星間のハンディマン

空戸乃間

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第一話 Killer Likes Candy

BAD BOYS 4

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 ロングジャムの停船を確認すると、ラスタチカは距離を取り、腹に抱えた巨大な杭を発射した。ヴィンセントは深々と船体に食い込んだ事を確かめ、ロングジャムの船体を真上に見ながらキャノピーを開いた。ベルトを外し宇宙に浮かぶと後席を振り返る。一目散に飛び出して行くかと思っていたが――案外大人しく――ベルトを外したレオナはまだそこに収まっていた。

「行くぞレオナ。吐くにしても、船に乗り込んでからにしとけ、そのまま戻したら、それこそ大事故だぜ」
『……分かってる、うるせぇ』

 レオナは苛立ちに喉を鳴らしていた。彼女にとっては待ちに待った瞬間が近づいているというのに、何がそんなに不満なのだ。ヴィンセントが訝しんでいると彼女は、殆ど聞こえない声で何か呟いた。

「なに? ハッキリ言えよ」当然聞き返すヴィンセント。いくらディアス達が撃ってこないとは言え、敵前でじっとしているのは落ち着かないので、はっきりとした答えが欲しかった。

『……挟まった』
 苛立ち滲むレオナのぼやき。

「――……はぁ?」
『だから挟まったンだって! 抜けないんだよ、馬鹿人間!』

 喚くレオナの下半身はジャストフィットと言った感じで、狭いコクピットにぴったりと収まっていて、最初ヴィンセントは眉根を寄せていたが、フン詰まった状況を理解した途端彼は破顔した。

『こンの……笑うんじゃないよ!』
「悪ィ悪ィ……、でも笑うなって方が無理だろ。あ、やっぱダメだ。ぷすっ……」
『こっちこい、ブッ殺すぞてめぇ!』
「暴れるなって、おもしれェから」

 騒がれれば騒がれるほど笑ってしまう。「ちょっと待った」と手で制してヴィンセントは一呼吸、平静を取り戻した。
「OK。もう平気だ。ほれ」

 言って差し出された手をレオナは強烈な目で睨む。
『なにさ、この手は』
「一人じゃ抜けられねえんだろ。野郎はすぐそこだぜ、それともここで留守番してるか?」
『チッ……』
 舌打ち一つで掴まれるのはいいのだが、殺意込めて握るほどにイヤか。

 ヴィンセントはコクピットを跨ぎ彼女を引っ張る。
「ふん! ぬぅんンンン……固ってェ……」
『ここ狭いンだよ』
「お前の尻がデカいんだよ、コクピットは大体これぐらいだ」

 ガラスの靴よろしくレオナにぴったり合っているようで、ただ引くだけでは抜けそうになかった。スリーカウントでタイミングを合わせ満身の力で引っ張れば、レオナの巨躯がすぽんと宙に舞う。
 彼女の巨躯はその重さを感じさせず半回転、足からロングジャムの甲板に降りた。途端に急かし始めるレオナに少し待ってろと答えて、ヴィンセントは前席を覗き込む。

 指先でスイッチを弾いてオートパイロットに切り替え、ディスプレイのサインを確認した。

「ラスタチカ、デブリに警戒して飛行しろ。通信可能範囲にいろよ、いいな」
《援護位置ニテ待機、了解。幸運ヲ》

 ヴィンセントが主翼を蹴ってラスタチカから離れると、一時の別れを惜しむようにゆっくりキャノピーが降りた。翼を振る〈彼女〉が後方へと――。

 ヴィンセントはロングジャムの甲板から離れ行く愛機を見送り、レオナと共に先程撃ち込んだ巨大な杭の元へと近づいていった。

 宇宙空間を航行中の船に乗り込むのは大変な作業だ。招かれるならばまだしも、殴り込みをかけるとなると、その難度は途端に上昇する。エアロックは厳重に保護されており、開けるには認証コードが必要になる。無論、そんなものを持たないヴィンセント達が取るのは宇宙船の襲撃を生業とする海賊に倣った侵入法である。

 撃ち込んだ巨大杭は『突撃杭(アサルト・パイル)』と呼ばれるもので、とある宇宙海賊から奪った装備、この装備は宇宙空間を航行中の船に、無理やり乗船する為に開発されたものだ。

 使い方は至ってシンプル。撃ち込み、内部を通って侵入するだけ。
 杭の内部は人が通れるほどの隙間が用意されており、先端には高硬度のドリルが取り付けられている。このドリルが宇宙船の外壁を貫徹すると同時に特殊ジェルを散布する事で気密を保ち、杭の前部と後部にあるハッチを通って標的の内部に人を送り込むのである。

 この襲撃方法の利点は、侵入地点を自由に選択出来る点にある。もし、エアロックから乗り込もうものなら、すぐさま手厚い歓迎を受ける事になるが、迎撃側を混乱させられる分、時間を稼げるのだ。

 「ああ鬱陶しい」窮屈な杭を通り船内へ乗り込むや、レオナは早々にバイザーを上げる。いつもは腰まである長髪を押し込めたヘルメットはさぞ蒸れるのだろう。まさかを脱ぐのでは、とヴィンセントは心配したが、いかなレオナでもそこまで馬鹿ではなかった。

 気密が確保されていることを確かめてからヴィンセントもヘルメットのバイザーを上げた。敵の姿はない。そうでなければ、わざわざ艦橋から遠い前部区画から侵入した意味が無い。熱烈な歓迎を避けるために彼等は前部からの侵入を選んだのだから。

 それにしても中々派手にぶつけたにしては、船体は安定している。

「モタモタしてンなよ人間」
 獲物を目前にしたレオナの眼光は寒気がするほどに鋭い。
「焦るなって」
「あ? べつに焦っちゃいない」

 睨み付けられヴィンセントは肩を竦める。
「外はラスタチカが見張ってる、万が一脱出しようが逃げられやしねえよ、むしろ怖えのはエンジン回される方だ、ヘタすりゃ船ごと吹っ飛んじまう。ディアス探すのはもちろんだがとりあえず艦橋を抑えるぞ」
 ヴィンセントが前を行くかと思われたが、彼は優雅に振り返り先を譲る。
「レディーファーストだ」
「アンタね、その意味知ってンの? 弾よけって意味だよ、それ」
「ああ、だから誤用はしてないだろ。俺の影にお前の巨体は入らない」

 鼻を鳴らしながらレオナは軽口叩くヴィンセントを追い抜いた。譲られるまでもなく、人間に付いてまわるなんてご免なのだ。
「ハッ、大した紳士だこって」
「よせやい照れるぜ」
「死ね。褒めてないよ馬鹿が、この件が片付いたら次はテメェと勝負してやる」

 拳銃片手に、レオナは狭い通路を静かに――だがずんずん進んでいく。誰もいないことを知っているように、その歩みには迷いがなかった。二人いるのに足音は一人分だけ。後方を警戒しながら彼女に続くヴィンセントがぽつりと尋ねる。

「目的は分かってるよな?」
「決まってるさ、こいつで顔面整形してやる」
 そう言ってレオナは右手の大型拳銃を振り、またも無警戒に角を曲がった。
「今更さね、野郎にはたっぷりツケを払わせてやる」
「精算ってところは賛成だけどよ、俺たちは便利屋で賞金稼ぎだ。殺し屋じゃねえ、裁くのは他の奴がやる、法の番人共が。だから捕まえるんだ。分かってねえじゃねえか」
「アンタがそれを言うか」
「……なんだよ」
「いや、別に。……なら半殺しだ。無傷で引き渡すなんてアホくさい真似が出来るか、せめて一、二発は殴らなきゃ気が済まないよ。文句ねえだろ」

 レオナの拳はヴィンセントのそれよりもデカく、腕も太い。ぴっちりしたパイロットスーツは彼女の体中にある筋肉の隆起を強調して見せていた。

「構わねえけど、お前が殴ったら一発でもあの世行きな気が――すんだよなぁ……」
 尻すぼみに消えるヴィンセントの軽口。

 曲がり角で立ち止まったレオナの尻尾が警戒に固くなる。敵の気配があった。

 アイコンタクト、

 察したヴィンセントが前衛にでた。彼も耳を澄ますが足音はなさそうだった。しかしレオナが警戒しているのならいるのだろう。そっと角から顔を出すと、待ってましたと鉛弾の雨あられが銃声と共に船内通路を制圧した。

「おっと! 危ねえ危ねえ」

 ヴィンセントは壁を背にしゃがみ込んでレオナを見上げた。予期していただけに彼の反応は早く、すぐさま顔を引っ込めたので無傷であるが、冷静に敵勢を探り彼は眉を顰めた。

 ディアスに残された最後の砦がこの船の筈、これより退くところなどありはしないのだが。それにしては――

「四人だけ……、これだけか?」
「残りはどっかで震えてンだろ。構うもんか蹴散らしてやる」
 二人が反撃に出る。
「オラぁ、退け退け退け!」

 怒声を上げながら半身を晒してレオナが応射。50口径マグナムの銃声は重く、船内通路の空気を振動させる。負けじと膝撃ちし姿勢で二挺拳銃を乱れ撃つヴィンセントに降り注ぐのはレオナがまき散らす薬莢だ。

「死にやがれ!」「くたばれ賞金稼ぎ!」「嘗めんじゃねえ」

 銃弾と一緒に飛んでくる罵声。銃声の嵐に劣らず、デカい声を張り上げてレオナが張り合うので五月蠅くて敵わない。

「しゃらくせえンだよ雑魚が! 引っ込んでな!」

 とは言うが決して楽観できる状況ではなかった。狭い通路では数的劣勢はそこまで不利に働かなかったがヴィンセント達の武器は拳銃であり連射が効かない、対する相手に武器の手数で押されていた。

「なアァァ、くッそウゼェ、マジでうぜえ……ッ!」

 ディアスは目と鼻の先だというのに見事に足止めされていた。中々命中弾を与えられない苛立ちからか、再装填しながらレオナは呟く。
 手榴弾でも手元にあれば投げつけてやるのに。そんな不埒な考えを巡らせていたレオナだが、彼女の虎耳は音を捉えてピクリと動いた。背後に気配、今来た角へ銃口を向ける。時間をかけすぎた、船内は敵に地の利がある。回り込まれていた。

 銃を構えて飛び出してきたのは三人の獣人。仕留めるには絶好の挟撃の形に逸ったのだろう。目の前の好機に迂闊にも飛び出してきた連中に、レオナはきっちり人数分の弾丸を叩き込んで血祭りに上げた。
 最後の一人が倒れたのを見届けてから彼女は振り返る。

「まだ片付かないの人間、たかだか四人程度だろ。アンタそれでも賞金稼ぎ⁉」
「俺はパイロットなの、銃撃戦は専門外!」

 四対一で撃ち合っていたヴィンセントだが、敵の数は未だに減っていなかった。かといっていつまでも足を止めているわけにもいかないのは承知済みである。飛び出す三挺の拳銃がその銃口に敵を捉えた、が放たれた銃弾は壁に当たって火花を散らすのみ。

「手榴弾(フラグ)とかないの?」
「ない!」

 正面切っての撃合いでは不意など打てず隙を見つけて叩き込むことが出来ない。分かりやすく膠着状態だ。打開するには回り込むか、あるいはレオナが言うとおり手榴弾でも投げ込めれば早いのだが。

 角の向こうにいる敵勢を睨んでいると、ガチャンと背後でガラスが割れてヴィンセントは振り返る。壁に埋め込まれた赤いケースをたたき割ったレオナが、消火器片手に立っていた。

「そんなもんどうすんだよ」とヴィンセントが当然の疑問をぶつければ、レオナは憮然と「援護しな」と答える。

「いや、だから――」
「いいから撃ちなッ!」
「イッテェ!」

 怒鳴るレオナにケツを蹴り上げられて、ヴィンセントは危うく角から飛び出しそうになるのを堪えた。

「あっぶねえな、殺す気かバカ野郎!」
「うるせえ撃て!」

 有無を言わさぬレオナの気勢に体勢を整えて一呼吸、視線を一瞬あわせてヴィンセントとが援護射撃を始め、敵の隠れている角目掛けて断続的に銃弾を見舞う。

 二グラムの弾頭が火花を散らす。ヴィンセントが押さえ込んでいる僅かな間にレオナが通路に飛び出して手にした消火器を投げつけた。
 重たいはずの消火器が宙を舞い、跳ねて転がる。

「人間!」とレオナが叫んだときにはヴィンセントの照準は援護から標的射撃に変わっていて、銃口は下へとスライドし、床を転がる消火器を狙う。何をやるのか知らないが、撃つべきだと感じたのだ。

 放たれた四発の内、二発の弾丸が消火器の脇腹に命中した。
 敵の足下で炸裂。
 爆発音が空気を震わせ、もうもうと立ち昇る粉末消化剤の白煙が視界を塞ぐ。

 見えない、――のはお互い様だ。あの程度の爆発で倒せたとは考えにくいが、闇雲に乱射したところで命中弾など望めない。
 どうするか、コンマ数秒の思考。
 その躊躇の間にレオナはヴィンセントを押しのけ、猛然と白煙に突入していく。

「おいレオナッ!」
 煙に飛び込んだレオナに制止の声など届かない。下手に撃てば彼女に当たるので、ヴィンセントは銃を構えたまま白煙を睨むしかなかった。

 時折響く銃声と、

 派手な打音と、

 男の悲鳴。

 一体何が起こっているのか。どれだけ目を凝らしてみても白いだけの視界。
 ヴィンセントはレオナを呼ぶが沈黙が返るのみ。


 ――しん、と沈黙。
 軋む船体の音が哀しく響くだけ。

「あー……レオナ……?」

 …………

 やはり返事はない。

 殺られてはいないだろう。ディアスはこの先にいるだろうから、息巻いたレオナなら突破した勢いそのままに艦橋に向かっていても不思議はなかった。生唾を飲み込んで、おっかなびっくりヴィンセントは一歩を踏み出す。一寸先の白き闇は地獄の一丁目に見え、異様な気配は悪魔でも棲んでいるようでさえある。

 と、白煙が揺らぎ何かが飛び出してきた。
 思わず飛び退き銃を向ければ、足下に倒れ込んだそれは男の獣人。容赦なくボッコボコにされたのか歯が何本か折れているが、それでも息があるのは――いいか悪いかは置いておいて――獣人の頑丈さ故だ。

 気配を感じて目を上げれば白煙が薄れ始めていて、沈殿しいく煙の中にそいつは立っていた。威風堂々とした後ろ姿にヴィンセントは苦笑いさえ浮かべる。
 筋肉が隆起した仁王が如きその背には拳を極めた鬼にも似た迫力があり、床に転がる男達とタイトなパイロットスーツが近寄りがたい雰囲気を助長していた。

「満足したかレオナ」
「まだ準備運動さ。野郎は艦橋にいるんだと」

 振り向きさえしないレオナ。
 これからディアスが殴られるのかと思うと、なんとも気の毒であるが、あの悪党には例え顔面がめり込むほどの一撃でも足りない事を考えれば、ヴィンセントが首を竦めるに留めたのも当然の反応だった。

「そんじゃ、本番と行こうか」
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