15 / 23
15
しおりを挟む
「まあ半分は当たっているけど、あの人には奥さんがいるもの。半分は、返し切れないあの人への恩義よ。……昔、彼に命を救われたから」
「命の恩人かよ。……そりゃあ、辛いな」
片思いの相手について、串崎はもう随分昔に吹っ切れてるのよと返すと、工藤は少しだけ納得いかないような表情を浮かべた。
「貴方にはいないの?甲斐」
こんな目にあっていて、もし恋人がいるのであれば、恋人には可哀相なことをしている。一度きりとは言えど、恋人が男でなくなるのだ。
串崎の心配をよそに、工藤は首を横に振った。
「俺には、ないな……。わかんねえんだ、そういうのは。守るものができたら、弱くなっちまう」
「どこがいけないの。強くなるかもしれないわ」
守るものができて、そのために強くなれるというのはよく聞く話だ。だからこそ、昔の極道は早めに所帯をもたせるという話もあった。
「親父はそれで死んだ。人間死んだら終わりだ。俺は生きる」
先代の話を串崎は佐倉から聞いたことがあった。とても強く仁義のある人で、佐倉が組に入ったのも返せない恩があるからだと言っていた。
先代の姐さんをかどわかされ、佐倉が救いに行ったが、姐さんの命を盾にとられて捕まってしまい、それを先代がやってきて相手と刺し違えて死んだそうだ。
涙ながらに自分が何もできなかったと嘆いていた佐倉を見たのは、8年くらい前だったか。
まだ自分も佐倉に救われたばかりで、佐倉になにもできないのがもどかしかったのを覚えている。
「それは弱くなったわけじゃないんじゃないの。それはそうと、甲斐、そろそろおしっこしたいんじゃない?」
工藤の仕草を見てとった串崎は意地悪く問いかけると、彼はちょっと唇をへの字にまげて頷く。
「……ああ……」
「いつまでたっても慣れないのは、本当に可愛いわね。じいさんに処女をあげるなんてもったいないわ。いっそアタシが奪ってしまおうかしら」
「アンタがしてえなら。俺は、別に……いいぜ」
工藤は軽く体を伸ばして、じっと自分の体を見下ろして鼻先で笑った。
「甲斐?」
工藤がどういうつもりでそう答えたのか分からず、串崎は問い返すと、工藤は天井を軽く見上げる。
「一回も二回も一緒だろう。それなら構わない。だいたいアンタが作った体だろう。味見するくらい構わないんじゃねえか」
味の良し悪しは保証しないけどなと続けた工藤の体を、串崎は思わず手を伸ばして抱き寄せる。
アタシが作ったのだから味は良いに決まってるでしょと、耳元で返してから、ちょっと困ったような顔をする。
「こう見えて、アタシは調教を頼まれはするけど、商品に手を出したことはないのよ」
「はん。それは、アンタのポリシーか」
工藤は意外そうな表情を浮かべて、串崎に問いかけるが、串崎は首を横に振った。
「ポリシーだなんて、そんなカッコいいものではないわよ。そうね、いままでは食指が動かなかったっていうのもあるわね」
「へえ。じゃあよ、俺にならその重たい指が動くっていうのか」
どこか面白がるような上機嫌な口調で首を傾げて、じっと串崎の表情と態度を伺うように見返す。
「そうね。貴方があまりにも……あの人に似ているからかもしれない。甲斐。貴方をあの人が育てたというからかもしれないけれど」
串崎が告げた理由を聞くと、工藤はちょっとだけ不快感を覚えたかのように眉を寄せ、肩を聳やかせると視線を床へと落とす。
「はん。そりゃあ、色々と複雑だな。なんだ。そういう理由じゃあ、アンタとは、やめとくかな」
情が移ったら大変だしと付け加えて、忘れていた尿意を思い出したのか、話を切り上げると同時に、工藤はひどく言いづらそうな口調で、串崎に排泄の許可を請う。
「……なあ……あのよ……しょんべんさせて、ください」
「そうだったわね。うふふ可愛く言える様になったわね。甲斐、いいわよ」
もしかしたら、今のくだりは工藤の嫉妬だったのかもしれないが、うまく逃げられたなあとか思いながら、串崎は惜しかったとは一瞬思う。
しかし串崎自身もこころの片隅に浮かんだキモチを、勘違いという名前の鍵で閉じ込めた。
「命の恩人かよ。……そりゃあ、辛いな」
片思いの相手について、串崎はもう随分昔に吹っ切れてるのよと返すと、工藤は少しだけ納得いかないような表情を浮かべた。
「貴方にはいないの?甲斐」
こんな目にあっていて、もし恋人がいるのであれば、恋人には可哀相なことをしている。一度きりとは言えど、恋人が男でなくなるのだ。
串崎の心配をよそに、工藤は首を横に振った。
「俺には、ないな……。わかんねえんだ、そういうのは。守るものができたら、弱くなっちまう」
「どこがいけないの。強くなるかもしれないわ」
守るものができて、そのために強くなれるというのはよく聞く話だ。だからこそ、昔の極道は早めに所帯をもたせるという話もあった。
「親父はそれで死んだ。人間死んだら終わりだ。俺は生きる」
先代の話を串崎は佐倉から聞いたことがあった。とても強く仁義のある人で、佐倉が組に入ったのも返せない恩があるからだと言っていた。
先代の姐さんをかどわかされ、佐倉が救いに行ったが、姐さんの命を盾にとられて捕まってしまい、それを先代がやってきて相手と刺し違えて死んだそうだ。
涙ながらに自分が何もできなかったと嘆いていた佐倉を見たのは、8年くらい前だったか。
まだ自分も佐倉に救われたばかりで、佐倉になにもできないのがもどかしかったのを覚えている。
「それは弱くなったわけじゃないんじゃないの。それはそうと、甲斐、そろそろおしっこしたいんじゃない?」
工藤の仕草を見てとった串崎は意地悪く問いかけると、彼はちょっと唇をへの字にまげて頷く。
「……ああ……」
「いつまでたっても慣れないのは、本当に可愛いわね。じいさんに処女をあげるなんてもったいないわ。いっそアタシが奪ってしまおうかしら」
「アンタがしてえなら。俺は、別に……いいぜ」
工藤は軽く体を伸ばして、じっと自分の体を見下ろして鼻先で笑った。
「甲斐?」
工藤がどういうつもりでそう答えたのか分からず、串崎は問い返すと、工藤は天井を軽く見上げる。
「一回も二回も一緒だろう。それなら構わない。だいたいアンタが作った体だろう。味見するくらい構わないんじゃねえか」
味の良し悪しは保証しないけどなと続けた工藤の体を、串崎は思わず手を伸ばして抱き寄せる。
アタシが作ったのだから味は良いに決まってるでしょと、耳元で返してから、ちょっと困ったような顔をする。
「こう見えて、アタシは調教を頼まれはするけど、商品に手を出したことはないのよ」
「はん。それは、アンタのポリシーか」
工藤は意外そうな表情を浮かべて、串崎に問いかけるが、串崎は首を横に振った。
「ポリシーだなんて、そんなカッコいいものではないわよ。そうね、いままでは食指が動かなかったっていうのもあるわね」
「へえ。じゃあよ、俺にならその重たい指が動くっていうのか」
どこか面白がるような上機嫌な口調で首を傾げて、じっと串崎の表情と態度を伺うように見返す。
「そうね。貴方があまりにも……あの人に似ているからかもしれない。甲斐。貴方をあの人が育てたというからかもしれないけれど」
串崎が告げた理由を聞くと、工藤はちょっとだけ不快感を覚えたかのように眉を寄せ、肩を聳やかせると視線を床へと落とす。
「はん。そりゃあ、色々と複雑だな。なんだ。そういう理由じゃあ、アンタとは、やめとくかな」
情が移ったら大変だしと付け加えて、忘れていた尿意を思い出したのか、話を切り上げると同時に、工藤はひどく言いづらそうな口調で、串崎に排泄の許可を請う。
「……なあ……あのよ……しょんべんさせて、ください」
「そうだったわね。うふふ可愛く言える様になったわね。甲斐、いいわよ」
もしかしたら、今のくだりは工藤の嫉妬だったのかもしれないが、うまく逃げられたなあとか思いながら、串崎は惜しかったとは一瞬思う。
しかし串崎自身もこころの片隅に浮かんだキモチを、勘違いという名前の鍵で閉じ込めた。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!

ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる