色即是空

怜悧(サトシ)

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「やっと終わったな、卒業式。園長の話やったら長かったぁ」
寮の部屋に帰ってきた大平は、ぽすんと3年間使い慣れたベッドに腰を降ろす。
同室に為れば、特に問題がない限りそのまま同じ部屋で過ごすことになる。引越し作業も面倒なのと、その面倒ごとをおしてまで一緒にいたくないという程の仲になる生徒はあまりいなかったからでもある。
「なげぇっても、大平はどうせ半分は寝てんだろ」
部屋に一緒に入りながら、大平の同室の男は呆れたのか諦めたような声を出す。
「ご詠歌とか、すげえ眠くならねえか」
仏教校である浄心学園では、校歌のかわりにご詠歌と呼ばれる仏歌を歌わされる。そのゆったりとした低い音階は激しく眠りを誘うのである。
「そりゃなあ。俺はガキの頃からだから慣れているけどな」
太平の同室である持田:巴弥天(はやて)は、実家が寺であり跡取り息子である。
これから仏教大学に入りそのあとは修行をするのが既に決まっている。
短く刈り上げられた黒髪と、高い身長をぴんと伸ばした綺麗な立ち姿は、彼の性格や生まれそのまま表しているようだった。
「ハヤテが寝るの見たことねえし。あ、山を降りたらどこに住むか教えてよ。まあ、後でメールすりゃいいんだけどさ」
もう卒業式も終わり、明日になれば部屋を出ていくというのに、巴弥天の行く先を聞いていないことに太平は初めて気がついた。
ずっと同室だっただけでなく、太平は巴弥天と恋人として付き合っているのだ。
これからのことを全く話さなかったことが、あまりに不自然で大平は少しだけ焦りを覚えていた。
案の定、巴弥天は押し黙ると天井を軽く見上げる。
「別に家の住所まで教えなくてもいいだろ」
静かに答えながらブレザーに手をかけて上着を脱ぐ。
「え、何かあったらお互いの家に行くだろ」
「別に、外で会えばいい」
あっさりとした巴弥天の返事に、期待した答えは得られないことがわかり、大平は唇を尖らせた。
「何だよ、つれねえな。大事な恋人じゃねえの?」
ぐいっと巴弥天の腕を引き寄せて、抱きしめようと手を伸ばすと、ピシャリと払われる。

「あー、大平。そういうの、もうやめようぜ。……大学には、可愛い女の子沢山いるだろうし」

思ってもみない言葉と、冷たく映る表情に大平は目を見開いて相手を見返した。
寝耳に水な巴弥天の言葉に一瞬だけ間をとってから、大平はもう一度今度は逃さないように力強く腕を掴む。
「本気で言ってるのか」
「俺は冗談で、わざわざ大平を傷つけようとは考えないな」
巴弥天は今度は腕を払わずに、じっと視線を降ろして大平を表情を変えずに見返す。
「大平が外出許可も月に1度で、山を降りても遠距離恋愛する彼女もいないと嘆いていたから付き合っただけだから、山を降りる大平にはもう必要ないだろ」
真剣な表情で諭すように告げて、ベッドの横に座ると弟でもあやすかのように、茶色のとっ散らかったように跳ねる髪を撫でる。

確かに始まりはそうだった。

巴弥天に愚痴って、この寮から脱走しようとしていた大平に、それなら性欲の捌け口くらいにはなると提案してくれたのだ。
てっきり自分に好意があっで付き合ってくれたのかと思っていたが、そう考えていたのは大平だけだったのだろう。
すごく大事だと思っていたぶん、裏切られたという気持ちでいっぱいになり、涙が出そうになる。
「ハヤテ…………ふざけんなよ」
低い声が漏れてカッと頭が沸騰したように熱くなり、大平は掴んだ腕を捻って巴弥天の身体を引き上げて馬乗りになる。
「ふざけてはいない……」
巴弥天の顔は驚いたようでもなく、淡々と大平の憤りを受け止めている。
「必要ないとか、俺には、ハヤテはそういうんじゃねえから」
睨みつける目からはらはらと露が垂れ落ちる。
もっと楽しい付き合いで大事なものだと思っていたのは、きっと大平だけだったのだ。
好意でしてくれてるだなんて、ただの妄想だった。
「でも人は変わるよ。因果が変わるから……ここにいた大平は、山を降りたら変わる。俺には分かる」
「こ難しいこと、俺にはわかんねえ。俺が変わるとか決めつけるなよ」
大平はきちんと締められた巴弥天のシャツのボタンを、そのあわいに指を差し込んで引きちぎるように引き上げて引き締まった身体を剥き出し、首を何度も振った。
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