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第二話 イザリス砦に棲む獣
世界、滅ぼせし者 Part.8
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「やりましたね、レイヴン……、やったんですね、わたし達…………ッ」
「あぁ、そうだな」
感極まっても身体が付いてこないアイリスは、疲れ切った笑みを浮かべながら軒先に座り込んでいた。なんとか首を上げるのがやっと、すっかり魔力を使ってしまった所為で龍人化を維持することも出来なくなってしまっている。裸の女が軒先にぽつり、そのままにしておくわけにもいかず、レイヴンは彼女の肩にポンチョをかけてやった。
「浮かない顔してどうしたんです、レイヴン? もっと喜びましょうよ、レイヴンは、邪龍を倒して世界を救ったんですよ?」
「かもな……」
無味乾燥、世界を救ったと言われても、そこに何の実感もなく、感慨もない。正直なところ、世界が滅んだとしても泣いたり喚いたりすることもなく、銃を手に闘うだけ闘って土に還ったことだろう。拳銃遣いらしく銃爪を引き、銃口炎の瞬きのように散る、パッと眩しく潔く、それでいい。
それでいいと、レイヴンは思っていた。これまでは……
「のう小僧!」
これまた疲れた声をかけてきたのはヴァネッサである、彼女は飛び散った魔具を探して、町の残骸を漁っていた。
「吾一人では時間がかかりすぎる、手を貸してはくれぬか」
「魔具を集めるのはお前の使命だろ、それにお前と違って魔力を感じ取れないんだぞ、俺は。この瓦礫の中から見つけられるわけないだろ」
信じられない、とヴァネッサは諸手を挙げて魔具探しに戻っていく。とはいえ、もう少し休んでから手伝う分にはしくはないので、レイヴンは先にアイリスの横に腰を下ろすことにした。
「ふふ、ヴァネッサも嬉しそうですね。それにしてもレイヴン、かもなって事はないと思うんです、だって邪龍を倒したんですよ?」
「誰に褒められるわけでもねえだろ。んな事よりもアイリス、手ぇ診せてみろ」
「えっ――⁈」
ギクリと腕を硬直させると、アイリスは手を引っ込める。
「あ、あっとぉ……平気です、だいじょうぶですよ、なんと言ってもわたしは龍ですからね、あれ位の焰、なぁ~んてことありませ――――イタッ!」
細い手首を掴んで引き寄せれば、アイリスの掌はずるずるに爛れてしまっていた。酷い火傷だ、痛みだって相当だろう。
「これで大丈夫だって? 痩せ我慢もほどほどにしろ」
「本当に平気ですってば、この身体は呪いで変えられた姿ですけど、生命力は変わりありませんから、放っておいても治りますって」
「痛みは?」
「……ありますけど」
「じゃあ大丈夫じゃねえじゃねえか、手当てしてやるから大人しくしてろ」
利くかどうかは分からないが、レイヴンは雑貨屋から持ってきたすり潰した薬草を彼女の手に塗り込んで、包帯を巻いてやる。傷の所為か、彼女の華奢な手はとても熱を持っていた。
「龍だとしても女の手だ、放っておく訳にはいかねえよ」
「あ、ありがとうです、レイヴン……」
消え入るように顔を伏せ、アイリスは赤らめた頬を隠す。元気が取り柄の彼女らしからぬしおらしさで、包帯巻かれた自分の手を見つめていて、その横顔に、――闇夜に咲く向日葵からレイヴンは目を離せないでいた。
と――、アイリスが顔を上げる、レイヴンと目が合うと、彼女は金色の瞳でくしゃりと微笑んだ。
それから、とくん、と鼓動を感じて、彼女は静かに瞼を閉じ、レイヴンもそれに応えるようにして、彼女を優しく抱き寄せた。土塗れの怪我だらけ、互いにとても見てられない身なりでも、導火線に灯った火は消せはしない、それが願いあった瞬間ならば尚更の事である。
まるでみずみずしい果実を思わせる唇を細めながら、待っているアイリス。ここまでさせておいて退くたとあれば、この先、彼女と居る資格はないだろうくらい、レイヴンも理解していた。とっくに想いは決まっていて、覚悟もすでに持っている、足りていないのは踏み出す勇気だけであるが、その一歩は突如飛び込んできた人影に台無しにされる。
吹き飛ばされてきたのはヴァネッサだった、酒場の壁に叩きつけられた衝撃で頭を打ったのか、彼女は力なくうなだれ動かない。
「しっかりしてくださいです、ヴァネッサ! 一体なにが――」
――起きたのか
アイリスが事態を呑み込むより先に振り返っていたレイヴンの右手は魔銃を掴み、前を向くと同時に魔弾を放っていた。考えるよりも早く、身体が反応したと言っていい即応は、きっと撃ち出された雷よりも素早く、そして強烈だった。
月明かりを背負ったその影を見た瞬間、レイヴンの頭から全ての現在が消え、ある一瞬がフラッシュバックしていたのである。どこかボンヤリとしていた記憶、その霞が晴れたのだ、全てを失った夜の記憶は、今鮮明に思い出される。
「あぁ、そうだな」
感極まっても身体が付いてこないアイリスは、疲れ切った笑みを浮かべながら軒先に座り込んでいた。なんとか首を上げるのがやっと、すっかり魔力を使ってしまった所為で龍人化を維持することも出来なくなってしまっている。裸の女が軒先にぽつり、そのままにしておくわけにもいかず、レイヴンは彼女の肩にポンチョをかけてやった。
「浮かない顔してどうしたんです、レイヴン? もっと喜びましょうよ、レイヴンは、邪龍を倒して世界を救ったんですよ?」
「かもな……」
無味乾燥、世界を救ったと言われても、そこに何の実感もなく、感慨もない。正直なところ、世界が滅んだとしても泣いたり喚いたりすることもなく、銃を手に闘うだけ闘って土に還ったことだろう。拳銃遣いらしく銃爪を引き、銃口炎の瞬きのように散る、パッと眩しく潔く、それでいい。
それでいいと、レイヴンは思っていた。これまでは……
「のう小僧!」
これまた疲れた声をかけてきたのはヴァネッサである、彼女は飛び散った魔具を探して、町の残骸を漁っていた。
「吾一人では時間がかかりすぎる、手を貸してはくれぬか」
「魔具を集めるのはお前の使命だろ、それにお前と違って魔力を感じ取れないんだぞ、俺は。この瓦礫の中から見つけられるわけないだろ」
信じられない、とヴァネッサは諸手を挙げて魔具探しに戻っていく。とはいえ、もう少し休んでから手伝う分にはしくはないので、レイヴンは先にアイリスの横に腰を下ろすことにした。
「ふふ、ヴァネッサも嬉しそうですね。それにしてもレイヴン、かもなって事はないと思うんです、だって邪龍を倒したんですよ?」
「誰に褒められるわけでもねえだろ。んな事よりもアイリス、手ぇ診せてみろ」
「えっ――⁈」
ギクリと腕を硬直させると、アイリスは手を引っ込める。
「あ、あっとぉ……平気です、だいじょうぶですよ、なんと言ってもわたしは龍ですからね、あれ位の焰、なぁ~んてことありませ――――イタッ!」
細い手首を掴んで引き寄せれば、アイリスの掌はずるずるに爛れてしまっていた。酷い火傷だ、痛みだって相当だろう。
「これで大丈夫だって? 痩せ我慢もほどほどにしろ」
「本当に平気ですってば、この身体は呪いで変えられた姿ですけど、生命力は変わりありませんから、放っておいても治りますって」
「痛みは?」
「……ありますけど」
「じゃあ大丈夫じゃねえじゃねえか、手当てしてやるから大人しくしてろ」
利くかどうかは分からないが、レイヴンは雑貨屋から持ってきたすり潰した薬草を彼女の手に塗り込んで、包帯を巻いてやる。傷の所為か、彼女の華奢な手はとても熱を持っていた。
「龍だとしても女の手だ、放っておく訳にはいかねえよ」
「あ、ありがとうです、レイヴン……」
消え入るように顔を伏せ、アイリスは赤らめた頬を隠す。元気が取り柄の彼女らしからぬしおらしさで、包帯巻かれた自分の手を見つめていて、その横顔に、――闇夜に咲く向日葵からレイヴンは目を離せないでいた。
と――、アイリスが顔を上げる、レイヴンと目が合うと、彼女は金色の瞳でくしゃりと微笑んだ。
それから、とくん、と鼓動を感じて、彼女は静かに瞼を閉じ、レイヴンもそれに応えるようにして、彼女を優しく抱き寄せた。土塗れの怪我だらけ、互いにとても見てられない身なりでも、導火線に灯った火は消せはしない、それが願いあった瞬間ならば尚更の事である。
まるでみずみずしい果実を思わせる唇を細めながら、待っているアイリス。ここまでさせておいて退くたとあれば、この先、彼女と居る資格はないだろうくらい、レイヴンも理解していた。とっくに想いは決まっていて、覚悟もすでに持っている、足りていないのは踏み出す勇気だけであるが、その一歩は突如飛び込んできた人影に台無しにされる。
吹き飛ばされてきたのはヴァネッサだった、酒場の壁に叩きつけられた衝撃で頭を打ったのか、彼女は力なくうなだれ動かない。
「しっかりしてくださいです、ヴァネッサ! 一体なにが――」
――起きたのか
アイリスが事態を呑み込むより先に振り返っていたレイヴンの右手は魔銃を掴み、前を向くと同時に魔弾を放っていた。考えるよりも早く、身体が反応したと言っていい即応は、きっと撃ち出された雷よりも素早く、そして強烈だった。
月明かりを背負ったその影を見た瞬間、レイヴンの頭から全ての現在が消え、ある一瞬がフラッシュバックしていたのである。どこかボンヤリとしていた記憶、その霞が晴れたのだ、全てを失った夜の記憶は、今鮮明に思い出される。
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