ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第二話 イザリス砦に棲む獣

ブルースキン・タンゴ Part.2

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蒼き肌の森人と彼女達は呼ばれている。

 ダークエルフ族は、元々アトラス大陸北部の森林地域で暮らしていた狩猟民族で、インディアンやその他種族と同様に、アトラス大陸の先住民である。

 欧州で暮らすエルフ族と同様に長寿。
 外見的特徴としては肌は蒼く、頭髪は白い。そしてなにより、美男美女揃いであるというのが、レイヴンが知りうる限りのダークエルフ族に関する知識だった。
 個人的にも初めて出会った仲、そして気を許せるほどの知識も無い種族であるにも関わらず、どういう訳か、レイヴンは彼女をたき火に招き入れていた。

「本当にいいんですか、レイヴン? 見ず知らずのダークエルフを招待するなんて」
「無理やり俺に付いてきた奴が言える台詞か」
「……むぅ~」

 アイリスだって最初は似たようなものだったのだ。
 そこを責めてやると彼女はぷっくりと頬を膨らませたので、レイヴンはアイリスを突くよりも、ダークエルフを観察する方に目を使うことにした。

 彼女達に関する知識は乏しいが、それでもこのダークエルフが地元の者でないことは直ぐに分かった。彼女の服装、そして装備は明らかに長躯の旅をこなす為の物。森で狩猟を行って暮らしている種族が、わざわざ動きを阻害するダスターコートなんぞ身に付けるはずが無い。羽織った一枚を脱げば布きれ一枚を巻いただけの軽装のようだが、革製のロングパンツに拍車付きのブーツまで履いていれば、アイリスの服装と同様にむしろ荒野の方が似合いの装備だった。

 と、レイヴンの視線に気が付いた女は、一つに結った長髪をたなびかせて淫靡な微笑を返す。切れ長の瞳から香り立つ魅惑は、なるほどアイリスとは別の意味で魅力的だ。

 とはいえ、観察していただけで見惚れていた訳では無い。だが、第三者からすれば似たようなもので、彼の膝を突いたアイリスの力は思いの外強かった。
「もうちょい加減してくれアイリス、そこそこ痛かったぞ」
「……さっきは何を話していたんです? エルフ語で話してましたよね?」

 苦情は無視してアイリスが言った。
 森から出て来たダークエルフと、レイヴンはエルフ語で会話していたのである。一言、二言の短い会話だったが、それでも内容が気になるとアイリスは迫ってくる。

「火を使わせてくれとさ。……多分な」
「ふーんです。それでレイヴンはなんと答えたんです?」
「エルフ語は喋れない」
「話してたじゃないですか」
「だから、エルフ語は喋れないって言ったんだ」

 アイリスは不思議そうな表情を浮かべて、矛盾を処理しているらしかった。

「ああ! エルフ語で、エルフ語は話せないって言ったんです?」
「だからそう言ってるだろさっきから」
「そうだったんですか。以前、インディアンの方々とお話してたので、てっきりエルフ語も話せるのかと思ってました」
「はっ! 喋れる訳ねえだろ、あんな難しい言語」

 読めもしなければ、話せもしない。そもそも発音できるかも怪しいくらいだとレイヴンが答えてやると、当然の質問が返ってきた。

「じゃあ、どうしてレイヴンは彼女が言ってることが分かったんです?」
「分からねえよ、身振り手振りでなんとなくだ」
「……え~」

 驚き半分呆れ半分、アイリスはそんな感じだった。
「よくそれで招き入れようと思いましたね、レイヴン」
「困ってるのは本当らしかったからな。旅ってのは助け合いだ、大人しくしてる分にはこっちだって特に文句はねえ。問題起こすなら撃つだけよ」

 なるようになるし、するようにする。
 強盗目的で暴れるなら、あの綺麗な顔に風開けてやるだけの話だが、それでもアイリスは不満なようだった。

「レイヴンが優しいのはよーく分かります。でもです、今回は賛同しかねます」
「やけに噛みつくなぁ、なにがそんなに気に入らないんだ?」
「だって……!」

 声を荒げそうになったアイリスは、一度気を静めてから女の方をチラと見て、返ってきた微笑に唇を結ぶとレイヴンに耳打ちした。

「彼女はダークエルフなんですよ?」
「……見りゃ分かる」
「いいえ、レイヴンは分かってません。ダークエルフ族は悪魔と契約して、世界を滅ぼそうとした一族の末裔なんです。その美貌で異性を誘惑して、精気を吸い取るとも――」
「そこまでだ、アイリス」

 短く遮ったレイヴンの声音は冷淡で、アイリスに反論を飲み込ませた。たかが人間の恫喝など龍であるアイリスに通じるはずが無い、しかし、彼の語気は静かながらも怒りが込められていた。

「あの女がダークエルフってだけで嫌ってるならそのまま黙ってろ、平等と無差別を語った口から偏見を吐き出すな、都合の良い言葉には虫酸が走る。遠い祖先がやらかしたツケがあいつに関係あるか?」
「そういう訳では……」

 言葉が悪かったとアイリスは反省し、しかし真面目に続けた。

「わたしは、レイヴンが心配なだけです」
「ああ、だろうな。種族差で判断するとは思っちゃいねえよ」
「ありがとうです、気を付けます。――それで何を言いたかったかというとですね、種族云々を差し引いても、彼女は怪しく見えるのです」
「……根拠は」

 そう尋ねたレイヴンからは、すっかり怒気が消えている。つい流れで招き入れはしたが、彼も同様の感覚を抱えていたのだ。

 一応、レイヴンには疑念を抱くだけの理由があった。
 例えば銃を提げていないこと。それから、旅姿のくせに馬を連れていないことだが、どれもイマイチピンとこない。

「わたしは……勘、としか言えません。どうにも彼女とは相性が悪いというか、こう……居心地がおかしいというか、とにかく嫌な感覚が拭えないんです。胸のあたりがぞわぞわして、初めての感覚なので上手く言い表せないんですけど」
「……蹴り出す理由としちゃ弱いわな」
「嫌いな訳ではないんです。けれど仲良くなりたい気持ちの反面、一緒にいたくないというか。なんなんでしょうか、この気持ちは」
「まあ、気にしすぎなのかもな、お互いに。問題起きたら、そん時対処するさ。アイリスは気楽にしとけ」

 つまり、レイヴンは気を抜けないまま一夜を明かすことになるのだが、下手に追い出して寝込み襲われるよりも、目の届く範囲に置いておいた方がマシである。どちらにせよ、見つかってしまった以上、二つに一つの選択肢しかとれないのだから、対応可能な方を選ぶのが賢明ってものだ。

 しかし、問題は起きた。

 覚悟していただけにレイヴンの反応は早かったが、その問題の訪れ方は些か予想外であって、結果もまた予想外であった。
 がさがさと草木を分ける音がして、レイヴンは即座に立ち上がり銃を抜く。

「……まったく客の多い日だぜ。誰だ⁉」

 撃鉄を起こし照準
 気配の方向を睨付けていると、二人組のガンマンが両手を挙げてゆっくりと姿を現した。

「やり合う気はねえアミーゴ、聞きたい事があるだけだ」
「聞きたい事? 夜のキャンプに近づいてきて、その台詞を信じる奴がどれだけいるかね」
「そう言うなよ、面倒は掛けねえ。このあたりでダークエルフの女を見なかったか?」

 不思議な事を聞くもんだとレイヴンが横目でたき火の方を覗う。しかし、そこにはアイリスしかいない。
 ついさっきまで、確かにダークエルフの女はそこの岩に腰掛けて暖を取っていた。

 だのに、である。

 ほんの一瞬目を離した隙に、彼女は影も形も失せていて、直ぐ横に座っていたアイリスはあんぐり口を開けたまま、目をぱちくりさせていた。ある意味、彼女が一番驚いているのかもしれない。

「黒いジャケットを着た、背の高い│蒼肌《ブルースキン》だ。アンタ等、見なかったか?」

 問われ、アイリスの彷徨っていた視線はレイヴンへと向くが、何か言いたげな彼女がうっかり言葉を溢す前に、レイヴンが口を開いた。この二人組の目的が不明な以上、知らぬ存ぜぬで通すが吉だ。

「いいや、知らねえ。見ての通りここには俺達だけだ」
「本当か? 隠してるとためにならねえぞ」
「脅しのつもりか? 人に物尋ねる態度じゃねえな」

 ガンマンの一人はかなり苛ついているようで語気も荒い。幸いなのは、相方の方はいくらか冷静な点だった。

「そう興奮しないでくれ、俺達はその蒼肌を探してるだけなんだ。――そっちの女はどうだい? あんた、何か知らねえか?」
「ひゃい⁉ え、えっと、わたし、です?」
「そうだ、あんただよ」

 見るからにアイリスはパニクっていた。元から嘘を付くのがヘタな上、動揺激しいところに質問されては挙動不審にもなるというもの。あの様で正体は龍だというのだから、まったく世界の真実とは不可思議極まるものである。

 困りに困ったアイリスが、どうしましょう? と目で訴えてくるのでレイヴンは助け船を出してやった。というか、彼女に任せたら確実にボロが出そうだから、そうするしかなかったとも言える。

「俺と一緒にいたんだ。そいつに訊いても同じ答えしか返ってこねえよ」
「四六時中べったりって訳じゃねえだろう、それとも不都合があるってのかい?」
「おい、女! │蒼肌《ブルースキン》かくまってんじゃねえだろうな! あのアバズレを庇い立てするようなら、テメェもただじゃおかねえぞ!」

 そう怒鳴り、ガンマンの一人がアイリスに近づこうとした。
 となればレイヴンが許すはずが無く、男の眉間に狙いを付けて動きを止めてやる。

「レディに対する口の利き方もなってねえな。話は終いだ、とっと失せろ」
「待ってください、レイヴン」

 ようやくパニックから回復したのか、立ち上がったアイリスがレイヴンに寄り添いながらガンマン達に向かい合った。
 遅まきながらも彼女は質問に答えるつもりらしい。

「お二人はどうあってもわたしの口から聞きたいようですから、お答えしておきます」
「ほう……、ぜひ聞きたいね」

 レイヴンが不安半分でアイリスを見遣ると、彼女は自信ありげに笑みを浮かべていた。パニックからは完全に立ち直ったようだ。

「わたしも、何も、知りません。貴方方の言うダークエルフの女性など見てもいませんし、噂を聞いたりもしていません。……これで満足です?」
「あんたの言葉が真実なら、な」

 ガンマン達は食い下がった。
 最初に見せたアイリスの動揺から裏があると踏んだようだが、こちらから話すことなど最早無く、早々に追い払おうとレイヴンが言う。

「証明なんざ出来やしねえ。する気もねえが、一つ意見を言わして貰おうか。俺としてはあんた達こそ見当違いの場所を探してるんじゃねえかと思うんだが」
「蒼肌の後を追って来てんだ、あのアマが森に入ったのは間違いねえんだよ」
「だが、見つからねえって事はとっくに森を抜けてんだろうよ。ダークエルフは森を知り尽くしてる、その女が森に残ってるならアンタ等を始末する為だ。けど生きてるって事は、ここにゃあいねえってこった。仮に隠れてるとしても、探すだけ無駄。森の中じゃ、逆立ちしたってダークエルフを見つけるなんて不可能だぜ」
「……やけに詳しいじゃねえか」
「昔、軍にいた奴に聞いた、奴らと森で闘うなってな。それにだ、人間に追われてるダークエルフが、人間の前に姿現わすと思うか? それこそ間抜けだろ」

 ひたすらの理詰め。
 考えてみれば矛盾だらけなのだ、わざわざダークエルフを庇うような人間はまずいない。ましてや人間相手にいざこざを起こしたとなれば尚更だ、庇う道理も、得も無い。十中八九明け渡すのが普通。
 そうやって、いきり立ったガンマン達の思考の隙間に意見を挟み込んでやれば、彼等も無駄な時間を過ごしたと思い直す。

 まあ、そのダークエルフに対する恨みは相当らしく、憤りは抱えたままだったが、とにかく彼等は大人しく引き下がってくれた。死体が転がらなかっただけでも上首尾、撃っちまえば確かに早いが、新鮮な死体の傍で眠るなんて御免なのである。

「……どうも邪魔したな、もう行くよ」
「ただ、この先で蒼肌を見かけたら覚えておいてくれ。それじゃあな――」
「ちょい待った」

 すでに背を向けて、去ろうとしている二人を呼び止めたのはレイヴンだ。他人の面倒に首を突っ込むべきでは無いが、それでも理由だけも知っておきたい。伏せてこそいるが、その女と会っている可能性があるのだから。

「そこまでして追うからには、理由があるんだろ。そのダークエルフ、何をしでかした?」
「「…………」」

 ガンマン達は顔を見合わせ、数瞬の後に口を開く。
 その内容は……予想通りというか、追われるにしてはごくごく平凡な理由だった。

「殺しだよ、奴は俺達の仲間を殺しやがったんだ。あんたも気を付けるんだな、特に、ベッドに誘い込もうとする蒼肌には」

 そう言い残し、草の根掻き分け消えていくガンマン達を見送ってから、レイヴンは拳銃をホルスターに戻した。


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