ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第二話 イザリス砦に棲む獣

偽りの代償は高利なり Part.2

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「主は生真面目な男だのう、これは全て吾の装備ではないか」

 たき火に照らされるヴァネッサは、はんなりと岩に腰を下ろして艶やかに微笑んでいた。

「お前の持ち物はほとんど故買屋に流れてたんだが、誰の持ち物か町の連中は知ってたから、評判は悪かったらしい。鞍もそのままだ、中身は抜かれてたがな。……しかし、やられたなヴァネッサ、寄せ集めの用心棒に捕まるとは」
「寝込みを襲われた。化物との勝負で魔力を消耗しすぎ、ろくに動けもせなんだ」
「レイヴンと同じ症状ですね……、それよりもレイヴンってばお人好しです」
「うるせえな、ジャーキーかじってろ。これもやるから」

 自分の分も投げ渡してやると、アイリスはギザギザの前歯覗かせてニッコリ笑っていた。

「中身は諦めるしかあるまい、これ以上の贅沢を言えば罰が下るだろうしのう。しかし小僧――、これで全てなのか? 銀の腕輪と革袋はなかったか?」
「腕輪と革袋? ……ああ、そういや身に付けてたな。どっちも見なかった」

 だが、確か店には並んでいなかったはずだ。

「誰かに買われてしまったんじゃないです?」
「あり得るな、一見しただけなら普通の品物だ――そんなに大事な代物だったのか」
「うむ。腕輪もそうだが、あれは特別な袋だったからのう、失ったのは残念だ」
「思い入れがあったんですね……。レイヴン、どーして探してあげなかったんです」
「無茶言うなよ……」

 目に付いたヴァネッサの持ち物は限られた回収できるだけ回収してきた。感謝されこそすれ文句を言われる筋合いはないし、更に言えば、なんでアイリスに詰られなければならないのか。レイヴンは釈然としなかった。

「アイリスよ、吾は小僧に対して感謝しかないぞ? それにのう、袋が特別なのには違いないが、思い入れがあるのとは少し違う」
「……? どういう風にちがうんです?」

 口を滑らせた。
 唇撫でるヴァネッサはそう思っているのだろう。

「わたし、気になります!」
「うぅむ……まぁ、これくらいならば話してもよいかのう……。あの袋はベヒモスの胃袋を結い上げ魔術を掛けたものでのう、底なしに物をしまえるのだ」
「底なしに? それは……便利だな…………」
「しみじみ感がスゴいですね、レイヴン」

 そりゃそうだ。腰に提げられる大きさでいくらでも物が入るなんて、西部と言わず、世界中の旅人が欲しがるに決まっている。

「ふふふ、小僧は喉から手が出るほど欲しかろう。さて、と――」
「あれ? ヴァネッサ、どこへ? まだ休んでいた方がいいですよ?」

 立ち上がりは良かった。しかしアイリスが気にしたとおりヴァネッサの足取りは危うい、まず意識があるだけも驚きなのだ。一人では洞穴を出られるかさえ怪しい。

「ほらです、無理すると倒れちゃいますよ」
「…………分かっているよ、アイリス。しかし、吾は征かねば」
「大丈夫です! 追手が来たら、レイヴンと私でなんとかします。逃げるなら明朝にしましょうです、安全な所までお送りしますから。ね、レイヴン? …………? どうしたんですレイヴン、こわい顔です」
「乗りかかった船だ。と、言いたいトコだがなぁ……」

 殺人犯を逃がした以上、今となってはレイヴン達も追われる身、姿を消すなら途中まで送ってやるのにしくはないが……。

「――お前、砦に戻るつもりだろ」
「えぇッです! せっかく逃げ出してきたのに、なんでです⁈」
「俺に訊くなって。ヴァネッサに訊け、ヴァネッサに」

 九死に一生得た直後に、死地へ赴くその無謀。驚いた表情のままでアイリスが顔を向ければ、ヴァネッサは黙って洞穴の外を見つめていた。答えるつもりはないのだろう。

「じゃあ、代わりに俺が尋ねようか。…………使命、それが理由か?」
「…………」

 ヴァネッサは黙したままだった。頷きも頭も振らず、ただただ洞穴の外を見つめるだけ、それだけでも、レイヴンには充分だ。

「ふん。沈黙は肯定、だな」
「関わらぬ方が良い、主等の為にものう」
「使命……です? レイヴンは知っているんですか、彼女が背負う物について」
「知らねえし、興味も無い」

 拾った命をどう使おうが、ヴァネッサの勝手。
 どこへなりと行けばいい、死地へ赴こうが、地平の先へ逃げようが彼女の自由で、それに付き合うかどうかはレイヴンの自由である。……なのだが、すでに無関係ではないと、アイリスは言う。

「レイヴンは呑気です、まかり違えばレイヴンが処刑台に立っていたかもなんですよ」
「……俺が? 馬鹿な」
「むぅ~考えてもみてくださいです、ヴァネッサが疑われた理由を」

 思い当たるのは疑わし気を罰せよ、それから、彼女がダークエルフだからだ。確固たる証拠がないのに処刑にまで踏み切ったのには、他にも後ろ暗い理由があるかもしれない。

「まぁ、怪しいからだろうな。ダークエルフの一人旅ってのも胡散臭えし」
「そういう事はハッキリ言えるのだのう、小僧」
「口さがない性分でね」
「ふむ、都合の良い舌だのう」
「……お二人とも、続けてもいいです?」

 どうぞどうぞ、と二人は先を促した。

「レイヴンの指摘する通りに、ヴァネッサは怪しく見えます。けれどですね、私はそれだけじゃないと思うんです。選ばれたと言いますか、作為的な物を感じるんです」
「無理やり吊るされそうになってりゃそうだろ。…………あ」

 アイリスが気になっている作為、それが何を指すのかレイヴンもようやく気が付いた。

「至るのが遅いぞ、小僧」
「そうです、ヴァネッサが選ばれたのは彼女がダークエルフだからです。種族としても、外見としても目立つからなんですよ」

 黒髪の拳銃遣い、この外見に当てはまる人間は砦の中でも五十はいた。だが、ダークエルフとなれば一人きり、探し出すのはカラスの中に白鳥を見つけるくらいに容易だ。吊るすのが生け贄の羊なら、誰でも良かったというのなら――

「成る程な、ヴァネッサがいなきゃ、無実の罪で俺が代わりに吊るされてたって訳か」
「分かってくれましたです? レイヴンは、いいえ、私達も無関係ではないという事なんです、ふふんッ!」

 トラブルを片付けた直後に、泥沼行きの乗合船に乗ってしまった。つまりはそういう意味なのにアイリスは、自慢げな笑みを浮かべていた。謎を一つ解いてみせた、そんな自信が彼女からは垣間見えるが、だからといって砦に戻る理由にはならないだろう。

「えぇッ⁈ なんでです? レイヴンなら、なにくそーって怒るトコロだと思うんですけど」
「……そんなに短気に見えるか、俺って? まぁ嵌められかけたのは頭にくるが、何も起きてねえからな。戻った方がむしろ危ねえだろ、このまま逃げるが吉だ。――ヴァネッサ、お前も好きにしろよ」
「吾は元よりそのつもりだよ、小僧、主に助力を求むつもりなど毛頭ないさ」
「そんなのダメです――ッ!」

 ヴァネッサも思わずたじろぐくらいに、アイリスの声は泣き出しそうな悲痛さに満ちていた。独りであること、独りで成すこと、その寂しさは三者三様に身に染みているが、きっとアイリスは慣れていないのだ。

 誰かが孤独に向かっていくということに。

「……アイリスよ、気持ちは嬉しいがのう。やはり主等を巻き込む訳にはいかぬのだ」
「使命……です? それがなんなのかも、やっぱり秘密なんですか。どうしても一人で行かなければダメなんです? 教えてくれればレイヴンだって、きっと――」
「知れば主らにも危険が及ぶやも知れぬ、黙って吾を征かせてくれぬか」
「もう充分だろアイリス、俺達だって追われる身なんだ。他人の面倒見られる身分じゃねえって事を忘れてないか」

 下手をすれば、アイリスにも懸賞金が掛かっているかもしれないのだ。別の州へ渡れば追われることは無いとは言え、この州から脱するまでは安心など出来ない、訳の分からない他人の使命なんかに、関わっている時間が惜しい。

 向かうべきは一番近い州境がある西方だ。なのにアイリスは納得していないらしく、「ちょっとこっちに来てくださいです」と、レイヴンの袖を引っ張って洞穴の外に連れて行った。どうもヴァネッサには秘密にしたいようで、声を潜めながら。

「どうしても手を貸してはあげないんです?」
「秘密だらけの相手に手を貸すほどお人好しじゃねえし、納得できずに起こした行動は、必ず後で後悔を生むもんだ。それにアイリスにもやることあるだろう、お節介も程々にしとけ」

 アイリスはシュンと肩を落としてしまった。
 すこし、キツい言い方だったかもしれない。レイヴンは紫煙を燻らせながら続きを問う。

「……アイリスこそ、手を貸してやりたい理由は何だ。ヴァネッサが可哀想だとかは無しだぞ、あいつは望んで、一人で行こうとしてるんだからな」
「う~ん、可哀想とはちょっとちがって見捨ててはいけないと感じるんです。そう、私にも深い関わりがあるような、尻尾の付け根がそわそわする感覚です、分かります?」
 真剣に同意を求められても付いてない物の感覚は知りようもなく、レイヴンは肩を竦めるに留める。
「ようするに直感か」
「はいです。……これではレイヴンも不服ですよね」

 確かにすんなり飲み込めはしない。
 だが、予感や直感というのは中々どうして馬鹿には出来ないモノだ、特に悪い方向に傾く勘の類いってのは、何故か当たってしまう。レイヴン自身、自らの直感に助けれた経験もある、窮地にあって背筋の凍える思い程度で済んでいるのも、唐突な囁きに耳を傾けたからこそだ。

「いや、その手の勘は大事にしたほうがいい」
「それじゃあ――」

 と、口元華やかせるアイリスだが、気が早い。

「待て待て。アイリスよぉ、お前が自分の勘に従って動くなら、止めはしねえし、騎兵隊一個師団相手だろうが守ってやるさ。ただなぁ、俺の直感は、砦に戻るなと告げてんだよ」
「う~ん、つまりです。レイヴンの直感を説得できればいいんですね?」

 端的に言えばその通り、理論の天秤がアイリスの側に傾いたなら手を貸してやるのもやぶさかではない。しかし、そもそも相対する意見のぶつかり合いだ、納得させるのは至難である。だのに、アイリスは、我に策ありとにっこり笑った。

「不安になるねぇ……」
「ふふふん、先に戻っていてくださいです、レイヴン!」
「……まぁ、何をするにせよ、選ぶのはお前だ。好きにすりゃあ良いさ」

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