瀬をはやみ

怜悧(サトシ)

文字の大きさ
上 下
6 / 14
ときは(常磐)なるひと 

side Hasegawa

しおりを挟む
目の前で涙を零す彼を、オレは見ていることができなかった。
冷たい言葉で突き放すようにわざとしていたのは、オレ自身だったのに、この人の涙は見たくなかったのだ。
あの頃とまったく変わらず、純粋すぎる言葉をオレに差し出す人。
筋を通さないとと勝手に決めて、オレと距離を置いて俺を見つめ続けるとか、本当に少女マンガかなにかのような恋愛をぶつけてくる。
しかも、オレの相手に悪いからと、泣いて身をひこうとしてくる。
好きじゃないと前置きしたにもかかわらずだ。
どこまで純情な人なんだろう。

「………恋人がいるなら……諦めるしかないだろう」

「何故、それでも奪おうとか考えてくれないんですか」
「俺にそんな資格ない」
震える拳を握って俯いている背中を抱きしめたくなる。
でも、それじゃ何度も繰り返すだけだ。
何度でも、彼はオレから逃げるだろう。
「資格なんか、必要ないんですよ。欲しければ奪えばいいんです」
「……俺は……オマエが好きなんだよ」
変わらない眼差しを向けてくる人。
もう一度その手に入れられるなら、絶対に今度は離す事はできない。
「信用できない……。先輩の体を作り変えて、オレから離れられないようにしてしまったら、また好きになれるかもしれないけど……もし、オレが貴方から離れたら…貴方が追って追いすがるくらいに……」
絶対オレから離れられないように。
そこまでしないと信用することが、もうできない。

「いいよ……。そんなことで、オマエが俺をもう一度好きになってくれるなら。オマエの好きに作り変えていい」
本当に少しもぶれずに変わらない人は、そう言ってオレの目をじっと見つめる。
「バカな人だ。オレはアンタを調教するって言ってるんですよ?分かってます?」
思わずいらついて手を伸ばして先輩の肩を掴む。
真っ直ぐな目許が、僅かに赤く染まりオレを見返してくる。

「俺はずっとオマエのもんだ。好きにしてくれ」
変わらない、ずっと変わらない気持ちのままの彼の表情に、オレの心はまたゆっくりと動き始めた。
この人はまったくあの頃からキモチも心も変わっていない。
悪くいえば、成長すらしていないよいな気がする。
あの時も資格がないとか、そんなやりとりをしていたのを思い出す。

いつまで経っても、全く変わらない不器用な人だ。
自分を捧げて許されるのなら、それでいいとさえ考えている。
あまりに単純で、考えていることなど手に取るようにわかるのに、どうして信用してあげることができないのだろう。
われながら、自分の気持ちの狭さに笑いたくなる。

あの時、彼を取り戻そうと、四国までいこうとオレなりにはあがいた。
結局はいろんなトラブルでたどり着けず、諦めるしかないと、オレもそこで諦めてしまって、迎えにいかなかった。
迎えにいったら、何か変わったのだろうか。

……もしとか、たとえばとか、こうしていたらとかそんな考えは愚鈍のきわみだということは分かっている。
それでも、今でも考えてしまう。

「貴方の気持ちはわかりました。……冷たいことしか言えなくてごめんなさい。それでも僕は、前のように貴方を好きになるかわからないですよ」

必死な表情を見つめて、昔から変わらない綺麗な髪にそっと触れる。
艶をもった綺麗な髪。あの時とは違う色をしているけれど。
たった二回だけ、抱いた綺麗な肢体。
忘れることなどできないし、誰を抱いても思い出された。

「そんなこと………分かってンよ。また……出会えたなら………もう、離れないって決めてた」
必死で訴える真っ直ぐな目も、何もかも変わっていない。
「決めてた……わりにあっさり諦めようとしてたじゃないですか」
「あっさり……じゃない」
オレのいもしない恋人に対しての罪悪感。
それだけで諦められる人に安心なんかできない。
だけど……。オレが離さなきゃ問題のない話だろう。
オレはあの時のような子供ではないから。

「それでも、もし、離れたくなったとしても、今度は何も言わずに消えるのだけはやめてください。」
あの絶望感は今でも忘れられない。
退院して、学校にいったところ転校を知り、実家にいくと引っ越した後だといわれた。
頼み込んで成春の母親から住所を聞き出して、迎えにいこうと思った。

「離れないよ」
「……簡単に言わないでください。後が……怖い」
オレはすっかり臆病になっている。

何もかもなくした、あの日に戻りたくないと……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

処理中です...