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 兄の泣き顔など、その時まで生まれてこのかた見たことがなかった。
 
 窓から吹き込んできた夜の風に、とてもいいにおいがして深夜に起きてしまった彼は、誘われるようにベランダを伝って窓から入った。薄暗い部屋の中、かおりのするベッドの方へと近寄ると、兄が横たわっていた。
 容姿端麗な兄は誰よりも優秀で、彼にとっては自慢で憧れだった。
 いつもは学校の寮にいる兄が、熱があって自宅で療養していると母は言っていた。兄は、中学へ入るとすぐに実家を出て寮で暮らしていて滅多に帰ってこなかった。兄が大好きだった彼にはひどく寂しく思えていた。
 眠っている彼の兄の顔は火照っていて、呼吸がいつもより早いように思えた。じわりと汗の浮かぶ肌からは、嗅いだことがないとてもいいかおりが発せられていて、触れると熱が増して体が痺れるように、彼自身の息もどんどんとあがった。 
 甘い息を魘される様に吐いて、少し汗ばんだ肌の様子を眺め、これを欲しいと自分が欲情しているのがわかり、兄がオメガであり、発情期になっているのだと気がついた。
 学校で教わった性教育の通りに、兄から溢れ出ているフェロモンを嗅いで、アルファ性である自分が欲情しているのである。いままで当然のように自分と同様に兄のことはアルファ性であると疑っていなかった。それだけ、兄は優秀で自分よりも優れていたし、他の誰よりもカリスマ性のようなものを持っていた。
 誘われるように唇を舐めて覆いかぶさると、ようやく目覚めた兄が彼自身を見上げ、抗うように必死で腕を伸ばして胸元を押し返そうともがく。いつもは桁違いに力強いのに力が入らなく脱力しているようで、まるで子供のような力しか感じ取れない。
 兄自身でさえそれに信じられないような恐怖したかのような表情で、彼を首を振りながら見返していた。
 
 そんな顔しても、逃さない。 

 考えるよりも先に、彼は兄が着ているパジャマの上着のボタンを、逆にいつもなら出ないくらいの力で引きちぎる。 まるで身体能力が逆転してしまったかのような錯覚にさえ陥る。
 兄は必死に首を振りながら、乱暴を働く弟の腕を引き剥がすこともできずに見開いた目から涙を流す。
 やめてほしいと何度も上ずった声をあげるが、彼はぐっと掌で押さえ込んでその大きな体躯を動けなくする。本能のままに肌を空気にさらさせ熱にうかされた体を開かせ、指を押し込んで内部をさぐる。
 彼は、衝動が何かもわからないまま湧き上がる屹立を押し当てて、その腰を掴んでより深い場所を突き上げた。
 腰をのけようと必死に身を捩って逃れようと身をずりあげるが、バランスを崩して身体が反転する。
 見上げる形になって、彼はその腰に腕を回して抱きつき腰をぐいぐいと突き上げた。

「兄……様……っ、すご……い、きもち、いい」
 
「ァ、ッアアアッ、ハッ…………んッああ……おねッ……がい、あ、……あ、ああ、あゆみ……ッ……やだ…………やめ、ろ…あああ………」
 
 普段のキリッとした王子然とした兄の姿はなく、拒絶の言葉とは裏腹に涙の痕が残る目元に蕩けるような表情を浮かべ、抗えずに胎内へと呑み込んだ欲を享受して腰をひきあげる。ひくひくと全身の肌を震わせて、淫らに腰が揺れ中を擦りつける様に動きを奥までねだるような動きを繰り返す。
 
 あたたかい……すごい……。
 これは、僕のものだ。
 
 その欲望が何なのか、まったく彼は理解などしてなかった。兄は美しい鍛えられた肢体を、この身体の上で仰け反らせて、噎せ返るくらいに甘い匂いを纏わせて、声をあげてしゃくりあげる。
 官能に支配されたように、脚を開いて欲望に溺れて身体を汗と体液に蕩けさせている。
尊敬と敬慕しか抱いたことのない、憧れてやまなかった彼が、まるで淫らな獣のようになり果て裸で跨り、声をあげて自分に赦しを乞いながら、腰を揺さぶり快感を引き出そうとしている。
 
 「ご、ごめ、んッ……ッ……ッく、あ、ァア……ッく、あゆみ……ッ……ごめんな……ごめん……」

 兄が必死で繰り返す謝罪の言葉も甘い吐息に消えてしまい、降ってくるような甘い匂いに彼は頭の中をぐるぐるに溶かされてしまっていた。
 唇を合わせて舌先を絡めて吸い上げて、兄のすべて取り込みたいかのように咥内を舐めあげ唾液を飲み込む。
「兄様、すごい。ああ、きも、ちいい……ンあ、兄様、兄…さまの中……すっごいあっつい……わかる、ぼくが、なかにはいってる、にいさまも、きもちいい?」
 すでに抗うこともなくきゅうきゅうと内部に埋められた肉を食んで、理性を飛ばした表情で腰をくねらせながら、問いかけに兄は答える。
「……ァ、ふ、ああッう…………あ、あァ、ああ、きもち……い……いい……なかッ、あ、ゆみ……イイッ……」
 においの効果にか甘く蕩けた表情のまま、兄は弟に快感に溺れたような甘美な笑みを浮かべる。
 ぐっちゃぐっちゃと熱に蕩けた肉を攪拌して、内部を抉りあげてはコツコツと叩き快感の波へと突き落とす。
 もっと欲しいのだと両脚を拡げて、本能のままに腰を振り乱して淫らに悶えて咽び泣く兄に、次第に彼は夢中になっていった。

 本能が、心が、身体が叫んでいた。これは運命だと。
 この人のすべては僕のものだと。
 この兄が、僕の運命の番だと分かってしまっていた。
 
 目が覚めた時に、兄が目の前から消え去るだなんて、彼は、まったく知る由もなかったのだった。

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