竜攘虎搏 Side Dragon

怜悧(サトシ)

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不倶戴天

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「眞壁ェ、オイ、オマエいかねえのか、報復」
 赤い髪をふわっと逆立てた、いかにも恐ろしい形相の男が教室に入るなり俺の机の上にケツを降ろしてきた。
 机に座ったらケツが曲がるってかーちゃんに教わらなかったのかね。行儀が悪いなと思いながら見上げると、鉄パイプ片手に俺の顔をギラギラした目で見下ろしてくる。
 メンチを切ってきてるのか、やけに顔が近くて息が頬にかかる。眉の間の皺が狭まっていて、ひどく恐い顔である。
 普通にしていれば、イケメンの部類に入るだろうに。本当にもったいないことをしてるなとしげしげと眺めた。
 武闘派と呼ばれる富田派のリーダーである彼のことは、俺は良く知っていた。
 確か、去年までは俺の派閥にいたのだが、俺が停学している間に独立して派閥を作ったのだと直哉が教えてくれた。
 それに何故か富田君は俺のことが気になって仕方ないらしく、ことあるごとにタイマン張ろうと絡んでくる。
 そんなに俺が気になるなら派閥を抜けなければ良かったのにとは思う。悪い子じゃないが、かなり面倒な子だなと思う。
「報復?行くつもりないよ。金崎のとこ何人やられたの」
 面倒そうだけど、情けは人のためならずとじいちゃんも言っていたからな。話を聞いてあげるくらいはしてあげよう。
 すでに英語の先生が授業を始めていたが、富田君は俺の机の上を占領しているし、教科書も開けない。
 別に授業を聞いたからといっても大した役にはたたないのは分かっているのだけど。
「三十人だ……。バイクで轢きやがった」
「死人は出てないよね。バイクって……」
「さすがにそこまでしたら、ハセガワも捕まるだろ」
 軽症に留めるのも相当なテクニックだ。彼は病院送りにはするが、警察沙汰にならない程度にいつも抑えている。
 それに一人対三十人では多勢に無勢すぎる。バイクで轢くくらいされても仕方が無い。
「俺は、格好悪い報復はゴメンだよ」
 ガサガサと三学期だけど新品に近い英語の教科書を取り出して、わざとらしく富田君の脚の上に置いてノートを机の端に設置する。
「ハッ、ハセガワにビビッてんじゃねえよ、眞壁」
「じゃあ……金崎は、何やって怒らせたの?ハセガワはそんなに無茶しないでしょ」
 大体適当に相手したら、病院送る前に逃げさせてくれるし深追いはしない。それがハセガワのやり方だ。
 敵として戦ったことはないけど、よく知っている。
 高校に入ってからも、自分からどこかを潰そうとかいう動きをしたという話も聞かない。
「相棒の日高を拉致って、マワしたみたいだけど……」
 相棒を拉致して三十人で襲った上、輪姦したという話であれば、金崎には非しかない。しかも彼の相棒の日高を輪姦したというのは、彼の地雷だ。
 殺されなかっただけでも、マシだっただろうと思える。
 日高はこの辺でも有名な見目麗しいイケメンで、ハセガワがガキのころから大事にしているのを、俺は知っている。
「そりゃヤバイわ。中学ン時、日高をリンチした先輩のクラスまで乗り込んで、その時のトップも潰したらしいし」
「テメェ、ンな悠長なこと言ってこれ以上東高がナメられていいってのか」
 鉄パイプを片手に息巻く富田君を尻目に、俺はどこ吹く風の表情で英語の教科書をぱらぱらとめくる。
「俺はパス。そんな怖いトコいけないわー」
 ビュッツ!!
 富田君が俺に振り下ろしてきた鉄パイプを、俺は英語の辞書でメシッと受け止めた。なんかヤる気がしてたので反応はすぐにできた。
「っと、あっぶねぇな。……どう考えても、卑怯な手を使った金崎が悪いでしょ。そんな報復はヤメとけ」
「内添のヤツも……似たようなこと言いやがって。……どいつもこいつもハセガワ一人にビビッてんじゃねえ」
「金崎の報復なんてしたって、イイことねえよ。ウッチーの言うとおり。富田君さあ、そんでもいくの?」
 英語の先生は、いつものことのように鉄パイプを振り回している生徒がいても、我関せずに授業を進めている。
 諭すように語り掛けると悩んでいるといった表情で、じいいとイラつきを抑えるように俺の顔を睨みつけてくる。
 そんなに俺が嫌いなんだろうか。
 俺も、そんなに富田君のことが好きじゃない。髪の毛の色も真っ赤だし、なんだか暑苦しくて面倒だ。
「我慢しときなよ、怪我するよ。富田君のトコの子たちも無駄に病院いきたくないでしょ」
「テメェ、俺らが負けると言いたいのかよ?」
 授業中なのに、英語の先生よりも大きい声を張り上げている。まあ、授業なんて誰も聞いてないけど。
「たとえ負けないにしても、確実に怪我すんだろ?」
 俺も親切で言っているつもりだ。大事なもの傷つけられて気が立っている獣に近づいたら食い殺される。この制服を着ているだけで、彼にとっては標的になるだろう。
「テメェのそういう何でも分かってるっていう物言いが気に食わねえ。オレだって仲間が傷つくのは、嫌だ」
 衝動を抑え切れなかったのか、バンっと俺の机を鉄パイプで殴り、教科書がすっ飛んで机の中央がめしゃっと陥没する。
 あーあ、こんな派手な盆地作られちゃうと流石に勉強しづらくなるなあ。
 もう一回留年したら、さすがに一生面倒みてもらわないと困っちゃうぜ。
「じゃあ忠告しとくよ。入院者を沢山出したら、俺らが幅利かせられるチャンスだけどね」
 俺がウインクして見せると、富田君はかーっと顔を赤くして、鉄パイプでガンッと床を殴り、俺の机から脚をどかして、大股でプリプリしながら教室を出て行った。
 直情径行な性格は別に悪くはないんだけどね。
「士龍さん、大丈夫です?」
 ちょっと遠目で見ていた直哉が、去っていく富田君を睨みつけながら、ひょこひょこと俺に近寄ってくる。
「俺は大丈夫よ、机がね、ちょっとひねくれちゃったくらい。このままひねくれて非行に走ったらどうしようかなって、ママは心配なの」
「俺の使ってください。まだ、コイツは真っ直ぐなイイコなんで」
「アリガトウ。俺の机、ひねくれちまったけどナオヤならきっとイイコに育てきってくれると信じてるぜ」
 直哉は自分の机を俺の前に持ってきて取り替えてくれ、とりあえず簡単すぎる英語の授業へ参戦した。

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