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第二話 イザリス砦に棲む獣
無法者と狩人に龍少女は憂いを抱き Part.3
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レイヴン達を見送った後、アイリスはぷらぷらと砦の中を散策していた。初めて訪れる町に活気溢れる通りの雑踏、いつもだったら心が躍る事だらけだが、彼女の顔はイマイチ浮かない。慣れた背中が見当たらないと心細いというかなんというか……。
気を揉んでも仕方がないのは理解していても、不安を拭いきる事は完全には出来ないのだ。どうしたって心配は付いてまわる、しかも一緒にいられないとなれば尚更。
留守の番をしていろと言われたけれど、あるのは身一つとサドルバッグに積める程度の荷物だけ、それらも全部借りた部屋にあるので、番などしようもなかった。
だからいっそ、初めて一人で買い物に臨んでみようと思って入った雑貨店、けれど彼女はぼんやり棚を眺めるだけだった。彼女の心はふわりと宙を舞って、遠乗りに出ているレイヴンを探しているのかもしれない。そんなアイリスの気持ちを身体に戻すには、棚に並んだ缶詰やお酒などでは力不足、ようやく両目で見つけたのは、通りの外れで遊んでいる子供達の姿だった。
地面に刺した杭に向かって、輪っかのような物を投げあっている。あれはどういう遊びなのだろう。楽しそうな子供達に惹かれるように、アイリスは声を掛けていた。
「ハウディです、みなさん元気ですね。……なにをしてるんです?」
「蹄鉄投げさ。おねえちゃん、しらないの? 蹄鉄を投げて、棒の近くにおとすんだ」
そう彼女に答えたのは、赤毛の少年だった。
「おもしろそうです。わたしも、やってみてもいいです?」
「いいよ、でも次のゲームからね」
見知らぬ人に声を掛けられて警戒している他の子供達と異なり、少年はすんなりと受け入れる。人懐っこい子供の様で、順番が来るまで待っている間、少年はアイリスの話し相手となってくれていた。
「おねえちゃん、いつ町にきたの? 宿がまだならいいとこ知ってるよ」
「ありがとうです。けど宿はもう決まっているんです、酒場の上に泊まってます」
「なぁ~んだ、一稼ぎできると思ったのに。――ねえ、おねえちゃんも化物狩りに来たの?」
「そうですよ。と言っても、わたしはお留守番ですが……。あなたは、化物について知っているんです? よかったら教えて欲しいんですけど」
「大人もビビってる。背が高くって、爪と牙があって、もじゃもじゃしてるんだってさ」
唇尖らせて、少年の語った化物の姿をアイリスは思い浮かべてみる。と……
「……熊です?」
「ちがうよ、熊もこわいけどちがう。――あと、コウモリみたいに大きな翼があるんだって。悪魔みたいだってみんな言ってる」
「悪魔ですか……」
背は低く、もじゃもじゃではないが、爪と牙を持ちコウモリのような翼を持つ少女には、耳を塞ぎたくなる話だった。アイリスは表情暗く、話題を変えてみる。
「――そう言えば、よくわたしが他所から来たとわかりましたね。すごいです」
「かんたんだよ、新顔は賞金稼ぎくらいだから」
けれど歓迎していない。少年は素直だったが、それ故にアイリスは何故だろうと思う。
賞金稼ぎが化物を退治してくれれば砦は安泰だから、彼等を嫌う理由はないはず。
勘働きだが何かがおかしく、そうなるとレイヴン達が危ないかもしれない。なんだか不穏な気配を感じたアイリスは少年から話を聞こうとするがしかし、上手くいかなかった。
新たにやってきた人物と入れ替わり、子供達は蜘蛛の子を散らすように走って行ってしまったから。
「おはよう、アイリスさん。いや、もうこんにちは、かな? 昨晩は良く休めましたか」
「ああ町長さん、ハウディです」
「今日も元気そう何より、――ところでヴァンクリフさんは?」
「レイヴンです? 少し前に出発しましたけど、どうかしたんです?」
サイモンのどこか含みのある口ぶりに、悪い話のような気がして、アイリスはきゅうと胸が苦しくなった。彼のにこやかな表情が、むしろ不安を掻き立てるのだが……。
「いやいや、アイリスさん、心配するような事じゃありませんよ。大変な依頼をしましたからお見送りしようと思ったのですが、仕事が立て込んでいましてね。……そうですか、ヴァンクリフさんはすでに発たれた後でしたか」
――それは残念だと、サイモンは頷きながら、しかしその眼差しはアイリスの瞳を静かに捉えて放さない。
「…………えっとぉ、それだけです?」
「いいえ、貴女にも用事が」
さわやかな笑みを口元に刻むサイモン。
疲れているようだが、日中では精悍さのほうがより際立ち、影の入った目元が彼の男前を上げていた。
「貴女を屋敷に招待しようかと思いまして」
「わたしを? なぜです?」
素朴な疑問だ。
一介の旅人でしかない女性を、わざわざ町長の屋敷に招く理由が判らない。
「もう一度あの門を潜った時、ヴァンクリフさんは町の英雄になるでしょう? そのお連れの女性をぞんざいに扱ったとあっては町の名誉に関わる。それに……貴女は魅力的な女性ですからね、砦の中はどこも安全ですけど万が一があるかもしれない」
「ああ、ありがとうです」
「それはよかった、アイリスさん。では、早速――」
しっとりとした、はにかみを浮かべたアイリスに差し伸べられる紳士の手。でもアイリスはきょとんとしながら首を傾げるのだった。
「え? わたし、行きませんよ?」
「え? ですが、今ありがとうって……」
「誤解させてすみません。魅力的だと言ってくれたので、嬉しくてお礼を。町長さんのお誘いも、とっても嬉しいんですけど、別の場所に行ったらレイヴンが心配すると思うので、宿を変えるつもりはないんです」
そこにあるのは信頼だ。
大人しくアイリスが待っていると信じているからこそ、レイヴンは彼女を砦に残して化物狩りに出掛けたのだから。でも、サイモンは今ひとつ納得していないようだった。
「むしろ彼も安心だと思いますよ? なにしろ一番安全な家で夜を過ごすんですから。貴女を大切にしているなら、尚更ね」
「……すみませんです。気持ちだけもらっておきます、町長さん」
「気にしないでアイリスさん、無理にとは言いませんから。ただ、いつでも歓迎しますので、気が変わったら言ってください。自警団のメンバーでもいい、何か必要な物があったら彼等に言いつけて下されば、すぐに用意させますよ。――そろそろ失礼します、仕事があるので」
「はいです。頑張ってください、町長さん」
今度はアイリスの方から手を出すと、丁重にサイモンは握手を受け、そして仕事に戻っていった。そうなると、彼女はまた一人になる。
通りには大勢人がいるのに、アイリスを包むのはどうしようもない孤独感。子供達と遊べていれば、まだ気も晴れたろうが散った彼等は戻る気配もなかった。大丈夫だと思っていたが、久々に一人に戻ってみると寂しさはひとしおだった。
「はぁ……、ムリにでも連れて行ってもらえばよかったです……」
空を見上げて独りごちってみても、余計に寂しくなるばかりで、蒼い彼方に想いを馳せながら、少女はとぼとぼ酒場に戻ったのだった。
今頃何をしているのだろう? そんな解けようのない悩みと共に――
気を揉んでも仕方がないのは理解していても、不安を拭いきる事は完全には出来ないのだ。どうしたって心配は付いてまわる、しかも一緒にいられないとなれば尚更。
留守の番をしていろと言われたけれど、あるのは身一つとサドルバッグに積める程度の荷物だけ、それらも全部借りた部屋にあるので、番などしようもなかった。
だからいっそ、初めて一人で買い物に臨んでみようと思って入った雑貨店、けれど彼女はぼんやり棚を眺めるだけだった。彼女の心はふわりと宙を舞って、遠乗りに出ているレイヴンを探しているのかもしれない。そんなアイリスの気持ちを身体に戻すには、棚に並んだ缶詰やお酒などでは力不足、ようやく両目で見つけたのは、通りの外れで遊んでいる子供達の姿だった。
地面に刺した杭に向かって、輪っかのような物を投げあっている。あれはどういう遊びなのだろう。楽しそうな子供達に惹かれるように、アイリスは声を掛けていた。
「ハウディです、みなさん元気ですね。……なにをしてるんです?」
「蹄鉄投げさ。おねえちゃん、しらないの? 蹄鉄を投げて、棒の近くにおとすんだ」
そう彼女に答えたのは、赤毛の少年だった。
「おもしろそうです。わたしも、やってみてもいいです?」
「いいよ、でも次のゲームからね」
見知らぬ人に声を掛けられて警戒している他の子供達と異なり、少年はすんなりと受け入れる。人懐っこい子供の様で、順番が来るまで待っている間、少年はアイリスの話し相手となってくれていた。
「おねえちゃん、いつ町にきたの? 宿がまだならいいとこ知ってるよ」
「ありがとうです。けど宿はもう決まっているんです、酒場の上に泊まってます」
「なぁ~んだ、一稼ぎできると思ったのに。――ねえ、おねえちゃんも化物狩りに来たの?」
「そうですよ。と言っても、わたしはお留守番ですが……。あなたは、化物について知っているんです? よかったら教えて欲しいんですけど」
「大人もビビってる。背が高くって、爪と牙があって、もじゃもじゃしてるんだってさ」
唇尖らせて、少年の語った化物の姿をアイリスは思い浮かべてみる。と……
「……熊です?」
「ちがうよ、熊もこわいけどちがう。――あと、コウモリみたいに大きな翼があるんだって。悪魔みたいだってみんな言ってる」
「悪魔ですか……」
背は低く、もじゃもじゃではないが、爪と牙を持ちコウモリのような翼を持つ少女には、耳を塞ぎたくなる話だった。アイリスは表情暗く、話題を変えてみる。
「――そう言えば、よくわたしが他所から来たとわかりましたね。すごいです」
「かんたんだよ、新顔は賞金稼ぎくらいだから」
けれど歓迎していない。少年は素直だったが、それ故にアイリスは何故だろうと思う。
賞金稼ぎが化物を退治してくれれば砦は安泰だから、彼等を嫌う理由はないはず。
勘働きだが何かがおかしく、そうなるとレイヴン達が危ないかもしれない。なんだか不穏な気配を感じたアイリスは少年から話を聞こうとするがしかし、上手くいかなかった。
新たにやってきた人物と入れ替わり、子供達は蜘蛛の子を散らすように走って行ってしまったから。
「おはよう、アイリスさん。いや、もうこんにちは、かな? 昨晩は良く休めましたか」
「ああ町長さん、ハウディです」
「今日も元気そう何より、――ところでヴァンクリフさんは?」
「レイヴンです? 少し前に出発しましたけど、どうかしたんです?」
サイモンのどこか含みのある口ぶりに、悪い話のような気がして、アイリスはきゅうと胸が苦しくなった。彼のにこやかな表情が、むしろ不安を掻き立てるのだが……。
「いやいや、アイリスさん、心配するような事じゃありませんよ。大変な依頼をしましたからお見送りしようと思ったのですが、仕事が立て込んでいましてね。……そうですか、ヴァンクリフさんはすでに発たれた後でしたか」
――それは残念だと、サイモンは頷きながら、しかしその眼差しはアイリスの瞳を静かに捉えて放さない。
「…………えっとぉ、それだけです?」
「いいえ、貴女にも用事が」
さわやかな笑みを口元に刻むサイモン。
疲れているようだが、日中では精悍さのほうがより際立ち、影の入った目元が彼の男前を上げていた。
「貴女を屋敷に招待しようかと思いまして」
「わたしを? なぜです?」
素朴な疑問だ。
一介の旅人でしかない女性を、わざわざ町長の屋敷に招く理由が判らない。
「もう一度あの門を潜った時、ヴァンクリフさんは町の英雄になるでしょう? そのお連れの女性をぞんざいに扱ったとあっては町の名誉に関わる。それに……貴女は魅力的な女性ですからね、砦の中はどこも安全ですけど万が一があるかもしれない」
「ああ、ありがとうです」
「それはよかった、アイリスさん。では、早速――」
しっとりとした、はにかみを浮かべたアイリスに差し伸べられる紳士の手。でもアイリスはきょとんとしながら首を傾げるのだった。
「え? わたし、行きませんよ?」
「え? ですが、今ありがとうって……」
「誤解させてすみません。魅力的だと言ってくれたので、嬉しくてお礼を。町長さんのお誘いも、とっても嬉しいんですけど、別の場所に行ったらレイヴンが心配すると思うので、宿を変えるつもりはないんです」
そこにあるのは信頼だ。
大人しくアイリスが待っていると信じているからこそ、レイヴンは彼女を砦に残して化物狩りに出掛けたのだから。でも、サイモンは今ひとつ納得していないようだった。
「むしろ彼も安心だと思いますよ? なにしろ一番安全な家で夜を過ごすんですから。貴女を大切にしているなら、尚更ね」
「……すみませんです。気持ちだけもらっておきます、町長さん」
「気にしないでアイリスさん、無理にとは言いませんから。ただ、いつでも歓迎しますので、気が変わったら言ってください。自警団のメンバーでもいい、何か必要な物があったら彼等に言いつけて下されば、すぐに用意させますよ。――そろそろ失礼します、仕事があるので」
「はいです。頑張ってください、町長さん」
今度はアイリスの方から手を出すと、丁重にサイモンは握手を受け、そして仕事に戻っていった。そうなると、彼女はまた一人になる。
通りには大勢人がいるのに、アイリスを包むのはどうしようもない孤独感。子供達と遊べていれば、まだ気も晴れたろうが散った彼等は戻る気配もなかった。大丈夫だと思っていたが、久々に一人に戻ってみると寂しさはひとしおだった。
「はぁ……、ムリにでも連れて行ってもらえばよかったです……」
空を見上げて独りごちってみても、余計に寂しくなるばかりで、蒼い彼方に想いを馳せながら、少女はとぼとぼ酒場に戻ったのだった。
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