斬り裂くのは運命と識れ【完結編】

怜悧(サトシ)

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 覚醒して意識は浮上しているはずなのに、彼の頭の中はぼんやりとしたままだった。
 呼吸の間隔が狭まり、暫く遠ざかっていた良く知っている発情期特有の感覚に、彼は身を震わせていた。
 番ができて約半年、オメガである彼も飢餓状態に陥ることがなくなったので、こんな切羽詰まった状況は久々だった。
 久しぶり過ぎて、抑えがきかない。
 こんな風になることを予測していなかったのと、 発情期までは二週間はあり身体の準備もできていない。
 促進剤を打たれたのか……。
 ここは、どこなんだ。
 まだ思考がまともなうちに手を打たなければ、まずいことになる。
 焦るが視界も奪われているのか、通常の拘束とはわけが違うことだけが分かる。
 彼の体は拘束されているようで、意識を集中しても指先ひとつ動かすこともできずに、視界も奪われていて暗闇の中で焦りだけが募る。
 どうやら筋肉を圧縮するラバースーツで、しっかりと身体が包まれているようだった。特に腕と脚の圧縮は強く筋肉のひとつも動かすことができない。
 鼻と口は呼吸のために外に出ているようだが、舌には自殺防止のためかシリコンのカバーが嵌められている。

 結婚式を挙げた後の記憶が曖昧だ。
 番との結婚式を挙げて皆の祝福を受けたのは確かだ。
 発情期に合わせたハネムーンまで二週間あったので、披露宴の疲れもあったが出勤して遣り残しの仕事がないか確認をしていた。
 作業の途中で違法麻薬の取引が行われていると、匿名の情報が入ったのは覚えている。
 そうだ、俺はセルジュを連れて出動しようと思ったのだが、丁度彼は報告書をあげると上に呼ばれていると歩弓に聞いた。
 そうだ、それで、歩弓が代わりに車を出してくれるって言って……。
 そうだ、向かった先で情報どおり違法麻薬の取引きをしている現場を見つけて……検挙しようと……。
 ……そこから、どうした。
 頭の中が、ぐつぐつと湧き上がる熱で混濁してくるのがわかる。
 ……く、そ……ッ。
 身体の内部から侵食してくる衝動と淫らな欲望には、勝てないことは彼は身をもって知っている。

 スーツの中でビキビキと堅くなる下肢が痛くて悲鳴が出そうだ。
 せめて、何かこの状況の手がかりがあればいいのに。



「結構な値段……ですね」
「疵物とはいえ、これは血統は良いオメガなのでね。欲しがる人は他にもいますよ。狂ってしまえば、自分が何者かすら覚えてはいられないはずですからね」
 次第に虚ろになっていく頭には内容もあまり入ってこないが、微かな声が聞こえる。
 手がかりになるようなものではないが、値段とかオメガなど単語は聞こえる。
 人身売買か……。
 人身売買のシンジケートは以前に潰した筈だ。
 しかし次々と新しい犯罪組織が生まれてくる。イタチごっこでしかない状況だが、対策しないわけにもいかない。 
 身体を動かせないが、腕に埋め込んでいるナノマシンへ接続はできるだろうと、必死に脳波を送るが、全く応答がない。
 検査すればナノマシンの存在くらい突き止められるので、身体から排出された可能性もある。
 しかししっかり血管と神経に埋めこんでいるので、相当な技術者でなくては外せないしろものだ。
 脳波が薬で乱れすぎていて繋げない可能性の方が高いが、薬が切れるタイミングがあるのか分からない。
 だがその前に精神が壊れてしまう可能性もあり、絶望的な事態に彼は奥歯を噛み締めた。
 身体を拘束するスーツは窮屈で、身体の熱も逃がす事ができない。
 まるで自分のことを知り抜いたともいえる拘束方法に、罠にかかったのだと思う。
 最初の情報から、全部仕組まれてた。匿名の情報など、何故信じて動いたんだ……。
 セルジュの代わりに一緒にいたはずの歩弓は無事なのか……。
 いつも慎重にやっていたのに、今回だけは、いろいろと抜けだらけだ。
 歩弓がついてくれるということで油断した、のか。
 ……らしくない……こと、しちまった……。

 どろどろに溶けそうになるヒートの感覚と、沸騰していく血流に次第に彼の意識は奪われていった。

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