ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第二話 イザリス砦に棲む獣

偽りの代償は高利なり Part.5

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 ――――見上げれば月が輝き、宝石をバラ撒いたように星々が輝いている。地平線から地平線へ、正しく満天の星空でいっそ触れられてしまいそうである。……いや、間違いなく触れられるはずだ、実際、砦からやってきた二人の男は、羽虫のように引き寄せられて、馬上からその輝きを見下ろしていた。

 荒野の夜に火を焚けば、どこからだって目に付くものだ。

「……おいあんた、ちょっといいかい」

 顔を見合わせてから馬上の男が尋ねると、たき火に当たっていた初老の男性は、警戒混じりにシルクハットを持ち上げて挨拶を返す。

「これはどうも。その出で立ちはぁ……イザリス砦の方々ですかな? こんな場所で夜分遅くに出会うとは、全く以て奇遇ですな、ハッハッハ!」
「俺達のこと知ってるなら話は早えや。ちょいと聞かせてもらいてぇんだ、昼頃、砦で騒ぎが起きてな、逃げた奴を探してる」
「なんと⁈ イザリスの町で問題を起こすとは許し難いですな」
「どうだい、怪しい奴を見かけなかったか?」

 再度尋ねられると、初老の男は茂った口髭がM字になるまで微笑んだ。顔がテカっているのは欲の油の所為だろう。

「はっはっは! いつ何時でも、鷹よりも鋭く周囲を見渡しておりますからな、わたくしに出会えたのは幸運ですぞ。当然、見かけましたとも。……しかしサイモン氏も災難でしたな、我が子同然の町を傷つけられて憤っておられるでしょう、わたくしとしましても、是非とも・・・・お力になりたいところで――」
「あぁぁ、もう充分だ……」
「――と、仰りますと?」

 笑顔を貼り付けたままで初老の男が首を傾げると、先程まで紳士的な態度を取っていた馬上の男達が態度を一変させた。闇夜の中でも眉間の皺がハッキリと見える。

「とぼけてると為にならねえってことだ薬屋、犯人の一人はテメェが使った拳銃遣いだ。小遣い目的でスカしてるつもりなら、あんたを引っ張っていってもいいんだぞ」
「……まぁよいでしょう、薬屋もまた商人には違いありませんからな。しかし、お気持ちは分かりますが言わせていただきます、わたくしは無関係ですぞ? むしろ、立場は貴方がたと同じ、被害者と言えるでしょうな。彼が悪人だと知っていれば声を掛けたりは致しませんでしたとも、えぇ、絶対に!」
「調子のいい奴だ、野郎のおかげで大層儲けたと聞いてるぞ」
「そういう見方もできますが、現実的ではありませんな。なにしろ、わたくしは彼の名前さえ聞いておらんのです。先日の商売繁盛は、わたくしの万能薬の効能が本物であり、かつ、砦にお住まいの皆様が賢い選択を成された結果に過ぎませんな。たかがか数十ドル、或いは百ドル支払うだけで理想的健康体が手に入ると考えれば、安い買い物ではありませんか、お金は又稼ぐことが出来ますが、一度損なわれた健康というのは、容易く取り戻せはしませんからね。人を救うことが罪だと仰るのならば、わたくしは喜んで裁かれましょう」

 初老の男はドンと胸を叩く。自信満々、行動の全ては、わき上がる善意に触発されたものであるとでも言いたげに。

「――ところで御二方。貴方がたがお探しの人物は、一体何をしでかしたのですかな? なにぶん、わたくしが砦を発ったのは今朝早くの事ですから、事件についてはこれぽっちも知らんのですよ」
「思い当たる節もないってか……?」
「まさか、昨夜のキャロルさん殺害、その犯人が彼だと? あぁ、なんと恐ろしい! 聖女よ、悪人の薬を与えてしまったわたくしを、どうかお許し下さいませ!」
「奴はキャロルさんを殺したダークエルフの女を連れて逃げた、処刑台で撃合いまで起こしてな。御託はいいから、奴らが何処へ逃げたか早く言え」
「ええ、勿論。勿論ですとも! このアーサー・クラップ・ウェリントンが悪人逮捕に協力致しましょう! 彼等は――」

 地平を指さすアーサーの姿はさながら銅像のように決まっていた、彼もその様に酔っていたことだろう。

「南西に馬を向けておりました」
「行き先に心当たりは?」
「いいえ。ですが、あのまま進めば大きな川が流れいたはずです。わたくしの記憶が正しければメヒカアナ王国との国境線だったと存じてますが」
「国境越えで逃げる気か……。よし追うぞ!」

 だが、拍車を掛けようとする男達をアーサーは逞しい商売魂で呼び止めた。

「おぉっと御二方、少々お待ちを!」
「なんだ、もうあんたに聞くことはねえよ」

 問答している間にも距離は離れていくばかり、そう焦る男達の気持ちなど露ほども受け取らず、アーサーは舌を回す。

「そう仰らずに、時間は取らせませんぞ。わたくし、御二方の正義感に感動致しました、そこでもう一つお力になれればと思いましてな。どうでしょう、通常の半額でわたくしの万能薬を販売致しますぞ、逃亡犯は万能薬を飲んでおりますからな、貴方がたにも必要になるでしょう」
「馬鹿を言うな、そんなものいらん。お前もすぐにこの州から出て行け、さもないと保安官事務所まで引き回してやるからな。――ハァッ!」

 かけ声一つで拍車を掛けると、男達は蹄を響かせ瞬く間に夜の帳へと姿を消した。目指すは南西、国境に流れる大河であるが、見送るアーサーは顎髭を一撫ですると冷めた素振りで首を振った。

「……やれやれ、交渉も商売のイロハも、それどころか礼儀作法の一つさえ分かっておらんですな、これだから西部の人間はミノタウロスとどっこいの野蛮人だと言われるのだ。次はもっと都会的な町へ赴くとしましょうか、商売の機会に溢れ無学な人間に悩まされる事の無い、大都市へ。そうですなぁ、例えば――」

 ――がちり

 一人演説をうっていたアーサーが、またしても銅像のように固まった。今度は自慢の髭の先までカッチカチ、不快なクリック音と、冷め切った、固い金属の感触を背中に押し付けられれば口元だって引き攣る。

 それでもまだ舌を回すのだから、そこだけは大した物だろう。

「んん……、どなたかは存じませんが、賢い選択とは言えませんぞ。どうでしょうか、ここは一つ冷静に話し合ってみるというのは。まずは……あぁ、貴方の要求を伺いましょう。本日はどういったご用件で?」
「馬車を貸して貰おうか、詐欺師さんよ」
「むっ? この声は……」

 自然に上げていた両手を下ろし、慎重に振り返るアーサー。彼がじわじわと視界に収めたのは、見覚えのある、呆れ笑いを孕んだ黒髪の拳銃遣いであった。

「馬車を……ですかな……? 行き先は一体……」
「イザリス砦だ、あんたにも付き合って貰うぜ」

 どれだけ髭で覆っても背筋を走る寒気は防げない、無表情のアーサーは一体何を思ったのだろうか。

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