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1章 絶望と始まり

012_日常

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「やあ、ノア君。君が来てから一月位は経ったかな? そろそろ此処の生活にも慣れてきた?」

「レイクさん。はい、少しは。最近は前より体力も付いてきた気がします」

「そう。それは良かったよ。君の相棒、ニック君だったかな。ちゃんと見てくれてる? 彼は面倒見の良い子だから心配ないと思うけど」

「ご心配ありがとうございます。いつもよくしてもらってますよ」

「そっか。あぁ、そう言えば…ノア君は魔族への裏切り行為で奴隷落ちしたんだよね」

「…えっと」

「あぁ、僕たち責任者は、誰がどんな事をして奴隷になったのか大体知らされてるんだ。だから、あまり警戒しなくても良いよ」

「そうだったんですね」

「それに、僕自身も魔族至上主義って訳じゃないからね。…あ、これ兵士さんには内緒ね」

「ははは…。まぁ、真偽は置いておいて、此処へきた理由は事実ですね」

「そう。でも此処を治める魔族、ピエトロにはそうやって伝わるからね。彼は他の魔族への体裁やプライドが凄く強いから、そんなノア君は目に付くんじゃないかと思って」

「なるほど、できるだけ存在を消さなければいけませんね」

「うん。経緯が先に伝わってしまってる以上、どこまで効果があるかは分からないけれどね。僕では大して何も出来ないけれど、君に死んでほしくはないから。できる事は協力するし、何でも言ってね」

「ありがとうございます」

 レイクはそう言い残すと食堂の厨房へと帰っていく。
 彼はああやって色んな奴隷の事をよく見て細かな所にも気を配れる人間だ。
 組織の二番手や秘書なんかやったらかなり優秀そうだな。

 さて、今日の食事も済んだし、部屋に帰って寝るとするか。

「おお、ノア。随分話し込んでたな」

「ああ、此処を治める魔族の話でな。俺の経緯を考えると目につくんじゃないかって、心配されたんだよ」

「あぁ…確かになぁ。奴と顔を合わせんのなんざ視察くらいしかねぇが、気に入らない奴はとことんって感じだったな」

「その視察ってのはよくあるのか?」

「たまにだな。大体年に一、二回ってところか」

「前回はいつだったんだ?」

「…約一年程前だ」

「なるほどな。そう言うことか」

「まぁ、今は明日のことだけ考えようぜ。気にしたってピエトロがいつ来るかなんて俺達には分かんねぇんだからよ」

「そうだな。事前に分かれば、レイクさんが教えてくれるだろうしな」

「ああ、だから明日は楽しもうぜ」

「そうだな」

「よし、それじゃあ明日の為に、今日はもう寝るぞ」

 ニックが楽しみにしている明日は、以前聞いた行商人が来る日だ。
 その為、酒が飲める酒が飲めると今朝からずっとうるさかった。
 きっと、相当楽しみにしていたのだろう。

 この行商人は年間で四、五回程度来る様で、思ったより頻度が高いようだ。

 俺も知らなかったが、ヤーブルクの南側にはもう一つ大きな国がある様だ。
 国の名前をバーエルと言うらしく、そう言ったところと行き来するために通してやれば入国税で結構儲かる様だ。


ーーーーーーーーー


〝バンッ〟

 個室の扉が強く開けられた音によって目が覚める。

「もう直ぐくるぞ! 今日はいつもより早いらしい!」

 個室とは言えこんな風に起こされるんじゃプライバシーのかけらもないじゃないか、などと頭の中では文句を言いつつも起き上がる。

 ニックは慣れているのか特に気にした様子もなく、さっさと支度を始めて居る。

「準備できたらサッサと朝メシ済ましちまうぞ」

「そうだな」

 行商人が到着する前に朝食を済ませ、そのまま食堂で待機する。

「嬉しそうだな、ニック」

「そりゃあもう、酒が飲めるんだから楽しみだろう。奴隷になる前は毎日晩酌してたんだ。今からつまみは何にするかで頭はいっぱいだぜ」

「あまり使いすぎるなよ。その金は家に帰るための金でもあるんだから」

「わ、分かってるさ。俺だって早く帰りてぇしな」
 
「それなら酒は我慢した方がいいんじゃないのか?」

「そ、そりゃあねぇぜ…」

「冗談さ。息抜きも必要だろ」

「おう、ありがとうな。使い過ぎないように気をつけるぜ」

「そうだな」

「だけど、今日はノアも付き合ってくれるんだろ?」

「…少しだけだぞ」

「おう!」

 そう言うニックの顔はやけに嬉しそうだ。

「嫁の作ったツマミがご馳走できねぇのが残念だぜ」

「自分で作ればいいじゃないか。ニックは料理長なんだろ?」

「飲んでる時に包丁は握りたくねぇ。それに、実の所俺が料理するより、アイツの方が美味いんだ」

「へぇ」

「また今度食いに来いよ」

「…此処から出られたらな」

「…すまん」

 少しだけ重い空気が流れるが、特段俺は気にしていない。
 どうせいつか逃げ出すつもりだしな。
 そんなことを知る由もないニックは気を使っているようだ。

「来たぞ!」

 食堂の入り口で待機していた奴隷が、食堂内に響き渡る様に大きな声で叫ぶ。

 奴隷達は皆、行商人が来る日を楽しみにして居るため、食堂内はてんやわんやの大騒ぎだ。

「ほら、行くぞ」

「あ、あぁ!」
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