俺たちの××

怜悧(サトシ)

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夏休み編

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「あ……、セージ……」

暫く背中に回した腕でお互いの体温を確かめた後、慌てたように東流は顔を上げて部屋を見回す。
先ほどまで一緒の部屋に居たはずの誠士の姿が忽然と消えていることに驚いているようだ。
いつ居なくなったのか、東流にはまったく検討もつかないようだった。

「誠士なら、空気読んで帰ってったぜ。アイツ、警官よか気象予報士に向いてるんじゃないかな」
東流の疑問に答え、まだ濡れて乾いていない銀色の髪を指先で撫でて項に唇を充てる。
たった数日だけ触れなかっただけなのに、ずっと離れていたような気持ちでいっぱいだった。
甘えるように東流はオレの手のひらの動きに体を預けて、何か言いたそうな表情を浮かべ少し逡巡するが、ぎゅっと目を閉じ思い切ったようにに口を開いた。

「……あのよォ……ヤス……後で嫌な顔されっとショックだからよ、今言う。ケツんとこにひでえ傷があるから……消してくれ」
低い声で響く声になんとなく不穏な空気を感じてオレは眉を寄せた。
さっき言っていた見せたくない傷というのは、もしかしたらその傷のことなのかもしれない。

「消す?」

銀色の髪を指に絡めたまま聞き返すと、東流の体がわずかに緊張したようにこわばる。
「皮膚科行こうとは思ってたけど、文字……つけられたから、ソレ消したいンだ。上からじゅうじゅう焼いてくんねえか……オマエ以外に見せたくねえ」
皮膚を焼くと思い切ったことを言い出す東流の言葉に、一瞬目を見開くが、多分その文字が体に残されたことを知った時の東流のキモチの方がショックだったに違いない。
「じゅうじゅうって焼肉かよ……」
思わずツッコムと東流は肩を揺らして笑う。
なんともないと普段通りの顔をして病院で告げた態度は、自分自身すら偽っていたのだろう。
根性焼きとかガキの頃に、お互いし合ったこともあった。
それを考えると大したことじゃない……。
でも、根性焼きとかする時のトールの顔は、本当にセクシーだったよな。
怪我人を襲わずにいられるか、そっちのほうが俺は心配かもしれない。

「……分かった。じゃあ、疲れてるだろうし、明日にでもやろ…………」
「今だ。少しでも早く消してえ」

体調のことも考えて、明日に先送りにしようとしたのだが、すぐに意思の強い視線に押される。
ここで、体調がどうとか言い出したら、東流のことである、自分でやるから今やるとか言い出すに違いないのだ。
オレは近くに置いた松葉杖を手にとると腰をあげて立ち上がった。
「わかった、ちっと準備してくっから、待ってろよ」
その傷跡があるから不安になっているのであれば、すぐに払拭してやらないと、多分東流は、またやっぱり別れるとか言い出しかねない。

文字ね……大体予想はつくけども……。

戸棚から救急箱を取り出し、大き目の絆創膏と消毒液、チャッカマン、停電用のろうそくを取り出すと両手が使えないのでズボンのポケットに押し込む。
護身用のバタフライナイフがポケットに入っているのを確認して、自室へと戻ると、スエットを脱いで全裸でベッドの端っこに座り、らしくないような泣きそうな表情を浮かべているのにぶつかる。
「…………なんて顔してんだよ」
「いや……やっぱ見られんだなァ……って覚悟決めてたとこ」
松葉杖を近くの壁にたてかけて、ベッドに座る東流の肩に手を置いた。
「いつでもトールは傷だらけだったじゃねえか……そんな傷なんて、今さらだろ?」
「………そりゃ……俺は自分の体の傷とかどーでもいいけど……。オマエが見てショック受けたらどうしようって思ったら、俺……すげえ臆病になった。隠さなきゃって……」
困ったように笑う表情に、いつも自分ことにまったく無頓着な東流が、今回起こした行動の理由のすべてを見た気がした。
「大丈夫。ちゃんと消してやるよ。ただ、他にも色々怪我してるから、余計に明日熱出すぞ」
「どっちにしろ熱出すなら、一気に明日熱出すほうが効率よくねえか」
考えてるのか考えてないのか、そんな効率の良さを求めることもないのだということにも気づいていない東流の言葉に、小さく噴出す。
「とりあえず、傷見せて」
「ん……」
ごろんとうつ伏せになった右尻たぶに、刃物で抉られたように卑猥なマークと「ベンキ→」と刻まれている。
怒りに震えそうな自分を諌めて、そっと傷跡を優しく指先で撫でた。
「……アイツ等をぶっ殺しておけばヨカッタな」
「バーカ、オマエが殺人とかで捕まったら……ツマンネエよ、俺が色々やった意味なくなっし」
平常心で伝えた言葉に、東流はようやく安心したのか体の力を抜いて身を任せる。
「これは、今日つけられたのか?」
「いや……ホテルんとき。オマエが目ェ覚まして、ここに帰ってから気づいたけど……」
静かに語る様子にろうそくに火を点して、尻の傷痕に消毒液を塗り始める。
「それで…………あの時価値ねえとか言ってたわけね。トールにどんな傷があっても、トールに変わりはねえよ。そんなもんでどうにかなる気持ちなら……俺も、もっと簡単に諦められたぞ」
消毒液をバタフライナイフにふきかけて、点したろうそくに翳して炙って熱をもたせる。
じりじりと赤く焼けるナイフを、東流は横目で捕らえてふっと笑みを刻んだ。
「まあ、それだけじゃねえけど。……そういうもんか……思ってるよか、俺、すげェ愛されちゃってるんだな。だったら、その傷痕……オマエの痕残して消してくれ……俺の全部はオマエのもんだって、証に変えてくれ」
「オレの………もんだよ。トールは一生、オレだけのもんだ」
赤く焼けたナイフを翳して、傷痕へゆっくりと刻み付けるように、オレは東流の皮膚にぎゅううと熱を押し当てた。
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