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12 ー歓迎会&慰労会ー
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カランカラン
少し久しぶりで懐かしい音を聞きながら扉を開ける。
「おはようございまーす。長らくお休みいただいちゃって失礼しました。」
元気な挨拶を心がけながら『さくら』に入る。
「お帰りなさ~い! 待ってましたよお」
中村の元気な声がうれしい。
「おはようございます。ほんと待ってたよ。
愛ちゃんと2人だと、この人元気過ぎて。おじさんエネルギーが吸い取られそうだったよ。」
斉藤が軽口をたたく。
2人とも温かい出迎えてくれるのがとてもありがたい。仕込み途中の手と目は休まず、作業を続けているのがプロである。
依子は急いでエプロンをつけ、さっそくいつものように、ホールの掃除と最初の客を迎える支度を始めた。
ーーー
ランチとカフェタイムを4時に終わらせて一度看板にし、休憩に入る。
夜の部の開店は6時からだ。
と言っても、この間は順番に休憩をとりながら、夜の部の仕込みをするのである。
いつものように依子に賄いを出して、自分はカウンターに座った斉藤が、ジッと依子を見た。
「な、なんですか。何か顔についてます? あっ、疲れが出過ぎて老けました?」
依子は自分の頬を持ち上げて慌ててリフトアップしようとしている。
「いいええ。逆になんか若返った?と思って。お肌が明るくなったような。よっぽど個展でいい出会いがあったかな?」
「いや~、どうですかね。そりゃ確かにたくさんのお客様に来ていただいて、本当にありがたかったですよ。とても気に入ってくださって、ファンになってくれるっていう方もいましたし。」
もぐもぐと、今日の賄い、イワシのオリーブパスタをかきこみながら依子が言う。
「でもとにかくもう、疲れちゃって。ほんとに歳とるってこういうことかと。寝ても一晩では回復しないんですよねえ。
調子良く見えるのはたぶん、たくさんの方に会って元気をもらったからだと思いますよ。少しハイになってるんです。」
「ふーんなるほど。ところでさ、依子さんが来てくれてから一年にもなるのに、歓迎会もしてないじゃない?
だから個展の慰労会も兼ねてさ、3人で飲み会しようよ。どんな出会いがあったのか聞きたいなあ。」
厨房からジト目で斉藤の言動を監視している中村の視線は無視して、以前に話していたように飲み会の提案をする。
「わあ。うれしいです! でも私なんかの慰労会じゃ申し訳ないですし、単純にみなさんで日頃のがんばりを労う会にしましょう。」
依子がうれしそうに乗ってくれたので、良かった。
「いつがいい? 食べたいものとか希望ある?」
「いつでもいいですよ。フリーランスのいいところは、スケジュールの融通がききやすいところです。
お二人に合わせます。場所もお任せします、というかよくわからないので、オススメを紹介してもらえるとうれしいですね。」
斉藤はいったん立ち上がると奥から小さなチラシを持ってきて、依子に渡した。
「じゃあさ、ここにしない? 俺のホテル時代の同僚が最近独立してアイリッシュパブ開いたの。」
「アイリッシュパブ!いいですね! フィッシュ&チップスとビール!」
「師匠~、とっておきのトカイ開けてくれるんじゃないんすか~?」
ここまで黙って聞いていた中村が厨房から口を挟む。
「俺はビールが飲みたいんだよ。。。」
斉藤がげんなりして答える。
「それじゃ、定休日前じゃないとキツいから、今度の日曜の夜、あさってね。
終業後、どう?その日は1時間早めにカンバンにしちゃおう。どうせ日曜の夜はそれほど混まねえし。」
「うえ~い!やったあ!」
厨房では中村が包丁をタタタタと高速で動かしながら小躍りする、という妙技を披露していた。
そうと決まれば、週末も張り切っていきましょー、と斉藤は1人で気合いを入れて、厨房へ戻って行った。
依子もウキウキしながら残りのパスタを平らげたのだった。
ーーー
日曜夜8時。
レストラン『さくら』のスタッフ3人は、ようやく灯を落とした店内で、思い思いの椅子でぐったりとへたり込んでいた。
「早めにカンバンにしようって日に限ってこれだもんな~。」
ぐったりと宙を見つめて斎藤が呟く。
「まあ、客足ってのはそういうもんですよね。。。」
疲れて逆に床をぼんやりと見つめる依子が答える。
日曜夜は普通、翌日が平日なので、いかにディナータイムが遅いヨーロッパとは言え、さすがにそうそう混まない。
ところがこの日は、閉店30分前のラストオーダーギリギリになって、店が満員御礼になるほど続け様にお客さんが入り、ラスト30分が戦場のようだった。しかもいずれのお客さんも健啖家で人の2倍くらい平らげていった。
さきほど最後の客を送り出し、慌ててクローズの看板を出したところである。いずれのお客さんもサクッと食べて帰ってくれたのは幸いだった。
「よし!」っと手を叩いて長椅子に倒れ込んでいた中村が跳ね起きる。
「さあさあさあさあ!お二人! これからが本番ですよ! いざ夜の街へ繰り出しましょう!」
年長者2人はため息とも返事ともつかぬ声を出して、よっこいしょと立ち上がり、帰り支度をする。
大まかな片付けはしてあるので、きちんとした掃除と新たな週の仕込みは、明日の定休日に回すことにした。
3人揃って店を出て、斉藤がシャッターを下ろし、鍵をかける。
少し歩いて大通りに出たところで、運良くタクシーを拾えた。
斉藤は仕入れのために自家用車を持っているが、今日はみんな飲むので自宅からは地下鉄で来ている。
15分ほど走って、街の反対側にその店はあった。
少し久しぶりで懐かしい音を聞きながら扉を開ける。
「おはようございまーす。長らくお休みいただいちゃって失礼しました。」
元気な挨拶を心がけながら『さくら』に入る。
「お帰りなさ~い! 待ってましたよお」
中村の元気な声がうれしい。
「おはようございます。ほんと待ってたよ。
愛ちゃんと2人だと、この人元気過ぎて。おじさんエネルギーが吸い取られそうだったよ。」
斉藤が軽口をたたく。
2人とも温かい出迎えてくれるのがとてもありがたい。仕込み途中の手と目は休まず、作業を続けているのがプロである。
依子は急いでエプロンをつけ、さっそくいつものように、ホールの掃除と最初の客を迎える支度を始めた。
ーーー
ランチとカフェタイムを4時に終わらせて一度看板にし、休憩に入る。
夜の部の開店は6時からだ。
と言っても、この間は順番に休憩をとりながら、夜の部の仕込みをするのである。
いつものように依子に賄いを出して、自分はカウンターに座った斉藤が、ジッと依子を見た。
「な、なんですか。何か顔についてます? あっ、疲れが出過ぎて老けました?」
依子は自分の頬を持ち上げて慌ててリフトアップしようとしている。
「いいええ。逆になんか若返った?と思って。お肌が明るくなったような。よっぽど個展でいい出会いがあったかな?」
「いや~、どうですかね。そりゃ確かにたくさんのお客様に来ていただいて、本当にありがたかったですよ。とても気に入ってくださって、ファンになってくれるっていう方もいましたし。」
もぐもぐと、今日の賄い、イワシのオリーブパスタをかきこみながら依子が言う。
「でもとにかくもう、疲れちゃって。ほんとに歳とるってこういうことかと。寝ても一晩では回復しないんですよねえ。
調子良く見えるのはたぶん、たくさんの方に会って元気をもらったからだと思いますよ。少しハイになってるんです。」
「ふーんなるほど。ところでさ、依子さんが来てくれてから一年にもなるのに、歓迎会もしてないじゃない?
だから個展の慰労会も兼ねてさ、3人で飲み会しようよ。どんな出会いがあったのか聞きたいなあ。」
厨房からジト目で斉藤の言動を監視している中村の視線は無視して、以前に話していたように飲み会の提案をする。
「わあ。うれしいです! でも私なんかの慰労会じゃ申し訳ないですし、単純にみなさんで日頃のがんばりを労う会にしましょう。」
依子がうれしそうに乗ってくれたので、良かった。
「いつがいい? 食べたいものとか希望ある?」
「いつでもいいですよ。フリーランスのいいところは、スケジュールの融通がききやすいところです。
お二人に合わせます。場所もお任せします、というかよくわからないので、オススメを紹介してもらえるとうれしいですね。」
斉藤はいったん立ち上がると奥から小さなチラシを持ってきて、依子に渡した。
「じゃあさ、ここにしない? 俺のホテル時代の同僚が最近独立してアイリッシュパブ開いたの。」
「アイリッシュパブ!いいですね! フィッシュ&チップスとビール!」
「師匠~、とっておきのトカイ開けてくれるんじゃないんすか~?」
ここまで黙って聞いていた中村が厨房から口を挟む。
「俺はビールが飲みたいんだよ。。。」
斉藤がげんなりして答える。
「それじゃ、定休日前じゃないとキツいから、今度の日曜の夜、あさってね。
終業後、どう?その日は1時間早めにカンバンにしちゃおう。どうせ日曜の夜はそれほど混まねえし。」
「うえ~い!やったあ!」
厨房では中村が包丁をタタタタと高速で動かしながら小躍りする、という妙技を披露していた。
そうと決まれば、週末も張り切っていきましょー、と斉藤は1人で気合いを入れて、厨房へ戻って行った。
依子もウキウキしながら残りのパスタを平らげたのだった。
ーーー
日曜夜8時。
レストラン『さくら』のスタッフ3人は、ようやく灯を落とした店内で、思い思いの椅子でぐったりとへたり込んでいた。
「早めにカンバンにしようって日に限ってこれだもんな~。」
ぐったりと宙を見つめて斎藤が呟く。
「まあ、客足ってのはそういうもんですよね。。。」
疲れて逆に床をぼんやりと見つめる依子が答える。
日曜夜は普通、翌日が平日なので、いかにディナータイムが遅いヨーロッパとは言え、さすがにそうそう混まない。
ところがこの日は、閉店30分前のラストオーダーギリギリになって、店が満員御礼になるほど続け様にお客さんが入り、ラスト30分が戦場のようだった。しかもいずれのお客さんも健啖家で人の2倍くらい平らげていった。
さきほど最後の客を送り出し、慌ててクローズの看板を出したところである。いずれのお客さんもサクッと食べて帰ってくれたのは幸いだった。
「よし!」っと手を叩いて長椅子に倒れ込んでいた中村が跳ね起きる。
「さあさあさあさあ!お二人! これからが本番ですよ! いざ夜の街へ繰り出しましょう!」
年長者2人はため息とも返事ともつかぬ声を出して、よっこいしょと立ち上がり、帰り支度をする。
大まかな片付けはしてあるので、きちんとした掃除と新たな週の仕込みは、明日の定休日に回すことにした。
3人揃って店を出て、斉藤がシャッターを下ろし、鍵をかける。
少し歩いて大通りに出たところで、運良くタクシーを拾えた。
斉藤は仕入れのために自家用車を持っているが、今日はみんな飲むので自宅からは地下鉄で来ている。
15分ほど走って、街の反対側にその店はあった。
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