ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第一話 拳銃遣いと龍少女

銃よ、暗き夜を照らせ Part.6

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「もういいアイリス、充分だ」

 そう答えてやると、アイリスの巨体は突如巻き起こった竜巻に隠れ、晴れた中からは龍人の姿となった彼女の裸体が現れた。

「目の前で見ても、中々信じられない光景だな。さっきのが本当の姿だったとは」
「けれどもあなたは、驚きませんでしたね、レイヴン」
「一応の予想はしてたからな」
「……先程は見苦しいところを見られてしまいました、月の魔力に当てられて自制が利かなくなるなんて」

 肩を竦めてやるとアイリスは微笑を浮かべた。
 平静を取り戻す為に強がっての笑みだったが、レイチェルはそこに安心を見出したらしく「ありがとう」と溢す。

 ……どうやら命拾いをしたと感謝しているらしいが、腹立たしいことだ、実に。礼を言われる筋合いなどないのだから。
 拳銃のローディングゲートが開く。手動で回るシリンダーから空薬莢が抜け落ちて、鈴の音と共に地面で踊る。

「勘違いも甚だしいぜ。お前の命を助けるわけがねえ。お前は俺の獲物だ、誰かに横取りされる訳にはいかねえんだよ」

 一発だけ込め直して勢いよくシリンダーを回すレイヴンは、回転が止まると撃鉄を起こして盗賊の女となれ果てたレイチェルに突き付けた。
 この期に及んでの命乞いが耳障りで癪に障る、いっそ悪党らしく罵倒でも吐き捨てるくらいが、今際いまわの言葉に相応しい女だというのに、涙ぐましい命乞いなど都合のいい話だ。しかし、それも直に止む。人差し指を軽く絞れば、終焉のパーカッションが復讐の完遂を告げるのだ。

 仲間の無念を晴らす時。

 この瞬間を求め、長い時間旅をしてきた。失った全ての精算を行う為にだ、その歓喜がようやく訪れる。……ところがだ、白い鱗に覆われた細い手が、静かに、そして慈悲深く銃身を抑えたのである。

「……すっこんでろ、アイリス」

 立ち入ってはならない瞬間というのがあり、今は正にその時で、レイヴンのそれは恫喝であったが、アイリスは黄金の瞳を細めると、緩やかに首を振った。

「レイヴン、理解しているとは言いません。ですがあなたの気持ちは、いまならばわたしにも察することができます。皆が傷付いた姿にどれほどの怒りを感じたことか……、ましてや家族同然に慕っていた仲間を奪われれば、あなたの抱く憎しみは、わたしが抱いたそれよりも遙かに大きく深いものでしょう。しかしです、レイヴン。いくら憎き仇とはいえ、抵抗の意思さえ失ったレイチェルを撃つことに、どれほどの意味がありますか」
「撃つことに意味はねえ、撃たねえことが問題なんだ。こいつにはツケを払わせなくちゃならねえんだよ」
「魔具さえ取り上げてしまえば彼女は魔女としての力を失うのです、魔力壁はおろか、火種さえ起こせない人間の女なのですよ。魔女があなたの仇ならばレイヴン、あなたが討つべき魔女は既にいないのです」

 腹立たしくなる甘さだ。話ながらもレイヴンは、すっかり怯えているレイチェルから目を離さない。

「……許せと、ぬかすつもりなら諦めろ」
「到底無理な相談でしょう、もしも立場が逆ならばわたしでも許すことはできないと思いますから。……あまり考えたくありませんね」
「だったら、止めるな」

 気持ちが想像出来るのならば、逆の立場でするであろう行動も理解できるはずだ、だのに『生かせ』と口走れる理由はどこにあるのか、レイヴンは自然と尋ねていた。
 するとアイリスは、慈愛に満ちた微笑みでこう返した。

「あなたですよ、レイヴン。あなたの心根は気高く高潔であり、弱者への優しさに満ちています。魔女への復讐は果たしたと、どこかで分かっているでしょう。ならばその銃は、力なき相手に向けるものではないのでは?」
「仮に俺が見逃したとしても、こいつは他の場所で同じ事を繰り返すさ。魔法が使えようが使えまいが関係ねえんだ、悪党ってのは死ぬまで悪党なのさ」
「野に放てとまでは言いません。ですが幸い、人間社会には法というのがあると聞きます、裁きは法に委ねてはどうですか」

 このままレイチェルを引き渡せば、息子をやられたカウフマン保安官は手を叩いて喜ぶだろう。あの髭面が楽しげに歪む様を拝みたい気もするがしかし、渡したところでレイチェルの未来は決まっている。

 広場の真ん中で縛り首だ。

 これまでしでかしてきた悪行を鑑みれば、逃れられない刑であるし、石を投げる者はあれど悲しみに涙する者はいない。どのみち行き着く先は同じ、ならば目的を果たすべきだ――。

 その決意を察したのかアイリスは一歩下がり、だが改めて諭す。

「復讐は甘美でしょう。……頭で考えるのではありませんレイヴン、心に従ってください。どうすることが、あなたにとって良い選択なのかを」

 祈りを捧げるかのように穏やかなアイリス
 四四口径の眼差しに瞼を堅く結ぶレイチェル

 その二人に挟まれて、レイヴンは銃を構え続け、やがてほんの少しだけ力を加える。
 軋んでいたスプリングが人差し指で放たれれば撃鉄が落ちて――


 カチンッ…………!


 と、乾いた金属音だけが鳴った。

 撃鉄の叩いたシリンダーには、弾は入っていなかった。

 悔しさと未練を滲ませながらも、レイヴンは拳銃をホルスターに収める。終わらせるつもりで銃爪を引いた結果だ、とどめの一発が出なかった以上、受け入れるしかない。

「ツイてたな。こいつに、アイリスに感謝するんだな」

 復讐の為に魔女を追ってきた。その魔女は龍を操り、哄笑と共に愛すべき仲間を葬り去った卑劣な女、絶望の象徴と呼ぶに相応しい魔女であって、涙ながらに命乞いをするレイチェルは、正しくアイリスの言う通り、魔女としては既に死んでいた。
 いっそ猛々しく悪辣にのたまってくれたのならば、躊躇いも情けも生まれなかったろう。それほどにレイチェルが覗かせた人間味は、レイヴンにとって腹立たしいものであった。憎き魔女が撃つに値しないとは、何と皮肉なことか。せめて彼の溜飲を下げる理由があるとすれば、木に吊るされたレイチェルの首を眺める機会があるという点だ。

「た、たすけてくれるのかい……?」
「口を閉じてろ、俺の気が変わらないように」

 彼女のみすぼらしい様を眺めていると感じる屈辱、こんな女相手に負けたのかと思うと仲間達の記憶まで貧相な物に成り下がってしまう。
 悪党らしく有ることを望むが故に、生に縋る必死さが見るに堪えず、レイヴンは彼女に背を向けた。良き思い出を穢されまいと……。

 しかしだ、自分で言った言葉を忘れてしまうなんて迂闊と言わざるおえない。

 悪党は死ぬまで悪党で、その道においては生き意地の汚さは美徳である。どんなことをしてでも生き延びればいい、泣き落としに、命乞い、何でもござれだ。よしんば未来の見えない身だとしても道連れにすることぐらいは出来るのだから。


 ――銃声


 肩を跳ねさせたレイヴンが振り返れば、左手で銃を掴んだレイチェルの胸に一発、紅い染みが拡がっていく。レイヴンと同等の目的と理由が込められた銃弾を見舞ったライフルから熱気を纏った薬莢が排出され、射手は照準器から目を離した。


「家族の仇さ……魔女め……!」


 焼け焦げてボロボロになったドレス姿の女、――ヘザーは魔女が事切れる刹那までも見届けようと目を離さない。血に滑った唇が開くのも僅かだって見逃さなかった。

「何が家族だチクショウ……、どいつも、こいつも……あたいを見下しやがってよ……。くたばっちまえ、あんたら全員……ッ! 憶えとけ……おぼえとけよ…………」

 レイヴンとアイリス、そしてヘザーに囲まれているレイチェルは呪詛の言葉を並べると、やがて瞳から光を消して動かなくなった。


 静寂が満ちる。


 ……終わったのだ。いや、終わってしまったと言うべきか。かつての仲間と同じように死体となったレイチェルを見つめるレイヴンは、ただ黙って暫くそこに立っていた。

 動く気になれず、全身の力が抜けてしまったようだった。
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