猛獣のツカイカタ

怜悧(サトシ)

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「アンタ、馬鹿なのか。俺なんざ貰っても、金になんねえだろ」
 佐倉が持ってきた自分のスーツを久々に羽織って、外で待っていた串崎へと呆れたような声をかける。
 組での自分の立場は、これからは幹部ではなくなるのもあるが、親の七光り的な視線で見られることも今までより少なくなるだろうと考えると、なんとなくすっきりしたような気分でもあった。
 痴態を晒したのは幹部だけであり、それは外に漏らされることはない。それは暗黙の掟である。
「甲斐。これからは、アタシの許可なく、他に抱かれたりしたらお仕置きするわよ」
 うふふとアタシのものだからねと腕を絡められて、嫌な気にもならないのは、すっかり飼いならされちまったのかもなと、工藤は肩を聳やかす。
「馬鹿か。死んでもしねえよ。あのクソオジキに売られた気分だ」
 もし、串崎に求められなければ、男色の取引相手などに使われていた可能性も高い。それに自分が耐えられるかといったら、耐えられない可能性も高い。串崎の申し出は、自分にとってはありがたいものなのは確かだった。
「……いやだった?」
 上目遣いで顔を覗きこまれて、工藤は一瞬怯んだように少し目下の相手を見返す。
「ハッ、別に。どうせ、俺が虎公に似てるからとかいいだすんだろ」
 ふざけんなよと吐き捨てると、そのまま事務所を後にしようと、駐車場の方へと歩き出す。

「甲斐だから……だ」

 串崎はぐっと力を込めて工藤の腕を掴むと、振り返る視線を捉えて、いつもよりトーンの低い男性らしい声で告げる。
「何、急に真面目な声だしてンだよ」
 聞きなれた柔らかい口調ではない、少しだけ堅く聞こえる男の声に、工藤は眉をぎゅっと寄せた。
「私は甲斐を可愛いし好きだと心から思ってる。それじゃあ……駄目か」
「ちょ、きめえ。急に男声だしてんなよ」
 腕を引き寄せられ耳元で囁かれると、怯んだ工藤は目下に見える串崎の真剣な顔に喉を鳴らした。
「甲斐は?駄目なら諦める、自由にしていいよ」
 返事を聞かせてほしいとばかりの表情に息を飲み込んだ。こんな風に直接訴えられるのは、つきんと胸を揺さぶられる。
「……うるせえ。別に駄目、じゃねえよ」
 叩きつけるように告げて、掴まれたままの腕を引きずるように歩き出す。
「ホント……素直じゃないのね。素直に言わないと、何もあげないわよ」
 調教師の口調で工藤の耳元で囁くと、
「ほんとにうるせえ。……愛してる、一真」
 もごもごと口の中で聞こえるか聞こえないかの声で呟き、項を赤く染める工藤に、串崎は上機嫌で腕を絡ませる。
「ねえ……夢みたい……初めてね、名前呼んでくれるの。ねえ、もう一回聞きたい」
「一回でいいだろ……。もう、いくぞ。馬鹿」
 串崎の元に行く前に、事務所に連れてこられた時から長いこと置きっぱなしにしていた自分のスポーツカーへと早足で足を進めた。
 怒ったように歩く工藤の表情はどこか満足したような顔をしていた。
                                   
                    【完】
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