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第二話 イザリス砦に棲む獣

無法者と狩人に龍少女は憂いを抱き Part.2

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 砦の門を潜ってから道なりに馬を出す。

 草のむしれた土道を馬の蹄で踏みしめてイザリス平原をしばし東へ、それから分かれ道を北へ折れればあとはミルトン湖まで一本道である。天気は上々で空には雲一つ無い遠乗り日和り、地平線の緑と晴天の境目は遙か彼方、吸い込まれるように伸びている道には何が待ち受けているのやら。光に満ちた時にあって夜に堕ちていくようなちぐはぐな感覚が、不気味であって魅力的だ。直ぐ横で、薄金色のアハルテケ種馬を操るダークエルフの女のように、妖しく人を惹き付ける。

「それで小僧、本当のところを教えてくれぬかのう?」
「誕生日でも知りたいのか」
「焦らずに征くのだろう? ならばただ押し黙っていては、時が無為に過ぎるだけだぞ。背中を預ける者同士、少しは互いを知っておいたほうがよいとは思わんか」
「お前は盗人シーフ、俺は無法者アウトロー。以上、おしまい」

 レイヴンは彼女の方を見てもいない、だが艶やかな眼差しの気配を視界の端に感じていた。常に余裕を持ったヴァネッサは、まるで凪いだ大海のようですらある。
「ふむ、端的で的を射た解答だの。だが吾が尋ねているのは別の事だぞ、人を知るには、その人間が他人をどう扱うかで分かるからのう」
「……つまり?」
「アイリスと寝たのか?」

 質問は巫山戯ている、だがヴァネッサの眼差しにからかいの色はない。それもレイヴンの返事を聞くまでの事だったが。

「………………そういう関係じゃない」
「これはこれは、驚きだ」
「まぁ無理もねぇさ。アイリスみたいな女が、俺みたいな無法者と旅してるなんて、信じられねえか。不釣り合いなんてのは、言われなくても分かってる。でも手は出してない」
「彼女は十七歳か? 人間の法では未成人との姦淫は罪だと聞いているが、勘違いだ。――ふふふ、吾が驚いておるのはのう、小僧。血も涙もない拳銃遣いガンマンが、まるで十代の少年の如き恋心に振り回されている事だよ。黙していようが透けて見える、主は自分で思っているほど嘘が得意ではないぞ」

 人を騙せるというのは、逆を言えば観察力が優れているということだ。その能力の使い方はそれぞれだが、確実なのは見透かされる側にとっては非常に不愉快である事だろう。

「人間を嫌ってるダークエルフの割によく喋る」
「話題をすり替えようとしても無駄だ。それと気を害したようだから言っておくが、馬鹿にはしておらんよ。良い事ではないか、種族に関係なく恋というのは素晴らしいものだぞ。しかし……それ故に吾はこうも思う、主はわるい男だとな」
「そいつは意外だな。きっとコヨーテが肉を食ってても、同じように驚くんだろ?」
「皮肉を吐くのは何故かと、自問したことは? 善悪を問われているとでも思うたか? 違うな……、吾が問うている意味を主はただしく理解しているはずだ。はぐらかすのは認めたくないからだろうが、悪いことは言わん、素直になった方がいい。拗れてからでは大変だ」

 しかしレイヴンは無視を決め込み、眉間の皺も深くただ道の先を睨む。苛ついたようにいななくシェルビィを宥めてやっても、彼の苛立ちは収まらない。

「あれほど好かれておるではないか、見ている吾でさえ恥ずかしい。しかし主は分かっておらん、女心というものをだ。いつまでも煮え切らぬ態度をとり続けるのは、可哀想だとは思わぬか? すげない態度というのは、最初こそ惹かれるものもあろうが、長続きはせんよ、素直であるのが肝要だ。アイリスが抱いている愛情に疑いがないことは、主も分かっておるのだろうが。素直に受け止め、応えてやれ、ただの一言で良いのだから」

 それが出来れば苦労はしない。好き勝手に口を出せるのは、部外者だからに他ならない。
 無視を決めて変わらず先を睨んでいたレイヴンだったが、黙っていられず口を挟んでしまっていた。
「年の功ってやつか? 他人の色恋に首突っ込むのは感心しねえな」
「若人への助言だ。活かすも殺すも主次第よ」
「年季の入った助言をどうも、参考にする。ワインかウィスキーなら高い額がつきそうだが、何年ものかは訊かないでおいてやる」

 とにかく、話題を変えたい一心の無礼。
 浅はかなのは分かりきっていたが、年齢を責めるのがレイヴンに出来るせめてもの抵抗であった。長命なダークエルフへの意地の悪い、子供じみた皮肉だ。言ったそばから彼は馬鹿らしさに襲われたが、何のことはない、ヴァネッサの方が上手なのである。

 彼女は艶やかに、成熟された微笑で口元を飾り――
「おやおや。いけない子だのう小僧、吾が気になるか?」
「俺は黙ってくれって言ったんだ。お前の上で死んだ野郎の二の舞になるつもりはない」
「ふふ、不機嫌な顔の下で赤面しているだろう。やはり主は面白いのう」
「ムカつく女だぜ。お前に惚れる連中の気が知れねえよ」
「吾に群がるのは確かだ。惚れるとは、少し違うがの」

 そう言ってヴァネッサは遠く地平線に目を細める。妖女と真逆の秤に乗った日光が彼女の瞳に映っているが、見つめているのはきっと別の物だ。
「ところで気が知れぬと言えば、吾はよく年齢を尋ねられるのだが、人間の男というのは、何故年齢に拘るのかのう?」
「今のは自問か? 俺に訊いてるのか?」
「主は、人間の男だろう」

 つまりは後者である。
 質問をするからには裏にあるのは当然、興味だが、彼女が知りたがっているのは、男が何故興味を持っているかだ。そんなものは千差万別だから、答えられるのは一番あり得そうな意見の予想である。

「ダークエルフってのは俺達の五倍は長生きらしいな。これからベッドインするお相手が、自分の婆様と同い年だったら誰だってたまげるさ」
「吾等とて、人間と同じように時間の流れを感じているが、なるほど、人間は短命故、年月に拘るのかもしれんのう。道理で教えてやると、皆渋い顔をする訳だ」
「そいつ等はどうした? 逃げ出したか」
「いや、最後には赤子みたいに喘いでおったぞ。吾に掛かれば人間の床の技など児戯も同然、骨抜きにしてやったわ」

 まるで誇るかのように、しれっとヴァネッサは言い放つが、レイヴンは彼女の年を知ってしまった男達と同様に、聞きたくない事を聞かされた時の顔になっていた。そんな心境ではあるが……、いやむしろ、そんな心境だからこそレイヴンは、一つ、無礼とは知りつつも、やはり気になってしまう質問をした。

 ――彼女の年齢だ。

 蒼い肌は張り艶よく、その胸は豊満。顔には皺一つ無い。
 しなやかな筋肉に覆われた肢体は魅惑を具現化したようである。

「ふぅむ……、人間に当てはめてると主に近いか、すこし年上くらいだろう。本当の年齢を教えてもいいが、ただ教えるだけでは面白くないからのう、主の予想を聞かせてくれんか」
「あぁ? ……分からねえよ、予想も難しい」
「では教えん。そもそも主は気にせんだろう?」

 確かに、実年齢を知ったところで何かが変わる訳で無し、自然と納得してレイヴンもそれ以上訊く事はしなかった。ヴァネッサが百歳だろうが、二百歳だろうが、大事なのは仕事で役に立つかの一点に尽きる。

 もしも長く生きている奴が偉いなら、東海岸でふんぞり返っている政治家連中の首を、エルフ族とすげ替える必要が出てくるだろう。そう考えれば、年齢に拘るなど、実に人間らしいくだらない事だと思えてくる。
 馬も同じだ。年喰っていようが、走れる馬は走れる。レイヴンの心持ちを手綱越しで感じていたシェルビィも同意見なのか、低く嘶き声を上げていた。

 すると――、ヴァネッサは感心したように呟く。
「ほほう……、やはり、馬と乗り手は似るものだのう」
「……シェルビィが何か言ったか?」
「ぬ? 乗り手のくせに、馬の気持ちも分からんのか? よい馬なのに勿体ないぞ、心通わせぬようでは操れまい」

 手綱を握るレイヴンの手がピクリ、と動く。
 西部で生きる者にとって、如何に馬を操れるかは非常に大きな関心をひく所だ。

「こいつがいい馬なのは、俺が一番よく知ってる。乗りこなしてるんだからな・・・・・・・・・・・・
「ムキになるな小僧、人間にしては悪くないぞ」

 イラッとくる余裕が、ヴァネッサには含まれていた。
 鬱蒼とした森の中で狩りをしながら生活するダークエルフは、本来馬を使わない。そんな相手に虚仮にされたのでは、西部の男の名が廃る。

「お前もな。森で引き籠もってる割には、馬の扱いはそこそこだ。その馬は――」
「〈黄金の風〉という。勇敢で思慮深く、鷹よりも速く奔る駿馬だぞ。西部で……いや、この国でも十指に入るだろう。主の馬も素晴らしいが、こやつには負ける」

 言われ、今度はシェルビィが頭を振り、手綱をぐいと引かれたレイヴンは彼女の首を軽く叩いて宥めてやった。強烈な意思表示をされなくても、ヴァネッサが言ったとおり、馬と乗り手は似るものである。
 レイヴンは、ハットを深く被り直してから、横行くヴァネッサを暫し睨む。

 そして彼女が挑戦的な笑みを返すと、二頭に拍車が掛けられた。
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