最果ての地へ

いらは

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第一章 出会い編

秘密

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  魔蟲に襲われそうになったボクを助けてくれたのは、スラッとした見た目が少し冷たい印象のハンター、イザナだった。
  イザナはあまりにもボクが臭いという事で、ボクも行きたいと思っていた温泉までついでに案内すると言ってくれた。見た目に反して優しい人物だった。
“ついでに”と言う言葉がひっかかるけど、コンパスも地図もないし、最近自分が方向音痴と分かっていたし、ハンターと一緒に行動と言うのは心強いのでそこは深く考えないようにした。
  ボク達は魔蟲に襲われた場所からしばらく道なき道を歩き、ようやく整備された道へと出れた。ボクは久々に話し相手ができてウキウキしていた。
「イザナはどこかの専属のハンターですか?先ほど麓の町からの依頼とか言ってましたが……」
「フリーだ。駆け出しの頃は小さな騎士団に所属して魔核石を採っていたが…まぁ、いろいろあってな。今は旅しながらその土地の依頼を受け稼いでる。で?お前は…なぜ旅をしている?世間を知らなそうなとこもあるが……」
  ある程度の距離を保ちながら、先を歩いていたイザナは視線だけをボクへと向ける。
「ボクは、北の大地を目指していまして」
「北?最果ての地か……?」
  イザナから出たその言葉にボクはヒヤリとした。心なしか振り返ったイザナの視線がキツく感じてしまったボクは、話し相手が出来た事で浮かれ、つい口に出してしまったのを少し後悔してしまった。
「いえ、そのなんというか……観光というか。あの、寒い地方って行ったこと無くて……そう、あれ、雪が見たいなぁって思っちゃって。はっはは……そ、それより、ハンターって誰でもなれるようでなれないんだって聞きました。噂で魔核石の魔力に取り込まれて、魔物化したハンターもいるとかどうとか」
  明らかに苦しい弁解で話題を変えたが、イザナは黙ったままボクを見ている。気まずい空気が漂い、冷や汗が止まらない上に、愛想笑いでボクの顔の筋肉は限界を迎えそうで、ひくひくと痙攣しそうだった。
「……ふむ……何もない大地に観光なんてな」
特に表情は変えず、イザナはまた前を向き歩き始めた。
ボクはそれ以上話しを掘り下げないイザナに安堵し、その後をついていく。
「先ほどのハンターの話しだが、ハンターは誰でもなれるさ。見習い期間で適正ありと分かれば、新人ミッションを合格さえすれば、お前みたいなヒョロっ子でもハンターになれる。体力など足りない部分は魔石でカバーしてしまえば良い。問題は自分の許容量以上の魔石、あるいは浄化されてない魔核石を使った場合、ハンターの魔物化が起こり得るらしい。まぁ、実際にはまだ見たことはない。ただ…」
「ただ?」
「ハンターではなく、長時間魔力に充てられた道具職人が、魔力に精神を侵され狂って人を襲ったのはある。」
足を止めることなく、イザナは話しを進めていく。ボクはそれを黙って聞いていた。二度と事故が起こらないよう、協会は道具職人にも適正検査と定期的に浄化を行うよう推奨したようだ、とイザナは付け足した。
 魔石のおかげで、人力では成し得ない事、特に魔物の討伐ができるようになった事が大きかった。
 聞いた話しでは、魔石を使う前は人力のみだったらしく、すぐに回復する魔物を討伐するには、莫大な人数と時間を要していたらしい。魔石を使う事で今までよりも楽に討伐でき、世界は豊かになっていった。
 ハンターと違い、耐性が無い一般の人には微力な魔石を使った道具が使えた。その分、使用回数は極めて低いけど。
  そもそも、誰が魔石で道具を作ろうと考えたのだろう…
魔物は一体どこから生まれたのか…世界の始まりは語られてるのに、魔物の始まりとハンターの祖のことは誰も知らないし、記録にもないと聞いている。もしかしたら、ハンターになった者だけが知り得る情報なのかもしれない……
  特にこれといった会話も拡がらずしばらく歩いて行くと、ようやく目的地へと着いた。最初に見た案内板から、たどり着くのにかなりの時間を要した。
  イザナに出会った時は明るかった空も、今は赤く染まり、夜の色へと準備を始めていた。さも近くにあるように書かれた温泉は、かなり歩かないとたどり着けない場所だったのだ。
ボクだけだったら、迷い込んでここに着けたかどうだか。
  着いたはいいけど、目の前にある光景をみて思わずボクはポツリと呟いた。
「ここって…利用できるんですか?」
  と、不安と言うか、つい不満を口に出してしまった。温泉とは、建物に囲まれた浴槽に源泉がこんこんと涌き出ている…そんな宿みたいなのを想像していたのに、目の前にあるのは山小屋らしい建物が建っていたが、それも中に踏み込んだら床が抜けそうな、そんなボロ小屋だった。
  その小屋から少し離れた所には、ただ仕切りがしてあって、岩で囲まれた温泉と思われるものの一部が微かに見えていた。その簡素な岩風呂からは、湯気がでているのが見えた。それが唯一の救いですけど…
  イザナはそんなボクに変な顔もせず、小屋の中へと扉を開けた。その扉も外見と同じで、長年使っていなかったせいで、扉がギシギシと音をたてボク達を招き入れた。
「昔からここの温泉は治癒作用があって、旅人がここで体力回復で利用していたそうだが…最近は魔物が多くて、住民もなかなか利用しきれんらしい。」
  そう言いながらクモの巣を払いのけ、イザナは部屋の状況を確認して中へと進もうと、入り口近くの壁にあった蝋燭へ火を灯した。仄かな光で照らされ中の様子が浮かび上がる。中は広い部屋の壁際に棚らしきモノがあるだけで、椅子や机と言った家具等もなかった。
  ボクは、イザナが確認しながら所々の蝋燭に火を灯して行った後を恐る恐る着いていく。その度に、床も埃やらで汚れた床はギシギシ音をたてるけど、歩いて抜け落ちるまでのモノではなかったから、想像していたよりもまだマシな方なのかも。
「雨露を凌ぐには充分だ。今日は遅いからここで休むが…お前は布団がないと寝れないたちか?」
「いえ、そういうのは大丈夫ですが…ただ、せめて仕切りが欲しかったなぁとか…ハハハ」
  乾いた笑いをするボクを、イザナは不思議そうに見ていた。
「異性同士なら必要かもしれないが、男同士なら気にする必要もないだろう?だからといって隣で寝ろってのは、オレも遠慮したい。そこは離れて休む」
「あー、そ、そうですねぇ男同士ですし、うん、隣で寝るのもアレですよね。えへへ。寝相が悪いので、離れてもらった方が良いですし」
「とりあえず、さっさと洗ってこい。この部屋まで匂いが染み付いたら厄介だ」
「そのすみません…さっさと入ってきます」
  臭いと言われ、若干へこみそうなボクは、外にある岩風呂の方へと向かおうとしたが、一言イザナに伝えようと振り返りイザナを見た。
  イザナは止まったボクを不思議そうな顔で見ていた。
「えーと、その…変な事言いますが、お風呂を覗かないで下さいね。」
  言う必要はなかったかもしれないけど、もしもの場合を考え、あえてイザナに言ってみた。
「は?なんの冗談だ。そういう趣味はない。バカを言わずさっさと入ってこい」
   案の定、イザナは変な顔をし手をヒラヒラさせボクを促した。ボクは笑いながら外の岩風呂へと向かった。

  小屋から出たボクは服を脱ぐ前に、岩風呂を覗いてみた。簡易的に取り付けられた屋根と、仕切りのみの脱衣場と思われる場所。一体どんなに汚いのか…そう思いながら中を覗くと、湯船となる岩風呂は予想以上に大きく、少数の大人が入っても充分な広さだった。遠くからでは分からなかったけど、湯船の回りも綺麗に整えてあり、服や体を洗うのにいい感じだった。
  嬉しいことに絶えずお湯が岩風呂から溢れいた。そのお陰で、岩風呂の中は落ち葉もそこまでなく、外見からは想像できないくらい綺麗で、これなら安心して浸かれる。利用されていないと聞いていたから、お湯が濁って汚かったらどうしようかと思っていたんだよね。
  辺りもだいぶ暗くなり、部屋を出るときに持ってきた蝋燭を棚に置き、汚れた衣服を脱いだ。
  湯船にさえ浸かれば、あとはどうにかなるはずだ。慌てる必要はないのかもしれないけど、ボクは急いで胸を締め付ける、何重に重なった布を巻き取る。
  何で胸に布を?と不思議に思う人もいるかもしれないし、もしかして…と勘づく人もいるかもしれない。
  正直に言うと実は、ボクは女なのだ。ただえさえ、一人旅は危ないのに、女なら尚更危険度が増す。
  だから、ボクはあえて体型を隠せる服装を選び、男として旅を続けているんだ。あ、ちなみにこの声は小さい頃にいろいろあってね。それで掠れてるんだ。そのお陰で、バレずに済んでるんだけどね。
  締め付けていた布を全て外したボクは、急いで岩風呂へと向かった。そう言えば、熱いのか温いのかを確認していなかった事に気付き、恐る恐る手を入れる。
「おぉ…いい感じじゃん。」
  湯船からお湯をすくい、何度か体にかけたあと、そのまま湯船へとダイブした。
  勢いよくお湯が溢れ流れていく音が広がる。ボクは頭まで湯船の中へと浸かった。広い湯船の中で、ボクの髪が広がっていく。真っ赤な長い髪が……
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