し訳なさすぎるわ。」

「まあそこらへんは、本当に好きだったらあまり問題にならんとこですね。
 田中さんはそういうこと気にしなそう。
 だって、現に私もけっこう店で田中さんと顔合わせてますけど、彼、私には近寄りもしませんよ。
 むしろ若干ビビってるくらいで。私は田中さんとは歳は近いし、依子さんよりはピチピチなのに。」
 愛はしなやかな身体を見せつける。

「そうね~。私も5年若かったらやる気が出てたかもしれないけど、もうこの身体じゃいくらなんでも。」
 依子は既に酔いが回っているようだ。
「でも、依子さんは言うほど枯れてないですよ。
 なんかやっぱり熟女の色気というか? 
 別にたるんでるってほどでもないし。女の私の目から見てもエロいです。
 胸おっきいし。私なんか板だからな~。」
 自分の胸を触りながら愛が真剣に言う。
「ちょっ、やめてぇ。。。」
 依子は恥ずかしさに悶絶している。

 その後も、2人とも十二分に酔いの回った頭でヘロヘロと喋りつつ、夏の夜は更けていった。
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