竜攘虎搏 Side Tiger

怜悧(サトシ)

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ガタンと派手に椅子が倒れて、椅子ごと眞壁を押し倒すような格好になる。
ちょっと驚いたように目を見開くも、簡単に俺をノせるという自信があるのか、眞壁にはまったく反撃の意思もなかった。
コイツの弱みを握って……もうオレに逆らえないようにしなきゃならない。屈辱を晴らさないと、オレはこいつの前に出ていけない。
焦りばかりが脳を右往左往しやがる。
「なァ、オマエとハセガワの関係、……バラしていいのか?」
一瞬何を言われたのか分からないような表情を浮かべたが、ゆっくりと眞壁の顔が強張った。
三年間隠してきたことなのだろう。オレがそのことをバラせば、ハセガワを標的にしている校内の奴らのマトになるのは見えている。
「えっと、富田君は、俺のことキョーハクしようとしてんの?」
 少し間をおいて訳が分からないといった表情を浮かべて、平然としたままで問い返されてオレは更にカッとなった。
「……キョーハクして、富田君は俺に何をして欲しいの?」
 脅迫してどうしようなんて、そこまで考えてもいなかった。
 気のすむまで殴らせろ?そうじゃない、無抵抗なコイツを殴ったところでなんの屈辱も晴らせない。
「ッくそ……なんで、アンタそんなに平気そうなんだよ。アンタはオレのために出した秘密をネタに脅されてるんだぜ。それでも余裕そうなとこが気にいらねえ」
オレは脅迫することで、流石のコイツも怒り出すのではないかと考えたのだ。怒りに任せて、オレと勝負してくれるのではないかと。
 なのに、まったく怒ることもなく脅迫されてくれようとしているのである。当てが外れたオレはぎゅっと拳を握りしめた。
「平気そうかな?」
「アンタのそういう平然とした顔や態度が、オレをイラつかせンだよ。脅迫なんか大したことねえとか、タカくくってんだろ」
 首を傾げて自分の顔をペタペタと叩き、普通の顔だけどなと煽ってくるのが更にオレの怒りの炎に油を注いでいる。
どうすれば、この男が本気になってくれるだろう。
 どうすれば、コイツが怒りでオレと勝負しようとしてくれるだろうか。男にとって屈辱的なことは、一体何だろう。
「………犯らせろ」
 色々と考えた末に導きだした答えだった。
脅迫なんて卑怯者のすることだ。今回金崎がハセガワにしたような手段は嫌いだ。だというのに同じようなことをしようとしている。
金崎のところの奴らが、喧嘩の中で強姦や輪姦などをやっている話は耳にしているが、実際その立場になる気はなかった。
 そんなことは、拳で戦う男として最低なことだと思っていたのに、オレが口にしているのは正反対のことだった。

……それでも、オレはこの世で一番嫌いな卑怯モノになってやる
「え?ナニを?」
「ナニって、ナニだろ、セックスだよ」
 きょとんとした表情で見返す眞壁は、まったく平然としていてオレの言っていることの半分も分かっていないようだった。
「え、俺、男の子だよ」
「ッ、ンなの、わかってるッ」
 そのでかい図体して男の子とかのたまうのは、完全に馬鹿にされているような気がした。
 眞壁はちょっと眉を寄せて考え込んで、首を横に振った。
「ソレ、痛そうだからイヤだ」
痛そうだと言うくらいだから何をさせろって言っているのかは分かっているようだ。ただ、この男には怒りという感情はないのだろうか。余裕そうな表情は全く崩れることがない。
「じゃあ、バラしてもいいんだな?」
「困るな……」
「をい、ホントに腹立つな。困ってるなら困ってるような顔しろよ、アンタ」
 詰め寄ると綺麗な顔をそのままに、憐憫の目を向けてくる。
「富田君、カッコイイし別にオンナノコに困ってないでしょ?いないなら紹介するよ」
「勘違いするな。下半身に困ってるから言ってンじゃねえよ、アンタを屈服させたいって言ってんの」
 どうやら、オレが下半身に困っているのかと眞壁が心底憐れんでいるのだと分かり、本気でオレは激昂した。
「セックスで屈服ね……。喧嘩で勝てないから、そっちにシフトするの?……そんなにヤりたいなら、別にいいけど」
 眞壁は考えが変わったのか、オレをじっとみて面白がるかのような表情を浮かべて馬鹿にしたように言った。
 喧嘩で勝てないから、そっちにシフトだなんてオレに対しての嘲りである。そもそもその喧嘩をしてくれないのは、眞壁の方だ。
オレだってこんな手段で屈服させるのは間違っているのも分かっているし、卑怯だってことも分かってる。
こんなことで気が晴れるなんて思ってもいない。
「ッ……ふざけんなよッ。後悔させてやる」
「あ、後悔はイヤだな。優しくて気持ちイイヤツ希望。痛かったら殴るけど、自信あるならイイよ」
 さして困った表情すらみせずに、困っていると嘯く眞壁はオレの癪に触って仕方がない。
まるでオレの真意を図るかのように、カラーコンタクトを入れているのか緑色に光る瞳で下から見上げている。
間違ってもオレには、眞壁のようなデカイ男を抱きたいとかそんな性癖もないし、男に興味なんかねえ。ましてや犯るって言ってもオレの息子が機能するかどうか怪しいところだ。
だからといって、屈辱を受けたままでいられなかった。
ただコイツが感情的になるところがみたい、それだけだ。
オレの言葉にキレてタイマン勝負でもしてくれれば御の字くらいに考えていた。
……なのに、なんで、承諾してんだよ。
大体、眞壁が昔のハセガワと知り合いだということを、ハセガワに打ち明けたのはオレのためだ。
今までもハセガワに絡みにいかなかったのは、昔の恩もあるからだろう。反してオレのこの所業は、恩を仇で返すものでしかない。
前から思ってたが、コイツは結構頭が足りてない気がする。
腕力じゃオレはコイツにかなわねえのだから、眞壁がオレを叩きのめして従わせればいいだけの話なのだ。
なのに、なぜか、どうやら脅迫されてくれる気のようだ。
東高にくる時点で、筋金入りのバカかヤンキーには違いないのだが、好戦的ではない性格からみて前者に違いない。
腕をぐいと引っ張られて、体勢を崩すと眞壁の胸板に抱きつくような格好になる。
密着すると、ほんわりとした布団で嗅いだイイ匂いがする。
「床でヤッたらイタそうだし、そんじゃ、ベッドいこうか」



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