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第二話 イザリス砦に棲む獣

フォート・イザリスに寄りて Part.1

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 砦とは軍隊が戦闘の為にこしらえた建物である。
 兵士を駐屯させ、補給を行い、出撃し戦い、或いは防衛するための建造物で、イザリス砦も勿論その役目をこなしてきた、つまりは、およそ兵士の運用を行うのに必要な施設は揃っているのである。それは四方を囲む壁であり、針鼠のような銃眼であり、兵舎だ。一つの町としている現在でも名残は強く、かつての施設がそのまま使われていたりもする。

 敵兵を捕えたり、自軍兵士を懲罰として入れる牢屋もそれにあたり、法を犯した人間が辿る工程として、レイヴンとアイリスもまた冷たい鉄格子の内側に放り込まれてしまった。

 ――と、まぁここまではごくごくありふれた犯罪者の扱いだが、そこから先の待遇が、レイヴンにとっては全くの予想外だった。なにせ牢屋にブチ込まれてから二時間後には、銃を返され自由の身、さらにはイザリス砦を収めている町長の屋敷に、その書斎に招かれているのだから。

 並べ立てれば妙な事ばかりだが、その割にアイリスはどこか呑気である。
「牢から出してもらえたのは幸いでしたけど……、どうしてでしょう、レイヴン? しかも町長さんのお家に招待されるなんて、わたしは頭がこんがらまってます」
「訊くなよ。俺だって意味が分からねえんだから」
「……わたし達、怒られるんです?」
「どうして?」
「大騒ぎだったじゃないですか、きっと砦中、レイヴンの噂で持ちきりです」
「それなら怒られるのは俺だけ、牢屋から出す必要もない」
「そうですよね……。うーん、レイヴンはどうしてだと思います?」
「見当付いてれば、もう少し建設的な話をしてる」

 アイリスと二人で待たされているが、静かな分だけ考えてしまう。
 無罪を訴えたり、気の触れたフリをした訳でもない。およそ釈放される理由が見つからないからこそ、レイヴンは釈然としないのである。

 このモヤモヤした気持ちにカタを付けられるとしたら一人っきりだけで、自然と耳は扉の向こうの足音を拾い、ノブを捻って現れた人物に、レイヴンは注意深く視線を注いだ。

「ようこそイザリス砦へ、歓迎しよう。サイモン・ケンドリクスだ」

 書斎へやってきたのは細身ながら精悍な顔立ちの男で、その姿を見たレイヴンはますます眉根を寄せる事になった。小綺麗なジャケットにネクタイ、それにピカピカのブーツからして、この人物が件の町長なのだろうが、見たところ三〇代前半と若いのだ。

「まあ座ってくれ給え、Mr……」
「レイヴン・ヴァン・クリーフだ。気にしないでくれ、俺はここでいい」
「そうですか。お嬢さん、どうぞ」
「はい、ありがとうです。町長さん……町長さんであってます?」

 同じ疑問を抱いたのか。ちょこんと皮椅子に腰を下ろしてからアイリスが尋ねると、町長ことサイモンは微笑みながら頷いた。

「その通り。まずはイザリス砦を代表して謝罪を、自警団が失礼を働いたようだ。特に、お嬢さんには怖い思いをさせてしまったな、許してもらいたい」
「いえいえ。牢屋に入ったのは初めてで、嬉しいです」

 レイヴンでさえ彼女独特の調子とまともに取り合おうとすると間抜け面になる、その点サイモンは戸惑いを笑みに代えて乗り越えていた。

「若いのに寛大な心をお持ちだ、そう言っていただけるとありがたい。彼等も自らの職務を果たしているので、責めるのは酷なのだ」
「気苦労が多そうですね、町長さんって」
「大変な暮らしをしている人は大勢いる。その方々を助けられると思えば、多少の苦労など」

 アイリスは相変わらず警戒を解くのが速い、或いは警戒を解かせるのが速いのか。とにかくだ、息苦しかった雰囲気はすぐに和らぎ歓談が始まろうとしている。

 ……壁に寄り掛かっている、レイヴンを除いてだ。
「ちょっといいか、お二人さん。お喋りに時間を割くのは結構だが、そろそろ本題に入ってくれるか。話し相手がほしくて釈放したなら、俺はこの先黙ってるが」
「すみません町長さん、レイヴンは少しこらえ性がないんです」
「ご丁寧にアイリス、おかげで堪忍袋が切れそうだ」

 ぶっきらぼうに言ってやるが、彼女はサイモンに微笑んだ。
「今のは冗談ですよ、ほんとはいい人なんです」
「もう充分だろ? ――町長さん、話の続きを」
「そうだな、そろそろ本題に入ろうか」

 椅子に座り直すと、微笑みを返していたサイモンの瞳に力が宿る、伊達に町一つを任されている訳ではないらしい。
 これなら価値ある話が聞けそうだ。

「ヴァンクリフさん、君はこの町が抱えている問題についてどれくらい知っている?」
「新聞に書かれてることくらいだ、詳細には興味がねえ」
「人が大勢亡くなったって書いてありました。なんでも、化物が暴れているとか」
「……うん、そこまで知っていれば充分だ」

 言い終えると、小さく、何度かサイモンは頷いていた。
 余程深刻なのだろう。

「そう化物だ、これこそが大きな問題でね。……新聞というのは事実を誇張して伝えるが、今回に限っては誠実だ。大勢を討伐に向かわせたが戻ってきたのはごく僅か、酷い有り様だったよ、懸賞金をかけ手練れを募っても犠牲者は増える一方、……私の妹も犠牲になった」
「いっその事放っておけばいい、下手に突くから怒らせる」
「確かにその方法もあるがヴァンクリフさん、見過ごせないんだよ。奴が現れるのミルトン湖は、小さいがこの地域の水源でね、周辺の農場も危険に晒されている。今の季節はいいが、乾期に入れば水汲みに出向かねばならない。それに、我々が手を引いたとして、化物が大人しくしている保証もない、町が襲われたらそれこそ大惨事になってしまう」

 自警団も大勢いるが、それ以上に女子供も多い。万が一にも化物が砦内で牙を剥いたとしたら、向こう百年は語り継がれる惨事となるだろう。
 しかし、それは内部に侵入された場合の話で疑問の余地はある。アイリスも気になったらしく、尋ねたのは彼女だ。

「砦は頑丈そうですけど、化物というのは、そんなに強いんです?」
「生き残りの話を聞く限りではね」
「詳しく教えてくださいです」

 当然、レイヴンも聞いておきたい情報だが、サイモンの唇は重そうだった。

「……おい、懸賞金まで掛けてるのに、化物の姿が分からないのか?」
「恥ずかしながら、詳細は不明なんだ。生き残った者から話を聞いてはいるんだが、どの証言もバラバラで。共通しているのは奴が夜に現れる事、そして恐ろしく凶暴で、頑丈だという点のみだ、何十発と撃たれても倒れなかったらしい」
「手強そうだな」
「ああ、まったく手に負えない」

 熊でさえ鉛弾を耐えるのだから、魔具が関わっているなら納得のいく事態。動揺も、怯えもなくレイヴンが相槌を打ってやると、サイモンはようやく本題を口にした。

「……そこでだ、ヴァンクリフさん。君に、この化物退治を依頼したい」
「俺に?」

 意外だと、そう装ってレイヴンは聞き返す。
 すんなり引き受けるよりも、頼み込まれた方が何かと動きやすいからなのだが、パッと振り返ったアイリスの所為で台無しである。幸い、彼女の表情までは、サイモンから見えていなかったようだが。

「そうだ、ぜひ頼みたい。通りで君が披露した不可思議な技の事は聞いているが、深くは問うまい。化物を退治するにはあれ位の力が必要だろうから。……どうかこの町を救ってはくれないだろうか、魔女を討った・・・・・その力で」

 そんな気はしていたが、やはりバレていたらしい。
 それでも一応平静を保っているレイヴンであるが、あわあわしているアイリスを見れば誰だって察しが付いてしまうだろう。あまりに駆け引きが下手すぎる。
 それでも、まだとぼけてみる価値はあるかもしれない。

「人違いだろ?」
「かもしれない。が、三挺提げの拳銃遣いはそうはいまい」
「それにあんた、魔女なんか信じてるのか」
「隠さなくていい、まだ誰にも知らせてはいない。だが、すでに噂になっている。サウスポイントで魔女と、魔女が操る龍の化物を殺したガンマンが町に来ていると、彼なら化物を退治できるとな。……悪魔の銃を持つ男(ピストレーロ・デル・ディアブロ)、それが君だ」
「ふっ、悪魔の使いに助けを乞うか」
「神には祈っている、だが祈るだけではどうにもならない。元々、君達も懸賞金を狙って町に来たのだろう? 等分されるが賞金は弾む、引き受けると言ってくれ」
「――いいですよ」

 そう答えたのはアイリスだ。これ以上引き延ばしても仕方なくレイヴンも返事については同意見だが、彼女は寂しげな笑顔を向けていた。

「ですよね、レイヴン?」
「あ、ああ……。いいぜ、引き受ける」
「ありがとうございます、ヴァンクリフさん」

 安心するには早いというのに、破顔したサイモンからは深い安堵が見て取れた。流れてきた拳銃遣いに希望を見出すなんて、彼は余程追い詰められていたのだろう。町を収める人間が感じるプレッシャーは相当らしい。

 席を立つ時に俯いた顔は、濃い影を落としていた。
「では、下へ降りましょう――。他のメンバーに紹介します、もう来ている頃だ」
「……え? レイヴンだけじゃないんです、町長さん?」
「今回は少数精鋭で臨む。彼の力は信用しているが、一人で送り出す訳にはいかない。心配しないでくださいお嬢さん、彼等も優秀ですよ」

 まあ、そうなるだろう。
 監視の意味もあるし、複数人の方が確立は上がる。一人で化物に立ち向かわせるとしたら、生け贄の儀式とどっこい。人目があると行動はしにくいが、魔銃が無い今ではレイヴンとしてはむしろありがたい。

 ――と、部屋を出る前にサイモンは、二人を振り返った。

「ところで、ヴァンクリフさん。彼女も闘うのですか?」
「ええっと、わたしはぁ……その……」

 どうしましょう? アイリスは伺いの視線をレイヴンへ向けていた。
「こいつは残る。大体、闘えるように見えるか? 細身の女だぞ」
「そうですか……。二人で旅を?」
「アイリスは色んなトコを旅して回ってて、俺はその護衛だ。ここに寄ったのは、あんたが予想したとおり賞金目当て。旅には金が掛かるからな」

 ついでに聞きたいであろう事もレイヴンはついでに教えてやった、これ以上踏み込むなと注釈付きで。
 そのおかげか、サイモンは頷き一つで二人を案内し始め、広間へ降りると彼は再び足を止めて振り返った。

「アイリスさんはあちらの別室で待っていてください。ヴァンクリフさん、こちらへ」
「わかりました。……あの、レイヴン……」
「話したい事があるんだろ、こっちが終わったら聞くよ。少し待っててくれ」
「はい……」

 努めて優しくレイヴンは言ってやったが、彼女はやっぱり寂しげで、ハニカミ笑いもくすんで見えた。別室に消える背中はいつもより小さい。

「素敵な女性ですね」
「あんたが想像してるような関係じゃない。行こう、待たせてるんだろ?」
「長くはかかりませんよ」

 そして両開きの扉が開かれ、レイヴンは他の討伐メンバーと顔を合わせた。屈強な狩人らしい男が二人と、それから――

「よく会うな小僧、調子はどうかのう?」

 妖艶な微笑みにレイヴンの眉が引き攣った。
 そこにいたのは、またしても、あのダークエルフの女だったのである。
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