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第二話 イザリス砦に棲む獣
潜入 フォート・イザリス Part.1
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二頭立ての箱形馬車……所謂ワゴンは商人に人気の型だ。
荷を積んでも比較的スペースに余裕があり、同時に人間も運ぶことが出来る。……が、どうやらアーサーの馬車は荷を積むことに重きを置いていたようで、客席は狭いことこの上なく、男一人と女二人を乗せたらすし詰めも良いところだった。
手段を選べぬヴァネッサでも、流石に苦言を溢す程度に。
「馬車を使って忍び込むのは妙案だがのう、小僧。流石に少し窮屈ではないか、これは? アイリス様をこんな箱に詰込むなど……」
「砦に着くまでだ、辛抱しろよ」
「わたしは気にならないですよ、ヴァネッサ。珍しい物もたくさんありますし。――ほらほらレイヴン、見てください! この瓶ヘンな液体が入ってます、薬草の漬け物みたいです!」
「お嬢さん、あまり触らんでくださいよ? 荷台に積んでるのは万能薬を作るのに必要な、滅多に手に入らない品ばかりなんで――」
ガチャン――
馬車が跳ねるのと一緒に、アイリスの手から硝子瓶が跳ねて落ちた。
「あっ……、ご、ごめんなさいです……」
「…………もう、触らんでください。お願いしますよ?」
きっと渋い顔をしているだろうが、アーサーは気を取り直したように話を変えた。
「……どうも貴方達は大変な災難に見舞われたようですな、Mr.ヴァンクリフ。ですが、わたくしは信じておりましたぞ、彼等の話を聞いた時から怪しいと思っておりましたとも、貴方は酷い濡れ衣を着せられているのだとね。金髪のお嬢さんも、それから蒼肌の貴女もね」
「はいはい、黙って手綱握ってろ」
脅迫して……もとい、友好的対話によって貸与された箱馬車は、夜道をイザリス砦へと駆けていた。レイヴン達がいるのはアーサーの馬車の中。ガタガタと車輪が鳴り、一緒に積まれた《貴重な材料入りガラス瓶》も喧しいのに、一人、外の卸者席にいるアーサーの声は良く届いてくる。前後左右によく通る声だ。
「しかし、砦に戻りたがるとは分かりませんな。濡れ衣とはいえ皆さん追われる身でしょう」
「色々事情があるんだよ。それより、自分の心配しとけ。潜入出来るかどうかはお前の弁舌にかかってるんだからな、人を騙すのはお前の十八番だろ」
「そう期待を寄せられましても、商品の仕入れの為に町を離れると言って出て来たのです。どう説明しても疑われるのは必至ですぞ、Mr.ヴァンクリフ」
「しくじらない方がお前の為だ。バレた瞬間、ケツの穴が増えるぞ」
馬車の前面に取り付けられた小さな窓に拳銃握って手を突っ込めば、アーサーの尻がどんな未来を辿ることになるか、その直前まで教えてやることが出来る。
と、レイヴンは一通りの脅しを掛けてから拳銃を握った手を引っ込めて、窓を閉めた。砦に着く前に、アーサーの耳に入れたくない、内緒話を済ませておく必要があるのだ。潜入が上手く進んだとしても、魔具は恐らくサイモンの傍にあるだろう。すんなり盗み出すのが理想だが、計画は計画、理想は理想に過ぎず万事が快調に進むなどと、レイヴンは考えていなかった。
なにしろ急ごしらえの計画に、間に合わせの装備しかない。せめて相手の戦力がどれ程のものかくらいは把握しておかなければ闘いようもない。
雇われている用心棒、それから銃の数も気になるが、最も警戒が必要なのは……
「魔具の数だ。サイモンはいくつ魔具を持ってる」
簡単な質問である。しかし、ヴァネッサの唇は真一文字に結ばれた。
「そんなに難しい質問です? でしたら、貴女が奪われた魔具だけでも教えてほしいです」
「そうだな。最低いくつか、それでハッキリする。化物から引っぺがした首飾りで一つ、残りはヴァネッサが元から持ってた分だな、何個持ってたんだ? 一つか、二つか?」
口を噤もうにも、ヴァネッサの向かいには彼女が信奉するアイリスがいる。どうやったって嘘など付けず、沈黙もまた罪となり、ようやく口を開いたヴァネッサの声は、恥と自責に満ちていた。
「……六つだ」
「冗談だろ」
レイヴンから、流石に文句の一つも零れる。
魔具一つであれだけ苦労したのに、都合七つの魔具がサイモンの手元にある事になるなんて、考えてもいなかった。魔具なんて容易く手に入るものではないから、多くても三つがサイモンの持ち札だと思っていたからだ。
「こいつは大罪だな」
「レイヴン、彼女を責めても事態はよくならないですよ?」
そんなのは言われなくても分かっているが、皮肉の一つも言いたくなる。世界を救うだなんだと言いつつ、破滅に手を貸しているような状況なのだから。
「魔具の危険性はよく知ってる筈だよな。なのにいくつも抱えたまま旅してるなんて、間抜けとしか言いようがないだろ。政府の組織内で動いてるなら、本部に送るとかやりようはあったはずだ」
「主に指摘されるまでもない、吾も元よりその予定だったのだからのう」
「ほぅ……、納得のいく説明聞けるんだろうな」
「指定の場所に連絡員が現れなかったのだ、問題に巻き込まれたか、《教団》の妨害に遭い殺されたか、何が起きたのかまでは知らぬが、魔具の性質上、人間の手に預ける郵便は使えぬし、致し方なく吾が運んでいた。その道中でイザリス砦にまつわる噂を聞きつけてのう、魔具との関係性を調べに行って……このザマだ」
「行きがけの駄賃を掴むどころか、馬鹿を見たって訳か」
「……我ながら、不甲斐なさに怒りを覚えるのう」
悔しさ滲む自嘲を呟くヴァネッサである。
ところが、レイヴンが笑い飛ばしてやる前にアイリスが頓狂な声を声を上げた。先刻受けた忠告はどこへやら、今度も何かを見つけたらしい彼女は、レイヴンの両足の間に手を突っ込んで座席の下を弄り始めた。
「お、おいおいアイリス、何処触ってんだ」
「ご心配なくです、顔は近いですけど、触ってませんよ。なにか、光る物が見えたもので……あっ、何か固い物が指先にぃ……はい、掴みました! これは…………腕輪です?」
窓から忍び込んだ月明かりが輪郭を舐めた銀の腕輪、その一見何の変哲も無い飾りに、レイヴンは眉を吊り上げた。
「ん? ヴァネッサ、こいつはお前のじゃねえか?」
「なんだと? ――アイリス様、拝見してもよろしいですか」
「はい、どうぞ」と気軽に差し出された腕輪を、恭しく受け取ったヴァネッサが、それが自身のものか見極めるのに時間はかからなかった。本物なら魔術が込められた魔力弓なのだ、彼女が手にして気が付かないはずがなく、指先で触れた次の瞬間に、彼女はこの腕輪が自分の持ち物だと確信していた。
「うむ。この術式、間違いない。これは吾の魔術具だ、しかし……何故こんな所に……」
「聞いてみりゃいい。――おいウェリントン、この腕輪どうやって手に入れた」
「腕輪ですと? わたくしの持ち物に、そのような品はなかったと思いますが」
とくにとぼけている様子はないが、二人が話している間にアイリスは狭い荷台内で無理やり身を捩って、レイヴンの足元から、これまた腕輪がはみ出していた包みを、無理やり引っ張り出して解いていた。
「見てくださいレイヴン、他にも色々ありますよ。小さなナイフがたくさん、これもヴァネッサのですよね? それから~薬草? みたいのとぉ……、ん? ヴァネッサ、これはなんです? どうして石ころを瓶に入れてるんですか?」
「あぁ……特に意味はありませんアイリス様、ただの石です」
「ふぅーんです、ヴァネッサも変な事するんですね」
アイリスはまだ気になっているようだったが、まぁ、知らない方が良いこともあり、レイヴンも余計な事は口にしなかった。……と、いうよりも、他の話題が車窓から飛び込んできたので、自然と其方に耳が傾いていた。
発信源は、アーサーである。どうやら、腕輪をどうやって手に入れたか思い出したようで、慌てた様子だ。
「皆様、重ねてお願いしますが、くれぐれも積荷には触らんでくださいよ。どれも高価で、貴重な品々なのですからな」
「はっ、だと思ったぜ。ヴァネッサの持ち物買い漁ってやがったか」
「ダークエルフが旅に必要としてる品々にお目に掛かる機会など、人間の市場では滅多にありませんからな。それに、店先に並んだ品を買い求めることが犯罪でしょうか? 否でしょう、Mr.ヴァンクリフ、一度買い上げた以上、元の所有者など無関係ですぞ」
そう、アーサーはただ見せに並んだ商品を買ったに過ぎず、代金を支払った以上、現在の持ち物は彼だ。アイリスが丁寧に頼んでみても、アーサーは実にあっさりと断った。
「どうしてもです? 返してあげてもらえませんです?」
「無理ですな、いくらお嬢さんであっても難しい頼みですよ。Mr.ヴァンクリフも、まさか野盗のように、力尽くで奪ったりは致しますまい?」
馬車を貸してやっている上、ある意味アーサーも命懸けに付き合わされている。すでに譲れるだけ譲っているのだ、頭を垂れる理不尽にも限度というものがあり、非もないのに踏み込むつもりなら諸共沈む、そんな意志をアーサーは臭わせていた。
実際に行動に移せるかの気概があるかは別にして、砦の門で寝返られれば潜入云々が足元から崩れてしまい、レイヴンも流石にこれ以上の脅しはかけられなかった。
――と、
「……アイリス様、もう充分です」
ぽつり、ヴァネッサが感謝を呟いた。
「これらの品は確かに私の物ですが、それを証明することは出来ません。私がいくら主張したところで、商人からすれば、言いがかりの難癖にしか聞こえないでしょう」
「ほほぅ……、流石はダークエルフのお嬢さんですな、実に賢い。わたくしの真意を理解していただき、感謝しますぞ」
なんとか粘りきった。アーサーはきっとそう思ったろうが、得意になれるのはヴァネッサの浮かべた薄ら笑いを見ていないからだ。
「アーサー……と言ったか。ここにある薬草をみるに、かなり熱心に集めているようだのう」
「えぇ万能薬の製造には薬草が必須ですからな。大変な手間と、大金が掛かっておりますが、全てはより良い商品をお客様に提供するため、所謂一つの必要経費というものですよ」
「ふぅむ……つまり、馬車に積んである物は、全て主の所有である……。そう考えて良いのかのう、アーサーよ」
「はっはっはっ、当然ですぞ」
「では――主を殺さねばならぬのう」
ヴァネッサは、先程アイリスが割ってしまった瓶の中身を摘まみ上げると、そのにおいを嗅いでいた。なんだか黒ずんだ、毒々しい葉っぱである。
「これはまた……唐突に物騒ですな、お嬢さん…………。ダークエルフは亜人の中でも知的なのではなかったですかな、まるで野蛮人のような物言いは似合いませんぞ」
「主が人間の法に従うように、吾は一族の掟に従うまで。アーサーよ、主が持っているこの《黒曜の葉》は吾等ダークエルフの禁足地にのみ自生している薬草なのだ、手にすることが許されるのは一族の中でも族長に許された者のみ、そして、許可無く《黒曜の葉》を扱えば厳しく処分する掟となっている」
アーサーはいつの間にか、語るに落ちていたのである。手綱を握る彼の手は汗で湿り、ヴァネッサの言う処分について考えていた。大小、そして人種を問わず、部族が定めた掟破りへの処分というのは必ずと言っていいほど重い。
その所為か、しばらく経ってもアーサーは黙りを続けていたので、レイヴンが質問を投げた。まぁどうでもいい質問だが、黙って車輪の音を聞いているよりかはマシだ。
「なぁヴァネッサ、きんそくちって何だ?」
「勝手に入っちゃいけない場所って意味ですよ、レイヴン」
教えてくれたのはアイリスだった、彼女も話に加わりたかったらしい。
「とにかく大切な土地という事ですね、聖地とか、聖域って言い換えたら分かりやすいかもです。ダークエルフの皆さんは、ここからずぅ~っと、ずぅ~~っと北にある森に、里を作って暮らしてて、禁足地もその森の中にあるんですよ。見渡す限り立派な黒っぽい葉の大樹で埋め尽くされててですね、夜は不気味なんですけど、お日様が高く昇るとキラキラ光ってとってもキレイなんです」
「……よく御存知ですね、アイリス様」
「えへへ、じつは、私も北部の生まれなんですよね~」
話が逸れてしまう気がして、レイヴンは早々に話題を本筋に戻す。
「ウェリントンはよそ者が持ってちゃならない品を持ってる訳だ。……それに対する罰は?」
「里から遠く離れた森に縛り付ける」
「……それが、一番重い罰なんです?」
ヴァネッサの説明だけを聞けば軽いものに思えるだろうが、よく考えてみてほしい。鬱蒼と深い森の中に縛られて放置、待っているのは二択である。
つまり飢えて死ぬか、獣の飢えを満たすかだが、合点がいったアイリスは、あっけらかんと頷くのだった。
「生きたまま食べられちゃうなんて痛そうですね、レイヴン」
「まぁ、罰だから当然だろ」
「付け足しておくと、ただ縛り付けるのではなく準備があってのう、森に入る前に全身の生皮を剥ぐのだ。……どうした小僧、顔色が悪いのう」
「想像しちまった、聞いてるだけで寒気がする。一ミリ、一ミリ、剥がされていくなんて、さぞ苦痛なんだろうなぁ」
痛みなんてのは誰だって遠慮したいものだと、大仰にレイヴンが言えば、ヴァネッサの口元はあくどい笑みを刻んだ。
この内容をよく聞かせておきたい相手は、未だに黙りを続けている。
「――風がそよぐだけでも激痛が走るからのう。執行人がこれまた皮剥が巧い奴で、絶対に気絶させないのだ。吾も数えるほどしか覚えておらぬが、罰を受けたものは誰も彼も、喉がつぶれるまで痛みに泣き叫んでいたよ」
「ええ、ええっ、わたくしも聞き及んでおります、あなた方の……独創的な習慣について」
久しぶりに発したアーサーの声は、明らかに怯えていて、彼も、二択の末路を想像してしまったのが簡単に予想できた。
その割に、往生際が悪い。
「……しかしですな、我々のような大人にはともかく、アイリスさんのように、可憐なお嬢さんの耳に入れてよい話題ではないでしょう。――お嬢さんも、そうは思いませんか?」
「けれど、仕方ないんじゃないです?」
にべもなく、そして純粋に放たれたアイリスの言葉を、アーサーは聞き間違いかと疑った。助け船が出ると期待していたのだろうが、そもそも龍の価値観で世界を見ているアイリスに救いを求めるのが間違いであり、思わず振り返っているアーサーに向けて、彼女はさらに純朴な瞳で続ける。「だって、悪いことしたんですよね?」と――。
「んん~……いえ、わたくしの意見としましてはですな……」
舌を回すだけドツボ、とっくにアーサーはどん詰まり状態なのである。
レイヴン達への協力を断ればズドン、
潜入に失敗してもズドン、
よしんば、万事成功してもダークエルフの掟に裁かれ獣の餌で、言うまでもなくこれが一番最悪で、完全に詰んでいた。しかしだ、こんな時でも機転を利かすのが優秀なセールスマンであり、総合的な収支を瞬間的に計算したアーサーは、逆転の手を閃くのだった。
「あぁ……思い出しまたぞ、ダークエルフのお嬢さん!」
「結構だ、今更聞くことなどないからのう。《黒曜の葉》を持っている、吾にはこの事実だけで充分だよ」
「いえいえ、重大な思い違いをしております」
わざとらしく、アーサーは引き下がらない。
「まずは謝罪を。わたくしの記憶違いで、貴女を混乱させてしまったようですので」
「記憶違い、とな?」
「その通りです、ご覧の通り商品のほかにも多くの荷を積んでおりますもので、わたくしの持ち物と、偶然拾った物が混ざってしまったようです。落とし主が困っているだろうと保管しておいたのですが、その事をすっかり忘れておりました。いやはや年はとりたくないものですな、はっはっは」
快活に話を続けているが、嘘八百であることは明らか。この程度のデタラメならばアイリスでも見抜けるはずだ……、ハッとした笑顔を浮かべているが、たぶん見抜いただろう。
対して、ヴァネッサは変わらずあくどい微笑みを湛えたままである。
「だとすると、吾も詫びなければならぬのう」
「《迷い人に手を差し伸べよ》とは聖女様のお言葉です。この言葉をモットーにわたくしは商売をしておりますからな、人間でなくとも放ってはおけないのですよ。そこで提案なのですが、その《黒曜の葉》をお預けしたいと思います、勿論、貴女の荷物一式と一緒にお渡ししますぞ?」
「ほほう、なんと太っ腹な!」
「大したことではありませんぞ、貴女もまた迷い人なのですからな。商人として、手を差し伸べるのは、至極当たり前のことです。……これで、誤解は解けましたかな、お嬢さん?」
「うむ、完璧にのう」
実に見事、やるものである。
銃突きつけて奪うのは容易くレイヴンも得意なところだが、無血ですべて取り返したヴァネッサの口車は、まるでくだらない井戸端会議を終えた婦人のような気軽さで取り返した装備を身につけていく。
「狡賢い女」
「ふふ、主から褒められるとはのう、小僧」
レイヴンは皮肉のつもりだったが、これもヴァネッサが上を行く。
口の巧さじゃ勝負にならず、そもそも時間が経つにつれて会話は途切れがちになっていった。車輪が一つ廻るたび、轍を前へとなぞるたびに、静かな緊張感が高まりを見せる、顔に出しているのはアイリスだけだったが、レイヴンもヴァネッサも、それぞれ沈黙して事態に備えていた。
それから数十分か、それとも数時間たった頃、ガタガタと歌う箱馬車にアーサーが割り込んできた。
「……Mr.ヴァンクリフ、もうじき砦に到着しますぞ」
それを聞いたレイヴンは、ただ頷いてヴァネッサに目配せすると、馬車の扉を開けて身を乗り出し、追従してきている愛馬のシェルビーにかすれた口笛で合図を出す。ヴァネッサも同じように自分の馬に合図を出すと、賢い二頭の馬は、道を外れて暗闇の中に姿を消していった。
「これでシェルビィは安心ですね、レイヴン」
「あぁ、あとはこっちが上手くいくかだ。――ヴァネッサ、準備は?」
「万事整っている、アーサーの手腕に期待するとしようかのう」
できる限り撃合いは避けたいのがレイヴン達の本音だが、銃爪を引く用意をしておいて損はない。希望通りに物事が進むなんてのはあり得ないと考えるくらいでないと、いきなり横っ面を殴られることになり、外は、予想外の事態になっているようだった。
馬車が静かに停車し、レイヴン達は見つからないよう息を殺した。
だが、アーサーはまるですべてを台無しにするように、彼らを呼んだのである。その声は、明らかに戸惑っていた。
「Mr.ヴァンクリフ。……誰もおりませんぞ。門番がおりません」
何を馬鹿なことを言っているんだと、レイヴンは撃鉄起こした拳銃を抜きながら、そっと窓の外をのぞく。見えるのは砦の外壁だが、確かに門番の姿はなく、気配の一つも感じない。彼はゆっくりとヴァネッサの方を振り返った、気配には彼女の方が敏感なのだが、ヴァネッサも同じく何も感じ取れていないようである。
「……馬車を、進めますかな?」
「道具屋の近くに停めてくれ、あそこなら気づかれにくい」
「かしこまりましたぞ」
アーサーが馬車を動かし、砦の門をくぐった。
その門が、地獄への入り口だとは誰も気がつかないままに…………
荷を積んでも比較的スペースに余裕があり、同時に人間も運ぶことが出来る。……が、どうやらアーサーの馬車は荷を積むことに重きを置いていたようで、客席は狭いことこの上なく、男一人と女二人を乗せたらすし詰めも良いところだった。
手段を選べぬヴァネッサでも、流石に苦言を溢す程度に。
「馬車を使って忍び込むのは妙案だがのう、小僧。流石に少し窮屈ではないか、これは? アイリス様をこんな箱に詰込むなど……」
「砦に着くまでだ、辛抱しろよ」
「わたしは気にならないですよ、ヴァネッサ。珍しい物もたくさんありますし。――ほらほらレイヴン、見てください! この瓶ヘンな液体が入ってます、薬草の漬け物みたいです!」
「お嬢さん、あまり触らんでくださいよ? 荷台に積んでるのは万能薬を作るのに必要な、滅多に手に入らない品ばかりなんで――」
ガチャン――
馬車が跳ねるのと一緒に、アイリスの手から硝子瓶が跳ねて落ちた。
「あっ……、ご、ごめんなさいです……」
「…………もう、触らんでください。お願いしますよ?」
きっと渋い顔をしているだろうが、アーサーは気を取り直したように話を変えた。
「……どうも貴方達は大変な災難に見舞われたようですな、Mr.ヴァンクリフ。ですが、わたくしは信じておりましたぞ、彼等の話を聞いた時から怪しいと思っておりましたとも、貴方は酷い濡れ衣を着せられているのだとね。金髪のお嬢さんも、それから蒼肌の貴女もね」
「はいはい、黙って手綱握ってろ」
脅迫して……もとい、友好的対話によって貸与された箱馬車は、夜道をイザリス砦へと駆けていた。レイヴン達がいるのはアーサーの馬車の中。ガタガタと車輪が鳴り、一緒に積まれた《貴重な材料入りガラス瓶》も喧しいのに、一人、外の卸者席にいるアーサーの声は良く届いてくる。前後左右によく通る声だ。
「しかし、砦に戻りたがるとは分かりませんな。濡れ衣とはいえ皆さん追われる身でしょう」
「色々事情があるんだよ。それより、自分の心配しとけ。潜入出来るかどうかはお前の弁舌にかかってるんだからな、人を騙すのはお前の十八番だろ」
「そう期待を寄せられましても、商品の仕入れの為に町を離れると言って出て来たのです。どう説明しても疑われるのは必至ですぞ、Mr.ヴァンクリフ」
「しくじらない方がお前の為だ。バレた瞬間、ケツの穴が増えるぞ」
馬車の前面に取り付けられた小さな窓に拳銃握って手を突っ込めば、アーサーの尻がどんな未来を辿ることになるか、その直前まで教えてやることが出来る。
と、レイヴンは一通りの脅しを掛けてから拳銃を握った手を引っ込めて、窓を閉めた。砦に着く前に、アーサーの耳に入れたくない、内緒話を済ませておく必要があるのだ。潜入が上手く進んだとしても、魔具は恐らくサイモンの傍にあるだろう。すんなり盗み出すのが理想だが、計画は計画、理想は理想に過ぎず万事が快調に進むなどと、レイヴンは考えていなかった。
なにしろ急ごしらえの計画に、間に合わせの装備しかない。せめて相手の戦力がどれ程のものかくらいは把握しておかなければ闘いようもない。
雇われている用心棒、それから銃の数も気になるが、最も警戒が必要なのは……
「魔具の数だ。サイモンはいくつ魔具を持ってる」
簡単な質問である。しかし、ヴァネッサの唇は真一文字に結ばれた。
「そんなに難しい質問です? でしたら、貴女が奪われた魔具だけでも教えてほしいです」
「そうだな。最低いくつか、それでハッキリする。化物から引っぺがした首飾りで一つ、残りはヴァネッサが元から持ってた分だな、何個持ってたんだ? 一つか、二つか?」
口を噤もうにも、ヴァネッサの向かいには彼女が信奉するアイリスがいる。どうやったって嘘など付けず、沈黙もまた罪となり、ようやく口を開いたヴァネッサの声は、恥と自責に満ちていた。
「……六つだ」
「冗談だろ」
レイヴンから、流石に文句の一つも零れる。
魔具一つであれだけ苦労したのに、都合七つの魔具がサイモンの手元にある事になるなんて、考えてもいなかった。魔具なんて容易く手に入るものではないから、多くても三つがサイモンの持ち札だと思っていたからだ。
「こいつは大罪だな」
「レイヴン、彼女を責めても事態はよくならないですよ?」
そんなのは言われなくても分かっているが、皮肉の一つも言いたくなる。世界を救うだなんだと言いつつ、破滅に手を貸しているような状況なのだから。
「魔具の危険性はよく知ってる筈だよな。なのにいくつも抱えたまま旅してるなんて、間抜けとしか言いようがないだろ。政府の組織内で動いてるなら、本部に送るとかやりようはあったはずだ」
「主に指摘されるまでもない、吾も元よりその予定だったのだからのう」
「ほぅ……、納得のいく説明聞けるんだろうな」
「指定の場所に連絡員が現れなかったのだ、問題に巻き込まれたか、《教団》の妨害に遭い殺されたか、何が起きたのかまでは知らぬが、魔具の性質上、人間の手に預ける郵便は使えぬし、致し方なく吾が運んでいた。その道中でイザリス砦にまつわる噂を聞きつけてのう、魔具との関係性を調べに行って……このザマだ」
「行きがけの駄賃を掴むどころか、馬鹿を見たって訳か」
「……我ながら、不甲斐なさに怒りを覚えるのう」
悔しさ滲む自嘲を呟くヴァネッサである。
ところが、レイヴンが笑い飛ばしてやる前にアイリスが頓狂な声を声を上げた。先刻受けた忠告はどこへやら、今度も何かを見つけたらしい彼女は、レイヴンの両足の間に手を突っ込んで座席の下を弄り始めた。
「お、おいおいアイリス、何処触ってんだ」
「ご心配なくです、顔は近いですけど、触ってませんよ。なにか、光る物が見えたもので……あっ、何か固い物が指先にぃ……はい、掴みました! これは…………腕輪です?」
窓から忍び込んだ月明かりが輪郭を舐めた銀の腕輪、その一見何の変哲も無い飾りに、レイヴンは眉を吊り上げた。
「ん? ヴァネッサ、こいつはお前のじゃねえか?」
「なんだと? ――アイリス様、拝見してもよろしいですか」
「はい、どうぞ」と気軽に差し出された腕輪を、恭しく受け取ったヴァネッサが、それが自身のものか見極めるのに時間はかからなかった。本物なら魔術が込められた魔力弓なのだ、彼女が手にして気が付かないはずがなく、指先で触れた次の瞬間に、彼女はこの腕輪が自分の持ち物だと確信していた。
「うむ。この術式、間違いない。これは吾の魔術具だ、しかし……何故こんな所に……」
「聞いてみりゃいい。――おいウェリントン、この腕輪どうやって手に入れた」
「腕輪ですと? わたくしの持ち物に、そのような品はなかったと思いますが」
とくにとぼけている様子はないが、二人が話している間にアイリスは狭い荷台内で無理やり身を捩って、レイヴンの足元から、これまた腕輪がはみ出していた包みを、無理やり引っ張り出して解いていた。
「見てくださいレイヴン、他にも色々ありますよ。小さなナイフがたくさん、これもヴァネッサのですよね? それから~薬草? みたいのとぉ……、ん? ヴァネッサ、これはなんです? どうして石ころを瓶に入れてるんですか?」
「あぁ……特に意味はありませんアイリス様、ただの石です」
「ふぅーんです、ヴァネッサも変な事するんですね」
アイリスはまだ気になっているようだったが、まぁ、知らない方が良いこともあり、レイヴンも余計な事は口にしなかった。……と、いうよりも、他の話題が車窓から飛び込んできたので、自然と其方に耳が傾いていた。
発信源は、アーサーである。どうやら、腕輪をどうやって手に入れたか思い出したようで、慌てた様子だ。
「皆様、重ねてお願いしますが、くれぐれも積荷には触らんでくださいよ。どれも高価で、貴重な品々なのですからな」
「はっ、だと思ったぜ。ヴァネッサの持ち物買い漁ってやがったか」
「ダークエルフが旅に必要としてる品々にお目に掛かる機会など、人間の市場では滅多にありませんからな。それに、店先に並んだ品を買い求めることが犯罪でしょうか? 否でしょう、Mr.ヴァンクリフ、一度買い上げた以上、元の所有者など無関係ですぞ」
そう、アーサーはただ見せに並んだ商品を買ったに過ぎず、代金を支払った以上、現在の持ち物は彼だ。アイリスが丁寧に頼んでみても、アーサーは実にあっさりと断った。
「どうしてもです? 返してあげてもらえませんです?」
「無理ですな、いくらお嬢さんであっても難しい頼みですよ。Mr.ヴァンクリフも、まさか野盗のように、力尽くで奪ったりは致しますまい?」
馬車を貸してやっている上、ある意味アーサーも命懸けに付き合わされている。すでに譲れるだけ譲っているのだ、頭を垂れる理不尽にも限度というものがあり、非もないのに踏み込むつもりなら諸共沈む、そんな意志をアーサーは臭わせていた。
実際に行動に移せるかの気概があるかは別にして、砦の門で寝返られれば潜入云々が足元から崩れてしまい、レイヴンも流石にこれ以上の脅しはかけられなかった。
――と、
「……アイリス様、もう充分です」
ぽつり、ヴァネッサが感謝を呟いた。
「これらの品は確かに私の物ですが、それを証明することは出来ません。私がいくら主張したところで、商人からすれば、言いがかりの難癖にしか聞こえないでしょう」
「ほほぅ……、流石はダークエルフのお嬢さんですな、実に賢い。わたくしの真意を理解していただき、感謝しますぞ」
なんとか粘りきった。アーサーはきっとそう思ったろうが、得意になれるのはヴァネッサの浮かべた薄ら笑いを見ていないからだ。
「アーサー……と言ったか。ここにある薬草をみるに、かなり熱心に集めているようだのう」
「えぇ万能薬の製造には薬草が必須ですからな。大変な手間と、大金が掛かっておりますが、全てはより良い商品をお客様に提供するため、所謂一つの必要経費というものですよ」
「ふぅむ……つまり、馬車に積んである物は、全て主の所有である……。そう考えて良いのかのう、アーサーよ」
「はっはっはっ、当然ですぞ」
「では――主を殺さねばならぬのう」
ヴァネッサは、先程アイリスが割ってしまった瓶の中身を摘まみ上げると、そのにおいを嗅いでいた。なんだか黒ずんだ、毒々しい葉っぱである。
「これはまた……唐突に物騒ですな、お嬢さん…………。ダークエルフは亜人の中でも知的なのではなかったですかな、まるで野蛮人のような物言いは似合いませんぞ」
「主が人間の法に従うように、吾は一族の掟に従うまで。アーサーよ、主が持っているこの《黒曜の葉》は吾等ダークエルフの禁足地にのみ自生している薬草なのだ、手にすることが許されるのは一族の中でも族長に許された者のみ、そして、許可無く《黒曜の葉》を扱えば厳しく処分する掟となっている」
アーサーはいつの間にか、語るに落ちていたのである。手綱を握る彼の手は汗で湿り、ヴァネッサの言う処分について考えていた。大小、そして人種を問わず、部族が定めた掟破りへの処分というのは必ずと言っていいほど重い。
その所為か、しばらく経ってもアーサーは黙りを続けていたので、レイヴンが質問を投げた。まぁどうでもいい質問だが、黙って車輪の音を聞いているよりかはマシだ。
「なぁヴァネッサ、きんそくちって何だ?」
「勝手に入っちゃいけない場所って意味ですよ、レイヴン」
教えてくれたのはアイリスだった、彼女も話に加わりたかったらしい。
「とにかく大切な土地という事ですね、聖地とか、聖域って言い換えたら分かりやすいかもです。ダークエルフの皆さんは、ここからずぅ~っと、ずぅ~~っと北にある森に、里を作って暮らしてて、禁足地もその森の中にあるんですよ。見渡す限り立派な黒っぽい葉の大樹で埋め尽くされててですね、夜は不気味なんですけど、お日様が高く昇るとキラキラ光ってとってもキレイなんです」
「……よく御存知ですね、アイリス様」
「えへへ、じつは、私も北部の生まれなんですよね~」
話が逸れてしまう気がして、レイヴンは早々に話題を本筋に戻す。
「ウェリントンはよそ者が持ってちゃならない品を持ってる訳だ。……それに対する罰は?」
「里から遠く離れた森に縛り付ける」
「……それが、一番重い罰なんです?」
ヴァネッサの説明だけを聞けば軽いものに思えるだろうが、よく考えてみてほしい。鬱蒼と深い森の中に縛られて放置、待っているのは二択である。
つまり飢えて死ぬか、獣の飢えを満たすかだが、合点がいったアイリスは、あっけらかんと頷くのだった。
「生きたまま食べられちゃうなんて痛そうですね、レイヴン」
「まぁ、罰だから当然だろ」
「付け足しておくと、ただ縛り付けるのではなく準備があってのう、森に入る前に全身の生皮を剥ぐのだ。……どうした小僧、顔色が悪いのう」
「想像しちまった、聞いてるだけで寒気がする。一ミリ、一ミリ、剥がされていくなんて、さぞ苦痛なんだろうなぁ」
痛みなんてのは誰だって遠慮したいものだと、大仰にレイヴンが言えば、ヴァネッサの口元はあくどい笑みを刻んだ。
この内容をよく聞かせておきたい相手は、未だに黙りを続けている。
「――風がそよぐだけでも激痛が走るからのう。執行人がこれまた皮剥が巧い奴で、絶対に気絶させないのだ。吾も数えるほどしか覚えておらぬが、罰を受けたものは誰も彼も、喉がつぶれるまで痛みに泣き叫んでいたよ」
「ええ、ええっ、わたくしも聞き及んでおります、あなた方の……独創的な習慣について」
久しぶりに発したアーサーの声は、明らかに怯えていて、彼も、二択の末路を想像してしまったのが簡単に予想できた。
その割に、往生際が悪い。
「……しかしですな、我々のような大人にはともかく、アイリスさんのように、可憐なお嬢さんの耳に入れてよい話題ではないでしょう。――お嬢さんも、そうは思いませんか?」
「けれど、仕方ないんじゃないです?」
にべもなく、そして純粋に放たれたアイリスの言葉を、アーサーは聞き間違いかと疑った。助け船が出ると期待していたのだろうが、そもそも龍の価値観で世界を見ているアイリスに救いを求めるのが間違いであり、思わず振り返っているアーサーに向けて、彼女はさらに純朴な瞳で続ける。「だって、悪いことしたんですよね?」と――。
「んん~……いえ、わたくしの意見としましてはですな……」
舌を回すだけドツボ、とっくにアーサーはどん詰まり状態なのである。
レイヴン達への協力を断ればズドン、
潜入に失敗してもズドン、
よしんば、万事成功してもダークエルフの掟に裁かれ獣の餌で、言うまでもなくこれが一番最悪で、完全に詰んでいた。しかしだ、こんな時でも機転を利かすのが優秀なセールスマンであり、総合的な収支を瞬間的に計算したアーサーは、逆転の手を閃くのだった。
「あぁ……思い出しまたぞ、ダークエルフのお嬢さん!」
「結構だ、今更聞くことなどないからのう。《黒曜の葉》を持っている、吾にはこの事実だけで充分だよ」
「いえいえ、重大な思い違いをしております」
わざとらしく、アーサーは引き下がらない。
「まずは謝罪を。わたくしの記憶違いで、貴女を混乱させてしまったようですので」
「記憶違い、とな?」
「その通りです、ご覧の通り商品のほかにも多くの荷を積んでおりますもので、わたくしの持ち物と、偶然拾った物が混ざってしまったようです。落とし主が困っているだろうと保管しておいたのですが、その事をすっかり忘れておりました。いやはや年はとりたくないものですな、はっはっは」
快活に話を続けているが、嘘八百であることは明らか。この程度のデタラメならばアイリスでも見抜けるはずだ……、ハッとした笑顔を浮かべているが、たぶん見抜いただろう。
対して、ヴァネッサは変わらずあくどい微笑みを湛えたままである。
「だとすると、吾も詫びなければならぬのう」
「《迷い人に手を差し伸べよ》とは聖女様のお言葉です。この言葉をモットーにわたくしは商売をしておりますからな、人間でなくとも放ってはおけないのですよ。そこで提案なのですが、その《黒曜の葉》をお預けしたいと思います、勿論、貴女の荷物一式と一緒にお渡ししますぞ?」
「ほほう、なんと太っ腹な!」
「大したことではありませんぞ、貴女もまた迷い人なのですからな。商人として、手を差し伸べるのは、至極当たり前のことです。……これで、誤解は解けましたかな、お嬢さん?」
「うむ、完璧にのう」
実に見事、やるものである。
銃突きつけて奪うのは容易くレイヴンも得意なところだが、無血ですべて取り返したヴァネッサの口車は、まるでくだらない井戸端会議を終えた婦人のような気軽さで取り返した装備を身につけていく。
「狡賢い女」
「ふふ、主から褒められるとはのう、小僧」
レイヴンは皮肉のつもりだったが、これもヴァネッサが上を行く。
口の巧さじゃ勝負にならず、そもそも時間が経つにつれて会話は途切れがちになっていった。車輪が一つ廻るたび、轍を前へとなぞるたびに、静かな緊張感が高まりを見せる、顔に出しているのはアイリスだけだったが、レイヴンもヴァネッサも、それぞれ沈黙して事態に備えていた。
それから数十分か、それとも数時間たった頃、ガタガタと歌う箱馬車にアーサーが割り込んできた。
「……Mr.ヴァンクリフ、もうじき砦に到着しますぞ」
それを聞いたレイヴンは、ただ頷いてヴァネッサに目配せすると、馬車の扉を開けて身を乗り出し、追従してきている愛馬のシェルビーにかすれた口笛で合図を出す。ヴァネッサも同じように自分の馬に合図を出すと、賢い二頭の馬は、道を外れて暗闇の中に姿を消していった。
「これでシェルビィは安心ですね、レイヴン」
「あぁ、あとはこっちが上手くいくかだ。――ヴァネッサ、準備は?」
「万事整っている、アーサーの手腕に期待するとしようかのう」
できる限り撃合いは避けたいのがレイヴン達の本音だが、銃爪を引く用意をしておいて損はない。希望通りに物事が進むなんてのはあり得ないと考えるくらいでないと、いきなり横っ面を殴られることになり、外は、予想外の事態になっているようだった。
馬車が静かに停車し、レイヴン達は見つからないよう息を殺した。
だが、アーサーはまるですべてを台無しにするように、彼らを呼んだのである。その声は、明らかに戸惑っていた。
「Mr.ヴァンクリフ。……誰もおりませんぞ。門番がおりません」
何を馬鹿なことを言っているんだと、レイヴンは撃鉄起こした拳銃を抜きながら、そっと窓の外をのぞく。見えるのは砦の外壁だが、確かに門番の姿はなく、気配の一つも感じない。彼はゆっくりとヴァネッサの方を振り返った、気配には彼女の方が敏感なのだが、ヴァネッサも同じく何も感じ取れていないようである。
「……馬車を、進めますかな?」
「道具屋の近くに停めてくれ、あそこなら気づかれにくい」
「かしこまりましたぞ」
アーサーが馬車を動かし、砦の門をくぐった。
その門が、地獄への入り口だとは誰も気がつかないままに…………
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