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第二話 イザリス砦に棲む獣

イザリス砦に住む獣 Part.2

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「ヴァネッサ、てめぇ――」
「手を出すな……、そうは言われたが手を出さぬ・・・・・とは言うておらぬぞ?」

 そう嘯く彼女は、してやったりと微笑みを湛えながら馬上より話しかける。
「見事な戦いであったぞ、魔銃なしであれほど粘るとは正直思っていなかった、主には驚かされてばかりだのう」
「……ただの弓じゃあねえな、それも魔術の類いか、つくづく便利なもんだな」

 レイヴンの言葉ははっきりいって恨み節も同然である、が、そんな彼の心情などでは結果は変わらない。ヴァネッサの微笑みは勝者のそれだった。

「いかにも、この弓も矢も、魔法によって生み出された物だ。魔法を封じた道具に魔力を注げば発動する仕掛けになっている、面白いだろう? 魔力を止めれば、ほれこの通り――」

 と、ヴァネッサが弓を離すと、光は小さくなりながら彼女の左腕に巻き付いて、彼女が付けていた銀製の腕輪に変わった。持ち運ぶ必要がないとは、本当に便利なものである。

「成る程な、野郎の硬ぇ鱗も貫通する訳だ。魔力の矢ならいつでも抜けたって訳か」
「鱗を? ああ、主からはそう見えたのか。吾の矢は鱗など貫いてはおらぬよ、狙ったのは主と同じく守りようのない部分だからのう」
「…………耳、か」

 どこを狙ったのか、レイヴンはすぐに見当が付いた。彼がその場所を狙わなかったのは、正面切って撃ち込むのが不可能な位置に的が付いていたからである。しかも、目玉より小さい的とくれば、無理に狙うのは得策とは言えなかった。

 そして同時に、彼はヴァネッサのことを、心底業腹ながら凄い女だと認めてしまっていた。口に出すのだけは我慢したが、同じく飛び道具を扱う拳銃遣いとして認めざるおえない、自分よりも遠くから、自分よりも小さい動く的を、魔法を使う弓でとはいえ、寸分違わぬ精度で彼女は射貫いて見せたのだから。

「もう暫し、任せても良かったのだがのう。主の銃捌きは見応えがあった」
「チッ、そいつはどうも。そのまま任せてくれてれば尚良かったがな」
「むくれるな小僧、主の腕は、いや実に見事だったぞ? なにやら不穏な気配を感じたので手を出させてもらったが、眺めていたかったのは本心だ。主は素晴らしい才能を持っているよ。――だが勝負は勝負、早い者勝ちという取り決めだったからのう、恨みっこなしだ。どれ、魔具を持っているか確かめてみるとしようか」

 そう言ってヴァネッサは下馬して、化物の死骸へと歩み寄っていった。

 動物が魔具を所持しているとしたら腹の中だ、となれば解体する事になるだろうが、あの気色悪い膨れ方をした化物を、いくら死骸になっているとはいえ、刃物を直に突き立てて内臓までかっさばくというのは、普通の動物の皮を剥ぐのとは種類の違う気味の悪さがあり、勝負に負けたレイヴンに可能な、せめてもの良かった探しであった。

 勝負に勝てていたのなら、ヴァネッサがそうしているように化物の前に跪き、トロフィー代わりにナイフを腹に突き立てようとしていたろうが、離れているからこそ気付けた事がある。

 ぴくり、と化物の指先が動いた事を、レイヴンは見逃さない。
「ヴァネッサ! まだ息があるぞッ!」
「――――ッ⁉」

 彼の一声が合図となった一瞬の攻防は、さながら早撃ちの様相、弾けるように飛び退いたヴァネッサに襲いかかるのは、化物の傷口から生えてきた無数の触手だった。しかも多方向からの、同時攻撃を近距離から繰り出されては避けきる事は困難、レイヴンは間隙を縫って化物に一発喰らわせてやろうとしていたが、どうだ、ヴァネッサの身のこなしは余りに優雅で、まるで踊るかのような身のこなしを以て襲いかかる触手を躱してみせている。

 一つ二つと上体を振り
 三つ四つとステップを刻む
 大きく飛び退いても中空で身を捩りさらにヒラリと身を躱す

 その姿には一切の無駄がなく、洗練された踊り子かサーカスの軽業師さながらの身のこなし。だが間断なく続く攻撃をいつまでも躱し続けるのは不可能で、触手の一つが彼女の首に迫っていた。

 ――あれは無理だ、捕まる。

 そう予想したレイヴンの思考は、すでに化物への反撃へと移っているが、ヴァネッサは窮地を自力で切り抜けてみせた。やはり彼女が得意とするのは刃物のようで、ヴァネッサの右手でヒュンと舞うのは短い刃、躱しきれない触手をナイフで切り落として、彼女はもう一つ飛び退がろうとする。

 しかし、化物も簡単には逃がさない。触手が届かないと知れば、今度はその鉤爪を交えてヴァネッサの身体を裂きにかかる。いくら彼女が身軽でも、連続した攻撃で体勢を崩されている状態では回避にも限界があり、そして触手を切り落とせたナイフでも、鱗に覆われた野太い右腕までは防げない。

 直撃すれば鉤裂きは確実、だが、鳴り響く銃声のおかげでヴァネッサは薄皮一枚裂かれただけですんだ。

 なんとかレイヴンの傍まで飛び退いたヴァネッサは一筋裂かれた頬の傷を撫でている。
「ふぅ……小僧、助かったぞ。危ういところだった」
「うっかり助けちまった。にしても、三発ブチ込んで少し逸らすのが精々か。頭ブチ込んでもくたばらねえとなると、どうやって殺す?」
「案ずるな、方法はある」
「方法はいつでもあるんだよヴァネッサ、どうやってやり遂げるかが問題なんだ。準備できるまで、待ってくれるような親切な相手でもねえしな。魔銃を返せ、拳銃だけじゃどうしようもねえ」
「それは出来ぬ。が、多少の時間は稼げるだろう。……《風の精よ、立ち昇れ。風柱ウインドピラー》」

 ヴァネッサがそう唱えて、怒り狂う化物の方へと手をかざすと、轟音と共に突然地面から風の柱が突き上げて、化物の腹を抉りながらその巨体を空中高く吹き飛ばした。
 衝撃力だけでなく貫通力もあるようで、風の柱は化物の胸を鱗越しでも傷つけた。

「吾が得意とするのは風の魔術でのう、光を灯すついでにナイフに仕込んでおいたのだ」
「すげぇ威力だ、効いてるかは別にして。……威力出すには時間かかるんじゃなかったのか」
「最後に唱える呪文以外の準備を済ませておけば、魔術でも素早く発動できるのだ。――それはさておき、彼奴をどう仕留めるかだのう。どうも吾が想像していたより、事態ははるかに悪いようだ、見てみろ小僧」

 ずずん、と地響きに、二人は眼光鋭く眼を向けた。そこにあるのは血塗れになって落下してきた化物から垂れ落ちる血肉の中に、妖しく光る石のような物と……あれは、人間か?

「魔具の持ち主だろうが、危険なのは魔具が持つ能力の方だ。頭を射貫いても死なず、傷を負わせる度に再生する。魔具の能力は所有者の心に反応するもの、恐らくあの人間は癒やしの力を求めたのだろうが、傷口の異様な再生からして明らかに暴走している。このままでは際限なく膨れ上がり、いずれ砦に至るだろう。砦だけでは済まぬかも知れぬ、止めるならば今しか無い」
「そしてここには俺達だけか、荷が重いな……まったくよ」

 だが、レイヴンに逃げはない。今から退いたとて、化物は死に物狂いでおってくるだろうから、ならばいっそ、この場で仕留めきってみせる他ない。

「方法は二つだ、小僧、二つある。所有者から魔具を取り上げるか、肉片一つ残さず一撃の下に化物の身体を滅するかだ」
「…………前者だな」

 レイヴンは少し考えたが、実質一択である。すでにバッファローよりも大きくなっている肉体を一瞬で完全に消し飛ばすなど無理な話だ。

「ふっ、そうだろうのう、吾の魔術をもってしても滅する事は叶わん。だが、吾のナイフならば傷口から腹を裂く事は出来る」
「そいつも魔術師込みのナイフか」

 ヴァネッサは頷く。
「――小僧、主の才能を信じるとしようか。吾が前に出る、援護を頼めるかのう」
「やけに必死だな、ヴァネッサ」
「これが吾の使命だからのう。……征けるか、小僧?」

 弾を込め直したレイヴンは、ハットをくいと持ち上げ細く息を吐く。
 援護に使えるのは拳銃二挺分、弾数にして十二発こっきり。ヴァネッサもそこを理解して目配せ一つで臨戦態勢をとる。

「さて、彼奴の傷口が閉じる前に獲ろうかのう」
「お好きにどうぞ、準備は出来てる」
「頼もしい、頼もしい。……いざ、参る!」

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