ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第一話 拳銃遣いと龍少女

値する者 Part.3

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 衝撃と共に訪れた睡魔、或いは混濁。干し草をケツに敷いて、身動ぎさえ無く俯いているレイヴンの眼を醒まさせたのは、これまたゴツンと頭に当たった堅い衝撃だった。

 何故だか宙を舞ったブーツが、彼を独りでに蹴り上げたのである。

「うぅ、いってぇ……、なんだ、畜生……」
「へいお兄さん! いつまで寝てんのさ、早いとこ起きとくれよ!」

 うっすらレイヴンが目を開けると、向かいの柱にはブーツを片方飛ばしたヘザーが縛り付けられていた。ついでに言うと、レイヴンも柱に縛り付けられていて、なんとか抜け出そうとしてはみるが、後ろ手に括られた上、柱に繋がれているので簡単にはほどけそうに無い。

「……なんで縛られてんだ?」
「あたしが? あんたが?」
「余裕だな、ヘザー。じゃあまずは、あんたの理由から」

 言いながら辺りを見回すレイヴンだったが、手の……いや、足の届く範囲に使えそうな道具は無く、仕方なしに彼は、両手を縛り付けているロープを柱の角にこすりつけ始めた。

「……止めようとしたからさ。アイリスと一緒にボビーの息子も攫われちまって、魔女はあんたを差し出せば、息子を返し、牧場にも手を出さないと言ったんだ」
「馬鹿な、そんなの――」
「分かりきってる。嘘っぱちに決まってるよ。でもボビーは従うしか無かったんだ、あんたと一緒に戦うべきだと言ったらこの様だよ」
「やれやれ。お互い、ツイてないな。……くそ、切れねえ」

 ささくれだった柱程度では、太めのロープを切るのには力不足である。ガンベルトは取り上げられているが、どうやら身体検査は徹底してはいなかったらしく、ブーツに隠したナイフは健在のようだが……。

「届かねえ。なぁヘザー、俺はどれくらい寝てた」
「たぶん二時間くらいかね? 時計が無いから何とも言えないけれど」
「ってことは、そろそろ約束の時間か」

 夕陽は分厚い雲に隠れ、さし込む光はやはり鈍い。だが、日暮れが近いのは明らかなので、レイヴンは急ぎロープを切ろうと足掻く。魔女との対面は望むところでも、その場では両手を自由な状態にしておきたいし、更に言えば、取り上げられたガンベルトも元ある場所に戻しておきたかった。

「お兄さん、どうして戻ってきたのさ」

 ぽつり尋ねたヘザーに、レイヴンは一瞬手を止めた。
 即答できる筈の問い。だのに言葉を選んだ理由は、彼にも判然としなかった。

「……魔女を、殺すチャンスだからな。それだけだ」
「成る程ね、あの子が言ってた事が、なんとなくだけど分かるよ」
「含みがあるな、何を笑って――、ん?」

 会話の最中でも、忍び寄る気配には敏感に反応するレイヴン。彼が見上げるのは、通気用に使われているであろう、二階の窓だ。吹き抜けになっている為、柱に縛られていても空が見え、その灰色のキャンバスに小さな人影が現れた。

 慣れた様子で窓枠を超えてきたのはクリスタルである。ガンベルトをたすき掛けにしている彼女は梯子を使って下りてくると、申し訳なさそうにレイヴンの所までやってきた。

「おにいちゃん、パパがたたいちゃってごめんなさい。あたまイタくない?」
「まぁコブが出来てるが、平気だ。力尽くで寝付かされたおかげで、体力も回復したしな」
「でもイタいんでしょ? まってて、いま治してあげるの」

 どうやってかは聞くまでもない。だが、ヘザーがいる前で魔法を使うのは止めた方が良い、そう思ったレイヴンだったが、「先に解いてくれ」と言ってもクリスタルは聞き入れなかった。

「ダメなの、じっとしててね」

 童女の手に頭を撫でられると、温かな感触が痛みをぬぐい去る。
 可愛らしい呪文と共に仄かに光を放ったクリスタルが何をしたのかは、様子を眺めていたヘザーでも察しが付く。

 彼女が顎を落とすのも無理はない。

「今のは、魔法……? その子、魔女なのかい⁉」
「うん、そうなの。おねえちゃんは、ケガしてない?」
「来ないどくれ!」

 歩み寄ろうとした童女に向けたヘザーの表情は、明らかな困惑と嫌悪に満ちていて、まるで呪いを怖れているかのようだったが、なんとも馬鹿馬鹿しい光景にレイヴンは頭を振った。

「落ち着けよ、ヘザー。ただ気遣ってるだけだろうが、クリスタルに失礼だぞ」
「あ、あんたこそよく落ち着いていられるもんだよ! 魔女なんだよ⁉」
「お前みたいに過剰反応する奴がいるから、悪事に走る魔女が多いんだ。いるだけで疫病扱いされたら歪むに決まってんだろ。ただ魔法が使えるってだけだ、魔女ってだけじゃ良いも悪いもねえよ。銃と同じだ、魔法は道具に過ぎねえ」

 すると、吃驚して立ち尽くしていたクリスタルは、複雑そうにはにかんで言った。

「わたしはまじょなの。でもね、わるいまじょじゃないの。おねえちゃんも、イタいところがあったらおしえてね?」
「それよかクリスタル。ブーツにナイフが隠してあるから、ロープ切ってくれねえか」
「あ、うん。まっててね」

 魔女である以前に牧場の娘、刃物の扱いには慣れているようで、レイヴンはすぐに自由になった。彼は受け取ったガンベルトを腰に巻くが、案の上軽い。どの銃も親しんだ道具であるが、その中でも特別な一挺、魔銃だけが収まっていなかった。

「あのね、黒いテッポウはパパがもってるの。ごめんなさい、もってこれなくて」
「いいさ、どのみちボビーとも話をしなくちゃならねえしな」

 のそり、腰を上げたレイヴンは、ヘザーの拘束を解いてやる。
 さて酌量の余地はあっても、ぶん殴られた挙げ句縛り付けられたのでは、落ち着いて会話をするのは難しく、攻撃的な雰囲気を纏ってしまうのも仕方のないことではあるが、クリスタルは彼に懇願するのだった。

「れいぶんおにいちゃん! あのね、パパのしたことはあやまるの、だからね、ゆるしてあげてほしいの。だってジョンおにいちゃんが……」
「攫われたんだろ、知ってるよ。だからって人の頭かち割っていい理由にも、身代わり立てていい理由にもならねえだろ」

 軽く扉を押してやると錠前が重苦しい音を立て、ならばと拳銃を抜き撃ったレイヴンは、内側から錠を破壊し扉を蹴破った。
 ボビーを探すまでもない。彼の方から血相変えて母屋へ向かってくるところだった。

「そこで止まれ、レイヴン!」

 ライフルを構えたボビーが叫んだ。悲痛だが、覚悟を決めた声だった。

「……様になってるな。だが向ける相手を間違えてるぜ。俺とマジで殺り合おうってのか? 一度目は見逃した、二度目はねえぞ。餓鬼の前だろうがな。……銃を返して失せろ、腰抜けじゃあ魔女を殺るには足手纏いだ」
「そうもいかないんだ。騙して悪いが、息子の命がかかってるんだよ。あんたを渡せば、息子も牧場も諦めると言ってきてるんだ。頼むから大人しくしてくれ」
「こっちも色々背負ってるもんでね、譲れねえよ」

 抜き撃ちを悟らせないのがレイヴンの特技である。しかし、相手の呼吸などお構いなしに銃爪を引く相手には些か分が悪く、ボビーの放った銃弾が彼の足元で跳ねた。

 外れたのか、それとも外したのか。

 しかしまぁ、そんなものはどうだってよくなるのが死合いの瞬間で、即座、反撃に跳んだレイヴンの右手が銃把を掴んだ。ところが……

「まって! おにいちゃん!」

 しがみついてきたクリスタルに、彼はすんでのところで指先から力を抜いた。

「おねがい! うたないでッ! パパもやめてよ、こんなのよくないよ!」
「クリスタル、離れなさい! ここで暮らしていくにはこうする他ないんだ」
「いや! だってパパまちがってるもん! ズルいことしちゃいけませんって、いつもいってるのに、これはズルいことじゃないの? アイリスおねえちゃんと、れいぶんおにいちゃんが死んじゃって、それでジョンが帰ってきても、きっとジョンもおかしいって言うもん! パパおしえて! パパがだいじに思ってるのはかぞくなの? ほんとうは、ぼくじょうがたいせつなの?」

 ボビーはハッとしたようだった。

 家族を第一に考えていたならば、余所に移るのが最善の手であった。無論、築き上げた全てを一度に失うのだから、その選択は容易いものでは無い。しかし、土地と矜恃に拘った結果の惨事を見れば、どちらを選ぶべきであったかは一目瞭然だった。

「まぁ、後の祭りだがな。後悔したって遅えよ」

 拳銃を収め、ボビーへと歩み寄ったレイヴンは、萎えてしまった彼の手からライフルを引ったくった。

「落ち着いて考えてくれよ。俺を差し出したところで、戦う手段を失った相手に連中が手心加えると本気で信じてるのか? 逆だ、容赦なく襲ってくるぞ。戦う気が無いなら奥さんとクリスタル連れて牧場から離れてろ、家族守るのが家長の務めだろ、魔女は俺が殺る。運が良けりゃあジョンも助かるさ。――ヘザー」
「なにさ」

 ひったくられたライフルは、ぶっきらぼうに答えた彼女に押し付けられる。ヘザーが魔女を討てる機会を逃すはずが無かった。

「どうせ残るつもりなんだろ? 上から援護してくれ」
サイロあそこに上がればいいんだっけ。任しときな、魔女共に一発カマしてやろうじゃないか」

 ライフル抱えて走り出すヘザー
 身支度整え歩み出すレイヴン
 牧場仲間を集めるボビーは苦渋の決断を迫られているが、時間は残り僅かである。



 ショウダウンの時は近い――
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