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第一話 拳銃遣いと龍少女
値する者 Part.1
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その報は風雲急を告げる知らせであった。
カールの治療、そして捕えた盗賊の面倒はカウフマンに放り投げて、レイヴンは馬を駆る。彼等と別れたのは深夜であるが、タイムリミットまでの余裕はなく、無理を承知でシェルビーを急き立てた。
主の命めいに従う不眠不休の強行軍。一昼夜を通して荒野を全力で疾駆するシェルビーの姿は、留まることを知らない一陣の風の如くであった。日が昇る頃にはサウスポイントに達し、脇目も振らずに駆け抜ける、無茶苦茶な移動にあって幸いだったのは灼熱の太陽が常である西部では珍しく、分厚い曇天が空を覆っている点で、炙られるステーキの気分を味わい続けるよりも体力が節約できることだ。
とはいえぶっ続けの移動でレイヴンもシェルビーも汗を光らせていたが、次第に荒野に緑が増え始める視界に希望を抱き、昼過ぎにはクレイトン牧場にまで辿り着く。
それにしても、驚くべきはシェルビーの底力である、彼女は二日はかかる道程を半日足らずで走破してみせたのだから、労わずにはいられない。
……しかし、である。なにか妙な気配を感じ取ったレイヴンは、彼女の背から下りたのだった。
「よくやったシェルビー、休んでろ」
身震いした彼女から汗が散るが、その雫を顔に受けてもレイヴンは気にせず牧場へと進んでいった。魔女を待ち構えているしては静かすぎ、曇天も相まって昼間だというのに不気味な雰囲気が満ちている。カウフマンを誘い出した一手の後では警戒しておくべきで、道路の真ん中を歩く彼の右手は銃把にかかっていた。
建物は無事のようだが、魔女に襲われた後かもしれないのだ。
臨戦態勢のまま母屋を過ぎ、納屋に近づく。どこからも返事はないが見られている気配があるので、誰かがいるのは間違いない。例えばすぐそこにある馬車の裏とかだ。
レイヴンはそっと拳銃を抜き、音を立てないように撃鉄を起こす。
すると、物陰から童女の声が聞こえてきた。
「れ、れいぶんおにいちゃん?」
怯えながら顔を出したクリスタルに瞬間の安堵を覚えたレイヴンは、ボビーの居所を尋ねようとするが、彼女は「し~」と唇を塞いで辺りを見回していた。
「しずかにしなきゃいけないの。おにいちゃん、はやくにげて、ここにいたらあぶないよ」
「そうはいかねえ理由がある。ボビーはどこにいる? 話があるんだ」
「ここにいるぞ」
戦闘準備を進めているらしく、クリスタルはライフルを携えた父の姿を見るや、身体を強張らせてしまい、視線は二人の間を右往左往していた。
言いたいことがある、伝えたいことがあると、童女は全身でアピールしていたが、ボビーの一言で容易く追い払われてしまった。
外にいるよりは母屋に隠れていた方がまだ安全で、彼女が離れるや、レイヴンは改めて問うのだった。
「他の連中はどこに?」
「……魔女の襲撃に備えて休ませている、奴は今夜やってくると宣言してきたからな。お嬢さんの件は残念だった」
「縁起のワリィ言い方は止めてくれ。攫われただけだろ、死んだと決まった訳じゃあねえ」
アイリスは危機的状況にあるかもしれないが、現状で語れるのは憶測に過ぎず、ならば悲観的になるよりも利点を考えた方が建設的だ。なにより、彼女の生死に関わらず魔女は予告通り襲撃をかけてくるだろうから。
しかし、そうは言われても気に病んでしまうものであり、ボビーは心労の余り毒草を噛潰したような渋面となっていた。
「……すまんな。目を離すべきでは無かった」
「不意打ちされたって聞いてる、あんたがいても結果は同じだったさ。棺桶が町に並ばなかっただけマシと考えよう。――ヘザーは無事なのか? いるならあの女とも話しておきたい、牧場守るには人手がいる」
「ああ、彼女ならサイロで見張りをして――」
――ガタッ、ガタン!
突然、納屋から物音がしてレイヴンは眉根を寄せる。鍵がかかった扉の奥から、何かが倒れたような……いや、何かが暴れているような物音がしていた。
中に何がいるのか。
そう尋ねようとした矢先、レイヴンの視界は真白く染まった。
カールの治療、そして捕えた盗賊の面倒はカウフマンに放り投げて、レイヴンは馬を駆る。彼等と別れたのは深夜であるが、タイムリミットまでの余裕はなく、無理を承知でシェルビーを急き立てた。
主の命めいに従う不眠不休の強行軍。一昼夜を通して荒野を全力で疾駆するシェルビーの姿は、留まることを知らない一陣の風の如くであった。日が昇る頃にはサウスポイントに達し、脇目も振らずに駆け抜ける、無茶苦茶な移動にあって幸いだったのは灼熱の太陽が常である西部では珍しく、分厚い曇天が空を覆っている点で、炙られるステーキの気分を味わい続けるよりも体力が節約できることだ。
とはいえぶっ続けの移動でレイヴンもシェルビーも汗を光らせていたが、次第に荒野に緑が増え始める視界に希望を抱き、昼過ぎにはクレイトン牧場にまで辿り着く。
それにしても、驚くべきはシェルビーの底力である、彼女は二日はかかる道程を半日足らずで走破してみせたのだから、労わずにはいられない。
……しかし、である。なにか妙な気配を感じ取ったレイヴンは、彼女の背から下りたのだった。
「よくやったシェルビー、休んでろ」
身震いした彼女から汗が散るが、その雫を顔に受けてもレイヴンは気にせず牧場へと進んでいった。魔女を待ち構えているしては静かすぎ、曇天も相まって昼間だというのに不気味な雰囲気が満ちている。カウフマンを誘い出した一手の後では警戒しておくべきで、道路の真ん中を歩く彼の右手は銃把にかかっていた。
建物は無事のようだが、魔女に襲われた後かもしれないのだ。
臨戦態勢のまま母屋を過ぎ、納屋に近づく。どこからも返事はないが見られている気配があるので、誰かがいるのは間違いない。例えばすぐそこにある馬車の裏とかだ。
レイヴンはそっと拳銃を抜き、音を立てないように撃鉄を起こす。
すると、物陰から童女の声が聞こえてきた。
「れ、れいぶんおにいちゃん?」
怯えながら顔を出したクリスタルに瞬間の安堵を覚えたレイヴンは、ボビーの居所を尋ねようとするが、彼女は「し~」と唇を塞いで辺りを見回していた。
「しずかにしなきゃいけないの。おにいちゃん、はやくにげて、ここにいたらあぶないよ」
「そうはいかねえ理由がある。ボビーはどこにいる? 話があるんだ」
「ここにいるぞ」
戦闘準備を進めているらしく、クリスタルはライフルを携えた父の姿を見るや、身体を強張らせてしまい、視線は二人の間を右往左往していた。
言いたいことがある、伝えたいことがあると、童女は全身でアピールしていたが、ボビーの一言で容易く追い払われてしまった。
外にいるよりは母屋に隠れていた方がまだ安全で、彼女が離れるや、レイヴンは改めて問うのだった。
「他の連中はどこに?」
「……魔女の襲撃に備えて休ませている、奴は今夜やってくると宣言してきたからな。お嬢さんの件は残念だった」
「縁起のワリィ言い方は止めてくれ。攫われただけだろ、死んだと決まった訳じゃあねえ」
アイリスは危機的状況にあるかもしれないが、現状で語れるのは憶測に過ぎず、ならば悲観的になるよりも利点を考えた方が建設的だ。なにより、彼女の生死に関わらず魔女は予告通り襲撃をかけてくるだろうから。
しかし、そうは言われても気に病んでしまうものであり、ボビーは心労の余り毒草を噛潰したような渋面となっていた。
「……すまんな。目を離すべきでは無かった」
「不意打ちされたって聞いてる、あんたがいても結果は同じだったさ。棺桶が町に並ばなかっただけマシと考えよう。――ヘザーは無事なのか? いるならあの女とも話しておきたい、牧場守るには人手がいる」
「ああ、彼女ならサイロで見張りをして――」
――ガタッ、ガタン!
突然、納屋から物音がしてレイヴンは眉根を寄せる。鍵がかかった扉の奥から、何かが倒れたような……いや、何かが暴れているような物音がしていた。
中に何がいるのか。
そう尋ねようとした矢先、レイヴンの視界は真白く染まった。
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