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第二話 イザリス砦に棲む獣
0.45インチの声を聞け Part.3
しおりを挟むイザリスの町は、古い砦に収まる程度の広さしかないので、別段、案内無しでも迷いはしなかったろうが、アイリスのおかげで、よりスムーズに辿り着くここが出来た。
「ココです、ココ!」
それは小さな診療所だった。
外観からしても中の広さはお察しといった、よくいえばこじんまり、悪く言えば狭苦しい、いっそ小屋と呼ばれても差し支えなさそうな造り。しかしだ、広大な西部ではそもそも医者にかかる事さえ困難であることを考えれば、町の中に診療所があるだけ、この町の住人は幸せであるし、レイヴンにとってはそもそも建物自体に興味が無かった。彼が見たいのは、キャロルが撃たれたという現場なのだから、診療所を珍しがるアイリスを置いてさっさと路地へと入り、建物の裏手へと回ってもなんら不思議ではなかった。
「ふぅん……、なるほどねぇ……」
裏通りに首を巡らし、レイヴンは言う。
「どうですレイヴン? なにか分かります?」
「さぁてな、こいつは骨が折れるぜ……」
昨晩の雨の所為で地面はグチャグチャ、それだけならまだ足跡を観察することが出来たかもしれないが、キャロルの訃報を耳にした住人が押し寄せた所為で、そこら裏通り中が足跡だらけときている。よくもまぁ、診療所と砦の内壁との狭い隙間に、これだけの人数が足を運んだものだ。
「レイヴン……あそこを見てくださいです。キャロルさんは、きっとあの場所で……」
アイリスの指す場所だけぽっかりと足跡が消えていて、住民達の嘆いた跡に代わり、小さな花束などが山のように捧げられている。
「そうだな、あそこで見つかったんだろ」
「……やっぱり、彼女は慕われていたんですね。一度お話してみたかったです」
いい人だった、と町の人々とは言っていた。上辺だけの言葉ではなく、そう語る人の朗らかな笑顔が、なによりもキャロルという人物を表わしていたに違いない。きっと聡明で淑やかな、他者の心を愛する女性だったのだろうと、――そう思うと、面識のない人物であっても心は痛み、アイリスは跪いてキャロルの冥福を祈った。
レイヴンもまた、ハットを胸に当てて短い黙祷を捧げる。
連れ帰ったのはレイヴンだが、彼も顔を見た程度で、キャロルの性格はおろか、声さえ知らないままなのだった。しかし、死を悼むくらいのことをしてやってもいいだろう。
――と、静かに祈りを捧げる背後で、ぺちゃり、濡れた土を踏む音がした。
「誰かいるんです?」
優しく問いかけるアイリス。
すると、二人が通ってきた診療所脇の路地から――
「あれ? この間の変なおねえちゃんじゃん、何してんの、こんなトコで」
顔を出したのは赤毛の少年だった。
「これは蹄鉄少年くんじゃないですか、ハウディです」
「変なって……アイリス、俺がいない間になにやらかした?」
「色々お話を聞いて回ってただけですってば、そんなに信用ないです? それよりも、彼を通してあげてくださいです」
「ん? ああ、そうか。わりぃな」
狭い裏通りの真ん中で立ち話なんかしていたら、そりゃあ邪魔にもなるというものなので、レイヴンは一歩壁によって、少年を通してやった。
「どうぞです、きみもお花を供えに来たんですよね?」
「うん。ありがとう、あんちゃん、おねえちゃん」
こそこそとしながら、少年はレイヴンの脇を通って、どこかで摘んできたであろう野花を供えた。子供でも、この町の人間には違いなく、ならば何かしら知っていてもおかしくはない。それに、子供というのは大人が考えているよりも逞しく、そしてよく物を見ている。が、流石に祈りを遮るほど野暮ではなく、レイヴンは彼が祈りを終えるのを待った。
「まるで聖女様だな、キャロルってのは」
「……そりゃあね、嫌いになる人なんていないよ」
少年は言う。
「この砦に住めるようになったのってキャロルのおかげなんだぞ? でもさ、キャロルってすっごい頭いいのにおっちょこちょいで、よく転ぶんだよ。おもしろいでしょ? 忙しいはずなのに僕たちともよく遊んでくれたり、勉強も教えてくれたりしてさ、嫌いになんかなれるもんか……みんな、大好きだったんだ…………、なのに蒼肌が……」
恨みは深い、そこに年など関係ない。
けれど誰しもが構える憎しみの矛先は、果たして、何に基づいてその鋒を向けているのか。アイリスは静かに頭を振って、語りかける。
「キャロルさんを失い、さぞ哀しいでしょう。あなたが感じている痛みは、わたしにはどれ程のものか、恐ろしくて想像するのさえ躊躇います。恨みを晴らしたいと、罪を償わせたいと願うのも、当然です。……でもですね、ヴァネッサに怒りをぶつけるのはどうかと、わたしは思うんです」
「――ッ⁈ なんだよ、ねえちゃん! あいつの味方すんのかよ⁈」
ふるふると、アイリスはもう一度頭を振る。
「味方とは、すこし違います。ヴァネッサが本当にキャロルさんを手に掛けたのなら、裁かれるべきでしょう。けれど、もし違ったとしたら? キャロルさんを殺めた人物が他にいたとしたら、きみはどう思います?」
「そんなことない! あのダークエルフがやったんだッ!」
「だから言ったろアイリス、聞く耳なんかもちゃしねえよ」
「茶化すなら、わたしに任せてくださいです。聞く耳を持たないからといって拒んだ結果が、ヴァネッサへの仕打ちじゃないですか、そんなのおかしいです」
だとしてもだ、忘れちゃならないのが、時間が残り少ないということ。
すんなり話だけ聞いておけばいいものを、アイリスは納得できないと少年へと話しかける、渦巻く感情を宥めるように、優しく、静かに――
「教えてくださいです、きみはどうして、ヴァネッサが犯人だと思うんです?」
「だって、みんな蒼肌がやったって言ってるから……」
「わたしも聞きました、みなさんヴァネッサだと信じて疑わないようです。けれど、それは皆さんの意見ですよね? きみはどうです? わたしは、きみがどう考えているかを聞きたいんです」
子供には難しい質問だ。
指針となる大人の意見、そして周囲が一点を目指す中で、全てを自分の頭でまとめて、自分だけの意見を聞かせてくれと、アイリスは言っているのだから。
「責めてるんじゃないですよ? 思うままを教えてくださいです」
「僕も……、僕も、あの人がやったと思う」
「後ろめたく感じることないです、きみの意見なんですから。……その理由は?」
「砦にいる人で、キャロルを殺そうなんて思う人いないもん」
その証拠は、死体が見つかった場所に供えられた花束が物語っているが……
「神様にだって敵はいる、どんな善人でも恨みは買うもんだぞ」
「あんちゃんは、キャロルが悪いことしてたって言うのかよ」
「レイヴンの言葉は厳しいです。理解に苦しみますが、わたしは、キャロルさんが善人だからこそ恨まれてしまったんだと思います。――レイヴンもそう言いたかったんですよね?」
「……そう言ったろ」
「皮肉が強すぎるんです、この子が誤解するのも当然ですよ」
そう窘められたレイヴンの両眉は、「やれやれ」と持ち上がる。すっかり雑談気分になりかけているが、一番訊きたいのは少年がどう思っているかではない、彼が、何を知っているかだ。
「ところで、だ。キャロルの死体は、あそこで見つかったのか?」
「すこし言葉を選んであげましょうよ……」
「言い方変えても事実は変わらねえさ。――それで? どうなんだ?」
「そうだよ……、ちょうど花が置いてある場所にいたんだ……キャロルは…………」
表情を曇らせて少年は言った。
けれど、なにか変じゃないか?
「待ってください、きみの言葉はまるで、その場にいたかのようですけど――」
少年はもう一度頷き、そして語る。
「だってぼくが見つけたんだもん……」
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