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第二話 イザリス砦に棲む獣
汝、詐称するなかれ(商売魂、或いは瞞し) Part.2
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「俺も混ぜてもらえるか?」
不敵な自信を漂わせたレイヴンがカードに加わってから少し後、アイリスは言い寄ってくる男達と話ながらゲームの成り行きを見守っていた。最初こそルールも分からず待つだけだった彼女だが、群がってくる男達のおかげで状況を掴めるようになっている。
レイヴンが行っているのはホールデム・ポーカーと呼ばれるカードゲームだ。
まずは手札が二枚くばられる。
その時点で一度目のベット、プレイヤー全員が時計回りで賭を行う。
現在の掛け金と同額を賭けるか、掛け金を増やすか、或いは降りる。
一巡するとテーブルに共通のカードが三枚配られ、そしてベット。これを共通カードが五枚になるまで繰り返し、プレイヤーが残った場合、最初に配られた二枚の手札と場にあるカードで役を作って勝負するのだ。
アイリスにはカードにおける駆け引きなど分からないが、それでもレイヴンが強いというのは分かった。なにしろ、彼が参加するまで五人座っていたテーブルは三人にまで減り、そして今、一人が席を立った。
「悪いな、俺の勝ちみたいだ……」
勝ち分をかき集めながらレイヴンが言う。
テーブルには商人風の男だけが残っていて、彼はレイヴンの狙いなど知らず、向かいに積もった札を悔しそうに眺めるばかり。歯軋りまで聞こえそうだが、有り金全て巻上げられば当然だ。
「あんたが巻上げたその金は、おれ達の一ヶ月分の稼ぎなんだぞ」
「負け惜しみとは商人らしくもない」
勝者の余裕か、レイヴンは煙草を燻らせて煽る。マッチを擦る所作から、紫煙を吹き出す唇まで、悉く挑発が込められていた。商人でありながら昼の酒場でカードに興じるような男には、露骨なくらいが丁度いい。
「取り返す気があるなら受けるぜ? それか暫くひもじい思いして過ごすんだな、一ヶ月程度なら何とかなるさ。さぁ、どうする」
「賭けるモンがありゃ賭けてるってんだ」
「……あるじゃねえか。通行証、持ってるんだろ」
レイヴンの見透かすような眼付きに、男は思わず左胸に手を当てる。それだけ大事な物なら身に付けているだろうと思っていたが案の上だ。
「こ、こいつを賭けろっていうのか」
「身ぐるみ剥いでも掛け金には足りねえが、通行証なら受けてやるよ」
「……よし、乗った」
男にとっては苦渋の選択であり、胸ポケットから取りだした通行証をテーブルに置いた時の表情は破滅に足をツッコんでいる愚者のそれだ。しかし、それでも強欲な所は、なるほど商人であると思わせる。
「通行証を賭けてやる。ただし、こっちにも条件が」
「意地汚えな、何だよ?」
「その条件で賭けても良いが、その場合、勝ち分だけじゃ釣り合わない、そこでだ――」
男の視線がちらり、カウンターへと向く。
正確にはそこにいるアイリスへと向いた。
「――? わたしになにか?」
「あんたには連れの女を賭けてもらう」
「………………」
商人と拳銃遣いに似たところがあるとすれば、相手の弱味を攻める点だ。そうすれば例え劣勢だとしても逆転の目が強くなる。
今度はレイヴンが顰めっ面になる番だった。
「あいつはダメだ」
「レイヴン、どうかしたんです?」
「何でもない、向こうで飲んでろ」
二人のやりとりが気になったらしく、アイリスがテーブルへと歩み寄ってきたが、タイミングとしては最悪だ。ペースはますます男の方に流れていく。
「そう邪険にするなって、お嬢さんもおれ達の話に加わりたいだけだろう?」
「ええ、わたしにも関係あるようですし」
そう男に応じたアイリスは、凛と背筋を伸ばしてレイヴンに笑みを向ける。
「その勝負受けて下さい」
「聞こえてたのか」
「当然です。わたしの耳は鋭いので」
「簡単に言うな、どうなるか理解してんのか?」
「この旅はわたし達の旅です、訪れる困難もわたし達の物ですよ。それに、レイヴンなら勝ってくれると信じています」
「これはまた肝の据わったお嬢さんじゃないか。さて、あとはあんた次第だが――」
ばさり――
男の言葉を遮ってレイヴンは札束をテーブルに投げ出す。傾きかけた流れを留めるには、これ以上調子に乗らせてはいけない。それに、金で代わりが務まるなら、その役目は紙に書かれた大統領に任せるべきだ。
「こいつの代わりに一五〇ドル追加してやる、勝った方が総取りだ」
「……そうこなくちゃな」
括られた札束を見て男の口角が吊上がった。
見事に乗せられた感は否めないが仕方がない、勝てば官軍、金も通行証も手に入るのだ。
余裕のあった勝負が気が付けば五分となり、レイヴンは山札に手を伸ばす。その時だ、聞いたことのある艶やかな声が、彼等の間に割ってきたのは。
「面白そうな勝負をしておるな小僧、吾も混ぜてもらおうかのう?」
たなびく白髪
宵闇を思わせる蒼肌
その姿には、思わずレイヴンも声を荒げる。
「あ! てめぇっ!」
「騒ぐな小僧。聞き分けの無い子供じゃあるまいに」
それとも本当に餓鬼なのか?
そう語る瞳に見据えられては騒ぎ立てるだけ愚か、レイヴンは怒声を鼻息に変えて彼女を睨付けていた。と――
「資格はこれで充分であろう。始めようではないか」
一体何を思ったのか。
艶笑を讃えるダークエルフの女は、誘う素振りで席に着き札束をテーブルに投げ出した。
不敵な自信を漂わせたレイヴンがカードに加わってから少し後、アイリスは言い寄ってくる男達と話ながらゲームの成り行きを見守っていた。最初こそルールも分からず待つだけだった彼女だが、群がってくる男達のおかげで状況を掴めるようになっている。
レイヴンが行っているのはホールデム・ポーカーと呼ばれるカードゲームだ。
まずは手札が二枚くばられる。
その時点で一度目のベット、プレイヤー全員が時計回りで賭を行う。
現在の掛け金と同額を賭けるか、掛け金を増やすか、或いは降りる。
一巡するとテーブルに共通のカードが三枚配られ、そしてベット。これを共通カードが五枚になるまで繰り返し、プレイヤーが残った場合、最初に配られた二枚の手札と場にあるカードで役を作って勝負するのだ。
アイリスにはカードにおける駆け引きなど分からないが、それでもレイヴンが強いというのは分かった。なにしろ、彼が参加するまで五人座っていたテーブルは三人にまで減り、そして今、一人が席を立った。
「悪いな、俺の勝ちみたいだ……」
勝ち分をかき集めながらレイヴンが言う。
テーブルには商人風の男だけが残っていて、彼はレイヴンの狙いなど知らず、向かいに積もった札を悔しそうに眺めるばかり。歯軋りまで聞こえそうだが、有り金全て巻上げられば当然だ。
「あんたが巻上げたその金は、おれ達の一ヶ月分の稼ぎなんだぞ」
「負け惜しみとは商人らしくもない」
勝者の余裕か、レイヴンは煙草を燻らせて煽る。マッチを擦る所作から、紫煙を吹き出す唇まで、悉く挑発が込められていた。商人でありながら昼の酒場でカードに興じるような男には、露骨なくらいが丁度いい。
「取り返す気があるなら受けるぜ? それか暫くひもじい思いして過ごすんだな、一ヶ月程度なら何とかなるさ。さぁ、どうする」
「賭けるモンがありゃ賭けてるってんだ」
「……あるじゃねえか。通行証、持ってるんだろ」
レイヴンの見透かすような眼付きに、男は思わず左胸に手を当てる。それだけ大事な物なら身に付けているだろうと思っていたが案の上だ。
「こ、こいつを賭けろっていうのか」
「身ぐるみ剥いでも掛け金には足りねえが、通行証なら受けてやるよ」
「……よし、乗った」
男にとっては苦渋の選択であり、胸ポケットから取りだした通行証をテーブルに置いた時の表情は破滅に足をツッコんでいる愚者のそれだ。しかし、それでも強欲な所は、なるほど商人であると思わせる。
「通行証を賭けてやる。ただし、こっちにも条件が」
「意地汚えな、何だよ?」
「その条件で賭けても良いが、その場合、勝ち分だけじゃ釣り合わない、そこでだ――」
男の視線がちらり、カウンターへと向く。
正確にはそこにいるアイリスへと向いた。
「――? わたしになにか?」
「あんたには連れの女を賭けてもらう」
「………………」
商人と拳銃遣いに似たところがあるとすれば、相手の弱味を攻める点だ。そうすれば例え劣勢だとしても逆転の目が強くなる。
今度はレイヴンが顰めっ面になる番だった。
「あいつはダメだ」
「レイヴン、どうかしたんです?」
「何でもない、向こうで飲んでろ」
二人のやりとりが気になったらしく、アイリスがテーブルへと歩み寄ってきたが、タイミングとしては最悪だ。ペースはますます男の方に流れていく。
「そう邪険にするなって、お嬢さんもおれ達の話に加わりたいだけだろう?」
「ええ、わたしにも関係あるようですし」
そう男に応じたアイリスは、凛と背筋を伸ばしてレイヴンに笑みを向ける。
「その勝負受けて下さい」
「聞こえてたのか」
「当然です。わたしの耳は鋭いので」
「簡単に言うな、どうなるか理解してんのか?」
「この旅はわたし達の旅です、訪れる困難もわたし達の物ですよ。それに、レイヴンなら勝ってくれると信じています」
「これはまた肝の据わったお嬢さんじゃないか。さて、あとはあんた次第だが――」
ばさり――
男の言葉を遮ってレイヴンは札束をテーブルに投げ出す。傾きかけた流れを留めるには、これ以上調子に乗らせてはいけない。それに、金で代わりが務まるなら、その役目は紙に書かれた大統領に任せるべきだ。
「こいつの代わりに一五〇ドル追加してやる、勝った方が総取りだ」
「……そうこなくちゃな」
括られた札束を見て男の口角が吊上がった。
見事に乗せられた感は否めないが仕方がない、勝てば官軍、金も通行証も手に入るのだ。
余裕のあった勝負が気が付けば五分となり、レイヴンは山札に手を伸ばす。その時だ、聞いたことのある艶やかな声が、彼等の間に割ってきたのは。
「面白そうな勝負をしておるな小僧、吾も混ぜてもらおうかのう?」
たなびく白髪
宵闇を思わせる蒼肌
その姿には、思わずレイヴンも声を荒げる。
「あ! てめぇっ!」
「騒ぐな小僧。聞き分けの無い子供じゃあるまいに」
それとも本当に餓鬼なのか?
そう語る瞳に見据えられては騒ぎ立てるだけ愚か、レイヴンは怒声を鼻息に変えて彼女を睨付けていた。と――
「資格はこれで充分であろう。始めようではないか」
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