炎上ラプソディ 

怜悧(サトシ)

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発情期ではないだろうが、溢れるフェロモンの濃さにベータであるシェンであっても充分にくらくらとする。
気だるげにベッドで起き上がる彼は、警告音への焦りはなく、ただ警戒するようにシェンを見上げている。

演技、ではないな。
「迎えに来た。ここは危ない逃げるぞ」
拘束はされてないのを確認して腕を掴むと、統久は目を開いて首を横に振る。
「この部屋から出たら、いけない」
まるで洗脳されているかのように、恐怖を浮かべて何度も首を振る。
「そんなことより、お兄さんも愉しいことしにきたんでしょ」
誘うような表情を浮かべて逆に腕を引いて、手を胸もとへと寄せる艶めかしい仕草に、シェンはごくりと唾を飲み込む。
「悪いが時間ない。後で愉しいことはしよう」
タオルケットを統久にぐるっと包むようにかけて肩口で結んで無理矢理ベッドから引き摺り降ろす。

あと、5分もないな。
さっさとココを出ないとまずい。
「ここから出たら俺は息ができなくなるって、ウォンが言ってた」
「ウォンバットは嘘つきだ。信じるな。流石にアンタを抱えては逃げられないからな、しっかりついてこい」
自分より鍛えられた重たい身体を抱き上げるなどできないと、シェンはそのまま腕を引いて部屋を出る。
「ダメだよ……ウォンに怒られる」
すっかり記憶も何もかも消されてしまったからなのか、強情に嫌がる統久にシェンはじっと強く見返すと、言い聞かせるように告げる。
「オレを信じろ」
部屋の扉をぐいと開けて外に出ると、屈強そうなSPを連れたスーツの男が目の前に立ち塞がる。
すぐに胸元から、銃を取り出して構える。

「ウォン……、ごめんなさい。この人が……無理矢理」
泣き出しそうな口調で声を震わせる統久に、シェンは眉をグッと寄せる。
記憶を無くしたとしても、精神力の強い統久にここまで恐怖心を植え付けるために、何をしたかなんて考えたくない。
「君は……」
「シェル·イライズと名乗っても、分かるか」
シェンは、恐慌に陥っている統久の手をギュッと強く握る。
「ああ、運び屋か。彼は死んだと伝えたのに、取り戻しにくるとは。騙されていたのに殊勝だね。でも、残念ながら彼はもう、君のことは覚えていないよ」
にこりと笑いながら、淡々とした表情でレーザーガンの銃口を向ける。
「ハッ、騙されてはいないさ」
SPの動きに気を払いながら、銃の切っ先を変えずに指輪のボタンを押す。
ぐわんと近くで音が響き、統久のいた部屋が業火に包まれる。

「第73部隊、FIF83962 シェン·リァウォーカー。それがオレの名前だ。コイツはオレの上官だからな」
爆音と業火に慌てるSPの隙を狙い、シェンはウォンバットの股間に向けてレーザーガンを発射し、その脇を駆け抜けた。



何度も倒れたウォンバットを振り返る統久の腕をグイグイと引いてシェンは駆け出す。
煙と怒号が追いすがる。
「な、なあ、どこいくんだ」
捕まったら怒られるとばかりに、必死に走る統久は顔を青ざめさせている。
普段彼は常に飄々としているので、シェンは物珍しくなってからかうように愛の巣と呟いた。
「え、と。アンタは俺のご主人様なのか」
少し考えながら首を傾げる様を見ながら、前から取り囲もうとする兵士の脚をレーザーで撃ち抜き、近くの爆弾を破裂させる。
床が響くのと同時に壁が崩れ、熱材が燃え始める。
「ご主人様、ね。そうね、そういうのも愉しそうだ」
「ウォンが、ご主人様が迎えに来るって言っていたから」
半笑いのシェンを訝みながら、倒れてきた壁を無意識に避けて走る統久の動作に、シェンは本能はすげえなと感心する。
近くに燃料タンクがあったのか、燃え移り激しく始めた炎と、パチンと電気が遮断されたのに補助電源装置のバッテリーが切れたことを知り、シェンは近くの窓を銃の尻で叩いて割る。
エレベーターは使えない。
「おい、えーと、統久さん。窓から飛び降りるぞ」
「なんで」
「火の周りが早いからな。一酸化炭素中毒で詰む」
外を見ると混乱に乗じて乗り込んだのか、呼び寄せた援軍が囚人たちを保護しているのが見える。
事情を知らない警備隊たちも、囚人たちの確保を行っているようだ。
「こんな高いところから飛び降りたら死ぬよ」
窓のしたを見下ろすと、どうやら地上まで30メートルはありそうだ。
腰につけている縄で統久の腰を括る。
「ホントに、今のアンタは使えないな」
溜息を漏らして、縄を握ったまま窓枠を指さす。
「先に飛べ。オレが縄を掴んでいてやる」
「え、飛ぶのか」
信じられないという表情を浮かべながら、統久は窓枠へと足をかけた。
足音が聞こえてくる。
ヤバい。
「早くしろッ」
「見つけたぞ、侵入者!!」
声のする方にレーザーガンを撃ち、飛び降りる統久の縄をぐいと強く掴み、落下速度を緩める。
ひゅんッと音がして、目を向けると股間を真っ赤に染めたままのウォンバットが立っている。
「ッて…………」
利き腕を撃たれて、手にしているレーザーガンがうまく握れなくなる。
ヤバいが、両方離せないな。
片方の腕に握った縄を少しづつゆるめながら、撃たれた腕でレーザーガンの銃口をなんとか制御する。
「シェン·リァウォーカー、カルハード作戦の生き残りとは、鹿狩の抜け目なさには本当に頭がさがるよ。しかし、どうする?鹿狩は記憶がないぞ、君の証言など誰も信じまい。どうだ、私につかないか?」
顎をくいと上げて、ウォンバットは銃口をシェンに近づけたまま、唇を引き上げた。
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