星間のハンディマン

空戸乃間

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第一話 Killer Likes Candy

BAD BOYS 2

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 その宇宙船は暗黒の大海を我が物顔で行く鯨のよう。取るに足らないチンピラ共と一人の賞金首、そして大量の禁制品を抱えたその船は、破石強化が施された船体の強度にあかせてデブリの中を押し泳いでいく。

 快適な船旅とは縁遠い船室。長旅のお供として船員の誰かが選んだ獣人のピンナップを睨み付け、男は脂肪の凝り固まった尻を壊れかけのソファに乗せた。彼は強欲にだぶついた顎を開きグラスに注がれたウィスキーを煽る。
 酔いがいるのだ。現実を歪め、理想的な世界を見つめるために必要なものは、清らかな生活や貞操などではなく、銃に金にドラッグだ。

 一直線に引かれた〈キャンディ〉粉の白線を鼻から啜れば名案が浮かぶ――はずだ。だが、破滅に片足を突っ込んだ男の頭に浮かぶのはこれまで〈キャンディ〉の密売で積み上げた札束。おこぼれを目当てにすり寄ってきた女共、豪邸に高級車――流血と暴力。多くの不幸を食い物にし、理不尽で築き上げた外道の先の栄華。

 数日前に吹き飛んだ繁栄の幻。

 たった一人の半獣人の小娘が招いた崩壊。組織のイカレた殺し屋が仲間を殺し回り、果ては人間まで襲いやがった。その所為で獣人達(おれたち)が殺し合う分には無関心だった警察も首を突っ込みだし、賄賂さえもはねつけられ、悪事の全てを押しつけられた。本国のボス達にも見限れてしまう。都合のいい身代わり人形、トカゲの尻尾切りだ。
 今の彼に残っているのは僅かばかりの札束と船倉に積まれた〈キャンディ〉だけ――。

 ――糞垂れだ、どいつもこいつも。

 白線を吸い込む。
 酩酊。
 開いた扉に隠れるピンナップ、猿男が飛び込んできた。

 
               ◆

 
『おいおっさん、どうなってんのさ⁉ ディアスの野郎を見つけたんじゃねえの⁈ どこにもいやしないんだけど』

 現場に近づくなりレオナは怒鳴った。
 ヴィンセントは座席のディスプレイを眺めていたが、彼女の怒声に思わず顔を顰める。情報の確認中だというのに騒がしく、狭いコクピットに無理やり身体を収めている為か、彼女の機嫌はすこぶる悪かった。

「最後まで聞けよ、うるせえな。ダン、続けてくれ」
『ルイーズからの情報とは別にISPAからも依頼が出ている』
 表示されたルイーズからの情報を見つつダンの説明を聞く。
『やりあった末に犯人に逃げられたらしい。今頃はデブリベルトに紛れているだろうよ』

 逃げ込まれると厄介だ、とヴィンセントは思った。
 デブリベルトは宇宙に浮いたゴミの帯とでも言えばいいだろう。事故を起こした宇宙船の残骸や不法投棄された人工物の漂う空間。反応するものが多すぎてレーダーは役に立たず、宇宙船から漏れ出たエヴォル燃料の所為でろくに通信も出来ない。追っ手を撒くにはうってつけ、探す側には面倒極まる。

『どうせ役に立たないんだからアタシ等に任せりゃいいのによ』
『予想通り、護衛機もつけてるようだ。手練れだな。八機喰われている。警察連中は被害を抑えたいのだろう、俺たちの仕事は捜索と時間稼ぎだそうだ』
『足止めだって?』
『確保は向こうでやるとのお達しだ、警察も必死なのさ』
「捕まえるだけでもやらねえと面子が立たねえって事だろ。よくあることさ。相手は?」

 ディスプレイに顔写真。顎がだぶついた豚の獣人だが、それよりもヴィンセントが驚いたのは、画面に映し出された宇宙船の方だ。
 でっぷりとした子細見ずとも知った船。輸送船・ロングジャムだった。
 つい最近、護衛をしたことのある船を追うことになるとは、皮肉が効いている。

「なるほどルイーズが手伝う理由が分かった。あいつもカマされた訳だ」
『チッ、巫山戯ンな。足止めなんかやってらンないよ。こっちはこのチビデブぶち殺さなきゃ収まンないんだ』

 圧搾され続けていた憤りに火がついてしまったのか。レオナから歯軋りが聞こえそうだ。バックミラーに映る形相の恐ろしいこと。

「奴ら、何処に逃げると思う?」
『一番近いコロニー付近ではISPAが非常線を敷いているが、それくらいは連中も読むだろうよ。デブリベルト内じゃあレーダーは効かんから、目撃地点から距離を取って近場のコロニーに寄る。何処かと言えばリオコロニーか、モグコロニーのどちらかだろう』

 ヴィンセントの予想も大体同じだった。ディアス達だって輸送船とはいえ物資には限りがある。ましてや身を潜めていたのだから消耗していることだろう。いつまでも宇宙を漂っているわけにも行くまいし、コロニーで補給をして高飛びの線が妥当だ。

 その前に抑える。だが何となくおもしろくない。何より遺恨があるのだ。それはレオナも同様である。

『連中に任せてたまるかっての、アタシ等でやっちまおう』
「……ISPAが出してる依頼は足止めだ。何が何でも逮捕は自分たちでやりたいのさ。ヘタに手ぇ出せばペナルティもあるんだぜ。 なあダン?」
『そうだな』
『アンタ等馬鹿なの? 腑抜けたこと言ってンじゃないよ』

 ヴィンセントはニヤけた。足止めにも色々ある。状況次第でやり方も変わるのだ。
「ようは足止めしてやりゃいいんだろ? こっちだってお上との関係もあるし穏便に済ませたいけど――でも、大人しくしてくれなきゃ……。まぁ、仕方ねえ・・・・よな」

 訝しげなレオナを置いて、噛み殺すようなダンの笑いが聞こえるようだ。彼も最初ハナッからそのつもりだったのだろう。

 ヴィンセントが機体を半ロールさせると、景色が右に回り頭上にはデブリベルトが現われる。ISPAや同業者よりも先を征く必要があった。

「ダン、これからデブリベルトに突入する。中に入ったら通信できないだろうから終わったら連絡するわ。回収頼むぜ」
『了解した、手早くな』
「アイアイ、ボス。通信終了ラスタチカ・アウト

 緩やかにピッチアップ。徐々に迫る廃棄物の帯にラスタチカは紛れていく。



 機械的な残骸をパスしてから速度を少し抑え、ヴィンセントは周囲を見回した。警戒しながらも操縦は慎重に、鋼の翼とはいえ高速戦闘に特化した機体に強度があるわけはない。下手なデブリにぶつかれば即、御陀仏、ゴミ達の仲間入りである。

 このどこかにいるはずだ。ヴィンセントは探すが、いくら見回してみても見つからない。となると機体の下側だろうかと、機を反転させれば不意の機動にレオナが叫んだ。

『――ッ⁈ テ、テメェ! いきなり回すな!』

 ヴィンセントは気もそぞろに答えて索敵を続けた。重力下ならば頭に血が上ってしまうが無重力の中ではその心配はなく、いくらでも探すことが出来る。一度レーダーを見たが反応が多すぎてやはり役に立たないので、あっさりと見切りを付けて機外へと目を戻す。

「どうだ、レオナ。なにか見つけたか」
『ゴミしかねェよ。あのクソ野郎、ドコに隠れてやがる』
「気ぃ抜くな、近くにいるぞ」
『ンなこと分かってる。ッンとに一々五月蠅い奴だね。ただのチビデブ相手にビビリすぎなんじゃないの』

 明らかに声が硬いヴィンセントを小馬鹿にして、レオナも辺りを見回していた。あるのは大小様々な残骸ばかりで賞金首の気配もない。

「護衛機がいるからな。それに、すでに一回ドンパチしてるんだ、どこから撃たれるか分からないぜ。こんなとこ、理由が無きゃ飛ばねえからな。先に見つけりゃ撃ってくる。カマ掘られたかないだろ」

 ヴィンセントは、ついと視線を左へ持っていった。まるで雲の中の敵機を探している気分である。ここにある雲はどうにも固いので通り抜けできないのが困る点だ。

 軽くピッチダウンし、障害物を躱す。
 機首が下がりキャノピーのすぐ近くを燃料タンクらしき物が飛び抜けていく。〈危険〉の文字がはっきりと読み取れた。

『……爆発物まで。アタシはぶつかって死ぬ方が心配だ』
「金星付近で事故った宇宙船の残骸も流れ着くからな。ジャンク屋や遭難船には宝の山だが、危険物満載の火薬庫でもある。ビビってんのはどっちだ、弾でもブチ込まなきゃ平気だって」
『アンタの事故に巻き込まれたかないのさ、単独事故なら一人で死ね』
「やっぱ飛行機怖いんじゃねえのか? 処女飛行だったりしないよな?」
『ふざけろボケナス、人間と一緒の棺桶に入るのはゴメンなだけさ』

 ヴィンセントは未だ横を見たままである。彼はデブリベルトに入ってからろくに正面を見ずに飛んでいたが、衝突コースにデブリがあれば舵が先に反応して避けていた。

「ぶつかりゃしねえよ」
 静かに、だが自信満々に呟くヴィンセントは、やはり余所見をしたままだ。

『よく言い切りやがる、機体のおかげだろうが』
「――? オートパイロットなら切ってるぞ、レーダー利かねえから」
『はぁ⁈ じゃあなんで――』
「誰が操縦してると思ってんだ? ぶつかる訳ねえだろ」

 鼻が伸びすぎた天狗を思わせる発言だったが、平然と語る彼の口ぶりには妙な説得力があった。自分の足で歩くのと同じだと語るように。
 レオナが二の句を継げずにいると、突然機体がぽーんと側転する。思わず悲鳴、左翼ぎりぎりを抜けていく大型エンジンの残骸を見送り彼女は怒声を上げた。

『こンの……ッ、だから! 急に回すなつってンだろ!』
 ヴィンセントはへらへらしつつ「いいから探せよ」と答え、バックミラーをちらと見やる。毒づくレオナの横顔があった。

『おい人間……テメェ、いまのワザとやったろ』
「ワザと? まさか。安全に細心の注意を払ってるのがわからねえかな」
 悪びれた様子一つ無く彼は答える。故意か過失か、問うなど野暮である。

『マジ最悪だよアンタ、マジで、最悪』
「お褒めに与り光栄だ。気持ちをほぐすには丁度良かったろ」
『褒めてねえよ糞人間。ったくアイツの気が知れな――……ん?』
「どうした?」
『いや、いま何か動いてたような気が……』

 神経がぴりっと張る。
 レオナは目を細め、キャノピーにヘルメットを擦らんばかりに近づいていた。

「方角は」
 彼女は『右』と答えたが、もう少し絞ってくれないと範囲が広い。こういう場合は機首を基準にしたクロックコードで伝えるのが基本だ。

「何時の方向だ?」
『え? ああ、そうだっけ。えっと、二時下方』

 確認したかったがまずは目の前のデブリを躱すことが優先だった。左上方へ緩旋回、それから右へとバンクさせた。
 どこを見てもゴミだらけ、宇宙船の航跡はない。

「…………」
『……あれ、おかしいな』

 周囲には無数のデブリが漂っていて、全てがその場に留まり続ける訳ではないので、誤認は十分にあり得た。ヴィンセントはじっと外を眺めていたが、やがてヘルメット横のボタンに触れバイザーを下ろす。完全に外気と遮断され彼の宇宙服がその機能を発揮し始める。

「レオナ、お前もバイザー下ろせ。どうも臭う」
『あ、ああ』戸惑いながらもレオナは指示に従う。生命維持装置が正常に動作したことを確認してから彼女は頷いて見せた。

『ヘイヘイ、アンタ何する気なのさ』
「確かに見たんだろ? それなら近くにいる、どっかの陰に入っただけだ。さぁて気合い入れとけ、先に言っとくが荒く飛ぶ。騒ぐんじゃねえぞ、うるせえから」

 軽口を叩くヴィンセントだが、今まで以上に目は真剣で、レオナも同様、逃げる気など毛頭無い。
 誰にしてみてもディアスにはデカい借りがあるのだ、腹は既に括っている。

『アンタこそ、口だけじゃねェってとこ証明してみせろや』
「ほんじゃま、遠慮無く!」

 ヴィンセントはスロットルを押し上げ、機体反転。間にあるデブリを大きく迂回して、レオナが示した座標へと向かう。目標物は次第に大きくなり二人の視界を塞ぐほどになった。ラスタチカが目指すのは廃棄されたコロニー、その裏側。崩れた外壁が真横に流れ、機体が右へロールすれば頭上が壁に変わる。

 睨み付けていればふっと開ける上方視界。デブリとは異なる物体が四つ、レオナが叫んだ。

『あそこだ、いやがった!』

 ヴィンセントは機体を引き起こし、彼女が叫んだときには正面に捉えている。背を向けた四つの機影を目視で確認。用心棒の戦闘機は正三角の陣を取ってロングジャムを囲んでいた。鈍足の宇宙船に速度を合わせているので足が遅い、デブリベルト内でカタを付けられる。

 マスターアーム・スイッチオン。

 バイザーに表示されるガンレティクル。

 まだ気付かれた様子はない。間髪入れずアフターバーナーに点火して、猛然と用心棒機に襲いかかる。
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