竜攘虎搏 Side Tiger

怜悧(サトシ)

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「…………オイ、ここどこだよ?」
 急にブイーンと原チャが停止する音がして、体を肩に担がれているのが分かり、意識がゆっくりと浮上してくる。
意識がないうちに連れてこられたのは、政治家とか住んでいそうな立派な門構えの日本庭園がある大きな邸宅である。
「俺ンち」
この金髪頭で、住んでるところ和風すぎるだろ。
それに………どこのぼっちゃんだよ。
まさか、親がヤクザとかで、これから本格的にヤキ入れられるって話じゃないよな。
眞壁はでんっと鎮座する本宅じゃなく、庭園の近くにある離れの方へと向かっていく。
「ただいま」
鍵をあけてガラガラ引き戸を開いた眞壁は、返事を期待していない声で呟くような声で言う。
留守なのだろうか。
オレの靴を抜き取るように脱がして床に投げ、自分の靴を脱ぐと、担いだまま二階への階段を昇っていく。
「かーちゃんとここに二人暮らしなんだ。おっきいほうの家は、じいちゃんと、おじさんたちが住んでんの」
聞いてもいないのに、眞壁は詳しく説明をしてくれる。
ちゃんと話したことはなかったが、眞壁はかなり饒舌なタイプのようだ。ありがちな硬派で無口な番長タイプではない。
普段から何を考えてるのかまったく読めないやつだが、話をしても更にまったく分からなくなる。
意外にも部屋は綺麗に片付けられていた。爽やかでシンプルな男らしい部屋に連れ込まれて、眞壁はオレを投げるようにベッドに降ろすと、机の上に置いてある救急箱を開けた。
「まったく……ホントに無茶するよねえ、富田君は」
手際よくオレの学ランとシャツまでさっさと脱がせると、擦り傷に消毒液をかけられた。傷口がヒリヒリと沁みて痛みが広がる。
「ッ、っつ……なんで、アンタが…………ッいて…………」
なんでアンタが、派閥を抜けたオレなんかを助けにきたんだと聞きたかった。声もひどく掠れてしまって、ガラガラである。
圧倒的な強さの前では、サンドバッグになるのがオレの精一杯だった。悔しさが胸を焼くようだ。
「……リベンジなら自分で潰しにいけばいいのにさ、かなわないからかな。オマエら二年生をトップちらつかせて煽るとか、ホントにハルちゃんのやり方が気に入らない」
眞壁はオレの問いかけを、全てスルーして絆創膏を貼りながら、珍しく不機嫌そうな表情をしていた。
東高の現トップである小倉瑶佳(おぐらはるよし)のことを、眞壁はハルちゃんと呼んでいる。
タイマンでも、眞壁は小倉さんに負けたことはない。
「なんで、アンタは……あの時、小倉さんを潰しに行かなかったんだよ!」
一年前、小倉派の連中はハセガワに壊滅させられて弱体化した。
その時に小倉派を叩いていたら、この人が今の東高のトップになっていたに違いないのだ。
なのに、眞壁は小倉を叩くことよりも、仲間に粉かけてきたチームを潰しにいって運悪く警察に補導されてしまい、結果的に彼は停学をくらって留年した。
それを見ていたオレたちは眞壁に愛想を尽かして、彼の下から抜けたのだ。
「俺の喧嘩の理由にソレはないからねえ。たとえば、ハルちゃんが俺のとこの子を虐めたのならやりかえすけど」
ガーゼでオレの傷口を器用に覆って、テーピングを巻いてく。
「オレはテッペンとりてえって思ってる」
「そっか。いいんじゃないか、野心家は嫌いじゃないよ」
まるで、子供を諭すかのような口調ですごいねと言われているのがわかる。相手にされていないことが分かり、苛立ってくる。
こいつが嫌いで仕方がない。助けられたことも、オレにとっては屈辱でしかない。
傷を全部処置し終えると、疲れたとぼやいて眞壁は立ち上がった。
「喉かわいただろ、ちょっと飲み物とってくる。部屋の家捜しとかしねえでね」
にこりと人好きのする笑みをたたえて、いたずらっぽい口調でオレに告げると、部屋を出て行った。

机の上には一応学校指定の教科書が置いてあるが、真新しくて綺麗に積んである。それに対して、本棚にはかなり読んでいるような、難しそうな本がギュウギュウに詰まっている。部屋の中にあるモノにも、変なアンバランスさが感じられた。
体を反転させて寝そべってみると、掛け布団からふわふわといい匂いがする。
アイツ……こんな、いいにおいしてるんだな。
殴られすぎて体がガッタガッタしていて、ぼんやりしてくる。
ハセガワから喰らった重くて強いパンチは、脳震盪を起こすくらいの代物で、あのまま喰らい続けたらパンチドランカーにでもなっちまいそうだった。
たまんねえな…………くそ。もっと、強くなりてえ。
せめて、一発だけでも喰らわせられたら…………。
「おい、寝てるのか?サイダーもってきたぞ」
声をかけられて重たい瞼をようやく開くと、眞壁の顔がドアップで目に入る。
どこかに外国の血が入っているらしい鼻筋の通った彫りの深い顔。オレもクォーターだが、こいつとはデキが違いすぎる。
別に羨ましいとかは男の顔に対して思ったことはないが、眞壁の顔は整い過ぎているからか、何故か苛々するのだ。
坊主憎けりゃなんとやらで容姿だけでなく、オレは眞壁のすること全てにイライラしてしまう。
眞壁といえば、まるで仲のイイ友達を家にあげたかのように、至れり尽くせりしてくれる。
これ以上コイツと一緒にいるのは、精神衛生上良くないな。
「ン――、悪ィ。うとうとしちまった、世話になったな………ソレ飲んだら………帰る」
ベッドから起き上がりかけて、ビリビリと全身に走る痛みに低く呻いた。
「気にすんな、そんな怪我だし、泊まってけよ。今日は誰も帰ってこねえから、気を使わなくていいぜ。夕飯も作った」
そんなこと言われてもオレは気にするし、大体コイツを嫌いだし。
顔を見ているのもイライラするから、さっさと帰りたい。
「メシ作ったって………オマエがか?」
「俺、料理はスペシャリストだぞ」
サイダーの缶を俺に渡してから、少し自慢げに胸を張って言うと、椅子に腰を下ろし、オレの顔を見下ろす。
恩を売る気はないことは分かっている。だとしても、不自然に優しすぎるだろ。誰にでも優しく、アニキ肌で親切なのも知っている。
オレが眞壁を嫌っているのは気づいているだろうに、余計な真似をしないでほしい。
「モトミヤには、オマエを取り返したって言っといたから」
思っていた通りに元宮が眞壁に泣きついたんだな。そう思うとグルグルとハラワタの辺りが煮えくり返ってくる。
仲間達が、最後に頼ったのが彼だったことに。それ以上に、彼のようになれなかった自分が悔しくて悔しくて仕方がない。
眞壁には助けられたのに、恩は恩だと感じているのに、こんなドス黒いキモチでいっぱいになるのは何故だろう。
思わずカッとなって、サイダーを床に投げつけベッドから飛び降りると、椅子に座っている眞壁の首根っこをグイッ押さえつけた。

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