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翌朝歩弓が出勤すると、すでに出勤していた統久が座って溜まった事務仕事を必死で片付けているようだった。
オメガのヒートは通常一週間から二週間の長さがあり、まだ三日目なのに出勤ができる筈がない。
歩弓は兄はまだヒート中だろうと鼻栓もしていなかったが、ほんのりと微かにかおりが漂うだけで、あの独特な発情を促す甘ったるい痺れるような強烈な匂いはもうしなかった。
「……兄様。まだ、ヒート中なのでは?」
ゆっくりと統久のデスクに近寄り、歩弓が問いかけると、顔をあげて彼は首を軽く横に振ると爽やかな笑みを浮かべる。
「ヒートは終わったよ。報告書は、俺からアユミのサーバーにアップしておいた。あと、まあ……なんだ……」
僅かに照れたような表情を浮かべた統久に、歩弓は愕然とした表情で立ち尽くす。その言葉の先は、歩弓には歓迎すべきではないことだろうと容易に予想がついた。
「昨日、セルジュと番になったおかげでさ、ヒートは収まったんだ」
「桑嶋、とですか」
あの流れで、確かに桑嶋自身が兄に恋をしているなというのは察知できたが、運命の番である僕を差し置いて、兄が彼を選ぶなどとは想像できなかった。
動揺で頭の中が真っ白になり、目の前が閉ざされたかのように真っ暗になる感覚に、歩弓は近くのデスクへと腕をついた。
叫びだしそうな衝動をなんとか堪えて、目の前にいる統久を見返す。
十年も会わなかった理由は、あの時僕が抱いたことを恨んでいたからだというのか。
あんなにも優しい目を僕に向けるくせに、運命の番を跳ね除けるくらいに、僕を拒絶していたというのか。
「………そ、そうですか。やはり桑嶋が兄様の運命の番だったのですね」
どうにかとり繕うように、歩弓はつい嫌味のような言葉をかける。運命の番が誰かなんて、当人同士がよくわかっていることである。
統久はふっと目をあげてゆっくりと腰をあげて、歩弓へと近寄りその肩に腕を回してそっと抱き寄せる。
「運命の番ってのは都市伝説、だ。そんなモンは居ない。たとえ出会ってたとしても、結ばれねェ運命なら、そりゃあ運命じゃねえ」
抱き寄せられて、それでもほんのりとかおる独特のにおいは、それが運命の番のものだと、歩弓は感じ取る。
絆は消えるものではない。だが今までのように発情するようなものではなくなってしまっている。
「セルジュは、俺が決めた運命だからな」
厚い胸板を少し押して身体を離すと、いつものように自信に満ち溢れた表情にぶつかる。
「兄様……」
「ずっとこんな風に、オマエを昔みたいに抱きしめてやりたかったんだ、俺は」
統久は満足そうに笑みをつくり、自らの項をゆっくりさすって分かっているんだろうという表情を浮かべて見返す。
「俺はセルジュと結婚する。だからさ、なあ、アユミ、おめでとうって言ってよ」
釈然とできない表情のままの歩弓に対して、彼は静かに優しい笑みをたたえたまま残酷な命令をする。
いつも、そうだった。
残酷な人だ。
誰より優しく、そして誰よりも愛してくれているのを感じるのに、一番欲しいものをよこそうとはしない。
いつだって、そうだった。
「おめでとうございます。兄様」
形式ばった口調で歩弓は仮のの祝辞を彼に投げかける。 祝う気などはさらさらない。
禁忌だから、許されないからどうだというのだろう。
泣きながら、それでも僕に詫びて快楽に狂うしかない彼を抱いたのは僕だったのに。それなのに、彼はすべてを自分の責任にして背負い込んで、オメガ専門の性犯罪者用の更生施設に入った。
自分と運命の番だったと告白すれば、彼はそんな場所に行く必要なんてなかった筈なのだ。
運命の番から出るフェロモンは普通の人間で抑えられるものではないのは周知の事実で、それは我慢がきかなくて仕方がないことだと判定される。
でも彼は、他の男に媚びる道具に成り果てる施設へ入ってまで、運命の番である僕を断ち切ろうとしたのだ。
「オマエに祝ってもらうのが一番嬉しいよ」
どこまで本気で言っているのかわからない統久の表情を眺めて、歩弓は拳をぐっと握り締める。
禁忌だから僕のことは運命ではなかったと、兄は簡単に切り捨てた。
そうだ。切り捨てられたのだ。
運命の番から切り捨てられても、ずっと恋焦がれる気持ちは燻り続けてしまう。この気持ちをずっと抱えたまま生きていけと言われているのだ。
湧き上がる黒い想いはもう止められない。
それは、あの十年前の夜に我慢できずに兄に手を出してしまった自分を断罪しているのだろうか。
「……兄様……。僕は、運命の番はいると思います」
身体を離した兄の顔をじっと見上げて、歩弓はその首筋へと腕を伸ばす。
「アユミ……オマエも結婚するんだし、嫁さんを大事にするんだぜ」
ひどく困惑したような表情を浮かべて首を横に振った統久を眺め、歩弓はどうしたら、二人を引き裂けるかばかりを頭の中でシュミレートし始めた、
いくらでも祝いますよ。
仮初めの祝いの言葉ならいくらでも捧げますよ。そしてそれを同じだけの呪いに変えてあげます。
太陽のような貴方に焦がれて伸ばした腕に、何度でも。
貴方が決めた運命など、それは、運命に抗うことができないただの幻想だと、いつの日か気づかせてあげますよ。
オメガのヒートは通常一週間から二週間の長さがあり、まだ三日目なのに出勤ができる筈がない。
歩弓は兄はまだヒート中だろうと鼻栓もしていなかったが、ほんのりと微かにかおりが漂うだけで、あの独特な発情を促す甘ったるい痺れるような強烈な匂いはもうしなかった。
「……兄様。まだ、ヒート中なのでは?」
ゆっくりと統久のデスクに近寄り、歩弓が問いかけると、顔をあげて彼は首を軽く横に振ると爽やかな笑みを浮かべる。
「ヒートは終わったよ。報告書は、俺からアユミのサーバーにアップしておいた。あと、まあ……なんだ……」
僅かに照れたような表情を浮かべた統久に、歩弓は愕然とした表情で立ち尽くす。その言葉の先は、歩弓には歓迎すべきではないことだろうと容易に予想がついた。
「昨日、セルジュと番になったおかげでさ、ヒートは収まったんだ」
「桑嶋、とですか」
あの流れで、確かに桑嶋自身が兄に恋をしているなというのは察知できたが、運命の番である僕を差し置いて、兄が彼を選ぶなどとは想像できなかった。
動揺で頭の中が真っ白になり、目の前が閉ざされたかのように真っ暗になる感覚に、歩弓は近くのデスクへと腕をついた。
叫びだしそうな衝動をなんとか堪えて、目の前にいる統久を見返す。
十年も会わなかった理由は、あの時僕が抱いたことを恨んでいたからだというのか。
あんなにも優しい目を僕に向けるくせに、運命の番を跳ね除けるくらいに、僕を拒絶していたというのか。
「………そ、そうですか。やはり桑嶋が兄様の運命の番だったのですね」
どうにかとり繕うように、歩弓はつい嫌味のような言葉をかける。運命の番が誰かなんて、当人同士がよくわかっていることである。
統久はふっと目をあげてゆっくりと腰をあげて、歩弓へと近寄りその肩に腕を回してそっと抱き寄せる。
「運命の番ってのは都市伝説、だ。そんなモンは居ない。たとえ出会ってたとしても、結ばれねェ運命なら、そりゃあ運命じゃねえ」
抱き寄せられて、それでもほんのりとかおる独特のにおいは、それが運命の番のものだと、歩弓は感じ取る。
絆は消えるものではない。だが今までのように発情するようなものではなくなってしまっている。
「セルジュは、俺が決めた運命だからな」
厚い胸板を少し押して身体を離すと、いつものように自信に満ち溢れた表情にぶつかる。
「兄様……」
「ずっとこんな風に、オマエを昔みたいに抱きしめてやりたかったんだ、俺は」
統久は満足そうに笑みをつくり、自らの項をゆっくりさすって分かっているんだろうという表情を浮かべて見返す。
「俺はセルジュと結婚する。だからさ、なあ、アユミ、おめでとうって言ってよ」
釈然とできない表情のままの歩弓に対して、彼は静かに優しい笑みをたたえたまま残酷な命令をする。
いつも、そうだった。
残酷な人だ。
誰より優しく、そして誰よりも愛してくれているのを感じるのに、一番欲しいものをよこそうとはしない。
いつだって、そうだった。
「おめでとうございます。兄様」
形式ばった口調で歩弓は仮のの祝辞を彼に投げかける。 祝う気などはさらさらない。
禁忌だから、許されないからどうだというのだろう。
泣きながら、それでも僕に詫びて快楽に狂うしかない彼を抱いたのは僕だったのに。それなのに、彼はすべてを自分の責任にして背負い込んで、オメガ専門の性犯罪者用の更生施設に入った。
自分と運命の番だったと告白すれば、彼はそんな場所に行く必要なんてなかった筈なのだ。
運命の番から出るフェロモンは普通の人間で抑えられるものではないのは周知の事実で、それは我慢がきかなくて仕方がないことだと判定される。
でも彼は、他の男に媚びる道具に成り果てる施設へ入ってまで、運命の番である僕を断ち切ろうとしたのだ。
「オマエに祝ってもらうのが一番嬉しいよ」
どこまで本気で言っているのかわからない統久の表情を眺めて、歩弓は拳をぐっと握り締める。
禁忌だから僕のことは運命ではなかったと、兄は簡単に切り捨てた。
そうだ。切り捨てられたのだ。
運命の番から切り捨てられても、ずっと恋焦がれる気持ちは燻り続けてしまう。この気持ちをずっと抱えたまま生きていけと言われているのだ。
湧き上がる黒い想いはもう止められない。
それは、あの十年前の夜に我慢できずに兄に手を出してしまった自分を断罪しているのだろうか。
「……兄様……。僕は、運命の番はいると思います」
身体を離した兄の顔をじっと見上げて、歩弓はその首筋へと腕を伸ばす。
「アユミ……オマエも結婚するんだし、嫁さんを大事にするんだぜ」
ひどく困惑したような表情を浮かべて首を横に振った統久を眺め、歩弓はどうしたら、二人を引き裂けるかばかりを頭の中でシュミレートし始めた、
いくらでも祝いますよ。
仮初めの祝いの言葉ならいくらでも捧げますよ。そしてそれを同じだけの呪いに変えてあげます。
太陽のような貴方に焦がれて伸ばした腕に、何度でも。
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