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第一話 拳銃遣いと龍少女
銃よ、暗き夜を照らせ Part.5
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《貴様ァ!》
地上は死屍累々の血なまぐささで満ちていて、千切れ飛んだ牧夫の中には会話を交わした者もいた。制止するレイヴンも傷だらけで、その姿がいっそアイリスから理性のタガを外したのだ。
目の色が変わるとはよく言ったものだ、今のアイリスの眼光には僅かばかりの理性も残っていない。まさしく獰猛な獣のそれ、血に餓えた龍の眼差しにはレイヴンの声さえ届かない。
「よせアイリス、深追いするな!」
興奮しても戦い慣れしてるのはレイチェルの方だ。追い回されても致命的な一撃だけは決して受けない。腕力任せのアイリスの攻撃をひらり躱し続け、乱れ飛ぶ二頭の龍は複雑な軌跡を描き、寄っては離れてを繰り返していた。
やがて大振りの一発を見切ると、レイチェルはまたしても一気に距離を取り、そしてアイリスもまた、同じように突撃を繰り返す。
――待ち構える罠の中へと。
「デカいのは図体だけだね《溶岩……》」
しかし魔法の予備動作を感じ取るや、アイリスは大翼で強く空を掻いて軌道を変えた。急角度の回避機動を追うのには、詠唱が必要な魔法では時間がかかりすぎ、照準を振り切った彼女は旋回しながら隙を覗う。
「ちょこざいな蜥蜴め、叩き落としてやる。《火焔弾》!」
放たれた火球は怒りにまかせて吼えているアイリスの後方へ抜けたが一発目は照準用、続く魔法はしっかりと狙いを修正されている。
「ぎゃーぎゃー喧しいねぇ、喰らいな《火焔連弾》!」
複数の火球が同時に現れ、次々に標的目掛けて飛んでいく。まるで炎の流星群で、一発だけの点による攻撃から、複数射による面攻撃にレイチェルは切り替えていた。
同時に複数発に狙われては回避に専念しても無傷でいるのは難しく、ましてや完全にブチ切れているアイリスは必要以上に避けようとはしていない。
肉を切らせて骨を断つ。その意気で身体を強張らせるが、火球は彼女の鱗に触れる前に空中で炸裂した。
地上から奔った稲妻の残光が射手を語る。
「ヴァンクリフ⁉ 馬鹿なッ! あの距離で撃ち落とすなんて……!」
「一直線に飛ぶなら狙うのは楽だぜ。――それにお前、一々驚きすぎなんだよ、下見てる場合かアホめ」
「――ッ⁉」
《コムスェッ!》
眼前の敵から目を離す致命。煙幕を抜けた牙が列を成して現れ、身体を食い千切られる寸前でレイチェルは身を捻る、だが上半身が難を逃れた代わりにバランスを失い、彼女は龍上から放り出された。
「しま――……っ! ワイバーン、こっちに来な!」
だが、小型龍が助けに向かうことをアイリスは許さなかった。割って入った彼女は一喝の元に上位種の威厳で叩き伏せ小型龍を追い払う。
そうなればレイチェルは重力に引かれて落ちるだけ、あとは数秒の後に地面にぶつかり、ぐちゃり――トマトの様に潰れることになる。しかしだ、レイヴンも彼女が紅く咲くと思っていたが、彼女は咄嗟に魔法を使ったらしく、地面に叩きつけられてもまだ息をしていた。とはいえ無傷とはいかず、堕ちた魔女は四つん這いでなんとか生きている状態だった。
「はぁはぁ……クソ…………」
ズズン、と地鳴りにレイチェルが顔を上げれば、そこには雄牛さえ蹴り殺せる龍の足があり、殺意を乗せた喉なりに顎を上げると、貫かんばかりの強烈な視線が彼女を捉えていた。
完全に別種の、言葉を解さない巨龍の眼光にレイチェルは初めて恐怖を覚え、唾液滴る口から鋭利な牙が露わになれば「ひぃ」と引き攣った悲鳴が上がり、彼女は反射的に右手を突き出し爆発魔法を発動させた。詠唱もなし、魔法名さえ唱えなかった為に威力は低く、接触状態でもアイリスに傷一つ負わせることは叶わなかったが、本人も予期せぬ爆発魔法は、むしろ発動者自身に牙を剥いたのだった。
……近すぎたのだ。爆風で吹き飛ばされたレイチェルが違和感に目を向けると、あるはずの物が消えていて、代わりに袖には真っ赤な染みが付いていた。
「あああぁぁ! 腕が……、あたいの、み、右手がぁ……」
更に爆発魔法は、もう一つ最悪な事態を招いていた。すでに怒髪天を突いている龍の鼻先を魔法で蹴りつけたのだから、これを最悪と言わずになんというのか。
腕を無くし、激痛に呻くレイチェルは龍の牙から逃れようと這いずり下がるが、龍の一歩から遠ざかろうともがく彼女は、やがて何かにぶつかった。
「よお、レイチェル」
「……ヴァ、ヴァンクリフ」
レイヴンは拾い上げた紅い宝珠を弄びながら、抑揚の少ない声で答える。
「ひどい有り様だな。どうした、地面は慣れないか」
「も、もうゆるしとくれよ……、わるかったからさぁ……」
青息吐息のレイチェルに生暖かい吐息がかかる。アイリスの足音、噛み合わさった白龍の牙は鋸よりも鋭く尖り、魔女を食い千切らんとしていた。
それとも鉤爪で一裂きにする気かもしれず、前腕が振りかぶられる。
「アイリス」
呼びかけ、彼は静かに首を振る。アイリスに魔女を手にかけさせるわけにはいかない。
間違いなくアイリスはとどめを刺す気でいたが、レイヴンの姿を認めたことで怒りから醒めたのか、静かに腕を下ろす。ようやく理性が戻ったようだった。
「聞いとくれ。魔具が無けりゃ、あたいはただの女なんだよ……。魔法だってつかえやしない、ただの女なんだ……」
「だとしても、お前は仲間を殺した。俺の家族を……許す理由がどこにある」
「憶えがないんだよ、ほんとうさね……、あんたとだって今日初めて会ったんだよ……? ねぇ、この龍
に言っとくれ、あんたの言うことなら聞くんだろ……?」
アイリスは、じぃっとレイヴンを見つめていて、そこに言葉はないが、どうするべきか尋ねられているように感じたレイヴンは口を開く。
地上は死屍累々の血なまぐささで満ちていて、千切れ飛んだ牧夫の中には会話を交わした者もいた。制止するレイヴンも傷だらけで、その姿がいっそアイリスから理性のタガを外したのだ。
目の色が変わるとはよく言ったものだ、今のアイリスの眼光には僅かばかりの理性も残っていない。まさしく獰猛な獣のそれ、血に餓えた龍の眼差しにはレイヴンの声さえ届かない。
「よせアイリス、深追いするな!」
興奮しても戦い慣れしてるのはレイチェルの方だ。追い回されても致命的な一撃だけは決して受けない。腕力任せのアイリスの攻撃をひらり躱し続け、乱れ飛ぶ二頭の龍は複雑な軌跡を描き、寄っては離れてを繰り返していた。
やがて大振りの一発を見切ると、レイチェルはまたしても一気に距離を取り、そしてアイリスもまた、同じように突撃を繰り返す。
――待ち構える罠の中へと。
「デカいのは図体だけだね《溶岩……》」
しかし魔法の予備動作を感じ取るや、アイリスは大翼で強く空を掻いて軌道を変えた。急角度の回避機動を追うのには、詠唱が必要な魔法では時間がかかりすぎ、照準を振り切った彼女は旋回しながら隙を覗う。
「ちょこざいな蜥蜴め、叩き落としてやる。《火焔弾》!」
放たれた火球は怒りにまかせて吼えているアイリスの後方へ抜けたが一発目は照準用、続く魔法はしっかりと狙いを修正されている。
「ぎゃーぎゃー喧しいねぇ、喰らいな《火焔連弾》!」
複数の火球が同時に現れ、次々に標的目掛けて飛んでいく。まるで炎の流星群で、一発だけの点による攻撃から、複数射による面攻撃にレイチェルは切り替えていた。
同時に複数発に狙われては回避に専念しても無傷でいるのは難しく、ましてや完全にブチ切れているアイリスは必要以上に避けようとはしていない。
肉を切らせて骨を断つ。その意気で身体を強張らせるが、火球は彼女の鱗に触れる前に空中で炸裂した。
地上から奔った稲妻の残光が射手を語る。
「ヴァンクリフ⁉ 馬鹿なッ! あの距離で撃ち落とすなんて……!」
「一直線に飛ぶなら狙うのは楽だぜ。――それにお前、一々驚きすぎなんだよ、下見てる場合かアホめ」
「――ッ⁉」
《コムスェッ!》
眼前の敵から目を離す致命。煙幕を抜けた牙が列を成して現れ、身体を食い千切られる寸前でレイチェルは身を捻る、だが上半身が難を逃れた代わりにバランスを失い、彼女は龍上から放り出された。
「しま――……っ! ワイバーン、こっちに来な!」
だが、小型龍が助けに向かうことをアイリスは許さなかった。割って入った彼女は一喝の元に上位種の威厳で叩き伏せ小型龍を追い払う。
そうなればレイチェルは重力に引かれて落ちるだけ、あとは数秒の後に地面にぶつかり、ぐちゃり――トマトの様に潰れることになる。しかしだ、レイヴンも彼女が紅く咲くと思っていたが、彼女は咄嗟に魔法を使ったらしく、地面に叩きつけられてもまだ息をしていた。とはいえ無傷とはいかず、堕ちた魔女は四つん這いでなんとか生きている状態だった。
「はぁはぁ……クソ…………」
ズズン、と地鳴りにレイチェルが顔を上げれば、そこには雄牛さえ蹴り殺せる龍の足があり、殺意を乗せた喉なりに顎を上げると、貫かんばかりの強烈な視線が彼女を捉えていた。
完全に別種の、言葉を解さない巨龍の眼光にレイチェルは初めて恐怖を覚え、唾液滴る口から鋭利な牙が露わになれば「ひぃ」と引き攣った悲鳴が上がり、彼女は反射的に右手を突き出し爆発魔法を発動させた。詠唱もなし、魔法名さえ唱えなかった為に威力は低く、接触状態でもアイリスに傷一つ負わせることは叶わなかったが、本人も予期せぬ爆発魔法は、むしろ発動者自身に牙を剥いたのだった。
……近すぎたのだ。爆風で吹き飛ばされたレイチェルが違和感に目を向けると、あるはずの物が消えていて、代わりに袖には真っ赤な染みが付いていた。
「あああぁぁ! 腕が……、あたいの、み、右手がぁ……」
更に爆発魔法は、もう一つ最悪な事態を招いていた。すでに怒髪天を突いている龍の鼻先を魔法で蹴りつけたのだから、これを最悪と言わずになんというのか。
腕を無くし、激痛に呻くレイチェルは龍の牙から逃れようと這いずり下がるが、龍の一歩から遠ざかろうともがく彼女は、やがて何かにぶつかった。
「よお、レイチェル」
「……ヴァ、ヴァンクリフ」
レイヴンは拾い上げた紅い宝珠を弄びながら、抑揚の少ない声で答える。
「ひどい有り様だな。どうした、地面は慣れないか」
「も、もうゆるしとくれよ……、わるかったからさぁ……」
青息吐息のレイチェルに生暖かい吐息がかかる。アイリスの足音、噛み合わさった白龍の牙は鋸よりも鋭く尖り、魔女を食い千切らんとしていた。
それとも鉤爪で一裂きにする気かもしれず、前腕が振りかぶられる。
「アイリス」
呼びかけ、彼は静かに首を振る。アイリスに魔女を手にかけさせるわけにはいかない。
間違いなくアイリスはとどめを刺す気でいたが、レイヴンの姿を認めたことで怒りから醒めたのか、静かに腕を下ろす。ようやく理性が戻ったようだった。
「聞いとくれ。魔具が無けりゃ、あたいはただの女なんだよ……。魔法だってつかえやしない、ただの女なんだ……」
「だとしても、お前は仲間を殺した。俺の家族を……許す理由がどこにある」
「憶えがないんだよ、ほんとうさね……、あんたとだって今日初めて会ったんだよ……? ねぇ、この龍
に言っとくれ、あんたの言うことなら聞くんだろ……?」
アイリスは、じぃっとレイヴンを見つめていて、そこに言葉はないが、どうするべきか尋ねられているように感じたレイヴンは口を開く。
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