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29 side hasegawa
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何だ、この状況。
いつものように昼休み、最近は寒いから食堂で成春と食べているのだが、成春の横に見慣れないものがある。
ちょっと劣化したヤッちゃんのような、綺麗な顔の男が当然のように成春の横に座って、重箱のような弁当をテーブルに広げている。
容姿端麗、眉目秀麗と有名な生徒会副会長さんだってことは、世間に疎いオレでも分かっている。
「……成春?副会長と仲良くなったんですか」
ちょっとだけ険を篭めてメガネのフレームを動かし、相手から表情を隠す。
「なんか付いてきた。悪ィ……」
気分悪そうな成春の表情から、成春もかなり嫌がっていることが分かる。
派手な重箱から、色とりどりのおかずが並んでいて、比べるとオレの弁当は相変わらずのひどいものなのだが。
「君は、ああ………一年の首席君だね。先輩を呼び捨てにしちゃいけないんじゃないかな」
「長谷川です。そうですね、副会長。成春先輩とは仲良くなりすぎて、礼を欠いていたかもしれません。成春先輩とは、ご友人になられたのですか」
慇懃無礼を絵に描いたように返答したが、こういうタイプは、オレの対応の変化には気がつかないだろう。
っていうか、オレのもんになに馴れ馴れしく触ってるわけ?
と、言いたい。
イライラで、地がでてしまいそうになるのをなんとか理性で押さえつける。
「僕が、彼を見初めて告白をしたのだが、断るのでね。僕の良さをアピールしようとついてきたんですよ」
はああああああ?
何してくれてんの。
つーか、成春もこんなもん振り払って巻いてこいよ。
「西覇、俺には好きな奴がいるってちゃんと言ったんだ」
弁解するように、成春は焦って言うし、そうだろうとは、思う。
明らかに、この副会長の配線がずれずれなのはオレにも分かる。
成春がまったく悪くないことも、分かる。
だけど、腹がたつ。
「僕ほど優秀ですばらしい男はいないのに、断る意味がまったくわからないのでね。まだ、彼は僕のことを知らないだけだろうから、わざわざアピールしにきたんですよ。きっと、彼も僕に惚れてしまうに違いないですから」
そんなものになびくわけはないと分かってはいたが、猛烈にカチンときて別のスイッチが入ってしまう。
かーちゃんの手作りキャベツ千切りを思わず手にして、副会長の頭にどさっと盛ってやる。
殴らないだけマシと思え。
「き、君は何を!」
オレは、少しすまなそうな口調で、周りに聞こえるように言う。
「あ、ゴメンなさい。手が滑っちゃったみたいです。制服汚れてませんか?」
タオルをもって副会長の肩や頭を軽く払い、耳元でドスを効かせて囁いた。
「副会長さん、残念ながら成春はオレのもんです。手ェ出したら、ちんこ刻んで山に撒きますよ」
副会長はわなわなっと震えて、オレを恐怖の形相で見やると腕でオレの体を振り払って、走って食堂を後にした。
「西覇……怒ってる、か?」
「あいつ頭おかしいな……。怒ってないですけど……。なんだか嫌な予感がします。気をつけてください」
成春に怒るのはお門違いだが、アレは厄介なタイプの気がする。
ちらばった、大切なおかずをほうきで片付けながら、オレは成春を見上げてため息をついた。
絵に描いたようなイジメの構図に、思わずオレは笑ってしまった。
こんな進学校でも、こんなバカがやるようなイジメなんて存在するのだなあというのが、正直な感想である。
オレの机の上に撒かれた雑巾水と、ごろんと転がったバケツ。
あまりにも滑稽すぎて、なんだか笑えてしまう。
小学、中学時代は、アニキを恐れてかなにか、オレにこんなことをするやつらもいなかった。
この高校にオレの中学から来ているのは、あと一人くらいで、同じクラスでもない。
教室は水を打ったように静まり返っている。
「……大丈夫?長谷川君」
オレは黙って濡れた雑巾をバケツで絞って、床と机を拭う。
前の席に座っている根元が心配そうに覗き込んでくる。
「2年生の……先輩たちが来てやっていったんだけど、怖くて何もできなくってごめんな」
そりゃあ、先輩たちが乗り込んできたんじゃ普通は怖いよな。
根元は、眼鏡の奥の小動物のような目を揺らしてオレを心配してくれている。
「いや、気にしないでいいよ。別に人に怪我があったわけでもないからね」
机の中の辞書や教科書も濡れていたが、乾かせばなんとかなるレベルである。
「長谷川、さっきここにきたの楠木さんの親衛隊だったけど、目をつけられたりした」
隣の席の杉村がオレの腕を掴んで、心配そうに問いかける。
見て見ぬふりかと思ったが、クラスのやつらは結構優しいところがある。
恵まれて育てば、いろいろと心も豊かになるのかもしれない。
「ちょっと、副会長さんと揉めてね。」
「気をつけろよ。楠木さんの親衛隊は、他校にもいるし、お金で東高の奴をやとってリンチかけたりするって聞いたことがある」
「大丈夫だよ。僕は暴力に屈しないから」
心配そうな杉村に、静かに言葉を返すとベランダに辞書と教科書を干しに行く。
「その辞書使うのか?」
杉村はベランダをあけて、オレが気になるのか声をかけてくる。
「ああ、使うよ。まあ、使えそうになかったら、兄弟のと擦りかえるから大丈夫だけど」
アニキは、どうせこんな英和辞書なんか綺麗に保存しているに違いない。
まあ、取り替えても卒業するまでまったく気がつかないだろう。
「長谷川、知らないと思うからいうけど、東高のやつらとか、ヤクザのちんぴらとかとかわらないんだぞ」
杉村は、親切に忠告をしてくれる。
確か、バスケット部に入っているスポーツマンで、一高では珍しいオールマイティの男だ。
教科書を天日に干しつつ、東高の怖さを語ってくれる杉村は本当にいいやつなんだなって思う。
「でと、喧嘩は意外と慣れてるんだ……あんまり、歓迎する理由じゃないんだけどね」
「優等生同士の喧嘩と違うんだぞ、こんな腕…………じゃ……って、以外に鍛えてる?」
オレの腕を掴んだ杉村は、ちょっと眉を寄せた。
多分、鍛えているのがスポーツマンなら分かるはずだ。
「僕の兄は、北高にいるんだ。北高のハセガワって言えば、結構有名でしょ」
「……え……。あの、中学のときに東高を二人で潰したっていう……」
杉村は目を白黒させながら、オレの話を聞いている。
いつも事実を意知ったやつらが浮かべる侮蔑や嫌悪の表情は杉村にはない。
「ああ。中学の時からそんな調子だからね。勿論、僕も標的になったよ。だから、兄の荷物にならないように、自分の身は自分で守った。だから、防衛するくらいは大丈夫なんだ」
「それでも、喧嘩に巻き込まれれば経歴に傷がつくよ。政府官僚になるためには、そういうのはご法度だろう」
この高校に入る大半の人が目指すところ。
高官・官僚になること。
「……それも、僕には関係ないんだ。そんな…………官僚になれるわけでもないから。僕は……ヤクザの息子だからね。経歴がどんなのでも受け入れられる研究者にでもなれればいいなと思っている」
オレの言葉に、杉村は一瞬目を少し見開いてオレを見やり、思わずといった様子でぷっと噴出した。
この話をして、離れていくやつは多かったが笑い出すやつは初めてで、思わずオレのほうが目を瞠って杉村を見返してしまっていた。
「さっきの反応見て普通の首席の優等生じゃねえなって思ったけど、まさかヤクザの息子とは。どおりで、肝据わってるわけだ」
手を叩いて可笑しそうに笑う杉村を、オレは教科書を干しながらまじまじと見つめた。
「悪ぃ悪ィ。長谷川、おもしろいね。風紀委員で首席でよい子チャンの長谷川の、まさかの意外性に笑っちゃった。ゴメンネ」
全く悪いとこれっぽっちも思っていなそうな口調に、何故かオレはほっと胸をなでおろした。
こういう反応をされるとは思わなかったが、とても楽になれる気がした。
「いや。笑ってくれたほうが、楽ですね」
「で、副会長をどうやって怒らせたの?」
根堀り歯堀りというほど、好奇心で満載というわけではないが、自然にこの男はオレの事情を聞きだそうとしてくる。
半分面白がってくれているのが、気楽でいいなとは思う。
本当にコミュ力が高い男である。
「僕の恋人にちょっかいかけてきたから、追っ払っただけですよ」
ため息をつきながら、先ほどの副会長の様子を思い返す。
副会長は絶対オレが報復に屈すると思っているに違いない。
「ちょ、待って。長谷川って、恋人とかいるんだ。何、またもや意外性のリア充?」
杉村は爽やかな表情でおどけて見せながら、濡れたオレの教科書を開いて干すのを手伝ってくれている。
「リア充って言っていいのか分からないですが。男子校で、校内恋愛的な……」
ぱかんと杉村は口を開いて、次の瞬間腹を抱えて大笑いを繰り出す。
「長谷川!!!流石の俺も、そこまで長谷川の意外性を見せ付けられると、もう、あれだね。人を見た目で判断しちゃダメって心から思うよね」
ひいひいいいながら笑う相手に、オレは不思議と悪い気はしなかった。
「まあ、そこは大事ですけどね。人は見た目じゃないってことは、最近僕も思い知ったところですよ」
腹をさすりながら漸く笑いを収めた杉村は、真顔でオレに詰め寄る。
「で、お相手は誰?副会長が狙うほどの人って言ったら、二年の佐々岡さんとか?」
杉村が名前をあげた佐々岡先輩は、サッカー部の副部長でイケメンの爽やかな男である。
まあ、人気も高いらしく、近くの女子高から応援によくやってきているのを知っている。
人の恋愛によくもこう、興味深々になれるなあとある意味感服しつつ、杉村に首を振った。
「いや……そういう感じじゃなくて……」
「え?ボクシング部の松崎さんとか」
どうしてあげてくる男は、イカツイ感じの男ばかりなのだろう。
オレが首を横に振ると、思いつかないというような表情で考え込む。
「うーん、副会長が狙うのっていつも、こー、背が高くてイケメンで、成績優秀な男ばっかだからさ」
「そういうことか……」
背が高くて、イケメンで、最近になって成績をあげたから成春は目をつけられたのだ。
副会長は本当に見た目しか気にしない男なのだなと思う。
「瀬嵐先輩です。僕の大事な人は」
思い切って杉村に告げると、更に目を丸くしてオレの顔を何度も凝視する。
「え……。あの人ヤンキーだよね。この学校唯一の」
「根はとっても真面目な人です。この学校に来てる時点で、真面目なんですけどね」
「まあ、背は高くてイケメンだよな……」
どこか納得したように、うーんと唸る杉村は、オレの顔をちらちらといぶかむように見つめて、まだ納得いかなそうな表情を浮かべる。
「あのひとは可愛い人ですよ。」
「そりゃ、ヤクザのオヤジさんとドヤンキーのアニキがいればそう見えるのかもな。やっばいなあ、長谷川、俺オマエの印象540度変わったわ」
ちらりと教室を眺めて、5時限目の化学の先生が入ってきたのを確認する。
「一回点半?」
「んじゃあ1260度」
もういっちょと増やした杉村の言葉にオレは思わず噴出した。
「トリプルアクセル!!って、フィギュアかよ」
突っ込みを素で入れてしまって、驚いた表情の杉村の顔にぶつかりオレは髪を掻いた。
「長谷川、今の素?そっちの方がいいよ。…さてと、教室戻るか。センセーがこっち見てる。まあ心配してだろうけどね」
「育ちが育ちだから、敬語でも使ってないと、汚い言葉だらけになってしまうんで」
言葉を直そうと試みたオレに、杉村は振り返りふっと口元を緩めて笑う。
「さっきみたいな隙、もっと見せてほしいと思うよ、俺は」
純粋に友達という響きに似たものを感じ取って、オレは拳をきゅっと握りこみ、杉村の背中にようやく言葉を返した。
「そのうち…な」
いつものように昼休み、最近は寒いから食堂で成春と食べているのだが、成春の横に見慣れないものがある。
ちょっと劣化したヤッちゃんのような、綺麗な顔の男が当然のように成春の横に座って、重箱のような弁当をテーブルに広げている。
容姿端麗、眉目秀麗と有名な生徒会副会長さんだってことは、世間に疎いオレでも分かっている。
「……成春?副会長と仲良くなったんですか」
ちょっとだけ険を篭めてメガネのフレームを動かし、相手から表情を隠す。
「なんか付いてきた。悪ィ……」
気分悪そうな成春の表情から、成春もかなり嫌がっていることが分かる。
派手な重箱から、色とりどりのおかずが並んでいて、比べるとオレの弁当は相変わらずのひどいものなのだが。
「君は、ああ………一年の首席君だね。先輩を呼び捨てにしちゃいけないんじゃないかな」
「長谷川です。そうですね、副会長。成春先輩とは仲良くなりすぎて、礼を欠いていたかもしれません。成春先輩とは、ご友人になられたのですか」
慇懃無礼を絵に描いたように返答したが、こういうタイプは、オレの対応の変化には気がつかないだろう。
っていうか、オレのもんになに馴れ馴れしく触ってるわけ?
と、言いたい。
イライラで、地がでてしまいそうになるのをなんとか理性で押さえつける。
「僕が、彼を見初めて告白をしたのだが、断るのでね。僕の良さをアピールしようとついてきたんですよ」
はああああああ?
何してくれてんの。
つーか、成春もこんなもん振り払って巻いてこいよ。
「西覇、俺には好きな奴がいるってちゃんと言ったんだ」
弁解するように、成春は焦って言うし、そうだろうとは、思う。
明らかに、この副会長の配線がずれずれなのはオレにも分かる。
成春がまったく悪くないことも、分かる。
だけど、腹がたつ。
「僕ほど優秀ですばらしい男はいないのに、断る意味がまったくわからないのでね。まだ、彼は僕のことを知らないだけだろうから、わざわざアピールしにきたんですよ。きっと、彼も僕に惚れてしまうに違いないですから」
そんなものになびくわけはないと分かってはいたが、猛烈にカチンときて別のスイッチが入ってしまう。
かーちゃんの手作りキャベツ千切りを思わず手にして、副会長の頭にどさっと盛ってやる。
殴らないだけマシと思え。
「き、君は何を!」
オレは、少しすまなそうな口調で、周りに聞こえるように言う。
「あ、ゴメンなさい。手が滑っちゃったみたいです。制服汚れてませんか?」
タオルをもって副会長の肩や頭を軽く払い、耳元でドスを効かせて囁いた。
「副会長さん、残念ながら成春はオレのもんです。手ェ出したら、ちんこ刻んで山に撒きますよ」
副会長はわなわなっと震えて、オレを恐怖の形相で見やると腕でオレの体を振り払って、走って食堂を後にした。
「西覇……怒ってる、か?」
「あいつ頭おかしいな……。怒ってないですけど……。なんだか嫌な予感がします。気をつけてください」
成春に怒るのはお門違いだが、アレは厄介なタイプの気がする。
ちらばった、大切なおかずをほうきで片付けながら、オレは成春を見上げてため息をついた。
絵に描いたようなイジメの構図に、思わずオレは笑ってしまった。
こんな進学校でも、こんなバカがやるようなイジメなんて存在するのだなあというのが、正直な感想である。
オレの机の上に撒かれた雑巾水と、ごろんと転がったバケツ。
あまりにも滑稽すぎて、なんだか笑えてしまう。
小学、中学時代は、アニキを恐れてかなにか、オレにこんなことをするやつらもいなかった。
この高校にオレの中学から来ているのは、あと一人くらいで、同じクラスでもない。
教室は水を打ったように静まり返っている。
「……大丈夫?長谷川君」
オレは黙って濡れた雑巾をバケツで絞って、床と机を拭う。
前の席に座っている根元が心配そうに覗き込んでくる。
「2年生の……先輩たちが来てやっていったんだけど、怖くて何もできなくってごめんな」
そりゃあ、先輩たちが乗り込んできたんじゃ普通は怖いよな。
根元は、眼鏡の奥の小動物のような目を揺らしてオレを心配してくれている。
「いや、気にしないでいいよ。別に人に怪我があったわけでもないからね」
机の中の辞書や教科書も濡れていたが、乾かせばなんとかなるレベルである。
「長谷川、さっきここにきたの楠木さんの親衛隊だったけど、目をつけられたりした」
隣の席の杉村がオレの腕を掴んで、心配そうに問いかける。
見て見ぬふりかと思ったが、クラスのやつらは結構優しいところがある。
恵まれて育てば、いろいろと心も豊かになるのかもしれない。
「ちょっと、副会長さんと揉めてね。」
「気をつけろよ。楠木さんの親衛隊は、他校にもいるし、お金で東高の奴をやとってリンチかけたりするって聞いたことがある」
「大丈夫だよ。僕は暴力に屈しないから」
心配そうな杉村に、静かに言葉を返すとベランダに辞書と教科書を干しに行く。
「その辞書使うのか?」
杉村はベランダをあけて、オレが気になるのか声をかけてくる。
「ああ、使うよ。まあ、使えそうになかったら、兄弟のと擦りかえるから大丈夫だけど」
アニキは、どうせこんな英和辞書なんか綺麗に保存しているに違いない。
まあ、取り替えても卒業するまでまったく気がつかないだろう。
「長谷川、知らないと思うからいうけど、東高のやつらとか、ヤクザのちんぴらとかとかわらないんだぞ」
杉村は、親切に忠告をしてくれる。
確か、バスケット部に入っているスポーツマンで、一高では珍しいオールマイティの男だ。
教科書を天日に干しつつ、東高の怖さを語ってくれる杉村は本当にいいやつなんだなって思う。
「でと、喧嘩は意外と慣れてるんだ……あんまり、歓迎する理由じゃないんだけどね」
「優等生同士の喧嘩と違うんだぞ、こんな腕…………じゃ……って、以外に鍛えてる?」
オレの腕を掴んだ杉村は、ちょっと眉を寄せた。
多分、鍛えているのがスポーツマンなら分かるはずだ。
「僕の兄は、北高にいるんだ。北高のハセガワって言えば、結構有名でしょ」
「……え……。あの、中学のときに東高を二人で潰したっていう……」
杉村は目を白黒させながら、オレの話を聞いている。
いつも事実を意知ったやつらが浮かべる侮蔑や嫌悪の表情は杉村にはない。
「ああ。中学の時からそんな調子だからね。勿論、僕も標的になったよ。だから、兄の荷物にならないように、自分の身は自分で守った。だから、防衛するくらいは大丈夫なんだ」
「それでも、喧嘩に巻き込まれれば経歴に傷がつくよ。政府官僚になるためには、そういうのはご法度だろう」
この高校に入る大半の人が目指すところ。
高官・官僚になること。
「……それも、僕には関係ないんだ。そんな…………官僚になれるわけでもないから。僕は……ヤクザの息子だからね。経歴がどんなのでも受け入れられる研究者にでもなれればいいなと思っている」
オレの言葉に、杉村は一瞬目を少し見開いてオレを見やり、思わずといった様子でぷっと噴出した。
この話をして、離れていくやつは多かったが笑い出すやつは初めてで、思わずオレのほうが目を瞠って杉村を見返してしまっていた。
「さっきの反応見て普通の首席の優等生じゃねえなって思ったけど、まさかヤクザの息子とは。どおりで、肝据わってるわけだ」
手を叩いて可笑しそうに笑う杉村を、オレは教科書を干しながらまじまじと見つめた。
「悪ぃ悪ィ。長谷川、おもしろいね。風紀委員で首席でよい子チャンの長谷川の、まさかの意外性に笑っちゃった。ゴメンネ」
全く悪いとこれっぽっちも思っていなそうな口調に、何故かオレはほっと胸をなでおろした。
こういう反応をされるとは思わなかったが、とても楽になれる気がした。
「いや。笑ってくれたほうが、楽ですね」
「で、副会長をどうやって怒らせたの?」
根堀り歯堀りというほど、好奇心で満載というわけではないが、自然にこの男はオレの事情を聞きだそうとしてくる。
半分面白がってくれているのが、気楽でいいなとは思う。
本当にコミュ力が高い男である。
「僕の恋人にちょっかいかけてきたから、追っ払っただけですよ」
ため息をつきながら、先ほどの副会長の様子を思い返す。
副会長は絶対オレが報復に屈すると思っているに違いない。
「ちょ、待って。長谷川って、恋人とかいるんだ。何、またもや意外性のリア充?」
杉村は爽やかな表情でおどけて見せながら、濡れたオレの教科書を開いて干すのを手伝ってくれている。
「リア充って言っていいのか分からないですが。男子校で、校内恋愛的な……」
ぱかんと杉村は口を開いて、次の瞬間腹を抱えて大笑いを繰り出す。
「長谷川!!!流石の俺も、そこまで長谷川の意外性を見せ付けられると、もう、あれだね。人を見た目で判断しちゃダメって心から思うよね」
ひいひいいいながら笑う相手に、オレは不思議と悪い気はしなかった。
「まあ、そこは大事ですけどね。人は見た目じゃないってことは、最近僕も思い知ったところですよ」
腹をさすりながら漸く笑いを収めた杉村は、真顔でオレに詰め寄る。
「で、お相手は誰?副会長が狙うほどの人って言ったら、二年の佐々岡さんとか?」
杉村が名前をあげた佐々岡先輩は、サッカー部の副部長でイケメンの爽やかな男である。
まあ、人気も高いらしく、近くの女子高から応援によくやってきているのを知っている。
人の恋愛によくもこう、興味深々になれるなあとある意味感服しつつ、杉村に首を振った。
「いや……そういう感じじゃなくて……」
「え?ボクシング部の松崎さんとか」
どうしてあげてくる男は、イカツイ感じの男ばかりなのだろう。
オレが首を横に振ると、思いつかないというような表情で考え込む。
「うーん、副会長が狙うのっていつも、こー、背が高くてイケメンで、成績優秀な男ばっかだからさ」
「そういうことか……」
背が高くて、イケメンで、最近になって成績をあげたから成春は目をつけられたのだ。
副会長は本当に見た目しか気にしない男なのだなと思う。
「瀬嵐先輩です。僕の大事な人は」
思い切って杉村に告げると、更に目を丸くしてオレの顔を何度も凝視する。
「え……。あの人ヤンキーだよね。この学校唯一の」
「根はとっても真面目な人です。この学校に来てる時点で、真面目なんですけどね」
「まあ、背は高くてイケメンだよな……」
どこか納得したように、うーんと唸る杉村は、オレの顔をちらちらといぶかむように見つめて、まだ納得いかなそうな表情を浮かべる。
「あのひとは可愛い人ですよ。」
「そりゃ、ヤクザのオヤジさんとドヤンキーのアニキがいればそう見えるのかもな。やっばいなあ、長谷川、俺オマエの印象540度変わったわ」
ちらりと教室を眺めて、5時限目の化学の先生が入ってきたのを確認する。
「一回点半?」
「んじゃあ1260度」
もういっちょと増やした杉村の言葉にオレは思わず噴出した。
「トリプルアクセル!!って、フィギュアかよ」
突っ込みを素で入れてしまって、驚いた表情の杉村の顔にぶつかりオレは髪を掻いた。
「長谷川、今の素?そっちの方がいいよ。…さてと、教室戻るか。センセーがこっち見てる。まあ心配してだろうけどね」
「育ちが育ちだから、敬語でも使ってないと、汚い言葉だらけになってしまうんで」
言葉を直そうと試みたオレに、杉村は振り返りふっと口元を緩めて笑う。
「さっきみたいな隙、もっと見せてほしいと思うよ、俺は」
純粋に友達という響きに似たものを感じ取って、オレは拳をきゅっと握りこみ、杉村の背中にようやく言葉を返した。
「そのうち…な」
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