ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第一話 拳銃遣いと龍少女

値する者 Part.2

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「さぁ~て、さて、どうなってるかねぇ?」

 どう転んでも悪い目がない勝負は楽しくて仕方がない。仕掛けは上々で第一、第二段階まで順調に事が運んだこともあり、レイチェルは緋色の瞳を鈍く輝かせて哀れな生け贄を見下ろしてた。

 クレイトン牧場より北西へ十五㎞の丘陵地帯にアイリスはいる。両手を縛られ、馬車に繋がれていても彼女は凛と背筋を伸ばし、空元気を奮っているジョンを励ましていた。盗賊と魔女に囲まれているなんて、決して味わいたくないキャラバンの第一位であるが、少年はそれでも泣き言一つ言わなかった。

「あなたは強い子です、ジョン。大丈夫です、きっと助かりますよ」
「へ……平気さ、これくらい。ねえちゃんこそ大丈夫かい?」

 ありったけの勇気をかき集めてなんとか堪えているのだろう、ジョンの身体は震えてしまっているが、アイリスはそっと頭を撫でてやった。

「わたしの傍にいてくださいね」
「別にこわくなんか――」
「わたしも安心できます」

 そう微笑むと、アイリスは小さな手を握ってやる。
 おかげで少しは緊張がほぐれたらしいジョンは、引き攣りながらも笑顔を浮かべてみせるが、二人が放つ感動的なオーラがレイチェルは気に入らなかった。

「おやおや、涙ぐましいねえお二人さん。随分と余裕がありそうじゃないか」
「貴女が必要としているのはわたしだけの筈です、ジョンは解放してあげてもらえませんか」
「馬鹿を言いでないよ、顔だけじゃ無く頭の中まで緩いみたいだね。人質をみすみす逃がすわけがないじゃないか、あんた達には餌としていて貰わなきゃならないのさ」

 誘拐と脅迫は、他者に行動を強要する際に有効な手段の一つである。ジョンはクレイトンに、アイリスはレイヴンに対しての強力な手札になると彼女はみているが、ここで一つ嗜虐的な笑みを刻むのだった。

「しかしまぁ、一理あるね。小僧の役目は終わってる、必要なのはあんただけだ」
「では解放して貰えますか」
「……いいだろう」

 すんなりと承諾され安堵の息を漏らしたアイリスだったが、直後背筋の凍る思いをした。レイチェルは部下が提げている拳銃を抜き取ると、銃口をジョンへと向けたのである。

「ひッ……!」
「な、何をするんです! 逃がすと言ったじゃないですか⁉」
「あんたが言っただけだろう? 餓鬼は用済みだし、連れ回すのも面倒だ。生きてようがいまいが、クレイトンは知りやしないしねぇ。心配しなくても家族とはすぐに会えるさ、あの世でね」

 親指に嬲られた撃鉄が上がり、アイリスは咄嗟にジョンを庇って抱きしめる。いつ背中に銃弾が食い込むかもしれないが、それでも少年を死なせるわけにはいかない。
 だが、その健気さもレイチェルを愉しませるだけだ。

「あらまぁ、困った。餓鬼はまだしも、あんたには役目がある、撃っちまうわけにはいかないねぇ……」

 歪な唇。レイチェルがつい――と顎を振れば、盗賊達がアイリスを引き剥がしにかかる。 非力に喘いでも、抵抗は無意味だった。

「やめてください! 放してッ! ジョン、逃げるんですッ!」
「……くない」
「何か言ったかい、ボウズ?」

 冷たく燃える瞳には魔力も込められていて、鳴子のように音を立てる奥歯を、それでもジョンは食いしばって耐えていた。並の子供ならパンツを濡らす圧に晒されながら毅然としていられるのは奇跡に近い。

「怖くなんかない。おまえなんか、怖くないぞ」
「くっふふふ、魔女が怖くないって? 大の男でも怖れて泣き叫ぶってのに根性座ってるじゃあないか」
「レイヴン兄ちゃんがきたら、お前なんかイチコロだ。銃だって怖くない」
「いけませんジョン! 脅しじゃありません、彼女は本気で――」
「……そうかい」

 小さき深淵の奥に佇む鉛の弾頭を少年は見つめる

 パーカッション・リボルバーの銃爪

 レイチェルの人差し指に力が加わり

 撃鉄が落ちると……


 ――ガチン、と金属音だけが鳴った


 撃鉄は確かに雷管を叩いたが、肝心の炸薬が腑抜けだったおかげで弾は収まったままである。しかし、肉体が無事でもジョンの身体からは力という力が抜けていて、魔女の言葉は曖昧にしか聞こえなかった。

「おやおや不発かい、運が良いね小僧。……まあいいさね、生きてるんなら金にはなる」
「もういいでしょう⁉ 放してください!」

 レイヴンが向けた銃口とは異質な圧力。粘性を持った重圧に晒されたジョンは、解放されたアイリスの腕の中で脂汗を滴らせるばかりで、部下に拳銃を投げ返したレイチェルは、そんな二人を見下ろして嘲笑った。

「感動的だねえ? 赤の他人だろうに」
「もう違います、ジョンはわたしの友達なのです」

 言い返すアイリスの眼差しからは、気の抜けたお嬢様らしき気配が失せていた。凛々しく吊上がった眉が反抗的である。

「いいねぇ、憎しみを宿した目だ。そういう顔もできるじゃあないか」
「……なにが楽しいのです」
「そりゃあ笑うさね。あんたみたいに人に頼らなきゃあ生きていけないような女を、ぼろ雑巾にするのを考えたら濡れちまう。助けに来た恋人を焼き殺したら、どんな顔になるのか楽しみだよ」
「レイヴンが、わたしを助けに……?」
「おや、そこでとぼけるのかい。あたいはてっきり、奴が来るのを確信してるから、落ち着いてるんだと思ってたがねぇ。愛だなんだと甘ったるい幻想に現を抜かして、お伽話みたく助けを待ってるんじゃあないのかい?」

 望んではいた。しかし、レイヴンが助けに来るとは、アイリスは信じてはいなかった。なにしろ彼には、わざわざ助けに来る理由が無いのだ。

「わたしは彼を好いています。ですが、一方的な好意であって、レイヴンがわたしを助けに来ることはあり得ませんよ。見当違いです」
「今更庇い立てかい。さぁて、どうかね?」

 せせら笑うレイチェル。しかし、淡々と告げるアイリスの言葉に彼女は、赤眼を細めるのだった。

「とはいえ、レイヴンは現れるでしょう。それはわたしを救う為ではなく、レイチェル、貴女を討つ為にですが」
「歓迎さ。……まあ来るもよし、来ないもよしさね。魔具が手に入れば文句なしだが、あんたの魔力を奪えるだけでも充分な収獲だ」
「魔力を? どうやってです?」
「おや知らないのかい?」

 またも嗜虐に歪むレイチェルの口元。他人が怯え竦む様を眺めるのが、彼女は余程楽しいらしかった。

「心臓さ。魔力を持った女の心臓を喰らえば、その力を奪うことが出来るんだよ、つまり、あんたはどのみち死ぬのさ」
「あり得ませんね」

 アイリスの金髪が、ふわりと左右に振れた。呆れ返った、そして憐れみを込めた眼差しを魔女へと向ける。

「貴女は、そのような世迷い言の為に女性を攫っていたのですか? 誰に吹き込まれた話かは知りませんが、魔力とは自身の内側から溢れるものであって、他人から奪えるものでは無いのですよ」
「ところが事実さ。現にあたいは女達の心臓を喰らって強くなった。龍を従え、男共を支配し、一つの魔法で町を焼き払えるくらいにね。あんたの心臓は美味そうだ、楽しみで仕方ないよ、怒りや絶望に塗れた心臓は特に魔力が上がるからね」
「ならば何故、魔具を求めるのです」
「あんたみたいな世間知らずのお嬢様には分からないだろうが、生きていくには力がいるのさ。一つよりも二つ、多ければ多い方がいい。あんたの男が持っている魔具は、さぞ強力だと聞いてるよ、あたいが作った守りを撃ち抜くとか。手に入れば、あたいに逆らう者はいなくなる」
「なんと愚かな……。力ばかりを追い求めた先に何があるというのです」
「自由さ。誰にも縛られない自由だよ、権力にも、男にもね。邪魔する奴は消し炭にしてやる、あたいはその力に選ばれたのさ。だから嬢ちゃん、一つ教えといてやるよ、あたいの邪魔をするつもりなら覚悟しておくんだね、どうせ死ぬなら楽に死にたいだろ?」

 ついと、頬を撫でたレイチェルの指先をアイリスは払いのける。
 レイヴンが助けに来るとは、やはり思ってはいない。だが同時に絶望もしてはいなかった。

「盲目的に力を追い求めている時点で、貴女は魔法に縛られてしまっています。そこにどんな自由がありますか、極めたとて孤独、真に求める物は遠ざかるばかりですよ。難しいでしょうが、魔女として覚醒した貴女がするべきだったのは、力を行使し他者を押退けることでは無く、その力を持って許すことだったはずです。光の道に背を向けたのは、貴女の選択でしょう」
「ハッ、許すだって? 綺麗事で片付くような世界だとでも思ってんのかい? 汚泥を啜りながら、男共に媚びを売ったことがあんたにあるのか。知った風な口を利くんじゃあないよ、その辺で口を噤まないと痛いめを見ることになる」
「貴女の境遇や過去を推し量るの困難です。わたしを痛めつける分には一向に構いませんし、例え命を奪われたとしても恨みはしませんよ。ですが――」

 怒りに燃える深紅の瞳、その炎に焼かれながらもアイリスは物怖じすること無く、むしろ強者としてのオーラを纏っていた。

「これだけは宣言しておきます。矛を収め退くならば全ては収まるでしょう、しかし蛮行を重ね、大切な人々を傷つけるような事があるならば、わたしは決して貴女を許しません」
「おやおや、おっかない。その綺麗な手であたいを脅そうって? どうするね、首でも絞めて殺すのかい? あんたに何が出来るってのさ」
「……貴女の想像以上のことです。忠告はしました、容赦はしません」


 それ以降、二人が口を利くことは無かった。

 約束の時間まで後、数時間である。
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