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第二話 イザリス砦に棲む獣
偽りの代償は高利なり Part.1
しおりを挟む自分でやった事とはいえ、よく無事だったと思わざるおえない。
砦から脱出しひたすらに馬を駆り続けた、駿馬二頭は風さえ抜き去り背後に迫る影は無し。追手は間違いなくかかっているだろうが、無理をして走り続けては先が持たない、逃げ切る為にはなによりも大切な馬を休ませてやる必要があった。
夕陽が世界を朱に染めるまで逃げ続けたのだから、乗り手にも休息は必要だ。
特に……アイリスには……。
「ひ……ヒドい目にあいましたです……」
逃げてる間中叫びっぱなしだったアイリスが、下馬した第一声がこれだった。慣れない人間の身体で、初めて一人で駆ける馬に乗り、乗りこなせないまでも最後まで馬上にしがみついていたのだから、まぁ褒めるべきかもしれない。
とりあえず座って休む事くらいは出来る、洞穴の中なら火をたいても、そうそう見つかりもしないだろう。
「腰が、お尻がイタイタです、シェルビィってば元気すぎですよ……」
「いいから手ぇ貸せ、こっちは怪我人なんだぞ」
アイリスも足腰立たなくなっているが、拷問されたヴァネッサの方が重症で、馬を下りるのさえ難儀していた。断られても手を貸さなければ、彼女は岩場に腰掛ける代わりに、未だに馬上に座ったままだったはずだ。
ものはついで、レイヴンは座らせたヴァネッサの手当をしてやった。
「痣は酷いが骨は無事だな」
「……すまぬのう、小僧。なんと礼を言えば良いのか」
「ありがとうって言えばいいんですよ、ヴァネッサ。あっ、また血が出てますよ」
「額の傷ってのは浅くても派手に血が出るからな。見た目よりは軽傷だ。心配しなくても暫く抑えてれば血は止まるさ」
ひとまず手当は終い。
レイヴンは医者でもなし、これ以上の手当もできない。
「まさか、主に二度も救われることになるとはのう。しかも馬まで取り戻してくれたとは」
「あんないい馬を砦で飼い殺すのは勿体ねえしな、まあ貸し一つってことにしておくさ」
「……ふぅむ、大きな貸しになるのう」
「早速返済の機会をくれてやるよ、まずは、服着てくれ」
「ふふっ、男に脱げと言われた事は数あれど、着ろ言われたのは数えるほどだのう」
「他人(ヒト)からからえる元気があれば充分だな、――ほらよ、お前の服だ」
と、横合いからレイヴンの手を掴む人物がいた。
「ストップ、ストップです! レイヴン、ストップですッ!」
包みを渡そうとしたレイヴンを止めたのはアイリスである、しかも結構強めの力で。
「も、もも、もしかしてですけどレイヴン、その洋服を彼女にあげるつもりです⁈」
「……いつまでも裸のままにはしておけねえだろ、目のやり場に困って話ンなんねえよ」
「うぅぅぅ……、でもぉ……、やっぱりダメなんです!」
まるで駄々っ子だ。
「なにをムキになってんだ、アイリス」
「もしや――」
湿布以外は全裸に等しい、なのに恥じぬヴァネッサは顎を撫でながら考えていた。願わくば、その右手は隠すべき場所を隠してもらいたいところであるが、彼女は気にする素振りもない。
「アイリスよ、主は龍を信仰しておるな?」
「エッ⁈ えぇっと、わたしはぁ……、そのぉ、ですね……」
当たらずとも遠からず、それとも、ヴァネッサは正鵠を射たのか。
どちらであっても、アイリスにとって答えにくい問いにはちがいはない。さっきまで子供みたいにむくれていたのに、彼女はしどろもどろになっている。
「ふっ、小僧。アイリスが拒むのは、龍を信仰する者だからこそだ。主は知らぬだろうが、龍信仰は龍の生態に根ざしていてのう、その中には婚姻の儀も含まれている」
龍が求愛する際には、自らの鱗を相手に渡す。それに倣い、龍信仰者は身に纏う物を婚約者に渡すのだという。レイヴンも、一応その事は知ってはいたのだが……
「それって普段から使ってる物を渡した場合だろ。この服は故買屋に流されたお前のだぞ」
「だとしても服は服です!」
「じゃあどうすんだ、ヴァネッサの奴、裸のまんまだぞ? ――ってかよ、ヴァネッサ」
「ぬ?」
「お前は服貰う事に抵抗はねえのか」
「一言に龍信仰と言ってもいくつか宗派があるからのう、吾は気にせんが……」
二つの視線がアイリスへ向く。
ヴァネッサに服を着せてあげたい、でもレイヴンが服を渡すところは見たくない。そんな相反する気持ちに思い悩むアイリスの顔には、ぎゅ~っと力が込められていた。
「じゃあレイヴン、こうしましょう! その服を私にくださいです、私からヴァネッサに渡しますので」
「ンあぁ……? 別にいいけどよ、それはそれで面倒な事にならないか」
「う~ん、いいんです、同性なので無効ということにします!」
装飾物を渡すのは告白に等しい、ということはつまり……そういう事だ。が、アイリスは色々天秤に掛けた結果、レイヴンの手から、殆ど引ったくるように包みを取って、ヴァネッサに押し付けたのだった。
「これで良しです。さぁヴァネッサ、着替えてきてくださいです、どうぞどうぞ」
「む、では、ありがたく受け取るとするかのう」
……やれやれ、服を渡すだけで随分時間がかかったものだ。
そうしてしばらくの間、たき火の周りでジャーキーをかじりながら待っていると、ヴァネッサが着替えを終えて戻ってきた。
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