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第一話 拳銃遣いと龍少女

銃よ、暗き夜を照らせ Part.2

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「《破爆ブラスト!》」

 唱え終えるや突然の光と衝撃が夜空を彩り、サイロの先端が粉々に砕け散る。
 一瞬だった。予兆もなく起きた爆発から白い木片が雨粒の如く地面を叩く無情、存分に力を振るったレイチェルは高笑いしながら残響を愉しんでいる。

「どうだい、どうだい⁉ これが魔女の、あたいの魔法さッ! 何だって出来る。腕っ節しか能の無い男の時代は終わったんだよ!」
「…………」
「いいねぇ、イイ表情だ。あそこにいたのは知り合いだったみたいだね、吹き飛ばした甲斐があるってもん――」

 続けざまの射撃音。
 痛みを押し殺して、レイヴンは呆気にとられていた盗賊の残りを地面に転がす。シャツは血みどろ、額は汗だくでも、眼光は鋭いままに拍手している魔女を睨んだ。

「おやおやおや! こりゃ驚いた、生き残っちまうなんて。認めようじゃあないか、あんたを見くびってたよ、ヴァンクリフ。ふふふ、けれどももう限界のようだ、顔色が悪い」
「初めて呪文を聞いたが品ってのがねえな。随分、余裕があるようだが、周りを見てみろよ、残りはあんただけだってのに」
「あたいは感謝してるんだよ、ヴァンクリフ」
「感謝だ?」

 消えた照星に代わって、照門の上に魔女を乗せてやるが、レイチェルはまったく動じた様子は無かった。

「ふん、銃で狙われても怖くないってのは愉快だね。そうさ。男共はいつだって上に立ちたがる、支配したがる、女は道具としか見ちゃいない。こいつらも同じさ、あたいの寝首を掻こうと考えてる奴は分かるんだよ。だから連れてきたのさ、同じ死ぬなら役に立って貰わなきゃねえ」
「仲間も見捨てるとは、まさしく魔女ってわけか」
「その魔銃。人間程度の魔力が通じるかねぇ? ……おっと、その前に」

 魔女との間に立ちはだかる小型龍が両翼を広げて吼え猛る、いっそ魔銃の銃爪を絞りたいところだが、盗賊相手に弾数を使いすぎたのは否めないレイヴンは、魔銃を収めリボルバー二挺を構えなおした。

「こいつらもあんたに用があるってさ、もういっちょう踊ってくれるかい?」
「お前の部下じゃ物足りなかったところだ、ワイバーン相手なら身体も温まるぜ」

 二頭の小型龍が火の粉を撒き散らし飛翔、そしてレイチェルを乗せた一頭は観察するかの如く、一番高く高度を取った。

 高みの見物上等、前にも一頭片付けているのだ。二頭も三頭も同じこと、やってやれない道理は無いし、鉛の弾で倒せる相手なだけかなり楽だと考えられる。しかも、ありがたいことに小型龍からの攻撃手段は鉤爪か牙が精々、嫌でも外せない距離まで向こうから近づいてくる。一発いれて大人しくさせるのが大変だが……。

 闇夜に炎を反射した鱗のぬめりに向けてレイヴンは続けざまに発砲。外れたかもしれないし、仮に当たったとしても堅い鱗に弾かれたらしく小型龍は突進してくる。

 轟、と風切り音。

 急降下から振られた一撃を飛び避けると、次いで鋭利な牙が迫ってくる。頭を下げてなんとか噛まれずに済んだレイヴンは躱し様横っ面に二連射、しかし急所には届かず頭突きではね飛ばされ地面を無様に転がった。

 勢いそのままに回転、身体を起こすと再び上昇していく小型龍を彼は見上げる。すると夜空の筈なのに、そこには小さな太陽が浮かんでいて、どういう訳かその太陽はレイヴン目掛けて一直線に降ってきていた。
 またも横っ飛びのレイヴンを追いかけるように、次々と火球が降り注ぐ中、ついでにレイチェルの高笑いも木霊していた。

「あっはははは、鋭いねヴァンクリフ! まだまだ楽しめそうだ、簡単に焼いちまっちゃあつまらないしね」
「降りてくりゃ一緒に楽しめる」
「とっくりと楽しませて貰ってるさね。けどまだ足りない、もっと踊っておくれよ、そらそら! 《燃えちまいなぁ、火焔弾ファイア・ボール!》」

 いくつもの火球が現れてレイヴン目掛けて落下、これだけならまだ躱しきれたかもしれないが、同時に小型龍二頭に狙われては無傷で切り抜けるのは不可能だった。
 鉤爪は避けた、しかし火球の一つがレイヴンに直撃し、炎が一気に彼を包む。

「ぐ…………あぁ…………ッ!」

 熱いなんてものじゃない、いつか落ちる先で焼かれるだろうと知ってはいたが、ぬらぬらと燃ゆる火焔に覆われては、悲鳴どころか呼吸さえままならず、レイヴンはがっくりと膝を折ってしまった。
 力なく動かない、動けない。

「大口叩いた割に大したことないねえ、あっさり薪に早変わりだ。魔力をいただく為にも、あんたが死ぬところを連れの嬢ちゃんにも見せてやりたかったんだがねぇ。…………おや?」

 得意満面のレイチェルから笑みが消えた。

 ぽつり、降ってきた一つの水滴が彼女の頬を濡らし、次第に髪を、服を、そして大地を濡らし始めたのである。曇天からして降水はあり得たが、この雨が自然に反していると彼女だけは感じ取れていた。原因は、自然の恵みでもなんでもない。もっと人為的な、そう魔女による魔法の行使によるもの。

 発生源は牧場からだ。

「ふぅ~ん、クレイトンの所に魔女がいたとは驚いた。それにあの様子じゃあボビーの奴も生きてるみたいだね」

 雲底より降下。ぐるりと旋回するレイチェルは魔法の発生源を見極めようと目を細める。そこには両手を天に向かって目一杯広げている童女の姿があり、その上、発砲炎と思しき閃光には怒りを抑えきれない。

「あのメス餓鬼……、魔女だったのか。一族揃って逃げないうえに刃向かおうってのが余計にムカつくねえ。いいだろう、家族共々、仲良く粉々に吹き飛ばして心臓抉りだしてやる。あたいの魔法に勝てるものかよ」

 ふわり、跨がった小型龍が緩やかに飛行すると、レイチェルはじっくりと狙いを定めて、先程よりも長く、より魔力を込めて彼女は呪文を唱えていった。
 同じ魔法であっても、唱える呪文と込める魔力によって威力は大きく変化する。怨念とも呼べるほどに滾る魔力を圧縮していくレイチェルのそれは、一撃で牧場を消し炭にしてしまうくらいにまで高まっていた。

 掌が狙うは牧場の中心。あとは最後の一言だが、慎重に狙いを定める隙に付け入るのが拳銃遣いである。

 油断と慢心こそ逆転の種。

 煙を上げる人影が地面から立ち上がる。

 燻るポンチョを振り払い、レイヴンは魔銃を抜いた。シリンダーに魔力は充分、余裕ぶっこいてるレイチェルのドタマをぶち抜くのに必要なだけの威力をあるはずだ。

 反動に備えての両手保持

 感情は抑え、銃爪はソフトに

 撃鉄が落ちると目を覆いたくなる閃光と爆音が世界を一転させる。稲妻さながらの魔弾は仰天しているレイチェルへと一直線に突き進んでいき、直撃コースに割り込んだ小型龍の腹を貫通、そのままレイチェルへと魔弾は直進したが相手は魔女だ。簡単にはいかない。

 この一発にレイヴンはそれこそ全力を込めた、だのに無情、反応したレイチェルは魔力を集めた掌をかざし魔力壁を張ったのである。

「小賢しいねぇ、ヴァンクリフ! 大人しく死んでおけばいいものをさァ!」
「くたばるのはテメェが死ぬのを見てからだ、クソッタレめ!」

 二人は言葉と共に魔力を押し込み、拮抗している魔弾と魔力壁との衝突は凄まじい稲妻で雨空を彩った。

 堅い壁に穴を開けるには一点集中が一番。レイヴンが拳を握りしめるように魔力を集めていると、レイチェルはその意図を察知したらしく、猛り声を上げ、魔力壁を操る腕を振り払い力尽くで弾道を変えてみせた。

 弾かれた魔弾は目標を失い、雲へと吞まれ炸裂。その威力にはさしものレイチェルも焦りを隠せないようだった。人間の放った魔弾がたったの一発で、分厚い雲に大穴を開けて、魔法によってもたらされた恵みの雨でさえ止ませてしまったのだから、緊迫して喉を鳴らすのも当然と言えるだろう。
 レイチェルが持っていた余裕と油断は、一瞬で吹き飛んだらしいが、レイヴンも力は残っていなかった。煌々と輝く星空に浮かぶシルエット、肩で息をしている魔女が下りてきても眼を動かすのが精一杯の反抗だった。

「はぁはぁ……この、害虫が! 人間風情が! あたいは魔女、進化したんだ! あんたら下等な人間共とは違うんだよ!」
「…………何が上等だ、笑わせる。俺の仲間を殺しておいて」
「フン、まだ強がれるかい。ヴァンクリフ、あんたの仲間なんざ憶えちゃいないよ、大勢殺してきたからねぇ」

 レイチェルは脱力しているレイヴンを小型龍で蹴倒し、炎壁の向こうにある牧場を見遣る。

「さぁ~て、拾った命なんだ、簡単に殺っちまっちゃあ面白くないし、もう少し生きてておくれよ、今にあんたの連れが戻ってくるからさ。それまで暇つぶしにクレイトンを焼いてくるかね。魔女もいるみたいだし、丁度いい」
「…………」
「あらあら、オネムの時間かい?」

 焼かれた上に魔力を一気に消費した所為か、レイヴンの意識は朦朧としていた。山びこのように音が不明瞭で視界も霞むが、本能だけはまだ機能していて、執念を燃料として鉛より重たくなった右腕を持ち上げる。

 甲高い嘲笑に銃口を向け、銃爪を引いた。


 ――カチン


 深い吐息。弾が出ない撃鉄の、何と虚しいことか。やがて魔銃さえ支えきれなくなった彼の腕は、重力に屈して地面に落ちる。

「ふふふ、本当にしつこい男だね。もう少し待ってなよ、最後にはその魔銃でとどめを刺してやるからさぁ」

 渡してはならないと分かっていても、精魂吐きだしたレイヴンでは爪先でさえ抵抗出来ずに奪われるだろう。レイチェルが軽く持ち上げればお終い、収獲よりも容易く魔銃は彼女の手に落ちる。

 だが、そうはならなかった。


 腹の底から震えが来るような咆哮が、満月の空に轟いたから。
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