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第二話 イザリス砦に棲む獣
偽りの代償は高利なり Part.4
しおりを挟む「世界を……救う、です…………?」
突飛も突飛。アイリスは口をぽっかり開け、レイヴンは眉根を寄せて続きを待った。
と、その前に――。
見慣れてしまったとはいえ、流石に裸のままでは寒かろうとレイヴンはコートを持ってきてアイリスに羽織らせてやった。背中から生えている翼が邪魔でキチンと肩を覆うのは難しかったが、無いよりはマシだろう。
「しかし、どこから話すべきでしょうか。なにぶん長い話になるものでして」
「随分大きく出たもんだが、こっちは他人の都合に首突っ込んで吊られようとしてるんだ、全部聞いときてえな」
「えぇっとです……。一つずつで構いませんよ、ヴァネッサ。手始めとして、まずは貴女が魔具を追っている、その理由を教えてはくれませんか」
木は根っこが生えなければ育たない、話題の花を咲かせるには土台固めからである。
「かしこまりました。アイリス様、魔具は魔力を帯びただけの道具ではないことは御存知かと思います。魔具とは、遙か昔にこの世界へと堕ちてきた悪魔、一説には邪悪なる龍の魂の欠片、それが生命の持つ意志により形と力を持った物だと言われています」
「ええ、知っていますよ。レイヴンにもこのお話はしましたよね」
レイヴンは小さく頷きを返した。
「――それで?」
「一度は聖女によって砕かれた邪龍の魂ですが、欠片となっても魔力は衰えておらぬのです。欠片とは、つまり元は一つの塊であった物、そしてその欠片同士は引き合い、再び元の形に戻ろうとしているのです、まるで傷を癒やすようにして」
「けれど、どうやってです? いくら魔力があっても魔具は自分で歩けませんよね」
足がある訳でなし、魔具が――いや邪龍の魂の欠片が勝手に移動など出来るはずがない。レイヴンも同意するところだがしかし、アイリスの意見は簡単に否定された。
「生き物に運ばせるのです、アイリス様。魔具はその所有者に語りかけることもあるそうで、特に強い欲望を持つ人間はその言葉に操られやすいと聞いています。サイモンが私から魔具を奪ったのも、その影響かと」
「彼も操られているんです?」
「本人に自覚があるかは分かりかねますが、恐らくは。元よりサイモンには砦の支配に関して、強い願望があったようです。その欲が、魔具によって強まったのでしょう。魔具の力に触れたことで集めれば願いが叶うと、そう信じるようになっているかもしれません」
財力であり暴力であり。何事も、願いを叶えるには種類を問わない力が必要だ。操るべき力に操られるなんてのは本末転倒な話だが、似たような形で身を滅ぼす奴が多いのも又事実で、アイリスは心配そうに伺いを立てた。
「……レイヴン、操られてます?」
「素直に訊いて頷く奴がいるのか、その質問」
「うんうん、この皮肉はレイヴンそのものですね、大丈夫そうです」
にこやかな笑みが釈然としないが、話の腰を折っても仕方がない。結局、舵取りは自分がする羽目になるのかと首を振り、レイヴンは話を戻した。
「魔具同士がくっつこうとしてるってのは分かった。だがくっついて何が起こる、邪龍が復活でもするのか?」
冗談半分、からかい半分だった。なのに、ヴァネッサのどこか恐怖さえ感じているような眼差しは、レイヴンから僅かに浮かんでいた皮肉笑いさえ取り去ってしまう。
「…………その通りだ、小僧」
空気が、少し冷たくなったような気がした。「馬鹿馬鹿しい」とは言ったもののレイヴンの口元は固い。
「邪龍や聖女なんて、お伽話の存在だろ。そんなもの信じてるなんてな」
「主がそう思えるのは幸せなことだぞ。大規模な失踪事件や気象異常、魔具が関係している事件はここ数年で増えてきているのだからのう」
「……耳にした憶えはねぇな」
「それで良いのだ。人間の耳に入れば大騒ぎになるのは明白、故に事前に事態を収拾し、魔具を回収、そして封印するのが吾等の役目だからのう」
アトラス共和国は、そもそも国としては若い。欧州、そして南アトラス大陸の植民地が独立し、併合し、独立戦争、そして北部南部を分けた内戦まで含めても、まだ百年と経っていない子供の様な国家であり、北軍の勝利により再び国がまとまったとはいえ、軋轢はまだ色濃く残っている。そんな油を撒いたような内勢の中に、魔具などというマッチを落とそうものなら、あらゆる混乱が再発することだろう。
事前に火消しに走るのはきっと正しい判断なのだろうが、アイリスは小首を傾げていた。
「吾等……と、いうことは、ヴァネッサの他にも魔具を集めている人がいるんですか?」
「はい。私の他にも、大勢の者がこの使命をおい、アトラス大陸、ひいては世界中を飛び回り魔具の回収に当たっております。最近では吾等の他にも魔具を集める勢力があり、彼奴らより先んじる必要があるのです」
その存在を殆ど知られていない魔具を集めている者どもがいる。
よく考えなくてもおかしな話だが、ヴァネッサの言葉には説得力があり、レイヴン達は耳を傾けるばかり。
「邪龍を信仰し、そして復活を目論む者ども。一人の魔女を首魁とした《教団》と呼ばれる彼奴等は、邪龍の力を蘇らせ世界を我が物としようとしているのです。邪龍復活の時、それが即ち世界の終焉だともしらずに。私達は、その企みを阻止する為、雇われているのです」
「雇われだと? 世界を救う為にダークエルフ雇い入れるなんてのは、どこ間抜けだ」
「この国だよ、小僧。吾等はアトラス大統領から、密にこの使命を授かっている。アイリス様に尋ねられなければ、墓まで持って行くべき秘密だ」
これにはレイヴンも目を丸くした。邪龍云々よりも現実的な分、寧ろ驚きは強かったかもしれない。人間に迫害され続けているダークエルフ族が、人間政府の元で働いているなんて。
「ちょっと待てよ。じゃあ何か、お前は法執行官でもある訳か?」
「ふっ、いいや、特別な権限など皆無だよ。吾は所詮、末端に過ぎぬからのう」
「……これは、驚きましたねレイヴン」
だが、彼はまだ納得していない。首を立てに振るにはあまりに荒唐無稽すぎる。
それに――
「仮に、仮にだ。ヴァネッサの言ったことが事実として、お前が、その《教団》の側に付いていないとは言えない訳だ。世界が滅ぼうが知ったこっちゃねえが、馬鹿丸出しで弾を込めるのは御免だ、お前がその悪者じゃねえって証拠でもあるのか」
「……主に示せる物など何一つして持ち合わせておらぬ。吾が示せるのは、龍への厚き信仰のみ。主にいくら疑われようと構わぬよ、元よりこれは吾の使命だ、助けがなくとも成し遂げねばならぬ」
「生憎と、目に見える物しか信じない主義でね」
「用心深い、主らしいのう」
そう言ってヴァネッサは弱く笑った。
納得させる証拠を示せない以上、話は決裂。覚悟を決めた彼女はゆっくりと立ち上がり、アイリスに深く頭を下げた。
「それでは失礼いたしますアイリス様。貴女の慈悲を賜れただけでも私は幸運です、どうか我が使命の無事をお祈りください」
「待ちなさいヴァネッサ!」
言い残し、立ち去ろうとしたヴァネッサを、もう一度アイリスが呼び止める。凛と背筋を伸ばし、崇められる彫像のように彼女は輝いていた。
「最後にもう一度問います、これまでの言葉に嘘偽りはありませんね?」
「もちろんです。アイリス様の御心とダークエルフの誇りにかけて誓いましょう」
心に誇り。
どちらも目に見えず、そして移ろいやすい代物だ。命を乗せた天秤の皿に釣り合う物かどうか、判断は難しいのだが、アイリスにはそれだけで充分だったようだ。
「レイヴン、やっぱり私は、彼女を手助けしてあげたいと思います」
「はぁ……アイリス、お前ってやつはお人好しが過ぎるぜ……」
「えへへ、そうかもです。きっと私を助けてくれた人の影響ですね」
そう言って、アイリスは屈託無く笑って見せた。とことんズルい笑顔であるが、無邪気なだけではない。
今度は、神妙な表情になる。
「それにです、私達はすごく重要な岐路に立ってるのかもしれませんよ? 数ヶ月先、数年先かは分かりませんが、世界が終わってしまうその瞬間に、あの時、行動していればなんて私は思いたくないんです。私は、レイヴンともっと一緒にいたいですから……」
いつものとぼけた顔とはちがい、アイリスの眼差しには静かな、それでいて力強い光が宿っていた。
あの眼付きをレイヴンはよく知っている、ドンパチやらかす前に銃を磨いていた仲間達の、腹を決めた輝きにそっくりだ。
「レイヴンはここで待っていてください、今度は私が頑張る番です。――さぁヴァネッサ」
「はい……、しかしよろしいでのですか、アイリス様……」
「私は、私の心に従うだけです。そこに良いも悪いもありません、行きましょうか」
決意も固く力強い足取りで、アイリスはもはや従者の様に振る舞うヴァネッサを従えて、洞穴から出ていく。振り返らず、シャッキリと顔を上げながら。
……それにくらべて。
自分はどうかと、後ろ姿を見送るレイヴンは自問自答せずにはいられなかった。利害で考え、行動する。危険だらけ、そして力だけが物を言う弱肉強食の西部にあって、明日の朝日を拝むのに必要な考え方だ。
だが……、頭でっかちの情けなさを覚えずにはいられない。
「あぁ~~、くそ……ッ!」
ぐるぐる回る思考をたき火と一緒に踏み消して、レイヴンは二人の後を追って洞穴を出ていた。女二人が戦いに赴くのに、後ろで手ぐすね引いて何が男か。
「あれ、レイヴン。お見送りです?」
「……俺も行く」
言葉少なくそう言ってやると、アイリスはパッと笑みを華やがせた。まぁすぐに肩を落とすことになるのだが。
「どっちに転ぼうが、任せっきりじゃ不安でしょうがねえ」
「えぇ~……心配とかじゃないんです?」
不安だし心配、レイヴンの気持ち的には半々である。視界の端に感じるヴァネッサの冷たい眼差しが気になるところだが、とにかく先に進むべきだろう。
「じゃあどうやって砦に入るつもりか聞かせてくれるか。見つかったら魔具取り返すどころじゃなくなるし、無関係の住民巻き込んで暴れる訳にもいかねえだろ、相手はサイモンとその部下だけなんだからな」
「そこまで言うからには小僧、妙案でもあるのだろうな」
アイリスと言葉を交すたび、ヴァネッサの眉間に皺が寄っていっている。あんなに鬼のような顔は、化物とやり合っていた時でさえ見せていなかった。
「逃げてる途中で面白いもんを見かけた、使えると思うぞ」
暴れるにしても相手が違うし、正面切ってやり合うよりも、背中から刺す方がヴァネッサとしても得意のやり方だろう。
レイヴンは不敵に口元を歪めるのだった。
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